Ado「アタシは問題作」レビュー フィクションと呪縛を越えて届く“問題作”

子どもは世の大人と呼ばれる人々の背中を観ながら「もし自分が大人になったら、どんな感じになるんだろう」と思うもの。

宇宙飛行士か、スポーツ選手か、100億円を稼ぐ大富豪か……人それぞれにイメージは異なるけれど、漠然とした「きっと格好良い大人になるっしょ!」という淡い期待くらいは、心のどこかに持っていたはずだ。

しかし、大人になればその期待は空想の産物であることを突き付けられる。さらに、仕事やら何やらと忙殺される日々を送る中で、まるで体だけが大きくなったような感情にも捕われてしまったりもする。精神性は簡単には変わらない。

「他の人は上手くやっているのに、何故自分だけ……」その思いはいつしか“自分には人間的な欠陥がある”という重い枷になって、心を縛り付けることもある。

Adoさんが2月20日に発表した新曲「アタシは問題作」は、そんなネガティブな心中をコミカルに発散させる、まさしく“問題作”な1曲だ。

「アタシは問題作」を生み出した強力なクリエイター

作詞作曲を手掛けたのは「神っぽいな」でグッと知名度を広げたキャッチーポップマエストロ・ピノキオピーさん。

MVは人間の裏面を細やかに映し出すアニメ作画に定評のある、えいりな刃物さんが監修。ピノキオピーさんの名曲「ノンブレス・オブリージュ feat. 初音ミク」のMV制作でも知られるクリエイターだ。
そんなタッグから生み出された「アタシは問題作」はなぜここまでの名作になり得たのか。今回はサウンドや映像も含めた4つの点から紐解き、楽曲への知見を深めていきたい。

①「うっせえわ」の呪縛を越えて Adoから見る今作

Adoさんのブレイクは、2020年にリリースされたメジャー1stシングル「うっせぇわ」が契機であることは周知だ。
社会人として当然とされる立ち居振る舞いや常識をズバズバと切っていく痛快な歌詞は、その直接的な表現も相まって一気に浸透し、音楽シーンの階段を一足飛びで駆け上がる爆発的なバズを記録したことは、改めてここで綴るまでもないだろう。

……ただ楽曲が予想もつかない勢いで広がった弊害として、2021年の初め頃までは多くの人がAdoさんの魅力の外側を見ながら、彼女を「“うっせぇわ”の人」として認知していたようにも思う。

翻って、Adoさん本人はそんな世間の「Ado=“うっせぇわ”の人」というロック然とした歌唱のイメージから離れるように、振り幅を広く、様々な楽曲を次々に歌唱していく。

多様な音をサンプリングした独自性の高いEDMポップ「踊」、歌の力で尻上がりの感動に導いていく「会いたくて」、どこか懐かしさを覚える歌謡曲風の「レディメイド」……。

その歩みは、各種アルバムランキングで1位を総なめにした『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』で結実し、今では唯一無二のボーカリストとして確立した存在となった。
「アタシは問題作」を聴くと、まずその歌唱難度が極めて高い楽曲であることに驚かされる。各所の伸びや裏声、息継ぎ、声質変化などとにかく緊張を要するポイントが散りばめられており、ポップミュージックとして考えられないレベルの歌唱難易度を誇る。

月並みな表現で恐縮だが、Adoさんはそれを軽やかに歌い上げていて、それこそがいわば“曲に命を宿す”Adoさんならではの高等技術。他の誰が歌っても、この心を射抜く求心力はは出せないと言わざるを得ない。

②フィクションの壁を越え、世相を鋭く刺す歌詞

《一切合切凡庸な/あなたじゃ分からないかもね》《絶対絶対現代の/代弁者は私やろがい》と語気を強め、自分自身から見た世間の不条理やストレスを見事に具現化してみせたのは、ご存知「うっせぇわ」の一節だ。

また近年リリースされた「私は最強」「阿修羅ちゃん」といった楽曲でも同様に“自分→世間”という指向性の発信となっていて、ある意味ではAdoさんを“社会に異を唱える反逆者”的として、若者の代弁者というイメージを付与させる意味合いもあったように思う。
対して、最新リリースとなる「アタシは問題作」では、自信満々の歌詞世界から一転、自身のネガティブな心情を吐露する内向的な楽曲となっている。

