2018年からブロックチェーン追求してきた現代美術家が語る「NFTの可能性」

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NFTは、何を可能にしたか?

これまでのアート分野では、作品の真贋が常に問われてきた

著名なアーティストのものとされてきた作品が偽物だったと世間を騒がせることもあった。しかし、改ざんが不可能とされるブロックチェーン技術で実現されたNFTに結びつけることによって、アート作品の信頼性は限りなく向上することとなる。

そうなれば、審美眼や知識を持つ専門家や好事家たちに限られていたこれまでのアートマーケットがより一般化して、開かれた存在になることが期待されるという。

「これまでのアートマーケットでは美術館の収蔵作品にも多くの贋作が混ざっているなど、専門知識がなければ参入が難しい世界でした。なので以前から、登記のシステムがちゃんと整備されればマーケットの規模は10倍にも100倍になりうると考えていました。

『Beeple』や『CryptoPunks』は誰が発行したのかが自明なように、今NFTアートがこれだけ盛り上がっているのは、まさにその仮説が実証されているように思えます」(泰平氏)

「Cert.」と紐づけられた自身のアート作品を手にはにかむ泰平氏

アート作品の登記システムが整備されていくと、アートの真贋をめぐるエピソードが描かれるマンガ『ギャラリーフェイク』(細野不二彦/小学館)のような物語は難しくなるかもしれない。筆者がそんな軽口を叩くと、泰平氏は、アートの所有権に紐づけて、冒頭で記述したエピソードを挙げた。

ブロックチェーン技術による"契約の継承"が実現すれば、やがてアーティストの意向が継承される。現在はフランス政府が名画「モナリザ」を所有してルーヴル美術館で公的に公開しているように、作品は作者の手を離れ、作者がこの世を去り、関係者も世を去りだんだんと公共(パブリック)なものになっていくのだと、泰平氏は話す(著作権の原則的保護期間は死後70年)。

アート作品の真正性や信頼性が担保されれば、気に入ったアーティストの作品の売買などを多くの人が楽しめるようになる。NFTがアートにもたらすのは、ある意味"アートの民主化"ともいえるだろう。

泰平氏はアーティストとしての自身の経験から「ずっと音楽家(アーティスト)が羨ましかった」とも話す。泰平氏によれば、著作権・コピーライトとは複製物に発生する権利であり、音楽業界との相性が良い法律や技術だった。ポピュラーミュージックはレコードやCD、現在ではデータとして大衆に配布されることで、多くの人が楽しみ消費する作品となったのだ。

しかし、絵画や彫刻といったアート作品は現物が限られるため、これまではなかなか広く大衆に所有してもらうことができなかった。それがNFTアートでは”オリジナル”の複製や亜種を生成しても、それぞれの価値や真正性を守りながら流通でき、世界での同時公開などを可能とした。

例えるなら、音楽が先の記録媒体に加え、有線放送やカラオケの普及でアーティストへ利益が還元されたように、アートマーケットも登記システムが整備されることによって、より広く開かれ、その恩恵をアーティストが得られるようになる、ということだ。

また、原理的に完全な複製が可能なデジタルアートは、オリジナルが持っていた唯一性、ウォルター・ベンヤミンが『複製技術時代の芸術』で言う“アウラ”は消失しているように思える。

だが、NFTは作品に唯一的なIDを紐付けることで、そこに情報を加えていくことを可能にした。

過去に「誰が所有していたか」「どんな展示歴があるか」といった作品固有の来歴が加わることで、新たにその作品の価値や実存として立ち表れてくるのだと、泰平氏は言う。

アートの中でも骨董品の分野では、茶器などの箱に書かれた文字「箱書き」が真贋の鑑定や作品の一部として扱われている。それと似たような形で、NFTアートでは作品のブロックチェーンに刻まれた作品の歴史が新たな“アウラ”になりうるのだ。

Web3において、NFTはパーソナルコンピュータの思想に近い

『Startrail』のような登記システムが整備されていくことは、アーティストにとってメリットだらけのように感じる。一方で、ブロックチェーン技術やNFTアートは現在、金融的なバズワードとしても扱われており、批判的な見方をするアーティストも存在している。特にゲームやVRアート分野ではユーザーからの批判の声も根強い。

果たして、NFT技術がアーティストにもたらす不利益や危険性などはないのだろうか?

