『風のシルフィード』(講談社) 本島幸久
同じ傷を抱えた馬と人間の友情
オグリキャップといった名馬の活躍により競馬ブームが起こり始めた1989年に連載スタートした競馬マンガ。特筆すべきは、『少年マガジン』という3大少年マンガ誌で満を持して開始されたこの作品、なんとJRA(日本中央競馬会)の協力を得て製作されているという点でしょう。主人公は騎手の森川駿(はやお)。牧場を経営する家庭で生まれ、幼くして母を亡くします。そんな駿の友達はサラブレッドの牝馬・サザンウィンド。しかし、サザンウィンドはお産で亡くなってしまいます。そして生まれた仔馬のシルフィードには、競走馬にとっては致命的なことに、生まれ持って足の腱に不具合が。そのため、生まれてすぐに薬殺されそうになりますが、駿が「自分が守って育てるから」とシルフィードを引き取ります。
駿はシルフィードを愛情いっぱいに育てながら、自らは騎手となり、共に母を亡くした2人でたくましく競馬界のテッペンを目指していきます。
やがて頭角を現した「白い稲妻」ことシルフィードは「奇跡の末脚」と呼ばれます。末脚(すえあし)とは、レースの終盤、ゴール手前で一気にスピードを上げ、ライバルを抜き去ること。作中では、この手に汗握る末脚のシーンが臨場感たっぷりで描かれます。
シルフィードをはじめとする競走馬たちはマキバオーのようにしゃべりはしませんが、表情がどことなく人間的。そこから騎手との心の交流を感じ取りながら読むと、いっそう胸が熱くなります。困難を乗り越えて、馬も騎手も成長していく物語は、王道のスポ根マンガとしても楽しめます。
『蒼き神話マルス』(講談社) 本島久幸
「血統馬」を生み出す人間たちのドラマ
こちらは『風のシルフィード』の続編。競馬シロウトにはちょっと難しく感じられる、競走馬の血統や血統馬を生み出す牧場のしくみを理解できる内容になっています。競走馬の世界では、血統がとても重要です。本作の主人公はシルフィードのライバル側の血統馬「マルス」とその騎手、凪野馬守(なぎのまもる)。馬守は牧場を経営する家に生まれ、父は馬の遺伝子の研究者。競走馬の世界では、強い馬には競技生活を引退すると種牡馬として子孫を残すことが重要な役目として課されます。強い馬の血を引き継ぎ、「勝てる」馬を育て、セリに出しオーナーに販売するのです。
そして、父の遺伝子研究により、名馬「ディグル」の系統の親をもち、より「ディグル」の血が濃い「マルス」が誕生。騎手となった馬守とともに中央競馬の頂点を目指します。
血統馬を育てる仕組みは、誤解を恐れずに言えば「生産工場」のよう。動物を「生産」だなんて……。残酷な気がしますが、それに関わる人たちは決して動物をモノのように扱っているわけではありません。人間の娯楽である「競馬」とともにある競走馬。その一番近くで、馬への尊敬の念、情熱と愛情をもって育てる人がいて初めて、競馬場での感動的なドラマが生まれるのです。本作を読むと、きっと競馬の世界の奥深さに気づくはず。
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