この楽曲の軸になるテーマは“自分がどう周りから見られているか”という他己評価についてだろう。他者からの叱責やイメージに振り回された挙げ句、自嘲的に笑う展開は最終的に「まあしゃーないっすねハハハ……」と半ば諦めの思いに帰結してしまうストーリーは、他人事として一蹴できないリアルさも携えている。

中でも印象深いのは、曲中で描かれる人物が、必死に社会に迎合しようともがいている点だ。

人間はひとりでは生きていけない。学校や会社、あるいは家族など、様々なコミュニティに属す必要があり、その多層性こそが社会と呼ばれる。そこで確立してしまった「自分は頑張っているつもりだけれど、上手くいかない」という悪循環やレッテルを覆すことは難しい。

繰り返される《アタシは問題作?》というフレーズは疑問形にしろ、タイトルに冠されているのは「アタシは問題作」と断言した形。

楽曲のラストでは《アンタはどうだい?》とフィクションの壁を越え、こちら側の世界にまで現状を問うてくるミステリアスさも見逃せない。

③楽曲の魅力を具現化するMV

楽曲の魅力をグンと引き立てる、えいりな刃物さんによるアニメーションMVも素晴らしい。

先述の通り「アタシは問題作」は社会で上手く生きられない人物の心情が歌われているわけだが、MVではその人物を社会人の女性に置き換えて進行。満員電車に揺られ、仕事に奔走し……果てはタンスの角に小指をぶつけたり、おみくじで大凶を引いたり、仕事以外のプチショックも交えて、主人公の不遇な日々を描いている。

矢継ぎ早に繰り出されるマイナスな出来事を、同じく矢継ぎ早なアニメーションで突き進むMVはそれだけで壮観にしろ、楽曲だけでは抽象的に思える部分を具体化する意味でも、この映像は重要だ。

特に腑に落ちた部分を挙げるとすれば、Bメロ終わりの《好き勝手 言いやがって》と怒りを滾らせた後に《でも ありがとうございます…!》と引き攣った笑顔を浮かべるサムネイルのシーン。

楽曲においての主人公は社会的に弱い立場にあり、その心中では様々な葛藤を抱えているという、ひとつの証明にもなる大切な場面である。

そして最後の最後、Adoが《期待に添えずサーセン》と声色を変えて歌唱する場面においては一転、満面の笑顔で涙を流す主人公が描かれる。主人公が抱く「はい!私は問題作でした!」とする悲しき結論をリスナーに把握させる幕切れには、当事者の思いを巡らせずにはいられない。

④「アタシは問題作」は、何を伝えるか

歌詞、歌声、MV。この楽曲に潜む魅力のほんの僅かとも言える3点に絞って見ても、この度リリースされた「アタシは問題作」がいかに“問題作”な1曲であるかは分かるはず。

最後に伝えたいのは、自分自身の話。「我々は圧倒的熱量を誇るこの楽曲に一体何を感じ、何を評価することが正解なのだろうか?」という、もっと深い部分に関することだ。

自分の感覚として、この世はとかく生き辛い。義務教育で人間関係や学力の大切さを教えられたかと思えば、社会に出てからはまた別のストレスに翻弄される。それを普通の生活と括るのならば、おそらく人間はふたつに分けられる。

それは「普通を目指して頑張る人」と「普通にできない人」……「生まれながらに全部を普通にできる人」なんて存在は、実はただの一人もいないだろう。

そう、つまるところ《アタシは問題作?》と自傷的な問いを続けるこの楽曲は、日々悩みながら生きている我々のストレスの代弁なのだ。

「最近ヤバいっぽいけど大丈夫?」「生きるのしんどいよね」「まあなんとかなるっしょ」……実生活ではなかなか投げ掛けられないこれらの軽い励ましを、「アタシは問題作」は豪速球のストレートで我々目掛けて飛ばしてくれる。だからこそこの楽曲は人の心に刺さるし、どんどん広がるべき楽曲だと思う。

決してフィクションのストーリーで終わることを許さない、一風変わった風刺曲「アタシは問題作」。この理不尽な世の中で戦い続ける我々にとっても決して無視できない運命的な怪曲に、あなたは何を思うだろうか。

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