アルバムは「非日常」へのチケット?fhánaが『World Atlas』に込めたメッセージ

アルバムは「非日常」へのチケット?fhánaが『World Atlas』に込めたメッセージ
アルバムは「非日常」へのチケット?fhánaが『World Atlas』に込めたメッセージ

POPなポイントを3行で

  • fhánaが3rdアルバム『World Atlas』を3/15リリース
  • 制作の裏側やメッセージをインタビュー
  • 「アルバム」というフォーマットへの思いも語った
恐れずに言えば、「アルバムで音楽を聞く時代」は終わりつつある気配さえある。ストリーミングサービスが台頭し、音楽はシャッフルされ、一曲ごとに提供されていく。YouTubeでMVを観るのも自然な体験となった。だからこそ、アーティストにはこんな問いを投げる必要も出てくる。

今、「あえて」アルバムをリリースすることには、どんな意味があるのか? と。

fhánaはTVアニメ『小林さんちのメイドラゴン』OP主題歌の『青空のラプソディ』など、シングル5曲を含めた全14曲で構成する3rdアルバム『World Atlas』を3月28日にリリースする。佐藤純一さん、yuxuki wagaさん、kevin mitsunagaさんのサウンドクリエイターたちに、towanaさんをボーカルとして据える4人組ユニットとして活動中だ。

KAI-YOUではこれまでにも、彼らにインタビューを試みてきた。その都度、「音楽」や「アルバム」についての視野も僕らに新鮮な気づきを与えてくれた。だからこそ、このタイミングで冒頭の問いも投げてみたのだ。 アニメ、ゲーム、アプリと、タイアップのオファーが尽きない彼ら。それぞれの作品の世界観の元につくられてきた楽曲を、新たな「物語」としてまとめあげた今作。その裏にある、メッセージとは。

取材・文:奥岡権人/長谷川賢人

かつてないポップなアルバム。「通し」で聞けば3回アガる?

fhána『World Atlas』通常版ジャケット

──今作で3作目のアルバムが仕上がりました。つくり終えると「ホッ」としますか。

佐藤 「ホッとした」というよりは、「できたぁ……」って感じですけどね。といっても一区切りされた感じはなく、「制作している途中」という感覚。まだまだ「あれをやらなきゃ、これもしないと」って頭の中に残っている(笑)。

yuxuki 今作は、これまで以上にポップな感じですね。前作、前々作と比べて聞いても印象がぜんぜん違うと思います。

kevin 『青空のラプソディ』のMVにも象徴されるように「祝祭感」が今までのアルバムよりも強く出ていて、個人的には好きですね。

1曲目の『World Atlas』にはじまり、2曲目に『青空のラプソディ』、7曲目の『ユーレカ』、そしてラストの『It's a Popular Song』とシティポップらしさを持つ曲があるのもあって、それらがアルバムに一本の筋を通してくれているようで。
fhána / 青空のラプソディ - MUSIC VIDEO
佐藤 今回はタイアップ曲が多いんですが、あらためてアルバム収録曲を含めて順番に聴いてみると、発表済みの曲も意味合いが違って聞こえてくるんですよ。

『わたしのための物語 〜My Uncompleted Story〜』」はアルバムバージョンなので当たり前ですが、たとえば(TVアニメの)『テイルズ オブ ゼスティリア ザ クロス』のED主題歌になった『calling』なんかは、すでにシングルで持っている人でもアルバムの曲順で聴きなおしてもらえると、また違う感想が生まれると思います。

──アルバムの「曲順」はどんなやりとりで決まっていったんでしょう。

佐藤 僕が考えて決めています。タイトルを眺めながら物語性や文脈を考えて眺めたり、順番に聞いてみたりとか、歩きながらイヤフォンで聞くと曲に対する印象が違うから、実際に街に出てみたり……。

kevin もちろんアルバムにおける曲順は意識していますよね。この曲の次には、ピークとなる曲を持ってこよう、みたいな。

僕の友だちがよくライブにいくんですけど、ライブが終わった後にその日と同じセットリストのプレイリストをつくってるんですよね。「そのライブの曲順で味わいたいから」って言ってます。そこにはアーティストの意図があるわけですから。

towana (ふふっ)

