「音楽ではできない最高のエンタメを、ホテルならできると思ったんですよね」
KOHHのクリエイティブ・ディレクター兼プロデューサー「318(スリーワンエイト)」として知られてきた高橋良氏は、焚き火にあたりながらそう話す。
編集部は、東京は西多摩にある檜原村に来ていた。
そこには、音楽業界を離れた高橋氏が経営する、1日1組だけしか宿泊できない「THEATER 1」がある。
決して安価な宿泊料ではないが、すでに予約は数ヶ月先まで埋まっている。
取材・執筆:新見直 撮影:横山マサト
標高600m、5000坪という広大な敷地の中に、その宿泊施設は建っている。 緑に囲まれたそこが、映画を観るための最高の空間として提供されるTHEATER 1だ。
「(土地を)見に来たその日に即決しましたね。現金で一括払いしか受け付けないということで、うん千万円を支払いました。
『何で檜原村?』って言われても明確には説明できないけど、不動産って恋愛と同じだって言うじゃないですか。そんな感じで、一目惚れみたいなことです」
結婚も、交際を始めて5日でプロポーズしたという高橋氏。回り道はしない。
現在40歳の彼の半生を遡ると、キャリアのスタートは、高校生の頃に始めたDJ・ビートメイカーだった。
渡米先でアメリカのクリエイティブとビジネスを目の当たりにした彼は、日本に戻り「318」名義で音楽プロデューサーとして活動を開始。Eillyhustlehard名義で映像も手がけたDJ TY-KOH・SIMONの曲
プロデュース・チーム「GUNSMITH PRODUCTION」を立ち上げ、DJ TY-KOHやラッパーのSIMONらと活動を共にする。
ヒップホップシーンには広く知れ渡っていた「318」という名前をさらに広めたのは、ラッパー・KOHHのプロデュースだった。
北区王子を拠点にラップを始めた団地っ子は、高校生で318と出会い、日本に留まらず世界に羽ばたいていった。
2015年、客演で参加した韓国人ラッパー・Keith Apeらとの楽曲『It G Ma』は、アメリカを中心にバイラルヒット。VICEのKOHHドキュメンタリーに、高橋氏も出演している
その後、KOHHは宇多田ヒカルのアルバムへの参加やONE OK ROCKのTakaを客演に迎えた「I Want a Billion」など、目を見張る活躍を続ける。
しかし2020年、KOHHは突如、音楽活動引退を表明。
高橋氏も、「318」という名前を捨て、KOHHのプロデュースを最後に音楽業界を離れることに。
そして次なる仕事の一つに選んだのが宿泊業だった。
THEATER 1は、彼が現在最も関心を抱く建築分野とアート要素とを兼ね備えた、映画を観るための特別な宿泊施設として2021年にオープンした。
「人を楽しませるって意味では(音楽もホテル業も)エンターテイメントみたいに大きく括っちゃってます。
ライブやってて思うのが、人数が増えれば増えるほど一体感は出ないなと思って。それはKOHHも言ってて、1000人を超えてくるとやっぱりちょっと演技と言うか、パフォーマンスしないといけない。だから『やっぱ小箱が好きですね』って」
そうした考えを持つKOHHと高橋良だったからこそ、ツアーでは地元・王子のハコをはじめ、その知名度には必ずしも似つかわしくない小さい会場を回り続けたのだろう。
「音響の問題もあるし、やっぱり一体感が出るのは800人くらいまでかな」。小さな会場に人が詰めかける中、売れた後もこれまでと変わらないスタンスで、KOHHは観客に向けてライブをし続けてきた。
「僕らは音響さんやスタッフさんを含めて1チームだけど、KOHHを観に来たお客さんからすれば、演者1人対観客全員なわけで。
もちろんライブには満足してくれてると思っているけど、大勢参加してくれたお客さん一人ひとりの感動レベルとして考えると、『その日が生きてて最高の1日だ』まではいかないと思ったんですよ。
でも、自分のエンタメを提供するスキルって、分野が違ってもそれほど変わらないじゃないですか。だから、本気で宿泊施設を1組に提供したら、すごい感動になるんじゃないか。その仮説をもとに、THEATER 1は始まったんですよね」 もしも感動というものに総量があったとしたら、一人のアーティストが一回のライブで起こせる感動は、会場にいる観客数分で割ることになる。
しかし、自分の培ってきたスキルをそのまま活かして、たった1組だけの宿泊施設を提供したら、一回のライブで起こす感動の総量をそのまま1組だけに注ぎこめるのではないか──高橋良は、そう考えた。
「KOHHが1日一組限定で365日ライブをするという企画がもしあがってきたら『何言ってんですか?』っつって終わりの話ですけど、宿泊施設だったそれができるなと思っちゃって」
一晩1組、大自然に囲まれたコテージで映画を堪能するためだけにあつらえられたシアタールーム。
