そんな私ですが、2015年度まで大学院に在籍していました。大学院では、アニクラ(アニソンクラブイベント・アニソンDJイベント)と呼ばれているようなシーンについて、フィールドワークやインタビュー調査を通じて研究を行い修士論文を執筆しました。
近年、アニクラへの注目はますます高まっています。特に、都内では週末になるたびに大小さまざまなアニクラがアニメファンによって開催され、賑わいを見せています。
「かっこいいアニソン」や「癒されるアニソン」のようなコンセプト重視のイベントや、アニソン歌手や声優が出演する大規模なイベント、企業や自治体と提携したイベントなど、アニクラは拡大し多様化の一途をたどっていると言えるでしょう。
しかし、拡大・多様化を見せているのは何も都内のアニクラシーンだけではありません。地方に目を向けてみると、各地域ごとの特色を持ちながら独自の発展を見せています。
本記事は、各地のDJやオーガナイザーへのヒアリングをもとに、独自に発展している地方のアニクラシーンに目を向けていきます。
文:asanoappy
「アニクラ」とは?
アニクラと一言で言っても、その射程範囲は人によってさまざまです。ここでは、ひとまず「アニメ系のクラブイベント」と大まかに定義します。つまり、アニソン原曲中心のもの(狭義のアニクラ)から、アニソンリミックスを含めるもの、アニソンとともにJ-POPやクラブミュージックなども交えたオールジャンルのもの(広義のアニクラ)までを含めます。アニクラの成立過程には諸説あります。90年代を中心に隆盛したコスプレダンスパーティーや、音楽ゲーム(特に『beatmania』やBMSなど)のファンたちが開催していたクラブイベントなどの流れを汲みつつも、いわゆるアニクラは2000年代半ばから後半にかけて成立していきました。
特に「DENPA!!!」で芽生えた「クラブでアニソンを楽しむ」という文化は、川崎のアニソンDJバー・月あかり夢てらすで開催されている老舗イベント「ヲタリズム」や、秋葉原MOGRAの成立に大きく影響しています。また、「GEKKO NIGHT」は単なるアニメファンの集まりという枠組みを越え、3,000人規模の動員を誇る超都市型屋外DJイベント「Re:animation」へと繋がっています。
同時に、クラブあるいはクラブカルチャーという枠組みから外れるような実践も多々あり、ライブともカラオケとも、従来からあるクラブとも違った楽しみ方が許されるのがアニクラのひとつの特徴です。
ここ最近は、特に都内に限った話ですが、アニソンDJ及びアニクラが表舞台に出ることが珍しくなくなってきたと同時に、イベントの多様化・細分化が推し進められているという印象も受けます。
例えば、声優やアニソン歌手が出演したり、企業や自治体とのタイアップが行われたり、といった形で目にする機会が増えたとともに、声優楽曲や打ち曲(「オタ芸」を打つのに向いている楽曲)、「かっこいいアニソン」「癒されるアニソン」など、アニソンのさまざまな面を独自の切り口で取り上げるイベントも数多く目にします。そして、アニクラの多様化・細分化は、集客の分散といった影響をシーンに与えているのかもしれません。
さて、そんな中で、私は地方のアニクラシーンについて注目したいと思います。地方のシーンが盛り上がっているという情報をSNSや人づてに聞く機会が増えたのもありますが、何よりも独自に発展する地方シーンにアニクラの新たな魅力や可能性を見いだせるのではないか、というのが私の意図するところです。
【仙台のアニクラ】ライブハウス文化の流入
まず紹介したいのが、仙台におけるアニクラシーンです。ここ数年、仙台では20人から100人規模の小さなイベントが数多く台頭してきているようです。それらは、必ずしもクラブイベントから派生したとは限らず、オフ会やライブハウス界隈などが複合的に混ざり合いながら形成されてきたと言えます。その中でも特徴的なのが、ライブハウス文化の流入です。アニクラといえば、クラブカルチャーとオタク文化の融合、と考えるのが自然かもしれません。しかし、実際には、さまざまな文化が複雑に絡み合ってシーンを形成しています。仙台においては、ライブハウスの文化に慣れ親しんだ人たち、特にヴィジュアル系界隈の人々が次々と参入して存在感を増しています。
