「事実をポジティブに書きたい」声優 悠木碧が問い続ける言葉への責任

芸能人としての責任、強がるのが私たちの仕事

「誰が見てもポジティブにしか捉えられないようなことをするのが、芸能に関わる人たちが薄っすら求められていること」

──癖の話に繋がってくるとは思いませんでした(笑)。前向きな言葉以外にも、エッセイを書く際の言葉選びで気をつけたことはありますか?

悠木碧 それこそマイナスな言葉になりそうになったら、なるべくプラスの言葉にしようと思っていました。

例えば、推しに対して感情が高ぶったとき、「ヤバすぎて無理!」「顔面尊すぎて死んだ……」などなど、私のようなオタクは否定系の言葉やマイナスな言葉を、称賛の意味で使いがち。「股下30m!」「原作超えだわ……」とか、ついつい乱暴な口調になってしまうことがありますよね(笑)。

友人との会話ならともかく、エッセイという文章でそういう言葉はふさわしくないかなと。素晴らしい作品のキャラクターたちの名前をお借りして書いているので、推しの魅力がちゃんと伝わる言葉を選びたかったんです。多方面への配慮は重要ですからね!

──普段の悠木さんのSNSを見ても、多方面への配慮を感じるというか、特に“無意識による悪意の拡散”をしないよう注意されているのではないでしょうか?

悠木碧 その通りですね。私の放った発言で、私がちょっと燃えるくらいで済むならいいですよ。でも、うっかり強い言葉を使ったことで、「フェンスの縁に立っている誰かの背中を押してしまったらどうしよう」という怖さは常にあります。それが多くの人から見られること、憧れられることの恐怖であり、責任なのかもと感じています。

私自身、「こういう風に思っているんです!」と正直に伝えることが誠実だと信じていた時期もあって、少なからず多くの人にいろんなことを訴えていました。でもそれって、届けたかった人とは違う人の目にうっかり入ってしまうことがすごく多いんですよね。

それに気づいてから、私が無責任な注意喚起をしちゃいけないんだと思いました。誰が見てもポジティブにしか捉えられないようなことをするのが、芸能に関わる人たちが薄っすら求められていること。個人的には、「いつも楽しくニコニコ、たくさんの人に愛されて、お金があってなんでも買えて、やりたいことがなんでもできて超幸せ!」と、強がっておくことが私たちの仕事だなと思っています。

それを見て「チキショー!」と疎まれるのか、「こんな風に頑張ったら、こんなことができるんだ!」と憧れてもらうのか、そうやって賛否両論されることが“夢を売る”という私たちの仕事なんだろうと思っています。

とはいえ、いまだにSNSは監修が浅いぶん、すごく難しさを感じながら運営しています。その点、書籍はちゃんと編集さんや事務所が通っているので安心して書くことができました。

──また、言葉選びという点では、巻末の寿美菜子さんと早見沙織さんとの鼎談で、早見沙織さんのトークについて、「面白いのに絶対に誰も傷つけない」と話されていました。やはりご自身でも気を使われているからこそ、他の人のそういった部分にも意識が向くのかなと。

悠木碧 早見ちゃんは言いたいことがあった時に、誰も傷つけない言葉を選ぶのがすごく上手な人なんです。早見ちゃん自身は“すごく芯の通った人”という印象ですが、芯の通し方が誰も傷つけず、ちゃんと自立している。それは選ぶ言葉の中から感じるんだと思います。

私はあまり考えずに、ノリとテンションでキャッチーな強い言葉を使いたくなりがちなんですね。例えば、オタク用語になってしまっている「口リ」とか、昨今はいろんなレギュレーションが厳しくなっているので安易に使うわけにはいかない。

だから、会話をする上でちょっとでもとどまれそうな時には、私の頭の中の早見ちゃんを呼び出して「早見ちゃんならどういう風に言葉を選ぶのかな?」「きっと早見ちゃんは“小さい女の子”という表現をするだろうな」と1回考えるようにしています。

──(頭の中に早見沙織さんがいる……!)では、寿さんから影響を受けたことはありますか? 悠木碧 エッセイでも話しているのですが、好奇心の持ち方と実行するまでの筋道の立て方ですね。例えば、旅行に行くとなった時、みんなの予定を聞いてから、実現までにやることの組み立て、手に入れるまでの筋道を立てるのがすごく上手い。だから、いろんなことを経験しているんですよ。しかも、自分が経験したことを人にも惜しみなく分けてくれる。そこから人の輪が広がっていくという。

同時に、マネしたいなと思っても、なかなかマネできることではないなと思います。なので、わからないことがあった時は、「何々したいけど、わからなくて困っている。どうしたらいい?」と1回美菜子に聞く。組み立てが上手いから、聞いた方が早い!(笑)

悠木碧の言語化能力の土台は、母からの“質問攻め”

「鏡やポスターに向かって今日起こったことや感じたことを話すと、考えを言葉にする力が身に付きますよ。たぶん!」

──エッセイの〈推しごと篇〉を読んでいて特に感じたのですが、悠木さんって言語化能力がめちゃめちゃ高いですよね。自分の考えを言葉にする力はどのように培ってきたんですか?

