『美少女戦士セーラームーン』──武内直子さんによる漫画・TVアニメが1990年代に女の子の話題を席巻、最高視聴率は当時16.3%を記録し、現在も根強い人気を誇る。その最新作となる劇場版『美少女戦士セーラームーンEternal』の前編が公開、2月11日からは後編が公開中だ。
20周年となった2012年、さらに25周年の2017年に前後して、「美少女戦士セーラームーン」のメディア露出やグッズ展開は活発化。最新劇場版にもつながる新作TVアニメ『美少女戦士セーラームーンCrystal』(2014年)の配信・放送をはじめ、話題に事欠かない状態が続いている。劇場版『美少女戦士セーラームーンEternal』《後編》予告
2019年12月5日には、NHK BSプレミアムで「全美少女戦士セーラームーンアニメ大投票」が放送。8万票を超える投票結果がTwitterのトレンドを席巻。番組内の「あなたの好きなエピソード」において、200話あるTVシリーズをおさえて堂々の1位を獲得したのが『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』(以下『劇場版R』)だ。
直撃世代である筆者は、公開当時トラウマとも言える衝撃を受けた。今回は、幾原邦彦監督が手掛け傑作と呼ばれる『劇場版R』について、公開時の記憶を掘り起こしながら、作品に込められた、セーラームーン/月野うさぎが彼女たる理由について書いていきたい。
『美少女戦士セーラームーンR』第1話
劇場公開されたのは1993年12月5日。TVシリーズ2作目『美少女戦士セーラームーンR』が放送中で、最高視聴率を獲得していたブームの真っ只中だった。シリーズ初の劇場作品でもある『劇場版R』は、1993年の邦画配給収入第7位となる13億円のヒットを記録した。
しかし、ギャグ要素を多く含んだTVシリーズとは一線を画した作風は、極端な言い方をすれば、子ども向けにつくられたものではなかった。こう断言できるのも、アラサーの筆者が生まれて初めて劇場で見た映画であり、当時トラウマとも言える衝撃を受けた作品だからだ。
NHKの大投票の結果では、第2位がTVアニメ第1作『美少女戦士セーラームーン』(以下『無印』)の最終回前話である45話「セーラー戦士死す!悲壮なる最終戦」。セーラームーン以外の全セーラー戦士が絶命してしまう、そんなトラウマ回を上回っていることからも、『劇場版R』がいかに当時の子どもたちの心に深く残っているかがわかるだろう。『少女革命ウテナ』第1話
生易しい作品でないのは、監督をつとめたのが幾原邦彦さんであることも関係している。TVシリーズ第4作『美少女戦士セーラームーンSuperS』までシリーズディレクターを担当、その後1997年に『少女革命ウテナ』を手がけた幾原監督にとって、初の劇場監督作となった『劇場版R』。彼の特徴である、演劇を思わせる演出手法やメタファーなどが見られ、それがストーリーをより深めていたのは間違いない。
劇中では、月野うさぎ(セーラームーン)とセーラー戦士それぞれの関係性や、彼女らが抱えてきた孤独、周囲の人間関係における不調和、さらに地場衛(タキシード仮面)の過去が初めて描かれる。深い人間描写に加えて、『無印』をはじめとしたセーラームーンたちの過去世(詳細は後述)への救済が際立つ。
さらに、全編を通じて「本当の愛とは何か?」を観客に問いかけると同時に、「うさぎがうさぎである理由」が明確に表現された。TVシリーズでは語られなかった彼女の存在理由を強く示したことが、『劇場版R』を唯一無二の作品にしている。
別れ際に衛が花を渡したことで、フィオレは次は自身が花を持って帰ってくると約束。成長したフィオレは花とともに戻ってくるが、その花は寄生虫の妖魔であり、またフィオレ自身も、衛を1人にした地球に対する憎しみという複雑な感情を抱いていた。
寄生虫に操られたフィオレとの戦いのシーンでは、TVシリーズ『R』までに登場したすべての技に加え、滅多に披露されない5人揃っての「セーラーテレポート」や「セーラープラネットアタック」など、見応えのあるバトルシーンも展開。一方で、セーラームーンをかばい、彼女の目の前でタキシード仮面が串刺しにされるショッキングなシーンもあり、幾原監督の得意なシルエットを用いた演出が際立つ。
