映画『美少女戦士セーラームーンR』が傑作たる理由 幾原邦彦が示す月野うさぎの存在意義

セーラームーン/月野うさぎという母性・女性性

『劇場版R』は『無印』最終話に対する救済。この視点はあくまでもTVシリーズの視聴者としてのものだが、『劇場版R』は、もちろん独立した1つの作品としても心に刺さる。その根底にあるのは、セーラームーン/月野うさぎというキャラクターの持つ深い愛。本作は彼女の魅力を最大限に描き切ったからこそ、子どもから大人まで広い世代の心を打った。

僕や衛くんの孤独がお前にわかってたまるか」──セーラームーンを追い詰めたフィオレはこう言い放つが、これはTVシリーズの明るく楽天的なうさぎに対して、視聴者が抱いていた誤解を表現したセリフとも言える。

しかし本作で表現されたのは、セーラームーン/月野うさぎの持つ究極の愛だ。直後、セーラー戦士たちの回想によって、それぞれが抱えた孤独を、楽天的だと思われたうさぎの言動で救われていたことが明らかになる。

同時にかつて衛がフィオレに渡した花も、偶然出会った幼いうさぎからもらったものであることが判明。フィオレが信じた衛の優しさは、そもそもうさぎが放った大きな愛だった。だからこそ、「うさぎに出会わなければ私たちずっと1人だった」とみんなはうさぎを守ろうとするのだ。

「大丈夫、セーラームーンはみんなのママだから」

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『美少女戦士セーラームーン』はその名の通り、戦う女の子たちの物語だ。しかし彼女たちは、悪を力や攻撃という物理で懲らしめることには終わらず(もちろん中には諸々の理由で消滅する敵も存在する)、『劇場版R』でフィオレに対してそうであったように、最後はヒーリングの力で敵を浄化へと導くのが常となっている。

『劇場版R』でセーラームーンの未来の子ども・ちびうさが言った「大丈夫、セーラームーンはみんなのママだから」という言葉の通り、月野うさぎは、敵すらも受容する母性や女性性(本稿では受け取るの意)を有した人物として描かれている。本編全体を通じて一貫しており、フィオレに殺されそうになる瞬間でさえ「あなたは1人じゃないわ」と、最後まで見捨てず受け容れようとしていた。

各太陽系惑星を守護星に持つセーラー戦士たちに、中国の思想である「陰陽」という概念を照らし合わせると、セーラームーンこと月野うさぎのモチーフである月は「陰」。つまり、やはり「受容」を意味し、人間における女性性の部分や役割を果たす。女性性というのは、人が持つ、すべてを理解して受け容れるという力を意味する。

セーラームーンという戦う女の子の物語において、その誕生の重要性は単にそれまで少なかった女性ヒーローとしての珍しさに終わらず、女性が戦うことを作品として表現する上で、性別という点だけではなく、女性性という性質をテーマにつくられたものなのではないかと考える。

時には自分が犠牲になっても、自分以外の誰かを“受け入れる”という力で他者を信じ、優しさや愛情によって、実際に何かを守り、愛し抜く。作中において、その最たるキャラクターがセーラームーン/月野うさぎであり、その姿は女性性の究極とも言うべき母親のような存在。ちびうさの「みんなのママ」発言は、セーラームーンが持つ女性性を言い表しているのだろう。

なぜ『劇場版R』は27年経っても色褪せないのか?

『劇場版R』では、セーラームーンの持つ女性性が、物理的な戦いを放棄するシーンや、みんなの孤独を救ったシーンなどで描かれている。特にクライマックスにおける「もう誰も1人にしない」というセリフや、自らの命を賭けて、地球を、仲間を助ける描写に強く表現されていた。

幼い子ども、特に女の子を中心に人気となった作品でありながら、1時間という短い時間の中で、ショッキングな描写やセーラー戦士たちの知られざる暗い過去などが、『劇場版R』を印象的な作品にしているのは間違いない。しかし、それだけで多くの人にとっての「忘れられない作品」となったわけではない。

登場人物たちを受け容れるだけでなく、観客の心までをも包み、抱きしめ、癒した──セーラームーン/月野うさぎという存在が描かれたからこそ、『劇場版R』は27年経った今もなお「あなたの好きなエピソード」の第1位として君臨しているのではないだろうか。

最後に、筆者が劇場で鑑賞したのが当時6歳。本作のテーマである愛も孤独も、もちろん受け容れるということすらもまだわかっていなかった。そんな子ども心にも、確かに伝わってくるものがあり、随所で心が動き鳥肌が止まらなかったのを覚えている。

そして、子どもになんとなく着いて行ったはずだった大人たちが、一同に号泣した姿もまた忘れることはない。歳を重ねて観返せば観返すほど、この作品に込められた意味は鮮明となり、人生で何度観ても泣いてしまうような、忘れられない作品になったということを、27年の月日を超えて、ここに記しておきたい。

※記事初出時、一部表記に誤りがございました。お詫びして訂正いたします。

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