おやすみホログラム ワンマンLIVEレポ 混沌を支えたバンドの解体

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ハハノシキュウが担ったサプライズ

少しだけ時系列を巻き戻す。おやホロワンマンの開場前、リハーサル中のことである。

僕は平日なので仕事を途中で抜けて、みんなより少し遅れて会場入りした。その時、O-WESTの下にあるローソンの前で酒盛りを繰り返していたおやホロのファンに声をかけられた。

「今日、出番あるの?」「いえ、今日は遊びに来ただけっす!」

僕はライブ本編が終わったあとに、サプライズで登場するという大仕事があったため嘘をついた。

「じゃあ、今日はみんなでお前をリフトするぞ! フロアに来いよ!」と一喝される。他のファンたちもその気満々なのがよくわかった。 僕はアンコール前の大仕事のために準備をはじめる。なんとなく携帯電話も財布も家の鍵も楽屋に置いてきた。思い返すと、僕もモッシュピットを内側から観たかったんだなと自覚できる。

そして舞台袖からバンドセットの残りの曲を聴いていた。出番を待っているとメンバーたちがステージから帰ってくる。一番最初に戻ってきたのは小川さんで、なんか妙にエモい気持ちになってきた僕は汗だくの小川さんを軽くハグするようにして背中を叩いた。

オガワコウイチ

実は小川さんは無類のヒップホップ好きであり、一度はラッパーを志したこともあったが「言いたいことがない」ので辞めたという珍しいタイプのバンドマンだ。

そんな小川さんと居酒屋で一緒に飲んだ経験がたった1回だけある。それも出会ってから2回目か3回目くらいのライブの後だ。

小川さんと「こういうラップが嫌いで、こういうラップが好き〜」みたいな話をした時、その“ラッパー観”というか“作詞観”がびっくりするくらい合致したのを覚えている。

証拠として、のちに合作で「センチメンタル」という曲を作った時にその相性を良さをお互いに喜んだものだ。それで「一緒にアルバムを作ろう」という話まで進展する仲になれたのはありがたいし、今回のワンマンでこの大仕事に僕を指名してくれたことの必然性みたいものも感じた。
ハハノシキュウ×オガワコウイチ/フリースタイルセッション @韻果MATSURI Vol.10
アンコールを求める拍手や声が会場から木霊する。約2分後、ゆっくりと舞台装置のスクリーンが降りてきて、プロジェクターからそのスクリーンに、僕と小川さんでつくったサプライズ曲のMVが映し出された。

おやホロの歴史をラップで追っていって、途中から未来の話として11月16日のリキッドワンマンを発表してほしい」という依頼を受け、僕はこの瞬間のためだけに歌詞を書き下ろした。

イントロが長めの曲で、1分くらいは僕が下北沢を練り歩く映像が続いた。「シキュウふざけんな! フロアー降りて来い!」なんておやホロらしい野次が聞こえたりした。僕に対してもツンデレである(多分)。

そして、ようやく僕のラップが字幕と共にはじまると歓声が上がり、僕はほっと胸を撫で下ろした。僕は最近の、集客が上がってからのおやホロのライブにはほとんど参加していなかった。古参のファンの方以外からすると「誰?」って思われてしまう不安があった。

そんな僕がこのワンマンにおける超のつく大役を担っている。フリースタイルと違って曲も映像も用意してある。これだけ仕込んでるのに葬式みたいな空気にしてしまったら、それこそ僕のお通夜になってしまう。

だから、歌い出しで僕のラップを受け入れてもらえた時の安堵感は、自分で想定していたよりもずっと大きかった。

小川さんからこの曲を依頼されたのは、5月のことだ。僕は二つ返事でその仕事を引き受け、翌日には、3時間ほどで一筆書きみたいにリリックを書いて小川さんに送った。

じつは書いた後で直せばいいやと思って自分ではあんまり読み直さず、ラップで口に出してみたりもしないでいきなり小川さんに送った。思ったよりスラスラ書けたからハイになっていたんだと思う。

