連載 | #2 LGBT表現が生まれ、送り出される現場

「TVで見るようなゲイは出てこない」漫画『そらいろフラッター』インタビュー

メディアで見るようなゲイはほとんど出てこない

──原作とリメイク版では、原作の4話で登場した能代に想いを寄せるマコトの登場が後回しになったり、女性キャラの大和菊が山本あゆみとしてキャラクターデザインも変わって、劇中での存在感が強くなるなど、かなり違いもあります。この変更意図などをお伺いできれば、と。

おくら まずはちゃんとメインの3人に焦点を絞って、掘り下げたいというのがありました。原作ではほとんど描かれなかったあゆみにフィーチャーしたことで、広がりは出ていると思うんですよね。

(左)原作版に登場する大和菊/第5話Scene1 3Pより。(右)リメイク版の山本あゆみ/『そらいろフラッター』1巻 157Pより (C)2017 Okura・Coma Hashii/SQUARE ENIX

──ひねくれた見方ですが、やはり一般誌での連載ということで女性キャラも前面に出す必要性があったのかな、と……。

湯本 まぁ、それは確かにあります(笑)。

ただ、『そらいろフラッター』は一般の人にちゃんと読んでもらえる青春漫画であって、真田を語る上でも、「ゲイをテーマにした漫画じゃない」という宣言をするためにも、あゆみの存在はすごく大事でした。そうじゃないと、能代を主人公にした“ゲイのギャルゲー”みたいな感じになってしまうので、それは避けたかった。

おくら 男ばっかりのBL的なものではなくて、普通に女性もいる世界として描きたかったんです。

マコトも最近出てきましたが、小さくて可愛いビジュアルに変更しています(笑)。原作のマコトは、自分が太め好きということもあり、同じように太めが好きなゲイの読者へのサービス的な要素も大きかったので。

湯本 リメイク版のマコトは「自分がゲイだ」ということを特に隠しておらず、そこは真田とは違うゲイになっています。かといって、テレビで見るようなオネエキャラというわけでもなく。

おくら 真田とは逆の性質を持っていますね。

──マコトやヒデなど、それぞれ違った性質を持つゲイキャラを出すのは、ノンケの人が読んだ時に「ゲイ≒真田」となるのを避けたいという意図がある?

おくら 世の中の認識がどの程度かわからないんですけど、『そらいろフラッター』ではいわゆるメディアで見るようなゲイはほとんど出てこないんです。

──それはリアリティを追究しようという意図から?

おくら 肌感覚として、自分の知ってるゲイを描こうということですかね。メディアで見るゲイだけが、ゲイじゃないよって。

とはいえ、メディアで活躍している方の中でもそういう肌感覚に近い方はいて、例えばマツコ・デラックスさん。あの方はゲイであることをアイデンティティの核にしていないというか、メディアでもあまりゲイとは扱われていないように思います。

──マツコさんによれば、そこはご本人もかなり意識されているそうです。

悲痛な話にはしたくない

──ともあれ、原作からの変更点もあったことで、お話自体も変わってきていますよね。

おくら 着地点としては原作を元にしていますが、原作で描けなかったことや描き足りなかった部分を補足しながら描いています。なので、もう正直別物ですよね(笑)。

湯本 リメイクとなると、普通は原作と見比べてチェックをするんですけど、僕はもう原作と見比べてないです(笑)。無理に原作と合わせようとすると失敗するので。

──リメイク版ではページ数の多い連載ということもあり、よりドラマに踏み込んだ描き方をされているように感じました。

おくら 原作はゲイを知っている人たちが読んでいたので、真田の考えていることなど、言わなくてもわかる部分がいっぱいあったと思います。「能代の視点」を印象づける意味でも、原作では意識的に真田のモノローグを入れないようにしていました。

でも、リメイク版では「真田は何を考えていて、どういう人間なのか」というのがわかるよう、丁寧に描き直しをしています。

──一方で、原作にあったヒデと能代が一緒にお風呂に入るシーンが変更されるなど、原作とリメイク版を見比べると、セクシャルな描写が減っているようにも思えます。原作ですと、ヒデの裸などもありますし。

おくら 原作のお風呂シーンについては、これまたサービス的な要素だったり、今思えばご都合主義な部分もあったかもしれません。リメイク版で一番気をつけているのは、「能代がゲイにとって、都合の良い考え方をしてくれる人物にはならないように」ということです。

湯本 ノンケが「私はホモです」って言ってる人(ヒデ)の家に行って、普通、一緒にお風呂には入らないな、と(笑)。ほかにも、ノンケが理解できないであろう描写は別の表現に変えるなどして、削ぎ落としてもらっています。そういう点でのジャッジはけっこう厳しめにしていますね。

──原作ですと、物語が進むと真田や能代を襲おうとするキャラクターとして、狛江先輩や寺山が登場してきます。そういう意味では、セクシャル的な要素も強いキャラクターたちですが。

