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ゲイ・エロティック・アートの巨匠 田亀源五郎と担当編集に聞く『弟の夫』の現場 「無自覚の差別」とは何か?
LGBTブーム”が叫ばれて久しい。簡単に説明をすると、LGBTとはレズビアン/ゲイ/バイセクシャル/トランスジェンダーという性的少数者を指す言葉である(より広義のLGBTQ/LGBTsといった言葉もある)。

メディアを中心に、こうしたセクシャル・マイノリティをめぐる議論が活発に展開され、ビジネスにおいても「LGBTが働きやすい企業」などが積極的に取り上げられるようになっている。

こうした潮流は、エンターテインメント業界においても例外ではない。マンガやアニメ、ゲーム、映画など──近年、LGBTをテーマにした作品が数多く輩出され、人気を博している。

これまでLGBTというテーマは、ニッチなものとして扱われてきたように思われる。しかし今、ブームの影響を受けてか、あるいはそれとは無関係にか、LGBTを扱ったエンターテインメント作品はより幅広く、より多くの人たちに受け入れられようとしている。

それでは、LGBTというテーマを扱った上で大多数に向けたエンターテインメント作品をつくる際、そこで“描かれなかったもの”や“描けなかったもの”、あるいはエンターテインメントだからこそ“描かれたもの”はないだろうか? そして、それこそが現代におけるLGBTと社会との距離を知る手がかりになるのではないか。

自身がゲイである筆者のそんな疑問に端を発した当連載「LGBT表現が生まれ、送り出される現場」は、LGBTを扱ったエンタメコンテンツの作者、そして、それを広く世に届ける送り手に話を聞きに行く。

第一回目となる今回は、ゲイ・エロティック・アートの巨匠としても知られ、今年5月まで「月刊アクション」(双葉社)にてマンガ『弟の夫』を連載していた漫画家・田亀源五郎氏と、その担当編集者である平田昌幸氏(『弟の夫』初代担当編集。現・漫画アクション編集長)、南部恵理香氏(『弟の夫』二代目担当編集。月刊アクション編集部員)のお二人に話をうかがった。

大団円を迎えた『弟の夫』が“描いたもの”そして“描かなかったもの”とはなんだったのか──

取材・構成:須賀原みち 撮影:市村岬 編集:新見直

「月刊アクション」の売り上げにも貢献した連載開始

──「KAI-YOU.net」での以前のインタビューでは、連載開始にあたっては「編集長に見せたら『いいね! 表紙・巻頭でいこう!』と即決でした」とのことでした。改めて、連載開始時の反響についてお教えください。
初代担当編集・平田(以下、平田) 予告が載った時点で大騒ぎになって、「月刊アクション」で描いているほかの作家さんも大騒ぎでした。

田亀源五郎(以下、田亀) ゲイ雑誌の読者も大騒ぎ。

一同 (笑)。

平田 逆に大騒ぎになりすぎて、ネタにされちゃうのでは、ということは危惧しました。ただ、フタを開けたらその号の「月刊アクション」の売り上げが良くて、実際に雑誌を買っていただくなど、反響も大きかったので一安心しました。

──それは田亀先生のファン層が「月刊アクション」を購入したということでしょうか?

田亀 どうなんだろう…。それだとそんなに(部数は)伸びないと思うから、やっぱり話題になったので「私の存在は知ってたけど…」という層が初めて触れたというのはあったんじゃないかな。

──ある意味、興味本位で読んでみようという層がいた?

