「ワンダーフェスティバル」(通称ワンフェス)は、日本を代表する造形イベントである。毎年7月ごろと2月ごろに開催され、展示・販売されるのはガレージキットと呼ばれる造形物。これは基本的にはメーカーではなくアマチュアの人間がつくった造形物を複製したもので、大手メーカーからは決して販売されないが、それゆえにつくった人間の熱意が込められている。
例えばマイナーなキャラクターや動物、絶対に商品化されないような飛行機や戦車、もしくは1から自分で考えたメカやキャラクター……。千差万別、どのディーラーから何が出てくるかわからない。そのような混沌こそが、ワンフェスの醍醐味である。
日本に「フィギュア」という文化が定着するにつれて、近年のワンフェスは大手メーカーの新製品発表の場としても機能している。しかし、その本質は会場にひしめくアマチュアディーラーの卓の上にある。
そして、その本質を受けついだと言えるイベントが、先日開催された「ワンダーフェスティバル2019上海」(以下ワンフェス上海)である。昨年に続き2回目の開催となった今回、運良くおれも取材に行くことができた。 なんせ昨年参加した人間からは、「とにかくすごかった」「とんでもなかった」という評判を聞いている。
曰く、中国にはそもそも「素人がつくったフィギュアを持ってきて売る」という場所やイベントがない。なので誰もが手探り状態で参加した結果、日本人からは思いもつかないような展示物がゴロゴロと並ぶ闇鍋状態になったという。それを聞いては見ないわけにはいかないだろう。
執筆・撮影:しげる
会場に詰めかけている来場者の年齢は総じて若い。そして中国人のモデラーに話を聞いたところ、想像以上に様々な地域からお客さんが来ているという。生粋の上海っ子であるそのモデラー氏からすれば、まったく聞いたことがない方言が飛び交っているというのだ。彼曰く、すでにワンフェス上海は全中国的なイベントになっているという。
広い会場を一周して目につくのは、巨大なスタチューを展示しているメーカーである。とにかく販売されているフィギュアひとつひとつが恐ろしく大きい。 全高1mに迫るバットマンやスーパーマンのライフサイズバストや、巨大な『エイリアン』のビッグチャップ、3歳児くらいの大きさは余裕である馬に乗った関羽など、とにかく巨大である。 日本でも新宿のマルイアネックスに巨大スタチューを数多く手がけるプライム1スタジオのショールームがあるが、あれが無数に会場内に聳え立っているような感じである。12インチのフィギュアなどは「小粒な商品」という印象だ。 そして安い。一例を挙げると、60㎝を超える大きさの『NARUTO』のスタチューが4880元で売られている。日本円に換算すると、およそ76000円ほどだ。もちろん完全に塗装されており、ユーザーが組み立てたりする必要はない。 一抱えもあるような巨大な彫像、それも正規ライセンスを取得した商品が10万円を切る値段で売られ、そこに詰めかけた来場者がQRコードで決済してバンバン買っていく……。日本のワンフェスの展示物の大きさを見慣れた身からすると、まずこのサイズ感が衝撃だった。
チマチマと小さなフィギュアを塗装しても、一個あたりの単価は高が知れている。もちろんフィギュアが大きければ大きいほど原価はかかるだろうが、同じ手間(塗装に使う道具と人件費はフィギュアのサイズの大小とは関係がない)でより付加価値が高く需要もある大型フィギュアに注力するのは、企業としては当然のことだろう。
例外は多々あれど、総体として日本のフィギュアは小さい。固定式の彫像に近いものでもテーブルに乗るサイズだし、figmaのようなアクションフィギュアに至っては1/12程度のスケールだ。それに対して中国産の大型スタチューは1/4や1/6程度の大きさがスタンダードである。
現地のモデラーに聞いたところ、やはり中国でこのような大型のフィギュアを購入するのは富裕層だそうだ。そもそもリソースには限りがある以上、国内の大口の顧客を優先して日本向けの小さいフィギュアをは後回しにするのは当然だと思う。なるほど、そりゃ国内メーカーのフィギュアが高くなるわけだ……と、納得してしまった。
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しかし、中国のフィギュアの緻密さの方向性はそれとは少し異なるように感じた。そもそも、アマチュアディーラーの卓に展示されているフィギュアは版権の都合上オリジナルの立体物であり、どこかに元ネタがあるというわけではない。なので、フィギュア自体の見た目やどこにどういったディテールを入れるかという差し引きこそは、原型師の真価が問われる部分である。 その結果どのような事態が発生したのかというと、腕の限りに緻密な彫刻を入れまくるモールドチキンレースのような状況である。つまり特定のキャラクターを表現したいから彫刻を入れるという話ではなく、「細かく彫刻が入っていること」そのものを目的とした戦いだ。
