【福井のアニクラ】原曲/リミックスの同居と熱量の高さ
次に紹介するのは、福井のアニクラシーンです。福井では仙台と打って変わって、細かいイベントが無数にあるわけではありません。むしろ、何もなかった状態からシーンをつくり上げていきました。 現在、半年に1回程度のペースで開催される「ANISON COMPLEX」と、毎月開催される「ENCOUNT」が、福井のアニクラシーンを引っ張っています。この2つのイベントはそれぞれ異なる性格を持ちます。前者が関西や東京など県外からゲストを呼び、県内外からお客さんを集めてお祭り的に開催するのに対し、後者はより地元に根ざした形で開催され、新人発掘の場としても機能しています。「ANISON COMPLEX」が始動した当初には福井のアニソンDJは1人しかいませんでしたが、対外的な「ANISON COMPLEX」と対内的な「ENCOUNT」の両軸によって、現在ではDJの数が出演の枠を奪い合うほどに増えています。
また、地元で活躍するビートメイカーがアニメの声ネタを交えたライブセットを披露するなど、着実に独自性を生み出しています。4月16日に開催された「ENCOUNT」では、福井を拠点に活動しているビートメイカー・Six-SenSeSさんがゲストとして出演しました。
さて、福井もそうですが、地方のアニクラシーンのひとつの特徴として、アニソン原曲とリミックスの棲み分けが希薄であるという点が挙げられます。都内であれば、イベント数の多さも相まって原曲は原曲で、リミックスはリミックスでそれぞれイベントが開催される傾向にありますが、地方はイベントの数が少ないため、原曲系のDJとリミックス系のDJが一堂に会する、ということもしばしば見受けられ、観客も先入観なくどちらのDJのプレイも楽しむという状況が生まれています。 実際、7月17日(日)に開催される「ANISON COMPLEX 10th GIG」の出演者を見てみると、その混ざり具合がわかります。東京からKSKALTERNATIVEさん、名古屋からムムムムさんと他地方からゲストを呼ぶ一方、レギュラーの出演者は、関西や北陸で活躍している原曲系/リミックス系DJで占められています。
京都、大阪や名古屋、富山とさまざまな地域からDJが集まっているのも、各地域と程々な距離感を持つ福井という立地ならではのブッキングと言えるでしょう。
また、イベントの数が少ない地方では、1回1回のイベントにおける熱量の高さもひとつの特徴です。さまざまな地域から出演者を集めるだけでなく、お客さんも他県から車を乗り合いでイベントに来るなど、都内ではあまり考えられないようなフットワークの軽さと熱量があります。他県まで足を伸ばしてちょっとした小旅行のような楽しみ方ができるのも、地方アニクラの魅力です。
地方のアニクラで存在感を増す声優ファン
そんな地方のアニクラシーンにおいては、声優ファンの存在感が増しています。各地のオーガナイザーなどにヒアリングすると、「声優勢の勢いが強い」と口を揃えます。例えば、大阪では「ベース・ミュージックのパーティの方が声優曲で盛り上がる」という冗談みたいな話もあるほど。声優ファンの中でも、ライブ現場に通う人たちはより強い存在感を持ちます。特に、ライブ現場への遠征を厭わないような声優ファンは、アニクラにおいてもそのフットワークの軽さを見せます。さらに彼らは、声優のライブで行われるようなコールなどの文化を次々にアニクラへと持ち込んでいるのです。
先述したように、アニクラは「アニソン“クラブ”イベント」と称しながらも、その実、ライブ文化の流れを多く組んでいます。それは、単にアニクラではさまざまな文化が流入しているだけでなく、アニソンの受容のされ方が広がり、「ロックのスポーツ化」のような事象が形を変えて繰り広げられているからだと言えます。
そういった意味で、ライブ現場とアニクラを行き来し、まさにスポーツのように身体を躍動させる声優ファンは非常に興味深い存在だと言えるでしょう。
アニメの視聴環境による地域差は?