──今のやりとりで、なにか面白いところありました?(笑)

towana あの! YouTubeに『World Atlas』の全曲試聴動画がアップされているんですけど、うちの母がその視聴動画を何回も繰り返して聞いてるよって言ってたのを思い出したんです(笑)。
fhána / 3rd ALBUM 「World Atlas 」全曲試聴動画
──towanaさんのお母さま、何か感想は伝えてくれました?

towana 母は「私の中では3回盛り上がる場所がある」と言ってました。

佐藤 へぇ。どのあたりなの?

towana それがすごく意外で、「2曲目と7曲目と10曲目」って言ってたんです! 2曲目は『青空のラプソディ』で盛り上がりやすいのはわかるけど、あとはシングル曲じゃないんだ、みたいな。

佐藤 お母さん、鋭いかもしれない……(笑)。そのあたりはアルバムの折り返し地点として置いた曲だったんです。

towana 母がfhánaの曲でいちばん好きって言っているのは、デビュー前の曲だったりするんです。だから「良い趣味してるな〜」と思って(笑)。

アルバムは物語であり、「非日常」と「日常」をつなぐ

──曲順の話の流れでうかがいたいのが、ストリーミングの普及に伴って、音楽を「1曲ずつ」あるいは「プレイリスト」で聴くケースも増えつつあります。今だからこそ、「アルバム」というフォーマットの特異点があるとすれば何だと考えますか。

佐藤 僕たちは今、“アルバムの終わりの時代”を生きていると思うんですが、そんな中、せっかくアルバムを出すわけで、これにはきっと意味があるんですよ。というのも、アルバムというフォーマットは「日常」と「非日常」をつなぐアイテムだと思っているんです。

音楽における「非日常」な空間はライブですね。しかも完全に意図的に作り出された非日常の時空間です。音と光で、観客の感情を揺り動かして、2時間くらいで非日常の世界をつくりあげる。思い返してもらえばわかるはずですが、良かったライブって終演後にもその世界から戻ってこられないような気持ちになりますよね。

完全な「非日常」がライブだとして、iTunesやスマートフォンに音源を入れて、プレイリストでバラバラに聞くのは「日常」に近い体験です。聞かれるシーンも限りなく「日常」に近いですから。

──音楽と一口にいっても、日常と非日常の間でグラデーションがあるのですね。

佐藤 アルバムは、作者が曲を聴く人の感情の起伏を意識して曲順を組みますし、歌詞や曲調も当然考慮します。

だから、アルバムを頭から聞くという行為は「映画を観る」や「小説を読む」ことに近いのかもしれません。ライブほど非日常ではないけれども、「アルバムを聞いてる間」は非日常に近づくことができるんです。

──佐藤さんは別のインタビューでも「ストーリー」という言葉を使っていたので、その説明は腑に落ちます。

佐藤 音源を取り込んで、日常のなかで機能するBGMも提供したいけれど、やっぱりつくっている側としては「物語」としての特別な体験をリスナーに残したいですよね。日常とは異なる感覚でアルバムを聴くことに没入して、そこから戻ってきたときに“消えない何か”が残っていてほしい。

もちろん、アルバム単位じゃなくて、fhánaの新曲がラジオで一曲だけ流れてきたときだって、その一瞬だけ日常から非日常になるみたいな。そういう体験をしてほしいと思いながらつくっています。

「土俵をずらす」くらいがちょうどいい

──『Wolrd Atlas』はどんな人たちにぴったり合いそうでしょうか。

佐藤 どういう人に届くかは「考えつつも考えない」ぐらいがちょうどいいと思っています。音楽もビジネスなので、マーケティング的にターゲットを想定することは、たしかに大事なことです。でも一方で、音楽には「芸術」の側面もあるので意識しすぎないようにしています。