「僕としては、デメリットはないと思っています。というのも、これまでのアートの世界では、例えば極端な話、ニューヨークに行って白人男性のギャラリストに認められなければ評価されない……少なくとも、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の作品として収蔵されるのはほぼ無理な状況があったと思います。例外はもちろんたくさんありますが、少なからず最近までのアート業界にはツリー(上下関係のハッキリした)型の権威構造が強く存在していました。

しかし、NFTの流通環境では作品を評価する「中心」がたくさん生まれるようになり、"インフルエンサーが評価するアート"や"大衆が欲しがるアート"といったように、これまでのアートの権威とは違う説得力を帯びて価値観を共有する集合体が形成され売買される、ある種リゾーム(上下関係のない横断的)型の世界がやってくるのです」(泰平氏)

もう一点、ブロックチェーン技術への批判として、環境負荷のほか、暗号資産と紐付いた金融バブルへの抵抗感もあるのだろう。劣化なきコピーが蔓延するネットで“オリジナル”を創出するNFTは、資本主義の論理によってネット上に"オリジナル"という希少性を強引に生み出しているようにも見える。

NFTは、見方を変えれば一種フリーな文化として発展を遂げてきたインターネットの哲学とは相反するものなのではないか?  カウンターカルチャーやリバタリアニズム(自由主義)、またAppleの故スティーブ・ジョブズに影響を与えたことで知られる雑誌『ホール・アース・カタログ』の存在などを挙げながら、NFTと資本主義、あるいはインターネットとの関係性について質問を投げかけた。

※ 『ホール・アース・カタログ』は、1960年代、ヒッピーカルチャーの中で生まれた伝説的なカタログ。「道具として有益である」「独学に関連する」「高品質、あるいは低価格である」「郵送で容易に入手できる」というのが掲載の基準だったとされている。インターネットが産声をあげようとする同時期、インターネットのない時代で世界にアクセスするツールだったとも言える

泰平氏は「主語が大きくて難しい質問ですが……(笑)」と前置きした上で次のように話す。

「『ホール・アース・カタログ』に関連して、社内で『AppleはWeb3の敵か?』という話になったことがあります。僕は、AppleはWeb3の敵ではないと思っています。というのも、Appleという会社は『ホール・アース・カタログ』で描かれた新時代の生き方だったりツール、そして頻繁に紹介された禅の思想などの延長線上で、"パーソナルコンピュータ"をつくり上げていったからです。

Appleの本質はGAFA的な巨大プラットフォーマー的な側面ではなく、個人にコンピューターの力を与えるという理念に基づいていると思っています。そう考えると昨今のプライバシー保護に関する対応も自然に理解できます」(泰平氏)

近年、欧州連合(EU)は、個人情報保護の観点から「一般データ保護規則」(GDPR)を施工。Appleも、プライバシー保護強化の方針を強く打ち出している。

「それまでマザーコンピュータといった形で公共のテクノロジーであったものをパーソナルコンピュータとして普及させることで、いち個人のパーソナル(個人)の領域を強化していきました。インターネットが始まったばかりのころ、いわゆるWeb1.0という言葉がまだない時代、WWW(World Wide Web)の理念を強く支持していた層が思い描いていたのもそういう世界観だったと思います。

そして、今騒がれているWeb3は、"個人がインターネット上の情報を所有したり管理する"世界観だと言われています。それはWeb2.0の巨大プラットフォーマーがコンテンツを所有・管理してた時代のアンチテーゼとして表出しています。

NFTマーケットを見ると、みんながデータを共有して使い放題の世界観と比べて、所有権(オーナーシップ)やコミュニティを維持するためのインセンティブ設計に金銭が発生するというのは一見して自由の思想に反しているようにも見えます。

しかし、実は個人が国や大企業、大規模組織に管理されずとも世界で生きていける、という意味で、NFTはかつての個人の能力の拡張を目指した"パーソナルコンピュータの思想"に近しいものだと感じています。

僕の中で、NFTは"完成されたインターネットの時代"の象徴だと思っています。この最後のピースがないとインターネットは完成されないというレベルの大きなピースです」(泰平氏)

