連載 | #2 LGBT表現が生まれ、送り出される現場

「TVで見るようなゲイは出てこない」漫画『そらいろフラッター』インタビュー

気をつけているのは、“普通の日常を描くこと”

湯本 ただ、おくらさんの絵柄については、失礼ながら今風のキャッチーな絵柄というわけではないので……。誰からも好かれるような絵柄を描ける人として、(作画担当の)橋井こまさんにお声がけさせていただきました。

──単行本1巻のあとがきで、橋井さんは「何も知らない私にちゃんと務まるだろうか……」とも書かれていますよね。

湯本 変に理解があって、バイアスがかかった状態で描いてしまう人よりも、何もわからない人のほうが良いかな、と思ったんです。それこそ、橋井さん自身が「この話をどう感じるのか」というところも入れてほしかった。毎回、ネームをお渡しすると、橋井さんがキャラの考え方に影響を受けることもあるみたいです。

それは、やっぱりこの作品がゲイを扱っているけれど、テーマとしては普遍的なものを描いている証拠、この作品の持っている力だと思うんです。

──橋井さんは、最初に原作を読んだ時にどのように感じましたか?

作画担当・橋井こま(以下、橋井) 私が思っていた“BL漫画”とは違うなと思いました。

原作を知ったのは、湯本さんに「作画をやってみませんか?」とお声をかけていただいた時でした。それまでは“BL漫画”といえばセクシャル描写が多いイメージがあったので、少し苦手意識もあったかもしれません。でも読んでみると、ゲイというよりも人間を描いているところが素直にいいなと思いました。

──原作と作画に分かれていますが、どのような作業分担ですか?

おくら 僕が(漫画の下書きである)ネームを描いています。橋井さんがキャラの感情に入っていけるように、表情のニュアンスなども伝わるように。(キャラの心情などが)わからない部分も絶対にあると思うので、そういったところには脚注を入れています。

──おくらさんのネームに対して、橋井さんの意見で変更される部分はありますか?

おくら いっぱいあります。コマ割りや演出の部分は作家性に由来するので、そこは作画をする方のお仕事でもあると思っています。

──作画をする上で、橋井さんが気をつけている部分はありますか? もし『そらいろフラッター』だからこそ気をつけている部分などがあれば、あわせてお教えください。

橋井 気をつけている部分は、表情です。このキャラは今何を思ってこういう表情になっているのかをネームを何回も読み直して描いてます。

ですが、やはり解釈やニュアンスの違いが出てくるので、おくらさんにどんなニュアンスなのか詳しく教えていただいたり、湯本さんに「こうしたらどうだろう」とアドバイスいただいたり、大変助けられてます。

『そらいろフラッター』1巻 188Pより (C)2017 Okura・Coma Hashii/SQUARE ENIX

あと能代のぽっちゃり体型も、今でもたまに「細い!」とご指摘されるので気をつけたいところです……!

『そらいろフラッター』だからこそ気をつけている部分は、普通の日常を描くことです。私自身、原作を読んだ時にそこがいいなと思った部分でもあるので。

──リメイク版での作画をお願いするにあたり、橋井さんのリアクションで記憶に残っているものはありますか?

湯本 橋井さんはたまにBLを読んだことはあったらしいのですが、ご自身が描くことへの不安は非常に持っていたみたいです。友人から「橋井さんがこういうBLみたいなものを描くとは思わなかった」と言われ、思い悩んだこともあったみたいです。

おくら ……! 自分はこの作品を手がけていることを、親やノンケの友達には言ってないんです。でも考えてみたら、橋井さんはご自身のお名前でやられていますもんね。負担になっちゃったんでしょうか……。

湯本 いや、最近はそれも乗り越えて、原稿もすごくノッていますし、楽しく描いてくれてますよ。

──橋井さんにお伺いしますが、『そらいろフラッター』の作画を担当するとなった際、率直に思ったことをお教えください。期待や不安などはありましたか?

橋井 作画を担当することが決まった時は、正直「私でいいのだろうか……」と不安で仕方なかったです。

リメイク版のキャラの容姿は私がデザインさせていただいたのもあり、作風含め、特に原作ファンの方からの反応が怖かったです。ですが、Twitterなどであたたかいお言葉をくださる読者さんもいて安心しました。

一時期、自分がBLを描くことに対して周りの反応を気にしすぎて悩んだりもしましたが、今は楽しく描いてます! 精一杯頑張りたいです!

──おくらさんは、一般の漫画誌でゲイを取り上げた漫画を連載することに不安などはありませんでしたか?

おくら 「月刊ガンガンJOKER」は女の子キャラがいっぱい登場する若年層向けの漫画雑誌というイメージでした。なので、男キャラばっかりでゲイを取り上げた作品をちゃんと読んでもらえるか、とは思いました。ゲイネタってネットなどですごい盛り上がるんですけど、ネタで終わってしまったら悔しいな、と。

でも、どちらかというと一般誌に載ることにワクワクしていて、期待が大きかったです。

──実際に「月刊ガンガンJOKER」での連載が始まり、どのような反響がありましたか?