小川さんは良い作品を送った時だけ、すぐに返信をくれるんだけど(僕が勝手にそう思ってるだけ)、この時はまさにそれで、すぐに「最高っす!」と返事がきた。

細かい固有名詞の直し以外はほとんど修正を必要とせず、自分でも驚くスピードで歌詞が完成した。そしてタイトルは「おはようクロニクル」に決定した。

そんなクロニクルの未来を語るパートでは、僕本人がステージに現れる。破裂しそうな心臓を抑え込んでスクリーンの前に向かった。「曲で次のワンマンの会場を発表するのってももクロの時の松崎しげるみたいですね」「えっ、そうなの?」なんて、レコーディング中の小川さんとのやり取りを思い出す。
おはようクロニクル/ハハノシキュウ
僕は未来から未来の話をするためにステージにやって来た。「3回目のワンマンが決まる、その会場を今から教える。11月16日恵比寿リキッドルーム!」

この瞬間の歓声の大きさには鼓膜の機能が追いつかないかと思った。MCバトルでそれなりに歓声を浴びてきたつもりだったが、僕の経験してきたそれのどれよりも大きなそれだった。

無事に僕の出番が終わり、正式におやホロから3rdワンマンの話が発表される。そして、そのワンマンは3rdアルバムのリリースパーティーであることも告げられる。

わずか、5ヶ月後の話である。だが「本当にリキッドを埋められるのか?」と、観客の声は現実的だった。

このバンドはもう間もなく解体されるのだ。リキッドルームのステージで楽器を持った彼らを観ることはできない。

僕の知る限り「バンドセットの時だけは必ず観に行く!」と豪語しているファンの人が存在しているのは確かなことだ。おやホロの代名詞とも呼べるモッシュもオケでのライブの時よりずっと激しくなる。

その生バンド特有の激情を手放したらどうなってしまうのか。その答えはアンコールの最後にほんの少しだけ提示されていた。

おやホロバンドのラストと新境地を開拓したアンコール

アンコール1発目は、デビュー曲「drifter」からはじまった。舞台袖からはプールとかで使うエアーボートが2艘、フロアーに投げ込まれる。

カナミルと八月ちゃんがそれぞれの船に乗り込み、曲名の通りに漂流者として波に揺られながらこの曲を歌い切った。

次は正真正銘、このバンドメンバーで最後の曲。生演奏ではこの日初めての披露だった。同時に本日2回目のナンバー「ニューロマンサー」である。
おやすみホログラム「ニューロマンサー」2016/06/15 TSUTAYA O-WEST
八月ちゃんの笑顔が全てを物語っていたかのように見えた。モッシュピットに掛けられたカナミルの右脚がずっと遠くに向かってるように見えた。

バンドメンバーがステージから去っていき、小川さんはDJブースに残った。

本当のラスト曲は冒頭でも触れた通り、新曲である。タイトルは「planet(仮)」。

それは、これまでのおやすみホログラムのどの曲とも似ていないものだった。

バンドを終幕して、11月のリキッドルームで何が行われるのか? その断片を見せられたような感覚だった。

ド頭3曲のたどたどしい振り付けと、新境地の新曲が、こちら側の妄想を捗らせるのにうってつけ過ぎる素材だったと思う。

「planet(仮)」は、ブラックミュージックを彷彿させるダンスナンバーで、フロアの観客たちにモッシュをする余地を与えないものだった。
2016.06.15 『Planet』/おやすみホログラム@渋谷O-West
まるでダンスフロアーが小川さんの掌の上であるかのように、各々違った反応を見せる。

「彼女たちを強くする選択肢として、バンドしかなかった」 カナミルと八月ちゃんがこの一年半で強くなったのは明白だった。だが、バンドセット無しで今以上に強くなれるのか?

僕は未来から未来の話をするためにやって来た。だけど、さすがにそれ以降の未来は知らない。だからこそ、楽しみなのだ。

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