世界的にLGBT(性的少数者を指す)が認知され、「LGBTブーム」とも呼ぶべき現象によってセクシャル・マイノリティをめぐる議論は活発となり始めている。その影響は、社会や法律といった分野にだけ表れているわけではない。
近年、漫画や小説、映画、ゲームをはじめとするポップカルチャーにおける様々なメディアで、LGBTをテーマにした作品、あるいは性的少数者が登場する作品も増えている。本連載では、そうした作品の生み出される現場に焦点を当てていく。
作品に描かれたものはもちろん、“描かれなかったもの“や”描けなかったもの“、そしてエンターテインメントだからこそ“描けたもの“とはなにか? そこに、現在のLGBTと社会との関わり方を見て取ることができるかもしれない。
連載「LGBT表現が生まれ、送り出される現場」第2回目は、現在スクウェア・エニックス発行の雑誌『月刊ガンガンJOKER』で連載中の漫画『そらいろフラッター』を取り上げる。本作は、おくら氏が自身のゲイ向けサイトで無料連載していた漫画を、リメイクする形となっている。 自身もゲイである、本稿筆者の須賀原みちがその制作過程について、原作のおくら氏、作画の橋井こま氏、そして担当編集の湯本彰伸氏にお話をうかがった(橋井こま氏は遠方在住のため、後日メールインタビューを行ったものを1本の記事として構成している)。
取材・構成:須賀原みち 編集:新見直
原作担当・おくら もともと渡辺多恵子先生や吉田秋生先生の漫画が好きで、漫画家を目指して、大手出版社に投稿や持ち込みをしていました。描いていた漫画としては、少年少女の恋愛漫画やラブコメで、特にゲイっぽい題材を入れたりとかはしていませんでした。それで担当編集者もついたのですが、なかなか担当が納得のいく作品を描けなくなってしまって……。担当からは「君は何を面白いと思って、漫画を描いているの?」と言われました。
それもあって、「自分が描きたいものを描こう」という気持ちで自分のサイトを始めたんです。
あとは、やっぱり漫画を読んでもらって反応が欲しいという承認欲求ももちろんありました。もともと漫画連載自体はアクセスを増やすひとつの手段だったんですよ。ただ、サイトをつくる上で参考にしようとほかのゲイ向けのイラスト・漫画サイトをめぐってみると、ポルノ作品がほとんどだったんです。「エロじゃないゲイの話があってもいいよな」ということで、自分が描きたい内容で描くことにしました。
──実際に原作を連載している時にはどのような反響がありましたか?
おくら 最初の頃の感想は、やはりゲイの人からだったと思います。特に原作の7話あたりから、反応が来るようになりましたね。自分が把握している限りでは、中高生から「すごい共感しました」という風に言ってもらったり、社会人の方が「自分が若かった頃に、こういう風に言ってもらいたかった」とおっしゃっていたり。
中でも、「こういう作品が読みたかったです」という反応が結構あって、それは本当に嬉しいことでした。ゲイサイトでこんなエロなしの漫画がウケるのかっていう心配もあったので(笑)。 ──作品を描く中で、「ゲイを肯定しよう」といったメッセージを込める意図などはありましたか?
おくら 正直、「メッセージ性を込めよう」とか「この漫画で悩めるゲイの子たちを救ってあげたい」といった気持ちは全然なかったです。
──失礼ながら、ご自身の学生時代の実体験を込めてみたり、あるいは学生時代のトラウマを漫画で描いて克服しようといった気持ちなどは?