さしずめ料理人同士が野菜の飾り切りの腕を競い合うようにフィギュア自体の彫刻は細密になり、前述の状況と組み合わさって「巨大なのにどこまでいっても彫刻が入っている」という異常な展示物がゴロゴロと転がっている事態になっているのだ。
この、緻密であることそのものを競い合うという状況は、単なるフィギュアというよりも、もう少し工芸品的な方向を志向しているように見える。つまりモチーフではなく技芸を追求する行為であり、職人芸的な腕自慢の世界だ。 だから彼らの作品には、多かれ少なかれしっかりした台座がついていることが多い。バカっぽい話だが、台座があれば一気に高級感も出るし、フィギュア単体では表現できなかった世界観もつくり込むことができる。単にキャラクターの立体物がほしいだけならそれほど必要のない要素だが、自分が知恵と腕を振り絞ってつくった造形物をプレゼンするためにはあったほうがいい部分である。「彫刻と台座とモチーフを組み合わせて世界観を表現したい!」という、初期衝動的な切迫感を強く感じる。
例えば、『トランスフォーマー』シリーズ、特にオプティマス・プライムはどこに行っても見かける。ロボットといえばオプティマス、それもコンボイ司令官ではなく実写版のオプティマス・プライムという空気が濃い。
大型スタチューを販売するメーカーは漏れなくマーベル・シネマティック・ユニバースのキャラクターをモチーフとした巨大な彫像をいくつも並べ、『エイリアン』や『プレデター』といった生物的なディテールのあるキャラクターや、『ドラえもん』など日本のコンテンツも人気だ。 しかし、それと同じくらいどこに行っても目についたのが、今年の春節に公開されて中国国内で大ヒットした中国SF映画『流浪地球』(現在『流転の地球』のタイトルで、ネットフリックスにて配信されている)を題材にしたキットである(外部リンク)。
劇中に登場する大型トレーラーは、企業ブースかアマチュアディーラーかを問わず、本当にどこにいっても展示されていた。世界に販路を持つ中国メーカー・MENGモデルはデフォルメしたフィギュアのキットを展示していたし、上海市内の玩具店でも『流浪地球』を題材としたブロックトイを見つけることができた。 つまり、中国は「全国民レベルで知っている国産のヒット作」をすでに手にしているのである。その意味はおそらくこれからじわじわとわかってくると思う。
すでに極めてハイレベルな原型師がアマチュアレベルでゴロゴロしており、アイデア一発を買い取って投資して海のものとも山のものともわからない商品をいきなり発表する資金力もある。そもそも各国の玩具・フィギュアメーカーの下請けを延々とやってきた国だから、技術的な問題点のクリアも早いだろう。現状中国に足りないのは国産のIPだけなのだ。
だからこそ、今年のワンフェス上海では『流浪地球』の商品をあれだけ大量に見かけたのだと思う。会場に展示されていた作品のモチーフは現状まだ未整理のごった煮状態感が強かったが、この先いつまでそれが続くかはわからない。
ひょっとしたらとても早い段階で、数本の特定の題材に全てのディーラーと展示物が集中する状況が生まれる可能性もある。正直なところ、どんな方向にどんな速度で変化していくのか全く想像がつかない。しかし、いざ弾みがついたら一瞬で変わってしまうのだろう……というエネルギーだけはひときわ強く感じたのだった。
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例えばマイナーなキャラクターや動物、絶対に商品化されないような飛行機や戦車、もしくは1から自分で考えたメカやキャラクター……。千差万別、どのディーラーから何が出てくるかわからない。そのような混沌こそが、ワンフェスの醍醐味である。
日本に「フィギュア」という文化が定着するにつれて、近年のワンフェスは大手メーカーの新製品発表の場としても機能している。しかし、その本質は会場にひしめくアマチュアディーラーの卓の上にある。
そして、その本質を受けついだと言えるイベントが、先日開催された「ワンダーフェスティバル2019上海」(以下ワンフェス上海)である。昨年に続き2回目の開催となった今回、運良くおれも取材に行くことができた。 なんせ昨年参加した人間からは、「とにかくすごかった」「とんでもなかった」という評判を聞いている。
