どうも。ライターのじーえふです。
バーチャルYouTuber、増えてきましたね。日に30人くらいバーチャルYouTuberが増えている現状、必然的に一発屋やイロモノ達も発生しています。でも、そんな中に"ホンモノ"が混ざってたりするわけです。
その一人が今回ご紹介する「ミソシタ」です。
その世界観は三次元でも二次元でもない、その狭間に生きるバーチャルYouTuberファンの心を鷲掴みにしています。
彼(?)の存在を一言で言うなら、そうですね、強いて言えば、はい、一言では無理なので記事として語っていきたいと思います。
文:じーえふ 編集:ふじきりょうすけ
ミソシタが担いできた「ポエムコア」とは
ミソシタの製作は、ポエムコアの創始者であるBOOL氏です。ポエムコアの簡単な定義は以下の通り。
しかしこれらの定義付けは非常に曖昧なもので、事実BOOL氏からリリースされる音源の中にはトラックに合わせたラップのようなものもあります。「ポエムコア」の定義はBOOL氏本人の考え方やさじ加減に寄るようです。・まず先行して、深夜の暗い部屋で「ポエムテープ」という朗読音源が制作される。それを元にトラック(伴奏)が制作され、最終的に楽曲となる
・「ナイフのような自意識」「スケベ心」「闇」という三大要素が存在し、それらが世界観の指標となる
・ポエムコアがどのようなカルチャーに当てはまるかと言われれば、どのクラスタにも少なからず存在するクソメン&クソガールのものである
BOOL氏について掘り下げていくとこの記事を卒論として大学に提出した方が得な気がしてくるので、あくまで今回は「バーチャルYouTuberのミソシタ」にポイントしていきたいと思います。
いくつか動画をピックアップして彼の放つパンチラインに注目していきましょう。
VTuber界の闇から現れたミソシタとは
『アカギ』みたいな言い方しますがミソシタが闇に舞い降りたのは3月4日。1作目となる動画が投稿されました。フジリュー版『封神演義』に出てくる「女禍」の最終形態がこんな感じでしたね。深夜に出会ったらたぶん叫び声も出せません。
「初回はミソシタくんのポエムコアだよ〜」というゆるキャラテイストな文章とともに公開された自己紹介動画。ですが、内容は重々しい音楽とともに不気味に笑うミソシタの「語り」。
「ポエムコアを知っているか?闇の中で流行っている。聴いてみるといい」
「君は狂ってるか? 僕は狂ってる」
この二節はその後のミソシタを強く象徴するキーフレーズになっていきます。
BOOL氏はポエムコアをなんとか広めようと長年活動してきた方ですが、もし「まだ流行ってない」という現状を「闇の中で流行っている」と言い換えたものなら、最高にクールだと思いませんか?
私事ですが一時期僕の質問箱に「ポエムコアを知っているか?」という文章が何度も投稿されていました。僕は「いや知らねーよ」って感じでした。当時は、まだ。
そして翌日投稿された第2作。
しかしこの作品における「生と死」は生物の命に関するものではなく、ポエムコアの世界観にも直結する「エロ」の話になります。
「2000年代前半からだ。今やスケベはネットで簡単に手に入る。」
「だけどな、そこに魂はありますか? 生きてるか?」
「死んでるだろ」
グラビア雑誌『クリーム』を片手に、違法ダウンロードが横行するインターネットを痛烈に批判するミソシタ。しかしその切り口は「法」に言及するものではなく、エロの本質を我々に問いかける形を取っています。 「スケベの魂」について考えたことありますか? 君が今夜お世話になるスケベ、生きてますか? 隣町のコンビニまでエロ本買いに行ったことありますか? レンタルビデオ屋のカーテンを初めてくぐった時のこと、覚えてますか?
言うて僕はあんまり覚えてないです。僕のスケべはもう死んでいるのかもしれません。
余談ですがBOOL氏は某インタビュー記事で「着エロが好き」と語っており、ミソシタがグラビア雑誌を持っているのも頷けます。でも、よくよく考えたらミソシタは普通に全裸なのウケますよね。
バーチャルとリアルの狭間へ
「奴らはリアル 俺らはバーチャル バーチャルだから自由 街中全裸walking自由」
精神科救急24時で患者が叫んでても違和感無い文章ですね。若干韻を踏んでいるので、医者サイドにラップの心得があればそのままフリースタイルバトルに突入しそうです。
「まずは私とtalkingしよう 君は間違いなくリアル リアルは不自由だけど杞憂 お薬出してやってくぞ治癒」みたいな。知らんけど。
もちろん現実で叫べば一撃でお縄になりますが、ミソシタはバーチャルの住人。彼が全裸なのは「自由」をもっともシンプルに伝える手段なのかもしれません。
そして質問箱への解答動画みたいな第8作。
「男とか女とか処女とか童貞とか そりゃリアルのやつの概念だ 僕はバーチャル バーチャルだ」
このアンサーで一蹴。ミソシタ史に残るパンチラインです。
もしも貴方が自分のことをバーチャルだと言い切れる精神異常者なら、例え職場の上司に怒鳴られても「そりゃリアルのやつの概念だ」と言っておけば最強になれます。無論クビになりますが。
声は男で、エロ本についても度々言及するミソシタですが、胸にはたわわなおっぱいが、そして4作目では陰部を隠しています。そして、"そこ"に「イチモツ」の存在は無いように見えます……が、ミソシタは頭を指差し不敵に笑みを浮かべながら「あるよ イチモツ これ」と一言。 結果的に「股間は隠すがイチモツは無修正」という不思議な矛盾を加速させています。
しかし彼に言わせれば「股間にイチモツがあるというのもリアルのやつの概念」ってことなんですよね。我々はバーチャルを甘く見ていたようです。
そして生まれた名作「ミッドナイト・ファイティングブリーフ」