さて、こうしたアニクラの地域性を考えていく上で避けて通れないのが、放送しているTVアニメの地域差です。アニソンはアニメ作品に付随する音楽であるために、基本的にはCDやダウンロード販売といった流通に乗る前にアニメを通じて我々の耳に届きます。そのため、各地域でどのような形でアニメが視聴されているかが、アニクラの地域性を論じる上で重要な点となってきます。
例えば、都内ではさまざまな放送局で数多くのTVアニメが日々放送されています。しかし、他の地域によっては、そもそもテレビのチャンネル数が少なく、TVアニメの本数自体も少ないということが多々あります。(実際、私の地元の福井では民放が2局しかなく、『プリキュア』を見るにはケーブルテレビに加入しなければならないという環境でした。)
そのため、都内であればいつも盛り上がる曲なのに、地方へ遠征したら放送されていないから盛り上がらなかった、ということが度々起こります。 しかし、近年ではバンダイチャンネルやニコニコチャンネル、dアニメストアなどの動画配信サービスの普及によって、インターネット上でのアニメの視聴が一般的になり、そうした地域差も埋められつつあります。
インターネットによるTVアニメ視聴が普及し、地方でも一定数のアニメを見ることができるようになったからこそ、地方でもアニクラが成立する土壌が整ったと言えるのではないでしょうか。
地方のアニクラから広まる文化
最後に、アニソンの身体性と地方性について考える上で興味深い事例を紹介します。それは、昨今急激に流行を見せている「ナマステスネーク」というオタ芸の一種です。アニソン歌手・LiSAさんの「Rising Hope」に合わせて仏像のようなポーズを次々に繰り出していき、途中で涅槃仏のように横になるという、この一風変わったオタ芸がナマステスネークです。ナマステスネーク・完 pic.twitter.com/KqCCZXSjC4
— ひろっち (@hirotea325) 2016年4月29日
ナマステスネーク創始者と思わしき滋賀の方によって4月末に投稿されたこのツイートは、多くのナマステ・フォロワーを生み出していきました。
5月1日に千葉中央公園で開催された野外アニクラ「絶あにSONIC2016」では、ナマステスネークをキレの良い動きで踊る3人組が出現。その様子を捉えた動画は一気に広範囲に拡散され、アニクラになじみのない人々からも注目を集めました。#絶そに でナマステスネークが現れたって魔剤ですか!? pic.twitter.com/CtZmEoMdUi
— 彼 方 (@shippulu) 2016年5月1日
このように流行を見せているナマステスネークですが、興味深いのは、地方を中心に広まっているムーブメントであるということ、そして、Twitterというメディアに上手に乗っかることができたゆえに広まったということです。
Twitterに投稿できる動画の上限である30秒は、曲のサビがまるまる収まる長さであり、オタ芸を撮るのに適しています。ナマステスネークのように、突拍子もないムーブメントを生みだす地方アニクラには、まだまださまざまな魅力や可能性が眠っていると言えるでしょう。
ここまで、仙台と福井のアニクラシーンを紹介しつつ、アニクラの地域性について分析・考察してきました。地方では都内ほどシーンの細分化がされていないゆえに、他のシーンとの接続や融合、あるいはさまざまなジャンルに対するフラットな姿勢が垣間見え、独自性を生みだす何かしらの可能性がありそうです。
そして、アニクラにおけるライブ文化の流入を指摘しましたが、今後それがどのように変化していくのか、そして声優ファンの動向やナマステスネークといったオタ芸の流行の今後にも注目したいところです。
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asanoappy
DJ/ライター
1992年福井生まれ。幼少のころからピアノに慣れ親しむ。
2011年よりDJとしてのキャリアをスタート。
Deep/Prog/TechHouseなどを軸に、繊細でストーリー感のあるプレイを得意とする。
特にフロアコントロールに定評があり、その丁寧な焦らしプレイは「じっくりコトコト」と評される。
2015年には「Re:animation Special in HAF」、「Re:animation8」に出演し、ローケーションならではのコンセプチュアルなプレイでオーディエンスを沸かせた。
『交響詩篇エウレカセブン』のファンパーティ「Back2Bellforest」や新大久保UNIQUELABORATORYで毎月第3土曜日に開催される「チャラ★アニ」、超都市型屋外DJイベント「Re:animation」でレジデントをつとめる。
また、アニソンクラブイベントを題材に修士論文を執筆するなどその活動は多岐にわたる。
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