誰にも邪魔されることなく、心ゆくまで大音量で映画などを楽しめるその施設と調度品には、高橋氏のこだわりが詰まっている。 コテージの外壁は、元の壁面の鎧張りにさらに杉板を目透かしで重ね合わされている。使われているのは、もちろんこの山で採れた杉だ。
「鎧張りは日本でも伝統的な張り方だけど、縦に張られているスタイルは北欧に多いんです。木材が使われているノルウェーのアストルップ・ファーンリ現代美術館を実際に見に行って取り入れました」
屋根も、通常ははみ出しているはずの軒先はカットされサッパリとした切り落としになっていて、どこか異国情緒を感じさせる。
真っ黒い扉からコテージに入ると、快適なホテルの一室と遜色ない空間が広がっている。
周囲には、何もない。 「KOHHがTaka(ONE OK ROCK)さんと曲をつくった時、ハリウッドに滞在することがありました。
僕らはエアビー(Airbnb)に泊まったんですが、プールもついてて豪華なホームシアターが完備されていた。1日30万円ほどで、驚いたのが、むしろそれでもハリウッドの相場としては安いほどだったこと。なんで安いかと言うと、そこから見える景色には、他の家や電線がどうしても入り込んでくるから。
でもTakaさんのお宅は、周りは自然以外に何もない。体験が全然違ったんですね。『自分の住居以外、周りに人工物が見えない』ことの価値をハリウッドで勉強した。だから人里離れた檜原村を選んだんです」
山奥にシアタールームを。高橋氏は、東京の村にハリウッドを見ている。
いずれここも、お金を出して電信柱を地中に埋め、電線を完全に見えなくする計画がある。
調度品もすべて、映画を観るために備えられている。テンピュールの電動リクライニングベッドは、寝っ転がって好きな角度で楽しめる。
サブウーファーも壁に埋め込んで、一般家庭のオーディオの5倍は出るようになっている。辺りには、自分たちしかない森の中。どんな爆音でも気兼ねなく流すことができる。
高橋氏のオススメとしては、大音響で楽しみたいクリストファー・ノーラン『ダークナイト』や、デヴィッド・フィンチャー『ゾディアック』『ファイトクラブ』『セブン』が挙がった。 いずれも高級な家電だが、この施設で最も高級なのは、デンマークのメーカー・HWAM(ワム)の薪ストーブ。開口部が大きく、ガラス越しに火を眺めながら映画に浸ることができる。 雨の日でも車で来たら、雲海がきれいに見える。
「長編映画を観ると疲れるじゃないですか。だから観終わったら、外に出てくつろいでもらう」。
映画に没頭して、振り返ったら緑豊かな山奥にいることを思い出すというのは、未知の体験だ。
KOHHのクリエイティブ・ディレクター兼プロデューサー「318(スリーワンエイト)」として知られてきた高橋良氏は、焚き火にあたりながらそう話す。
編集部は、東京は西多摩にある檜原村に来ていた。
そこには、音楽業界を離れた高橋氏が経営する、1日1組だけしか宿泊できない「THEATER 1」がある。
決して安価な宿泊料ではないが、すでに予約は数ヶ月先まで埋まっている。
取材・執筆:新見直 撮影:横山マサト
目次
音楽プロデューサー「318」として知られた高橋良
東京の本州で唯一の村である檜原村は、都心から車で1時間強走らせれば訪れることができる。標高600m、5000坪という広大な敷地の中に、その宿泊施設は建っている。 緑に囲まれたそこが、映画を観るための最高の空間として提供されるTHEATER 1だ。
「(土地を)見に来たその日に即決しましたね。現金で一括払いしか受け付けないということで、うん千万円を支払いました。
『何で檜原村?』って言われても明確には説明できないけど、不動産って恋愛と同じだって言うじゃないですか。そんな感じで、一目惚れみたいなことです」
結婚も、交際を始めて5日でプロポーズしたという高橋氏。回り道はしない。
現在40歳の彼の半生を遡ると、キャリアのスタートは、高校生の頃に始めたDJ・ビートメイカーだった。
渡米先でアメリカのクリエイティブとビジネスを目の当たりにした彼は、日本に戻り「318」名義で音楽プロデューサーとして活動を開始。
ヒップホップシーンには広く知れ渡っていた「318」という名前をさらに広めたのは、ラッパー・KOHHのプロデュースだった。
北区王子を拠点にラップを始めた団地っ子は、高校生で318と出会い、日本に留まらず世界に羽ばたいていった。
2015年、客演で参加した韓国人ラッパー・Keith Apeらとの楽曲『It G Ma』は、アメリカを中心にバイラルヒット。
しかし2020年、KOHHは突如、音楽活動引退を表明。
高橋氏も、「318」という名前を捨て、KOHHのプロデュースを最後に音楽業界を離れることに。
そして次なる仕事の一つに選んだのが宿泊業だった。
THEATER 1は、彼が現在最も関心を抱く建築分野とアート要素とを兼ね備えた、映画を観るための特別な宿泊施設として2021年にオープンした。
大勢を沸かせてきたスキルをたった1組に向けたら?