おくら 学生時代からゲイという自覚はあって、同級生を好きになったこともありますが、もちろん隠していましたし、特にそれで悩んだりもしていませんでした。友達はいっぱいいたし、学生生活は普通に楽しくやっていたので。なので、実際に漫画のようなことがあった、というわけではありません。
(漫画で描いたのは)「こういうことがあったら良いな」くらいですかね。完全に後付なんですけど、原作の(主人公のひとりである)能代は、自分にとって「こういうノンケがいたらいいな」っていう理想化されたノンケ像なんです。悪気もなく、ゲイということについて純粋に興味を持ってくれる人。
ゲイを秘密にしてる人たちって、絶対にどこかで自分のことをしゃべりたい欲があると思うんですよ。当時、興味本位でもいいから、自分のことを聞いてくれる人がいたなら救われてただろうな、って。能代というのはそういうキャラクターなんだと思います。
──能代は多少の偏見はあるけれど、それで態度を硬化させるわけでもなく、真正面から向かってくるキャラクターになっていますね。
おくら 原作は界隈で話題になっていたようで、イタリアのLGBT向けの漫画コンテンツを扱う会社からもお声がけいただき、リファインしたイタリア語版を出版することができました。
それで「日本でも『そらいろフラッター』を出版したい」と思って、大手出版社の担当にも見せました。「君が何を描きたいのか、ようやくわかったよ」と言ってもらい、同じ会社の別の編集部を紹介してもらったり、知人にLGBTなどのコンテンツも扱っている出版社を紹介してもらいましたが、なかなか実現できない状況が続きました。友達とは「いざとなったら自分で同人誌として出そうか」という話もしていて。
『そらいろフラッター』担当編集者・湯本彰伸(以下、湯本) その頃に、僕は「別の漫画を描いてほしい」ということで、おくらさんにお声がけさせていただきました。
僕には親しいゲイの友人がいまして、彼から「『そらいろフラッター』という漫画が面白い」と聞いたんです。Web系の作家さんを探す中で、「そういえばゲイコンテンツの中で描いている作家さんは探していなかった」と。それで、『そらいろフラッター』を読んでみたらすごく面白かった。
おくら ただ、湯本さんと企画を練っているタイミングで、別の大手出版社での漫画家デビューが決まり、連載をすることになりました。それで、その企画は保留になっていたんですが、数年後にその連載が終了するということで、改めてお話をいただいて。 湯本 そこで「『そらいろフラッター』のリメイクはどうですか?」というお話をしました。もちろん、もう少し一般向けというか、書店で見るような人も買って読めるようなものにしなきゃいけないということで、しっかりとしたリメイクをお願いすることにしました。
湯本 うちの雑誌はわりと「面白ければ載せちゃおう」というところはあります。編集部全員や営業の人間にも原作を読んでもらって、みんな「面白い」という反応でしたし。
あとは、社会状況的に、ブームと言っていいのかわかりませんが、LGBTの議論が盛り上がっている中で、この作品を投下するのは編集部的に“あり”と判断して、GOが出ました。
──連載決定にあたって、いわゆる“LGBTブーム”が後押しした?
湯本 それは確実にあると思います。今でもその文脈でピックアップしてもらって、作品の人気に火がつけばいいとも思っています。また、そういう状況だからこそ、読んでほしい作品でもあるなって。
おくらさんはどちらかというとフラットに描いていると思いますが、この作品を紹介してもらったゲイの友人に話を聞くと、彼は(主人公のひとりでゲイの)真田のような経験があるということでした。何気なく出る仕草などからオカマだのなんだの、学生時代からずっと言われてきた、と。