聞く人が喜びそうなことをやるのも、もちろん考えてはいるんですが、あまり前に出しすぎると押し付けがましい。音楽ではなく人間関係でも、「僕は君のことをこれだけ考えてるんだよ」と言われても、「……そうですか」みたいになりませんか(笑)。

──なるほど。意図としては、まだfhánaの音楽に出会えていない人の姿が、何か異なるジャンルとの共通項から浮かぶかもしれないと思ったんです。

yuxuki それで言うと、そもそも「どんな人に聞いてほしいか」なんて考えてないんですよね。アニメのタイアップが多くても、fhánaはアニソンバンドではないし、とはいえ「J-Rockが好きな人」だけに刺さるものでもない。

ピンポイントで「このジャンルが好き」という人よりは、「あれもこれも好き」って人が聞くんだと思う。誰に聞いてもらってもいい。逆に言えば、誰に聞いてもらっているのか、僕ら自身も分からないのかもしれません。

それはfhánaが自分たちの居場所を固定しないバンドだと思っているのにも通じていて、今後も柔軟なスタイルで、いろんなところに顔を出せるような活動をしたいと思っています。

佐藤 「アニソンど真ん中」みたいなことをやっても、「ロックど真ん中」みたいなことをやっても埋もれちゃうと思うんですね。だから戦略的に、ちょっとずつ土俵をずらした曲をつくっています。
fhána / わたしのための物語 〜My Uncompleted Story〜 -MUSIC VIDEO-(TVアニメ『メルヘン・メドヘン』OP主題歌)
──土俵、ですか。

佐藤 土俵をずらさないと、なかなか世の中に居場所がないんです。まさに「自分の居場所をつくる戦い」をテーマにつくった曲が、(テレビアニメの)『メルヘン・メドヘン』のオープニング主題歌『わたしのための物語 〜My Uncompleted Story〜』です。誰もが一人ひとり、自分を発揮できる場所があるから。

でも居場所をつくったとして、それが「居心地の良い場所」に変わり、ずっと居続けてしまうと、今度はそこから脱せなくなってしまう。だからこそfhánaは「いろんなところにいる」くらいがちょうどいいと考えています。

断絶を求める世界で、箱庭から出るための「世界地図」

──今の話は、アルバムタイトルの「World Atlas(=世界地図)」とつながってきそうです。アルバムのコンセプトや制作背景をあらためて教えていただけますか?

佐藤 僕らが所属しているレーベルの成り立ち的に、一定の時期に集中してアルバムをつくるのではなく、タイアップが決まってそのためのシングルを作って、曲が溜まったらアルバムが見えてくるというサイクルなので、断続的にずっと全力でシングルをつくり続けてきた集大成という感じです。

それでも今回はいつも以上に変化や予期せぬ出来事が多くて。本当は去年(2017年)の年末に出すはずだったんですよ。

だから制作する当初に考えていたことと、出来上がったアルバムの意味合いは、実は曲順も含めて全然変わっていて。

──fhánaがメジャーデビュー以前に自主制作盤としてリリースしたのは『New World Line』でした。まさに「新しい世界線」といった意味を持つ場所からスタートし、今回の3rdアルバムでその線が地図になっていく……というイメージでしょうか?

佐藤 “最初は”そのつもりだったんです。

1stアルバムの『Outside of Melancholy』は、世界や可能性というのはそんなに美しいものばかりじゃないし、「人と人はやっぱりわかりあえないよね」といった憂鬱を下敷きにしました。それを踏まえての次なるアルバムとして、それでもなおその絶望の中から希望を立ち上げて「本当は美しくないけれど、だからこそ美しい世界」を表現する『What a Wonderful World Line』へとつながっていった。

今回のアルバムはそれらを経て、やっとたどり着いた僕たちの「理想郷」を表現しようとしていました。『New World Line』からのゴール地点という意味での『World Atlas』だった……のです、最初は。