おくら 狛江先輩や寺山の描写は、ちょっと考えなきゃいけないと思っています。リメイク版では、能代の意識がまだセクシャルな部分にまでいっていません。そこに興味を持ち始めたあたりで出てくるのが、狛江先輩や寺山なんですよね。リメイク版でそこまで踏み込めるかどうかは、まだ読めてないです。

湯本 出て来るとしても、だいぶ先ですしね。心の動きを描くのであれば、メインの3人+マコトで十分なので。

おくら 原作は能代が「ゲイとはどういうものか?」ということに踏み込んでいく形になっています。そして、狛江先輩の登場によって、能代は「男とそういう行為をするとは、どういうことか」というのを思い知らされる。やっぱりゲイを語る上で、セクシャルな部分というのは根幹に関わってくるし、絶対に意識するものです。そういった心と身体のつながり、身体的な欲望という面も描けたらいいですけど……。

ただ、リメイク版についてはあまり“ゲイ”という要素に寄らなくてもいいのかな、とも思っています。

湯本 僕としては、『そらいろフラッター』は“登場人物の一人がゲイ”である『君に届け』『アオハライド』(共に集英社)くらいの路線なんです。なので、表現レートとしてもそのあたりを基準に考えています。

──それでは改めて、リメイク版に込めたメッセージをお教えください。

おくら リメイク版にあたっては、「こういう形があってもおかしくないんじゃないか?」という提示をしたいんです。

そのひとつとして、真田というキャラクターがいます。原作の時から、真田はゲイであるが故の悩みはあるんですけど、ゲイであること自体は受け入れています。ゲイじゃなければよかったと思ったり、ゲイであることを不幸に思ったりはしません。真田が抱えているのは、普通の恋愛の悩みなんです。だから、悲痛な話にはしたくないと思っています。

そして、能代は「自分も男を好きになるんじゃないか?」という感情で揺れ動きますが、それが正しいか正しくないか(の判断基準)は、今の世の中のシステムや思想や常識とかがつくっているものなんですよね。だから、「では、自分はどう思っているのか?」というところは見誤らないように描いていきたいと思っています。

──真田や能代の悩みなどは、人と人とがコミュニケーションする上での普遍的な悩みともいえると思います。おくらさんはそういったものを描きたいのかな、と。

おくら 人物とその関係性を描きたいんですよね。原作版は好きなように描いていたので、リメイク版としては、これを読んだ人が何か考えるきっかけになればいいかな、と思っています。

「ふつう」って意味が自分の中でストンと落ちた気がした。

──最後に、LGBTブームが喧伝される今、おくらさんはLGBTをめぐって何か変化などを感じることはありますか?

おくら 自分の身近に限って言うなら、正直ほとんど感じないですね。もっと当事者として自分から関心を持つべきだとは思うのですが……。

LGBTフレンドリーなど、LGBTに理解を示す、求める活動は非常に有意義で必要なものだと思います。同時に、「LGBT」という言葉で一緒くたにカテゴライズされたり、特別扱いされることを窮屈に感じる人もいます。

ただ、創作物に関してはいろいろなものが出やすくなってきているとは思います。それは例えば“ジジイ萌え”だったり、「そういう萌えもある」ということがSNSなどでも可視化されて、共感を得られることで「好きなものを好き」と言いやすい状況にはなっているんじゃないでしょうか。

湯本 アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』は、わざわざ「ゲイです」とカミングアウトする必要のない世界になっていましたよね【注:劇中で男性同士が自然と好かれ合うシーンがあり、話題となった】。同性愛もみんなが自然に受け入れている世界、そういうのが目指すべき世界なんだろうな、とも思います。

──それでは、橋井さんご自身や橋井さんの周りで、LGBTに関する変化などを感じることはありますか?

橋井 自分のことになりますが……『そらいろフラッター』に出会う前は、「LGBT」という言葉や「ノンケ」という言葉があるのも知りませんでした。

正直に言いますと、能代と同じで自分には関係ない世界の人たちだと思っていました。なので、最初の頃はおくらさんや湯本さんが「ふつう」と言っている意味も正直よくわかりませんでした。

ですが、毎月『そらいろフラッター』の原稿を描きながら気づかされることがあります。

本当の自分を隠していたり、「皆と違う自分は変だ」って悩んでたり、自分を受け止めてくれる人の存在に気づいて頑張ってみようと思えたり。そういう気持ちは、ゲイであろうとなかろうと一緒なんだな、と思ったら「ふつう」って意味がなんとなく自分の中でストンと落ちた気がしました。

LGBTを知らない人や「関係ない」って思っている人にも、『そらいろフラッター』を通してそういうのを知るきっかけになったらいいなと思いました。

おくら 『そらいろフラッター』では押し付けがましくなく、キャラクターを追っていくことでゲイについて理解してもらえるような、そんなひとつの例として提示できる作品にできればいいな、と思っています。

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LGBT表現が生まれ、送り出される現場

“LGBTブーム”の中で、数多く輩出されるLGBT表現の数々。そこで“描かれなかったもの”、あるいはエンターテインメントだからこそ“描かれたもの”とは? 作者と送り手へのインタビューを通じて、LGBTと社会との距離を推し測る。

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