曰く、中国にはそもそも「素人がつくったフィギュアを持ってきて売る」という場所やイベントがない。なので誰もが手探り状態で参加した結果、日本人からは思いもつかないような展示物がゴロゴロと並ぶ闇鍋状態になったという。それを聞いては見ないわけにはいかないだろう。
執筆・撮影:しげる
デカい、安い! 肌で感じたワンフェス上海
会場である上海新国際博覧センターは、とにかく広大な展示場である。端から端まで視界に全てを収めることができないほどの巨大なホールが延々と続き、資材を乗せたEV車や高所作業車がホールの間を走り回る。 ワンフェス上海は、その巨大なホールを3つ借り切って開催される。そのうち2つは大手の企業ブース、1つはアマチュアディーラーと巨大なブースを構えない小さめのメーカーが詰め込まれている。会場に詰めかけている来場者の年齢は総じて若い。そして中国人のモデラーに話を聞いたところ、想像以上に様々な地域からお客さんが来ているという。生粋の上海っ子であるそのモデラー氏からすれば、まったく聞いたことがない方言が飛び交っているというのだ。彼曰く、すでにワンフェス上海は全中国的なイベントになっているという。
広い会場を一周して目につくのは、巨大なスタチューを展示しているメーカーである。とにかく販売されているフィギュアひとつひとつが恐ろしく大きい。 全高1mに迫るバットマンやスーパーマンのライフサイズバストや、巨大な『エイリアン』のビッグチャップ、3歳児くらいの大きさは余裕である馬に乗った関羽など、とにかく巨大である。 日本でも新宿のマルイアネックスに巨大スタチューを数多く手がけるプライム1スタジオのショールームがあるが、あれが無数に会場内に聳え立っているような感じである。12インチのフィギュアなどは「小粒な商品」という印象だ。 そして安い。一例を挙げると、60㎝を超える大きさの『NARUTO』のスタチューが4880元で売られている。日本円に換算すると、およそ76000円ほどだ。もちろん完全に塗装されており、ユーザーが組み立てたりする必要はない。 一抱えもあるような巨大な彫像、それも正規ライセンスを取得した商品が10万円を切る値段で売られ、そこに詰めかけた来場者がQRコードで決済してバンバン買っていく……。日本のワンフェスの展示物の大きさを見慣れた身からすると、まずこのサイズ感が衝撃だった。
チマチマと小さなフィギュアを塗装しても、一個あたりの単価は高が知れている。もちろんフィギュアが大きければ大きいほど原価はかかるだろうが、同じ手間(塗装に使う道具と人件費はフィギュアのサイズの大小とは関係がない)でより付加価値が高く需要もある大型フィギュアに注力するのは、企業としては当然のことだろう。
例外は多々あれど、総体として日本のフィギュアは小さい。固定式の彫像に近いものでもテーブルに乗るサイズだし、figmaのようなアクションフィギュアに至っては1/12程度のスケールだ。それに対して中国産の大型スタチューは1/4や1/6程度の大きさがスタンダードである。
現地のモデラーに聞いたところ、やはり中国でこのような大型のフィギュアを購入するのは富裕層だそうだ。そもそもリソースには限りがある以上、国内の大口の顧客を優先して日本向けの小さいフィギュアをは後回しにするのは当然だと思う。なるほど、そりゃ国内メーカーのフィギュアが高くなるわけだ……と、納得してしまった。
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腕の限りに彫刻を入れまくる! 異様なチキンレース
もう一つ、中国のフィギュアの大きな特徴が細部に施された彫刻の緻密さ、全体の見せ方の演出の部分である。というのも、ワンフェス上海で展示されていたフィギュアの彫刻は日本のフィギュアと比べてグッと細かい。というか、細かさの方向性が日本と違うのだ。 もちろん、日本にも細かいモールド(筋彫り)や生物的な表現が施されたフィギュアはある。しかしそれは「ここは筋肉によってシワができる位置だから細かく彫刻を入れよう」「この怪獣は皮膚の表面にこういう凹凸があるキャラクターだからそれを再現しよう」というような、なぜ細かい彫刻を入れるのかという目的が見える場合が多い。しかし、中国のフィギュアの緻密さの方向性はそれとは少し異なるように感じた。そもそも、アマチュアディーラーの卓に展示されているフィギュアは版権の都合上オリジナルの立体物であり、どこかに元ネタがあるというわけではない。なので、フィギュア自体の見た目やどこにどういったディテールを入れるかという差し引きこそは、原型師の真価が問われる部分である。 その結果どのような事態が発生したのかというと、腕の限りに緻密な彫刻を入れまくるモールドチキンレースのような状況である。つまり特定のキャラクターを表現したいから彫刻を入れるという話ではなく、「細かく彫刻が入っていること」そのものを目的とした戦いだ。