アートに起こった革命が呼び寄せる未来

今NFTアート的な大きな波によってアートの世界に起こっていることは、これまでもネットの発達によって引き起こされてきた"素人革命"のようなものだ、と泰平氏は続ける。

YouTubeの登場によって動画がプロフェッショナルのマネージメント機関を経ずに大衆に生産・消費されるようになるという革命を経て、今では既存の権威(プロ)であったタレントやテレビ局がこぞって参入して融和している。NFTはアートの世界に同じような革命を起こしているのだという。YouTubeなどが辿った道と同じようにプロフェッショナルのギャラリーやミュージアム、アカデミアとも時とともに融和していくのかもしれない。

現在ではどんな僻地にいても、インターネットさえあればNFTアートマーケットへの参入が可能となった。NFTアート市場は広がる一方だが、そこで行われていることは既存のアートマーケットとは大きく変わらないという。

アーティストや作品を中心にコミュニティが形成され、コレクターに向けて自分の作品に対するステートメント(宣言)を浸透させ、作品をつくるたびにコミュニティを含めて盛り上がっていき、作品の価値が高まっていく……これまでは、クローズドな物理空間でアート文化の一部として行われてきたことが、NFTではTwitterやDiscordといった世界中誰もが参加できるような場所で起こっている。

一方で、西洋美術史などを背景とした今までのアートの権威がなくなることもない、とも強調する。アートオークションの名門である「サザビーズ」では、2021年のNFTアート販売額は約1億ドルにまで上っている。また、2021年5月にサザビーズが、優れたNFTアートを教えてくれるようTwitter上で広く呼びかけたことは、アートの世界からすると衝撃的だったという。 「Natively Digital: A Curated NFT Saleと題されたオークションは『始祖を評価する』というテーマで、最初のNFT作品やNFTの前身であるムーブメントの作品をNFT化して販売するなど、サザビーズがNFTアートの文脈をつくるところから始めています。そして、その後のオークションに向けてはTwitter上で『お前らの好きなイケてるNFTアートは?』と呼びかけまでしているわけです。

これまでアートの世界では、アーティストや批評家、ギャラリストやキュレーターといった人たちが価値や歴史をつくっていました。僕が知る限り、サザビーズのようなオークションハウスが価値付けを先導していくというのは、アートの歴史上では初めてだと思います。これまで需要があるものを評価して売買する立場だったオークションハウスが、今では最前線で価値をつくっていく立場となっているのは、非常に面白い動きです」(泰平氏)

また、泰平氏はNFTアートをめぐる興味深い作品として、2021年に現代アーティストのダミアン・ハーストが発表した『The Currency』(通貨)を挙げる。

本作はドットが描かれた1万枚のシートそれぞれが個別識別できるようになっており、それを1枚2000ドルでNFT作品として販売。購入から1年後に、購入者は全員「NFTを破棄して、それに紐付いた物理的な作品を受け取る」か、「紐付いた物理的な作品を破棄して、NFTを保持する」かのどちらかを選ばなくてはならない。 NFTそのものがタイトル通り一種の貨幣的な存在として扱われており、「アート作品と貨幣の境界線はどこにあるのか?」「貨幣であるとなった場合、法律上の扱いはどうなるのか?」「リアルなアートにも同じ疑問は起き得るのでは?」といった、FT(代替性トークン)とNFT(非代替性トークン)、物理的なアートとデジタルアートの境界に対するさまざまな問いが内包された作品だと賞している。

最後に、改めてNFTによってアートの世界がどのように変化していくのか? その未来像を聞いた。

「ブロックチェーン技術やNFTによって作品情報の登記システムが整備されれば、つくり手も受け手も信用を構築するために中心世界と接触する必要性が減少して、ひいてはみんなが毎日アートをする世界が来ると思っています

本や音楽と同じように、そこには子供を含めた幅広い層が楽しむアートもあれば、本当にコアな知識を持った人だけが好むようなものもあるでしょう。それでも、人々が自身のいる物理環境に寄らず、気軽にアート体験が一般化した世界を究極の目標として、事業を進めていきます」(泰平氏)

技術とカルチャーの変容

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