彼の話を聞いて、押し付けがましい形ではなく、この作品を通じて、ひとつの選択肢として「こういう生き方や考え方もある」というのを世に出したいという気持ちになりました。それは社内を説得する際にも話したことです。
(売上などの)数字だけではなく、漫画をつくっていく意味として、今世の中にあふれるわかりやすいエンタメではない、すごく平凡なものだけど読んでいる人の考え方に何か変化のきっかけを提示できる作品として読んでほしいな、と。
近年、漫画や小説、映画、ゲームをはじめとするポップカルチャーにおける様々なメディアで、LGBTをテーマにした作品、あるいは性的少数者が登場する作品も増えている。本連載では、そうした作品の生み出される現場に焦点を当てていく。
作品に描かれたものはもちろん、“描かれなかったもの“や”描けなかったもの“、そしてエンターテインメントだからこそ“描けたもの“とはなにか? そこに、現在のLGBTと社会との関わり方を見て取ることができるかもしれない。
連載「LGBT表現が生まれ、送り出される現場」第2回目は、現在スクウェア・エニックス発行の雑誌『月刊ガンガンJOKER』で連載中の漫画『そらいろフラッター』を取り上げる。本作は、おくら氏が自身のゲイ向けサイトで無料連載していた漫画を、リメイクする形となっている。 自身もゲイである、本稿筆者の須賀原みちがその制作過程について、原作のおくら氏、作画の橋井こま氏、そして担当編集の湯本彰伸氏にお話をうかがった(橋井こま氏は遠方在住のため、後日メールインタビューを行ったものを1本の記事として構成している)。
取材・構成:須賀原みち 編集:新見直
「エロじゃないゲイの話があってもいい」
──原作の『そらいろフラッター』は、おくらさんの個人サイトで連載されていました。まず、原作の連載を始めたきっかけは?原作担当・おくら もともと渡辺多恵子先生や吉田秋生先生の漫画が好きで、漫画家を目指して、大手出版社に投稿や持ち込みをしていました。描いていた漫画としては、少年少女の恋愛漫画やラブコメで、特にゲイっぽい題材を入れたりとかはしていませんでした。それで担当編集者もついたのですが、なかなか担当が納得のいく作品を描けなくなってしまって……。担当からは「君は何を面白いと思って、漫画を描いているの?」と言われました。
それもあって、「自分が描きたいものを描こう」という気持ちで自分のサイトを始めたんです。
あとは、やっぱり漫画を読んでもらって反応が欲しいという承認欲求ももちろんありました。もともと漫画連載自体はアクセスを増やすひとつの手段だったんですよ。ただ、サイトをつくる上で参考にしようとほかのゲイ向けのイラスト・漫画サイトをめぐってみると、ポルノ作品がほとんどだったんです。「エロじゃないゲイの話があってもいいよな」ということで、自分が描きたい内容で描くことにしました。
──実際に原作を連載している時にはどのような反響がありましたか?
おくら 最初の頃の感想は、やはりゲイの人からだったと思います。特に原作の7話あたりから、反応が来るようになりましたね。自分が把握している限りでは、中高生から「すごい共感しました」という風に言ってもらったり、社会人の方が「自分が若かった頃に、こういう風に言ってもらいたかった」とおっしゃっていたり。
中でも、「こういう作品が読みたかったです」という反応が結構あって、それは本当に嬉しいことでした。ゲイサイトでこんなエロなしの漫画がウケるのかっていう心配もあったので(笑)。 ──作品を描く中で、「ゲイを肯定しよう」といったメッセージを込める意図などはありましたか?
おくら 正直、「メッセージ性を込めよう」とか「この漫画で悩めるゲイの子たちを救ってあげたい」といった気持ちは全然なかったです。
──失礼ながら、ご自身の学生時代の実体験を込めてみたり、あるいは学生時代のトラウマを漫画で描いて克服しようといった気持ちなどは?