田亀 そういう層もいっぱいいたと思いますよ。

REa

『弟の夫』4巻表紙 (C)田亀源五郎/双葉社

平田 雑誌が発売される2、3日前が、一番ナーバスになりましたね。

田亀 いや、私がナーバスになったのは1巻が出たときですね。前評判がありすぎて、出落ちになるんじゃないかと心配しました。(連載に対して)良い話も入ってきていましたが、連載が続いていくと最初の時ほど読者からの反応は入ってきづらくなるし、単行本派の人もいます。出版業界では、単行本の1巻を出した時点で連載の運命が決まる感じがあるので、その時はすごくナーバスになりました。

「(作劇は)このペースでいいんだろうか?」というところに関してもナーバスになって、平田さんに「もう少しドラマチックなうねりをつけたほうがいいんだろうか?」という相談はしました。でも、「このままのペースで大丈夫」と言われたので安心しましたね。

私としては、(連載の)声をかけられ献本を読んでみたところ、個性的で面白いと感じた漫画がどれも平田さんの担当だった、ということがあったので、信頼できると思いました。プロの編集さんとして、漫画を見る目がしっかりある。

それと、私は自分の中のゲイ・イシューを作品に取り込んでいます。一方で平田さんには、主人公の弥一と同じ“ノンケで子持ちのお父さん”という属性があったので、平田さんから見て不自然だったり引っかかるところはチェックしてもらえるということで、スタート時点からすごく安心感がありました。
田亀源五郎先生インタビュー画像_1

『弟の夫』初代担当編集・平田昌幸氏

『弟の夫』を一般誌に連載したことによる創意工夫

──ここからは、作品内の表現に触れつつ『弟の夫』に踏み込んでお話をうかがえればと思います。別のインタビューで“弟”の涼二と“弟の夫”であるマイクの関係について、マイクが「どっちもハズバンドなんだよ」と答えるシーンは、田亀先生の実際の経験に基づいてるとおっしゃっていますが、具体的にはどういった経験だったのでしょうか?

田亀 私は付き合って長いパートナーがいまして、一緒に暮らしていることもあって、例えばノンケの友達と話すときに「うちの旦那が」という言い方をするんです。そうすると、「旦那ってことは、あなたが奥さんなのね」と言われることが多い、とかです。あとは、結婚している海外の友人からはお互いのことを「マイハズバンド」って紹介されることもあります。

──『弟の夫』は冒頭、弥一と涼二の両親の葬式のシーンから始まります。劇中では、弥一が“子どもの親としての視点”を持っていますが、ゲイにとって親という問題はひとつの大きいファクターだと思います。この設定になった理由をお教えください。

田亀 ひとつは、登場人物として親を出すとそちらの比重が高くなってしまう。どちらかというと、私は「双子の兄と弟の相克」という部分と、「喪失と再び得る」という関係性を描きたかったので、言い方は悪いですが親はノイズになるというか、扱い的に難しかった。

それと、弥一と涼二を互いに唯一の肉親としたほうが、喪失やそのことを再度考える意味がより重くなるので効果的だった。その二つの理由からです。

──その設定については、事前に担当編集さんともお話をされていた?

田亀 (編集者がその設定を知ったのは)ネームが初めてかな? 「双子の弟が同性婚をして、その旦那が家に訪ねてくる」というプロットへの反応が良かったので、それで第1弾のネームを描きました。

──別のインタビューでは、ネームの段階では冒頭にあった、マイクが弥一に抱きつくシーンを、後ろに持っていったというお話をされていました。葬式のシーンを冒頭に持ってきた意図はどのようなものだったのですか?

二代目担当編集・南部(以下、南部) 「最初にハグをしちゃうと、(一般誌の)読者がびっくりしちゃうから」という話がありましたよね。

田亀 最初のネームでインパクト狙いのオープニングにしたところ、ワンクッション置いた説明があった方が良いという話になりました。そこで手前に、背景説明を兼ねた日常描写を入れ、さらに巻頭カラーが決まったので、葬式のシーンを持ってきました。

──弥一がマイクと涼二の性交渉を想起するシーンでは黒ベタが塗られ、具体的なイメージは登場しません。こういった描写を選ばれた理由をお教えください。

田亀 一番の理由は、描く必要がないからですよ。二番目の理由に、この漫画は小学生にも読んでほしかったので、アダルトオリエンテッドな要素は極力入れたくなかった。小学生でもシャワーシーンまではオッケーだと思いましたが、セックスシーンを入れようという発想はまったくありませんでした。

逆にいったら、なぜそこでセックス描写が必要なんでしょう?