おくら (原作は)5年前に完結していた作品なので「学生の頃に読んでいたあの作品が今、リメイクされるなんて感慨深い」という反応だったり、「月刊ガンガンJOKER」という有名な少年漫画誌でやることに驚いてた人もいましたね。「色々な人に読んでもらえるのは良いことだよね」という声もあったり。

リメイク版の連載が始まる頃には、『弟の夫』(双葉社)の連載も始まっていました。あの作品も“ゲイについて知らないことを教えてくれる”といったお話でしたが、『そらいろフラッター』はもっと若年層に届けられるんじゃないかと考える方々もいらっしゃいました。

──既存の「ガンガンJOKER」の読者からの反応はどのようなものでしたか?

湯本 普通に“青春もの”として捉えられている気はします。あとは、女性の読者がけっこういますね。主人公の一人が太っちょなので物珍しいんだけど、“キレイな古典BL”という風に見ていただいてるのかな、と。

なにより、実際に読んだ人の反応はものすごく良いです。単行本1巻を発売する時に書店員さんにも読んでもらったら、しっかりと店舗展開をしていただけたり。それでも、まだまだ届けたいところに届いていない感じはするのですが。

──橋井さんの周りで、『そらいろフラッター』に対する反響で印象的なものがあれば、お教えください。

橋井 BLが苦手な知り合いの方がコミックを読んでくれていたらしく、「クスっと笑えるところもあって普通に読めた。」と感想をくれたのが印象に残っています。

ゲイが登場する普通の漫画と思って読んでもらいたい

──(KAI-YOU編集・新見)すごく不躾な質問だと思うのですが、お聞きします。おくらさんが『そらいろフラッター』を手がけていることについて、ご家族やご友人には言ってないということでした。もちろん、カミングアウトする/しないというのはご自身で決められたことだと思います。ただ、そういった点について、おくらさんの中で折り合いはついていらっしゃるのですか?

おくら そこはちょっと難しくて……。もちろん、『そらいろフラッター』を描いているということは全然恥ずかしいことではないので言いたいんですけど、やっぱり親が(息子がゲイであることについて)どう思うかはわかりません。

先日、帰省をした時には、姉にカミングアウトをし、連載のことを伝えて相談したんです。うちは母親も漫画が大好きで、同性愛要素のある作品もたくさん読んでいるから、(ゲイについても)理解があるだろうと思っていましたが、姉からは「お母さんには言わないほうがいいんじゃない?」と言われました。姉は、母親が「漫画で見るのはいいけど、実際にああいうこと(同性間での恋愛)があったら嫌だ」というようなことを言ってるのを聞いたそうなんです。だから、まだちょっと言わないほうがいいかな、と。

自分としては、カミングアウトしているノンケの友達も何人かいるし、言ってもいいかな、とも思うんですけど……。今回の取材で顔出しができないのも、不意に親にバレるのが嫌なんですよ。いつか言う時には「こういう作品をやってるよ」というのを、ちゃんと自分で伝えたいと思っています。

──お答えいただき、ありがとうございます。

実際に一般誌に載ることで、多くの人に読んでもらうことが出来た?


おくら 今までと違う読者層の目に触れる機会になっていると思います。「ゲイ漫画」とくくると拒否する人もいますが、ジャンル漫画ではなく、ゲイが登場する普通の漫画と思って読んでもらえたら嬉しいですね。

湯本 キャッチコピーにもすごく悩みました。“ゲイ”という単語を入れてしまえばキャッチーなんだけど、どうしようかな……と。最終的には、意外と芯をついたものにはなったと思います【注:人が人を好きになる気持ちに「ふつう」も「とくべつ」もない。】。

単行本1巻の帯に掲載されたキャッチコピー

──それこそ『そらいろフラッター』は、特別にゲイ業界のようなものを取り上げて描いているわけではないですからね。

おくら 自分もゲイですけど、ゲイに対して疑問を感じる部分があったんです。だから、主人公を能代というノンケにして、彼の目線から「ゲイとは何か?」というのを見ていく形にしています。

──ゲイに対して疑問を感じる部分とは?

おくら 例えば、自分はいわゆる”オネエのノリ“が実はあまり得意ではなかったりします。メディアも手伝って「ゲイというとオネエ」「ゲイはみんなそういうノリが好き」といった認識があるかもしれません。でも、僕のように自分の中にオネエ的な要素ってあまりないなっていう人もいると思うんです。自分でそう思っているだけで他人からみられたらわかりませんけどね(笑)。だから、自分の感覚での“ゲイ像”というのは、真田やヒデになるんです。

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“LGBTブーム”の中で、数多く輩出されるLGBT表現の数々。そこで“描かれなかったもの”、あるいはエンターテインメントだからこそ“描かれたもの”とは? 作者と送り手へのインタビューを通じて、LGBTと社会との距離を推し測る。

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