──どんな変化があったんでしょうか。

佐藤 今回は最初のコンセプトの世界観から、もっと「外側」へ到着地点が移ったという感じですね。当初は「モニターの中の世界」や「箱庭の中でのシナリオ」を考えていたんです。

結果的に今は、想定していた物語よりも外に出ていって、本当の意味で「外の世界や他者に出会う旅に出る」というイメージです。

旅に出る時って、手ぶらでは行きませんよね。スマートフォンでGoogleマップを見たり、旅行先の情報を検索したり、『地球の歩き方』みたいなガイドブックが必要です。地図を持っている方が背中を押される気持ちになる。

つまり、ゴール地点だったものから、旅に出るための「世界地図」という意味に『World Atlas』は変わっていったんです。
fhána / World Atlas -MUSIC VIDEO- (3rd ALBUM「World Atlas」表題曲)
佐藤 そこで、先ほどの話に戻るんですが、「外の世界や他者に出会おう」というメッセージは、まさに「自分の居心地の良い場所から出よう」という話なんですよね。

いま、世界はつながりや広がりよりも、断絶を求めているように見えます。身近なところで、SNSやインターネット上の空気も変わったし、つながり過ぎて疲れてしまった感もあります。

もっとマクロに、経済や世界情勢を見ていても、自分のコミュニティと関係ない人のことよりも、まず自分自身をどうにかしなければいけない、という保護主義がトレンドだし、「他者を大事にしよう」なんて言っても、それだけじゃ解決できない問題や矛盾が大量にあります。

でも、そんな時代だからこそ、「影になって見えない闇の部分や、矛盾があるからこそ、光の当たる部分が美しく輝くんだ」と伝えたいんです。けれども、「可愛い子には旅をさせよ」的な、「他人を知る旅に出ろ」という当たりが強いコミュニケーションでは誰も動かない。

だからこそ、楽しそうな地図やチケットを「ちょっといかがですか?」と添える感じです。

──そのテーマを歌詞やタイトルからも象徴するのが、14曲目の『It's a Popular Song』なのでしょうか。

佐藤 タイトルに“Popular Song”と付けるくらいに、「本当のポップスをつくろう」という心意気でした。大衆音楽としてのポップスが意味するのは「みんなが良いと感じるもの」なのだと思います。それは、たとえみんなバラバラで断絶しているように見えても、「みんなどうしようもなく変わらない部分があるよね」ということをこの曲で言いたかった。

なぜ、『It’s a popular song』というタイトルにしたかというと、それは星野源の『Family Song』があったからなんです。曲もいい感じだけれど、『Family Song』は最初からあらゆる人を「みんな家族なんだよ、一緒なんだよ」と包摂する歌詞なんですよね。

──その「一緒なんだ」というのは、fhánaも1stアルバムのブックレットの序文で、佐藤さんが近しいことを書いていらっしゃいました。

佐藤 そう。そのテーマは何年も前から温めていて今回曲として形にしたわけですけど、一方で『It’s a Popular Song』は、みんなバラバラであることを最初から認めていて、だけれど、「みんな心の奥はそんなに変わらないんだ」ということを歌っていて。しかもごく個人的な小さな目線から始まってそれが「みんな」に繋がっている。なにも星野源に対するカウンターなわけじゃなくて、『Family Song』とは真逆のアプローチで、同じことを語っているということです。

その作品がその時代に生まれるべき必然性みたいなものがあると思うんですが、『It’s a Popular Song』も今、このタイミングで、僕らも時代にぶつけなきゃいけないと思って今回のラストにもってきました。

──『World Atlas』という地図を手に入れた人たちが、どんな世界に出会っていくのか。そして、最後に置いたメッセージをどう受け取るのか。そこも楽しみですね。今日はありがとうございました。

インタビューで振り返る、fhánaの足跡

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CKS

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中田ヤスタカもアルバム出す意義と時代性を関連して考えてたけど、fhánaは真正面からだ〜!

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