──弥一はビジュアルとして想像してるのかな? と思いました。

田亀 想像する前に止めるでしょう。両親のセックスをビジュアルで想像する前に止めるのと同じで、具体的な関係のある現実のカップルの性行為を想像するということ自体が不自然に思えます。

平田 (ビジュアルで)描いた時点で、明確に想像しているということになってしまう。むしろ、その手前で想像しちゃいけないと思って止めますよね。

──客観的に判断した必要性と「小学生にも読んでほしい」という気持ちから、このような描写となったということですね。

「無自覚の差別」とは何か

田亀源五郎先生インタビュー画像_2
──また、劇中ではゲイに対する直接的な嫌悪感を伴った批判や中傷が行われるシーンは登場しません。これは、読者の読後感を意識されたのでしょうか?

田亀 人伝てにヘイトが来るのは、日本的でリアルだと思っているので、この漫画ではとても意識しています。陰ではそういった嫌悪の気持ちを持っている人でも、面と向かってダイレクトに気持ちをぶつけてはこないのが、日本でありがちな差別の姿だと思います。なので、それを描くことにとても意義があると思いました。

『弟の夫』で描きたかったのは無自覚の偏見、もしくは無自覚の差別です。自分がすでに差別構造の中にいるということに気づいていないことからもたらされる差別や偏見。こうしたものへの対抗言説を組み立てるのは難しいので、社会運動ではなかなかフォローしにくい問題です。それを漫画を使って描くということには意義があるし、私も面白いので描いてみたいと思いました。

反対に、具体的にヘイトをぶつけられる場合は、こちらから対抗言論で応ずればいいだけです。なので、(その状況を)フィクションの中で再現することに対して、私は特に意義を感じえません。

というわけで、今まで描かれづらかったけれども確実に存在しているリアルな差別との形を、『弟の夫』では描きたかった。わかりやすい悪者は必要ないし、不自然だと思いました。私がカミングアウトしてから30年以上経っています。その間、一般社会でカムアウトしたゲイとして生きてきましたけど、直接的なヘイトをぶつけられたことはありません。しかし『弟の夫』に描いたような誤解や偏見を感じたことはあります。

興味深いのは、(ゲイに対する)直接的なヘイトをよく見るようになったのは、ネットの時代になってからなんです。掲示板やSNSなどが発達すると、直接的にヘイトを表現する人がいたり、当事者にそのヘイトをぶつける人も見るようになりました。その要素は、作中のカズヤくんのセリフにも反映されています。

つまり、涼二やマイクはヘイトに直面したことはないけれど、カズヤくんはネットを見たらゲイに対するひどい書き込みがあって、「自分を隠さないといけない」と思ったという場面。そういったところが、私の感じるリアルです。
田亀源五郎先生インタビュー
──もうひとつ、これはあくまでも僕の解釈なんですが、4巻で涼二の死についてマイクは「その約束果たす時間 リョージにはもうありませんでした」と語っています。“運命”の婉曲的な表現とも捉えられますが、これを読んで僕は「涼二が亡くなった原因はエイズなのかな」と思ったのですが。

田亀 …その質問は差別的で、私は嫌いです。

それは100%ないですね。「ゲイもの=エイズ」「エイズ=死の病い」という風に接続するのは、立派な偏見だと思っています。当たり前のようにそう感じてしまうのなら、それはすでに偏見に取り込まれているように思えます。

──それでは、涼二の死因については描く必要がなかったから描かなかったということですか?

田亀 そうですね。交通事故であろうがガンであろうが、『弟の夫』の話全体に影響するわけではないので(描写する)必要がありませんでした。

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