悠木碧 幼少期から母が何かにつけて「なんでそう思ったの?」と聞いてきたんですよ。例えば、学校の友達と縄跳びで遊んだ日には、「今日は学校でどんなことがあったの?」「何をして遊んだの?」「縄跳びはどんな様子だった?」「その時、どう思った?」って。

それで私は「縄跳びで〇〇ちゃんは二重跳びが飛べたのに、私は跳べなかった。すごく悔しかった」と、全部話す毎日を過ごしていました。小学生くらいになると、母に聞かれることがわかっているから、「今日は〇〇ちゃんと何々をして遊んで、こういうことが起こったけどこういう風に言ったらこうなったよ」と自ら話すようになるという(笑)。

今も実家暮らしなので、いまだに母から「今日は仕事どうだったの?」と聞かれるんですよ。なので、コンプライアンス的に話せる範囲で「今日はこの仕事でこんなことがあって、褒められたよ」「ここから先は仕事的に話しちゃいけない内容だけど、こんな風に揉めたんだ」と話しています。その影響は大きいと思いますね。

──親に学校の出来事を聞かれることはあっても、そこまでの質問が飛んでくるのは珍しいですよね。子どもの時は、なかなか感情を詳細に分解して話そうとはしないですし、今の話を聞いてすごく腑に落ちました。

悠木碧 私自身、母に話したことで「自分は二重跳びが跳べなくて悔しかったんだ」という気づきがありました。きっと母は、私が自分を見つめ直すためにやっていたコミュニケーションだったんだと思います。

親と話したくない時期もあったけど、体に染みついているから結局話しちゃうんですよね(笑)。そういう意味でも、エッセイで度々話題に出していた“自己分析”の土台をつくったのは、母からの質問攻めだったんだな……。

──それだけ早くから自分のことを整理できていると、仕事に活かせる場面もありそうですね。

悠木碧 実際、子役時代には、オーディションで絶対に「最近一番楽しかったことは何ですか?」と聞かれていたんです。その時、友達と二重跳びをしたエピソードを朗々と語れたら、それだけでほかの子より一歩リードできました(笑)。

自分の中の楽しかったこと、良かったことの説明ができることによって褒められる環境が多かったのだと思います。なので、皆さんも鏡やポスターに向かって今日起こったことや感じたことを話すと、考えを言葉にする力が身に付きますよ。たぶん!

──母親との会話で言葉にする力の土台が築かれた。その上で、エッセイにもあるように、悠木さん自らが繰り返してきた自己分析の影響も大きかったのではないでしょうか?

悠木碧 それもあると思います。私の場合「なんでこれが好きなんだろう?」と思ったら自己分析してみるんですよね。

例えば、「なんで私はこんなに(『Fate/Grand Order(通称・FGO)』の)カルナが好きなんだろう」と思った時に、どんなところが好きか1回リストアップします。“顔がいい”から始まり、最初はそこから先が進まないこともあるのですが(笑)、ちゃんと考えていくと“すべてに平等なところ”と出てきて、最終的に全部ひっくるめて“生きるのが下手なところ”だ! と気づく。

推しの好きポイントが理解できると、推しのことをもっと好きになれますし、再度作品を見ると「ここ! ここが好き!」と楽しむことができます(笑)。ネガティブなことばかり自己分析していると、気持ち自体が落ち込んでしまうけど、推しの好きポイントというポジティブなことを自己分析するのは楽しいし、推しへの好きがどんどん連なっていく。つまり良いことしかありません。 ──エッセイを書く前から、推しの好きなポイントをリストアップしていたということですか……?

悠木碧 ……はい。恥ずかしい! しんどいことがあった時に推しのことを思い出すんです。寝る前に「推しの何が好きなのか1回思い出そう! いい夢見れそう……」って(笑)。頭の中から1回何もかもを捨て去って、推しのいいところを考えるとすごくデトックスになります。これはすごくオススメです!

──日常的に推しのことを考えているからなのか、〈推しごと篇〉に入った瞬間の文章のスピード感が凄まじい印象を受けました(笑)。書いている時も、筆が早くなっていたのでしょうか?

悠木碧 なりました(笑)。好きなものを好きなように書くというのは、一番のボーナスタイムなので、どうしてもスピード感は出ちゃいますよね。

オタクだから最終的に推しについて書くことになるだろうと思っていたのですが、まずは自分を語るパートを書かなきゃいけない。自分のことって上手く言語化できないし、過去を振り返るのは照れくさいし、反省することもいっぱいある。なので、推しの話はデザートとして取っておいて、まずは自分語りのパートをとっとと終わらせて楽しいことをやるんだ! と思いながら書いていました(笑)。

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声優

声優。青二プロダクション所属。4歳で子役として芸能界に入り、2003年に『キノの旅』(さくら)で声優デビュー。11年、『魔法少女まどか☆マギカ』(鹿目まどか)での好演が大きな話題を呼び、第6回声優アワードにて主演女優賞を受賞。その後も『戦姫絶唱シンフォギア』(立花響)、『ヒーリングっど♡プリキュア』(花寺のどか/キュアグレース)、『スパイダーマン:スパイダーバース』(グウェン・ステイシー/スパイダー・グウェン)など話題作に多数出演。また、今秋10月放送開始のTVアニメ『薬屋のひとりごと』にて主演が決定しているほか、『悠木碧のこしらえるラジオ』のラジオパーソナリティや、キャラクターコンテンツ「YUKI×AOI キメラプロジェクト」の原案・企画・キャラクターデザインを担当するなど、多岐にわたり活動している。

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