音楽からホテル経営に。ものすごい振れ幅だが、本人の中ではそれらは繋がっている。「人を楽しませるって意味では(音楽もホテル業も)エンターテイメントみたいに大きく括っちゃってます。
ライブやってて思うのが、人数が増えれば増えるほど一体感は出ないなと思って。それはKOHHも言ってて、1000人を超えてくるとやっぱりちょっと演技と言うか、パフォーマンスしないといけない。だから『やっぱ小箱が好きですね』って」
そうした考えを持つKOHHと高橋良だったからこそ、ツアーでは地元・王子のハコをはじめ、その知名度には必ずしも似つかわしくない小さい会場を回り続けたのだろう。
「音響の問題もあるし、やっぱり一体感が出るのは800人くらいまでかな」。小さな会場に人が詰めかける中、売れた後もこれまでと変わらないスタンスで、KOHHは観客に向けてライブをし続けてきた。
「僕らは音響さんやスタッフさんを含めて1チームだけど、KOHHを観に来たお客さんからすれば、演者1人対観客全員なわけで。
もちろんライブには満足してくれてると思っているけど、大勢参加してくれたお客さん一人ひとりの感動レベルとして考えると、『その日が生きてて最高の1日だ』まではいかないと思ったんですよ。
でも、自分のエンタメを提供するスキルって、分野が違ってもそれほど変わらないじゃないですか。だから、本気で宿泊施設を1組に提供したら、すごい感動になるんじゃないか。その仮説をもとに、THEATER 1は始まったんですよね」 もしも感動というものに総量があったとしたら、一人のアーティストが一回のライブで起こせる感動は、会場にいる観客数分で割ることになる。
しかし、自分の培ってきたスキルをそのまま活かして、たった1組だけの宿泊施設を提供したら、一回のライブで起こす感動の総量をそのまま1組だけに注ぎこめるのではないか──高橋良は、そう考えた。
「KOHHが1日一組限定で365日ライブをするという企画がもしあがってきたら『何言ってんですか?』っつって終わりの話ですけど、宿泊施設だったそれができるなと思っちゃって」
すべては、一夜の映画鑑賞のため
「もともとこの土地に建ってたのは和風のロッジだったんですが、THEATER 1は、それをどこまで改築して北欧風にできるかという実験でもありました」一晩1組、大自然に囲まれたコテージで映画を堪能するためだけにあつらえられたシアタールーム。
誰にも邪魔されることなく、心ゆくまで大音量で映画などを楽しめるその施設と調度品には、高橋氏のこだわりが詰まっている。 コテージの外壁は、元の壁面の鎧張りにさらに杉板を目透かしで重ね合わされている。使われているのは、もちろんこの山で採れた杉だ。
「鎧張りは日本でも伝統的な張り方だけど、縦に張られているスタイルは北欧に多いんです。木材が使われているノルウェーのアストルップ・ファーンリ現代美術館を実際に見に行って取り入れました」
屋根も、通常ははみ出しているはずの軒先はカットされサッパリとした切り落としになっていて、どこか異国情緒を感じさせる。
真っ黒い扉からコテージに入ると、快適なホテルの一室と遜色ない空間が広がっている。
周囲には、何もない。 「KOHHがTaka(ONE OK ROCK)さんと曲をつくった時、ハリウッドに滞在することがありました。
僕らはエアビー(Airbnb)に泊まったんですが、プールもついてて豪華なホームシアターが完備されていた。1日30万円ほどで、驚いたのが、むしろそれでもハリウッドの相場としては安いほどだったこと。なんで安いかと言うと、そこから見える景色には、他の家や電線がどうしても入り込んでくるから。
でもTakaさんのお宅は、周りは自然以外に何もない。体験が全然違ったんですね。『自分の住居以外、周りに人工物が見えない』ことの価値をハリウッドで勉強した。だから人里離れた檜原村を選んだんです」
山奥にシアタールームを。高橋氏は、東京の村にハリウッドを見ている。
いずれここも、お金を出して電信柱を地中に埋め、電線を完全に見えなくする計画がある。
調度品もすべて、映画を観るために備えられている。テンピュールの電動リクライニングベッドは、寝っ転がって好きな角度で楽しめる。
サブウーファーも壁に埋め込んで、一般家庭のオーディオの5倍は出るようになっている。辺りには、自分たちしかない森の中。どんな爆音でも気兼ねなく流すことができる。
高橋氏のオススメとしては、大音響で楽しみたいクリストファー・ノーラン『ダークナイト』や、デヴィッド・フィンチャー『ゾディアック』『ファイトクラブ』『セブン』が挙がった。 いずれも高級な家電だが、この施設で最も高級なのは、デンマークのメーカー・HWAM(ワム)の薪ストーブ。開口部が大きく、ガラス越しに火を眺めながら映画に浸ることができる。 雨の日でも車で来たら、雲海がきれいに見える。
「長編映画を観ると疲れるじゃないですか。だから観終わったら、外に出てくつろいでもらう」。
映画に没頭して、振り返ったら緑豊かな山奥にいることを思い出すというのは、未知の体験だ。
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