例えば、仙台ではアニソン系ロックDJイベントと銘打って「パンドラの匣」というイベントが開催されています。 「パンドラの匣」を主催する龍斗さんは、もともと仙台のヴィジュアル系バンド・Jin-Machineのスタッフをされていました。そのJin-Machineの破壊担当・あっつtheデストロイさんがアニソンバンドに参加したり、アニソンDJを始めたりする中で、自身もアニクラに触れるようになり、イベントを主催するようになったそうです。
このようなライブハウス文化が流入するアニクラでは、観客の盛り上がり方も大きく異なります。一般的なアニクラであれば、コールやオタ芸が見られますが、先述した「パンドラの匣」のようなイベントでは、V系やラウドロックなどもかかるため、曲によってはヘドバンやモッシュ、ツーステップ、ウォールオブデスなどが起こります。
また、異なる界隈が集まるため、ツーステップやヘドバンなど曲のノリ方を見よう見まねで真似したり、教え合ったりするといった異文化交流が見られます。本日の鯖 #パン匣 pic.twitter.com/zPUWvwQAAe
— パンドラの匣@6/11東京16仙台2周年 (@pandorabox69) 2015年12月30日
例えば「パンドラの匣」では、最近のV系のイベントでアンセム(定番曲)となっているBORNの「RADICAL HYSTERIA」をDJが頻繁に流した結果、仙台のアニクラに通うお客さんたちの間でも浸透し始めています。サビの「suck my dick or death」という歌詞が「鯖に乗って」と聞こえることから、『鯖』の通称で親しまれています。
なぜアニクラとライブハウス文化が結びついたのか?
一見交わらないようにも思えるアニクラとライブハウス文化ですが、なぜこのような形で結びつき、ロックファン的な振る舞いであるモッシュが頻繁に起こるにまで至ったのでしょうか?理由のひとつは、アニクラが開催される場所にあります。アニクラは「アニソン“クラブ”イベント」と称しながらも、クラブに限らずライブハウスで開催されることが度々あります。これには、ライブハウスがあたかもレンタルスペースのように利用されているという背景があります。
ライブハウス研究で知られる宮入恭平さんは、「ノルマ制度に支えられるライブハウスのビジネス化によって、ライブハウスでの下積みを経験していつかはメジャーデビューするというライブハウス・イデオロギーが希薄となり、代金さえ払えば利用できるレンタルスペースとさほど変わらなくなっている」と指摘しています(宮入恭平 編『発表会文化論 ―アマチュアの表現活動を問う―』青弓社、2015年)。
ノルマ制度とは、出演者がライブハウスから課されたチケット枚数分の金額を支払う制度です。例えば、1枚2,000円のチケット30枚をノルマに課された場合、出演者は合計60,000円をライブハウスに支払わなければなりません。もちろん、 事前に与えられたチケットを売り捌くことかができれば損失を被ることはなく、ノルマ以上の集客ができれば利益を出すこともできます。
つまり、出演者はノルマ代さえ払うことができれば出演できるし、ライブハウスも最低限の収入が保障されることになります。
このノルマ制度が普及していくにつれ、ライブハウスを取り巻く環境は変化していきます。ライブハウスは利益を上げるために、厳しい審査を取りやめて出演者を増やしていきました。その結果、ライブハウスは安定した運営が保証されるようになり、出演者は気軽にステージで演奏する機会が増大していくのです。これがライブハウスのレンタルスペース的利用です。
DJ機材とそれなりに大きな音を出せる環境、イベントの規模に応じたフロアさえあれば、アニクラを開催するには十分であるため、ライブハウスでも当たり前のようにアニクラが開催されるのです。
このようなレンタルスペース的な利用は、何もライブハウスに限った話ではありません。いわゆる箱貸しをする小・中規模のクラブや、ブースレンタル(1時間2,000円など、短時間・低料金でDJブースを貸し出すサービス)という利用形態を行う店舗も、レンタルスペース的な使われ方をされていると言えます。