さしずめ料理人同士が野菜の飾り切りの腕を競い合うようにフィギュア自体の彫刻は細密になり、前述の状況と組み合わさって「巨大なのにどこまでいっても彫刻が入っている」という異常な展示物がゴロゴロと転がっている事態になっているのだ。
この、緻密であることそのものを競い合うという状況は、単なるフィギュアというよりも、もう少し工芸品的な方向を志向しているように見える。つまりモチーフではなく技芸を追求する行為であり、職人芸的な腕自慢の世界だ。 だから彼らの作品には、多かれ少なかれしっかりした台座がついていることが多い。バカっぽい話だが、台座があれば一気に高級感も出るし、フィギュア単体では表現できなかった世界観もつくり込むことができる。単にキャラクターの立体物がほしいだけならそれほど必要のない要素だが、自分が知恵と腕を振り絞ってつくった造形物をプレゼンするためにはあったほうがいい部分である。「彫刻と台座とモチーフを組み合わせて世界観を表現したい!」という、初期衝動的な切迫感を強く感じる。
予想がつかない中国の煮えたぎるエネルギー
会場を回って強く感じたのが、中国のディーラー・メーカーにとって最大のネックとなるのは造形のモチーフとなるIPの部分だろうという点だ。つまり、既存のキャラクターを使った商品としては、どうしても国外のコンテンツに頼らざるを得ないのである。例えば、『トランスフォーマー』シリーズ、特にオプティマス・プライムはどこに行っても見かける。ロボットといえばオプティマス、それもコンボイ司令官ではなく実写版のオプティマス・プライムという空気が濃い。
大型スタチューを販売するメーカーは漏れなくマーベル・シネマティック・ユニバースのキャラクターをモチーフとした巨大な彫像をいくつも並べ、『エイリアン』や『プレデター』といった生物的なディテールのあるキャラクターや、『ドラえもん』など日本のコンテンツも人気だ。 しかし、それと同じくらいどこに行っても目についたのが、今年の春節に公開されて中国国内で大ヒットした中国SF映画『流浪地球』(現在『流転の地球』のタイトルで、ネットフリックスにて配信されている)を題材にしたキットである(外部リンク)。
劇中に登場する大型トレーラーは、企業ブースかアマチュアディーラーかを問わず、本当にどこにいっても展示されていた。世界に販路を持つ中国メーカー・MENGモデルはデフォルメしたフィギュアのキットを展示していたし、上海市内の玩具店でも『流浪地球』を題材としたブロックトイを見つけることができた。 つまり、中国は「全国民レベルで知っている国産のヒット作」をすでに手にしているのである。その意味はおそらくこれからじわじわとわかってくると思う。
すでに極めてハイレベルな原型師がアマチュアレベルでゴロゴロしており、アイデア一発を買い取って投資して海のものとも山のものともわからない商品をいきなり発表する資金力もある。そもそも各国の玩具・フィギュアメーカーの下請けを延々とやってきた国だから、技術的な問題点のクリアも早いだろう。現状中国に足りないのは国産のIPだけなのだ。
だからこそ、今年のワンフェス上海では『流浪地球』の商品をあれだけ大量に見かけたのだと思う。会場に展示されていた作品のモチーフは現状まだ未整理のごった煮状態感が強かったが、この先いつまでそれが続くかはわからない。
ひょっとしたらとても早い段階で、数本の特定の題材に全てのディーラーと展示物が集中する状況が生まれる可能性もある。正直なところ、どんな方向にどんな速度で変化していくのか全く想像がつかない。しかし、いざ弾みがついたら一瞬で変わってしまうのだろう……というエネルギーだけはひときわ強く感じたのだった。
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しげる
Writer
1987年岐阜県生まれ。プラモデル、アメリカや日本のオモチャ、制作費がたくさんかかっている映画、忍者や殺し屋や元軍人やスパイが出てくる小説、鉄砲を撃つテレビゲームなどを愛好。好きな女優はメアリー・エリザベス・ウィンステッドとエミリー・ヴァンキャンプです。
https://twitter.com/gerusea
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