直後には、『無印』最終回前話での“墓標”(セーラー戦士が1人ずつ死んでいく場面)を彷彿とさせるセーラー戦士がボロボロの状態で吊し上げられるシーンも登場。衝撃再びかと思いきや『劇場版R』は違った。
仲間の死を無駄にせず、1人で戦い、地球を守り抜いた『無印』とは異なり、本作でのセーラームーンはみんなを守るために戦いを放棄する。『R』以降で「もう誰も死なせはしない」と誓ったセーラームーン自身の過去へのリベンジである(『無印』最終話ではうさぎも死亡しており、『R』以降の物語は転生した後を描いている)。同時に、『無印』最終話及びその前話で衝撃を受けた子どもたちへの救済でもあると考える。
『劇場版R』のクライマックスでは、セーラームーンは地球に衝突する小惑星の軌道を変えるため、自分の命に等しい銀水晶のパワーを使う。そこへ衛やセーラー戦士たちが、「絶対にうさぎを死なせない」と加わり、軌道を変えることに成功。
同じく『無印』最終話でも、銀水晶を使いラスボスと戦うが、その際にセーラームーンを援護したのは、肉体を持たないセーラー戦士の魂だった。つまり『劇場版R』では、「もう誰も死なせはしない」と成長したうさぎの強い意思により、肉体を持つ、生きている状態の仲間の力を借りることができた。
ラストは『無印』同様、セーラームーンは銀水晶と共に命を使い切って死亡。しかし、うさぎの愛に改心したフィオレのエナジーと衛からのキスによって蘇生。『無印』最終話でセーラームーンは、死亡した衛へのキスを諦めており、このようなラストシーンに至るまで、『劇場版R』は『無印』のリベンジを果たしていることがわかる。 一連のシーンで流れる劇場版主題歌「Moon Revenge」も象徴的だ。タイトルはもちろん、歌詞には繰り返し「Tatoo」というフレーズが登場。全員が死んでしまった『無印』に加え、うさぎと衛はプリンセス・セレニティとプリンス・エンディミオンという前世でも命を落としており、運命に刺青のように刻まれたかのような悲劇を繰り返している。
『劇場版R』ではそれらを乗り越えてハッピーエンドを迎えており、セーラームーンたちの過去の無念と『無印』放送当時の視聴者のやり切れなさ、その両方を救済したと言えるのではないだろうか(余談だが、各声優の歌声がよりキャラクターへの感情移入を深め、物語を盛り上げ、涙を誘う)。三石琴乃さんに100の質問!
20周年となった2012年、さらに25周年の2017年に前後して、「美少女戦士セーラームーン」のメディア露出やグッズ展開は活発化。最新劇場版にもつながる新作TVアニメ『美少女戦士セーラームーンCrystal』(2014年)の配信・放送をはじめ、話題に事欠かない状態が続いている。
直撃世代である筆者は、公開当時トラウマとも言える衝撃を受けた。今回は、幾原邦彦監督が手掛け傑作と呼ばれる『劇場版R』について、公開時の記憶を掘り起こしながら、作品に込められた、セーラームーン/月野うさぎが彼女たる理由について書いていきたい。
目次
最高傑作と名高い『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』
しかし、ギャグ要素を多く含んだTVシリーズとは一線を画した作風は、極端な言い方をすれば、子ども向けにつくられたものではなかった。こう断言できるのも、アラサーの筆者が生まれて初めて劇場で見た映画であり、当時トラウマとも言える衝撃を受けた作品だからだ。
NHKの大投票の結果では、第2位がTVアニメ第1作『美少女戦士セーラームーン』(以下『無印』)の最終回前話である45話「セーラー戦士死す!悲壮なる最終戦」。セーラームーン以外の全セーラー戦士が絶命してしまう、そんなトラウマ回を上回っていることからも、『劇場版R』がいかに当時の子どもたちの心に深く残っているかがわかるだろう。
劇中では、月野うさぎ(セーラームーン)とセーラー戦士それぞれの関係性や、彼女らが抱えてきた孤独、周囲の人間関係における不調和、さらに地場衛(タキシード仮面)の過去が初めて描かれる。深い人間描写に加えて、『無印』をはじめとしたセーラームーンたちの過去世(詳細は後述)への救済が際立つ。