そして、レンタルスペースとさほど変わらなくなってきているライブハウスのイデオロギーが薄まっていったように、アニクラにおいても従来のクラブ・イデオロギーが希薄であるがゆえに、コールやオタ芸など声優のライブ現場の文化が入り込む余地があり、同様にモッシュなどのライブハウス的な要素が入り込んでもおかしくないのです。
オタ芸とモッシュの共通性
また、オタ芸とモッシュの共通性を指摘することもできるでしょう。社会学者の南田勝也さんは、1990年代後半から2000年代にかけてのオルタナティブロックが身体の躍動に一義を置くようになった現象を「ロックのスポーツ化」と呼んでいます(南田勝也『オルタナティブロックの社会学』花伝社、2014年)。ニルヴァーナを境とするオルタナティブロック以降の、身体を激震させることに特化したようなノイジーなサウンドは、観客の身体に直接的に働きかけ、熱狂した観客は我を忘れたかのようにモッシュの渦に飛び込みます。
南田さんは、メロコアとスケートボーディングというようにロックとスポーツが融合している事例を挙げながら、「もともとはまぎれもなく表現芸術の美的体験の領域にあったロックは、身体を素材とするスポーツ的な美的体験の傾向を強めている」と指摘しています(出典同上)。
つまり、ライブ活動を止めてレコーディングに専心するようになったビートルズ以降発展してきた、作者の精神性やオリジナリティが信奉されるロックの表現主義は後退し、ノイジーなサウンドによって観客の身体に直接的に働きかけるスポーツ的な身体性が前面に出ているのです。このようなスポーツ的な身体性を持つライブ文化は、アニクラにおいてはオタ芸やコールという形で現れていると言えます。
そもそも、アニソンはクラブで流れることを想定しているわけではありません。仮にアニメのタイアップ曲だったとしても、アニソンはオープニングやエンディングの映像とともにアニメの世界観を支えるという役割があります。いわば、アニメを構成するひとつの要素として、アニメの副産物としての役割を果たすのがアニソンです。
この場合、聴衆はアニソンを作品ないし作品の一部として享受する態度を取ることになります。そこでは身体性はまだ立ち現われてきません。ところが、声優のライブなどを通じてはじめて、コールやオタ芸といった形で身体性が前景化してきます。アニメを視聴する中で耳にするアニソンは、ライブやアニクラといった現場でコールやオタ芸といった身体性を持つのです。
これは、ロックが表現の美からスポーツの美へと移っていった現象と相似形であると言えるでしょう。アニクラでは、オタ芸やコールなどの声優のライブ現場の文化がすでに流入していたために、ライブハウス文化が流入したアニクラではそれがモッシュに置き換わり得たと考えることができます。
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asanoappy
DJ/ライター
1992年福井生まれ。幼少のころからピアノに慣れ親しむ。
2011年よりDJとしてのキャリアをスタート。
Deep/Prog/TechHouseなどを軸に、繊細でストーリー感のあるプレイを得意とする。
特にフロアコントロールに定評があり、その丁寧な焦らしプレイは「じっくりコトコト」と評される。
2015年には「Re:animation Special in HAF」、「Re:animation8」に出演し、ローケーションならではのコンセプチュアルなプレイでオーディエンスを沸かせた。
『交響詩篇エウレカセブン』のファンパーティ「Back2Bellforest」や新大久保UNIQUELABORATORYで毎月第3土曜日に開催される「チャラ★アニ」、超都市型屋外DJイベント「Re:animation」でレジデントをつとめる。
また、アニソンクラブイベントを題材に修士論文を執筆するなどその活動は多岐にわたる。
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