「ミソシタが個室ビデオを木馬で爆走してるぞ!」という文言とともに投稿された第9作「ミッドナイト・ファイティングブリーフ」。動画見たら本当にミソシタが個室ビデオを木馬で爆走しててビビりました。
冒頭にこの一言を放ち、ミソシタが個室ビデオを木馬で爆走します。今までのポエムコアとは打って変わって、儚げなピアノと四つ打ちのトラック、そしてラップ。
ミソシタは個室ビデオを木馬で爆走しながら、世紀末の覇者よろしく腕を高々と突き上げてこう叫びます。
「ミッドナイト・ファイティングブリーフ 真夜中 闘う こっからが勝負
ミッドナイト・ファイティングブリーフ シコっても寝ないこっからがドープ」
「ブリーフ」という言葉は、BOOL氏の楽曲にも度々登場するキーワードになります。個室ビデオを木馬で爆走するミソシタは全裸ですが。そもそもブリーフとか柄パンって今存在するんですか? いつから我々はボクサーパンツばかり履くようになってしまったのでしょう。 サビ以外でも美しいリリックを連発。
「スケべは力 すべてはここから」
「個室ビデオが救ってくれた 一人じゃなかった地下二階の同志」
「光を求めて飛ぶのはガキだ サーチライト抜けて夜空を飛べ」
PVも非常にクオリティが高く、ミッドナイト・ファイティングブリーフを最高傑作と評するファンも多数いるほど。「個室ビデオに行きたくなった」「木馬で爆走したくなった」など一見ロクでもない声がインターネットを飛び交うことになりました。
もちろん夫婦間のセックスレスは問題ですし、行かないに越したことは無いかもしれませんが、もし貴方が個室ビデオを利用することに後ろめたい気持ちを感じているなら、それはミソシタが否定してくれます。
地下2階の同志よ、スケべは力です。こっからが勝負です。ところで僕は何を書いているんでしょうか?
結局ミソシタの何が凄いのか?
ここまで読んでいただいたみなさん、ミソシタがバーチャルYouTuberだってこと忘れてませんか? 僕は忘れてました。これは我々がミソシタのビジュアルから感じていた「不気味なイロモノバーチャルYouTuber」という感覚が、作品を追うにつれ消え去り、彼を一人の「アーティスト」として認識し始めた証拠です。
つまり、彼はポエムコアを通して、ある種の人種差別的感覚をブッ潰したんです。これってとんでもない話ですよね。今となってはミソシタに「萌え」を感じ始めています。病院行こうかな。
そしてもう一つ言及したいのが、BOOL氏が長らく広めようとしてきた「ポエムコア」という一つの音楽形態が、バーチャルYouTuberという活動に乗せることで爆発的に認知されつつあるということです。
こんなワクワクすることありませんよ。YouTuberといえばトークだとかゲーム実況だとかそういうイメージがありますが、もはや「バーチャルYouTuber」は表現方法の一つであって、「キャラクター達が何をするのか?」という部分にスポットライトが当たってきてるんです。
結局のところ「バーチャルYouTuber」は手段の1つであって、言葉そのものはいつか消えていく言葉なのかもしれません。無論良い意味で。
そして革命へ
最後に、現時点での最新作である「革命前夜」について軽く触れておきましょう。「RealじゃないがFakeでもない 俺らはVirtual」
「闇の先に待ってるのは光じゃない もっと美しい闇だ」
これまでのミソシタの軌跡をふまえ、Real(三次元)を「光」、Fake(二次元)を「闇」と捉えた時、闇の先にある「もっと美しい闇」がVirtual(バーチャル)であると解釈できます。バーチャルという「第三の世界」の存在がリリックで表現されています。
ミソシタはポエムコアという「語り」を通して「自分」を発信することで、そのキャラクター性を強めている──言い換えればミソシタという「命」の存在を痛烈に伝えています。
我々がバーチャルYouTuberにハマる理由は、二次元でも三次元でもない、その狭間の世界で生きるキャラクター達に「命」を強く感じるからではないでしょうか。
ちなみに、ミソシタのTwitterアカウントによれば、4月16日には東京でなんとリアルライブが行われるとのこと。行って損は無いでしょう。僕は行きました(外部リンク)。
BOOL氏の手がけるバーチャルYouTuber、ミソシタ。そのインパクトと世界観は、今もっとも「バーチャルな命」を実感させてくれる存在と言えるでしょう。ミソシタのLIVE来てくれるよなぁぁぁ
— ミソシタ (@Misositaworks) 2018年4月11日
4/16(月)
「春の背中」
会場:青山月見ル君想フ
op 18:30
前.¥2300/当日.2800 ( +1D 600)
電影と少年CQ
宇佐蔵べに(あヴぁんだんど)
ミソシタ
他https://t.co/Nq3LdCBNYK
余談ですが、僕も趣味で音楽をやっているのでポエムコア制作に挑戦したところ、「俺はクソ!」というただの自虐ソングになりました。難しいもんですね。ありがとうございました。
バーチャルYouTuberの陰と陽
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じーえふ
フリーライター
フリーライター兼、作編曲家。特技は偶像崇拝。
Twitter : (@grapefruit_uhr)
連載
2017年末から爆発的な人気と勢いで熱い視線を受けるバーチャルYouTuber。 VR技術を駆使した新たな文化の潮流は、コンテンツを制作するクリエイターと享受する視聴者に革命をもたらしている。 はたしてこれは一過性のブームなのか? ブームの源泉から最前線で活躍するVTuberにスポットを当て、どこよりも早く、深く紐解いてく。
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