さらに、全編を通じて「本当の愛とは何か?」を観客に問いかけると同時に、「うさぎがうさぎである理由」が明確に表現された。TVシリーズでは語られなかった彼女の存在理由を強く示したことが、『劇場版R』を唯一無二の作品にしている。
『劇場版R』が果たした『無印』最終話への救済
ストーリーの軸は、地球にやってきた異星人・フィオレと幼少期の衛との過去。事故で両親を失い、その入院先で孤独な衛を慰めたのが、当時同じく1人で宇宙を漂流し、地球にたどり着いたフィオレだった。別れ際に衛が花を渡したことで、フィオレは次は自身が花を持って帰ってくると約束。成長したフィオレは花とともに戻ってくるが、その花は寄生虫の妖魔であり、またフィオレ自身も、衛を1人にした地球に対する憎しみという複雑な感情を抱いていた。
寄生虫に操られたフィオレとの戦いのシーンでは、TVシリーズ『R』までに登場したすべての技に加え、滅多に披露されない5人揃っての「セーラーテレポート」や「セーラープラネットアタック」など、見応えのあるバトルシーンも展開。一方で、セーラームーンをかばい、彼女の目の前でタキシード仮面が串刺しにされるショッキングなシーンもあり、幾原監督の得意なシルエットを用いた演出が際立つ。
直後には、『無印』最終回前話での“墓標”(セーラー戦士が1人ずつ死んでいく場面)を彷彿とさせるセーラー戦士がボロボロの状態で吊し上げられるシーンも登場。衝撃再びかと思いきや『劇場版R』は違った。
仲間の死を無駄にせず、1人で戦い、地球を守り抜いた『無印』とは異なり、本作でのセーラームーンはみんなを守るために戦いを放棄する。『R』以降で「もう誰も死なせはしない」と誓ったセーラームーン自身の過去へのリベンジである(『無印』最終話ではうさぎも死亡しており、『R』以降の物語は転生した後を描いている)。同時に、『無印』最終話及びその前話で衝撃を受けた子どもたちへの救済でもあると考える。
主題歌「Moon Revenge」に象徴される過去世へのリベンジ
前述したタキシード仮面が串刺しにされるシーンもまた、『無印』最終話で同じくセーラームーンを敵の攻撃から守り死亡したタキシード仮面とリンクしており、『劇場版R』は、放送当時に賛否両論を巻き起こした『無印』最終話との親和性が非常に高い。『劇場版R』のクライマックスでは、セーラームーンは地球に衝突する小惑星の軌道を変えるため、自分の命に等しい銀水晶のパワーを使う。そこへ衛やセーラー戦士たちが、「絶対にうさぎを死なせない」と加わり、軌道を変えることに成功。
同じく『無印』最終話でも、銀水晶を使いラスボスと戦うが、その際にセーラームーンを援護したのは、肉体を持たないセーラー戦士の魂だった。つまり『劇場版R』では、「もう誰も死なせはしない」と成長したうさぎの強い意思により、肉体を持つ、生きている状態の仲間の力を借りることができた。
ラストは『無印』同様、セーラームーンは銀水晶と共に命を使い切って死亡。しかし、うさぎの愛に改心したフィオレのエナジーと衛からのキスによって蘇生。『無印』最終話でセーラームーンは、死亡した衛へのキスを諦めており、このようなラストシーンに至るまで、『劇場版R』は『無印』のリベンジを果たしていることがわかる。 一連のシーンで流れる劇場版主題歌「Moon Revenge」も象徴的だ。タイトルはもちろん、歌詞には繰り返し「Tatoo」というフレーズが登場。全員が死んでしまった『無印』に加え、うさぎと衛はプリンセス・セレニティとプリンス・エンディミオンという前世でも命を落としており、運命に刺青のように刻まれたかのような悲劇を繰り返している。
『劇場版R』ではそれらを乗り越えてハッピーエンドを迎えており、セーラームーンたちの過去の無念と『無印』放送当時の視聴者のやり切れなさ、その両方を救済したと言えるのではないだろうか(余談だが、各声優の歌声がよりキャラクターへの感情移入を深め、物語を盛り上げ、涙を誘う)。
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