おくら 学生時代からゲイという自覚はあって、同級生を好きになったこともありますが、もちろん隠していましたし、特にそれで悩んだりもしていませんでした。友達はいっぱいいたし、学生生活は普通に楽しくやっていたので。なので、実際に漫画のようなことがあった、というわけではありません。
(漫画で描いたのは)「こういうことがあったら良いな」くらいですかね。完全に後付なんですけど、原作の(主人公のひとりである)能代は、自分にとって「こういうノンケがいたらいいな」っていう理想化されたノンケ像なんです。悪気もなく、ゲイということについて純粋に興味を持ってくれる人。
ゲイを秘密にしてる人たちって、絶対にどこかで自分のことをしゃべりたい欲があると思うんですよ。当時、興味本位でもいいから、自分のことを聞いてくれる人がいたなら救われてただろうな、って。能代というのはそういうキャラクターなんだと思います。
──能代は多少の偏見はあるけれど、それで態度を硬化させるわけでもなく、真正面から向かってくるキャラクターになっていますね。
「君が何を描きたいのか、ようやくわかったよ」
──「月刊ガンガンJOKER」で連載が始めるまでの経緯をお教えください。おくら 原作は界隈で話題になっていたようで、イタリアのLGBT向けの漫画コンテンツを扱う会社からもお声がけいただき、リファインしたイタリア語版を出版することができました。
それで「日本でも『そらいろフラッター』を出版したい」と思って、大手出版社の担当にも見せました。「君が何を描きたいのか、ようやくわかったよ」と言ってもらい、同じ会社の別の編集部を紹介してもらったり、知人にLGBTなどのコンテンツも扱っている出版社を紹介してもらいましたが、なかなか実現できない状況が続きました。友達とは「いざとなったら自分で同人誌として出そうか」という話もしていて。
『そらいろフラッター』担当編集者・湯本彰伸(以下、湯本) その頃に、僕は「別の漫画を描いてほしい」ということで、おくらさんにお声がけさせていただきました。
僕には親しいゲイの友人がいまして、彼から「『そらいろフラッター』という漫画が面白い」と聞いたんです。Web系の作家さんを探す中で、「そういえばゲイコンテンツの中で描いている作家さんは探していなかった」と。それで、『そらいろフラッター』を読んでみたらすごく面白かった。
おくら ただ、湯本さんと企画を練っているタイミングで、別の大手出版社での漫画家デビューが決まり、連載をすることになりました。それで、その企画は保留になっていたんですが、数年後にその連載が終了するということで、改めてお話をいただいて。 湯本 そこで「『そらいろフラッター』のリメイクはどうですか?」というお話をしました。もちろん、もう少し一般向けというか、書店で見るような人も買って読めるようなものにしなきゃいけないということで、しっかりとしたリメイクをお願いすることにしました。
売上だけじゃない、漫画をつくっていく意味
──連載を始めるにあたり、「月刊ガンガンJOKER」編集部で起こった議論などがあれば、お教えください。湯本 うちの雑誌はわりと「面白ければ載せちゃおう」というところはあります。編集部全員や営業の人間にも原作を読んでもらって、みんな「面白い」という反応でしたし。
あとは、社会状況的に、ブームと言っていいのかわかりませんが、LGBTの議論が盛り上がっている中で、この作品を投下するのは編集部的に“あり”と判断して、GOが出ました。
──連載決定にあたって、いわゆる“LGBTブーム”が後押しした?
湯本 それは確実にあると思います。今でもその文脈でピックアップしてもらって、作品の人気に火がつけばいいとも思っています。また、そういう状況だからこそ、読んでほしい作品でもあるなって。
おくらさんはどちらかというとフラットに描いていると思いますが、この作品を紹介してもらったゲイの友人に話を聞くと、彼は(主人公のひとりでゲイの)真田のような経験があるということでした。何気なく出る仕草などからオカマだのなんだの、学生時代からずっと言われてきた、と。
彼の話を聞いて、押し付けがましい形ではなく、この作品を通じて、ひとつの選択肢として「こういう生き方や考え方もある」というのを世に出したいという気持ちになりました。それは社内を説得する際にも話したことです。
(売上などの)数字だけではなく、漫画をつくっていく意味として、今世の中にあふれるわかりやすいエンタメではない、すごく平凡なものだけど読んでいる人の考え方に何か変化のきっかけを提示できる作品として読んでほしいな、と。
この記事どう思う?
関連リンク
連載
“LGBTブーム”の中で、数多く輩出されるLGBT表現の数々。そこで“描かれなかったもの”、あるいはエンターテインメントだからこそ“描かれたもの”とは? 作者と送り手へのインタビューを通じて、LGBTと社会との距離を推し測る。
0件のコメント