『カゲプロ』映像作家 しづロングインタビュー 現象に追い越された5年間を振り返る

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『ぷよぷよ』のお絵かき掲示板からスタートした

──ここからは5周年を迎えた『カゲプロ』をイラスト・映像面から支えたしづさんの視点から振り返るお話をおうかがいできればと思います。

その前に、そもそもしづさんが絵を描いてネットで発表するようになった入り口はどこだったんでしょう?

しづ 入り口は『ぷよぷよ』のお絵かき掲示板でした。最初はただ見る側で、当時はみんなマウスで描いてると思ってました。それで、ペンタブという存在を初めて知って(笑)。それを買って絵を描いたら楽しくなって、お絵かき掲示板に公開したのが最初でした。

──それはいつ頃のことですか?

しづ その掲示板にいたのは中2か中3の時ですね。2007年か2008年くらいです。ニコ動ではMADやFLASHをよく見てました。

──pixivのアカウントを取ったのもその頃でしたか?

しづ pixivはもう少し後です。別のお絵かき掲示板で「pixiv」という単語が出てきたので、調べて見つけたんです。最初は投稿する気も全然なくて、見るためにアカウントをとって、それが今もずっと使っているアカウントです。

──今振り返ると、ニコニコ動画もpixivも2007年のスタートでした。今でこそ「UGC」(User-Generated Contents)という言葉も一般的になりましたが、掲示板のような場所で匿名のクリエイターが遊び半分にやっていたことが、それぞれの個人アカウントに紐付けられるようになったのが、しづさんが思春期を過ごしていた頃だったんだと思います。

しづ 今考えるとすごいですね。確かにその『ぷよぷよ』の掲示板で人気の人がいたんです。その人の絵をpixivで見つけて「あの人、生きてる!」と思って感動した記憶があります。絵柄も変わってないから、すぐに見つけられたんですけど。

『カゲプロ』という現象がクリエイターを追い越していった2011年

──そして、そこから4年後の2011年に『カゲプロ』に出会い、その3ヵ月後にはイラストを担当されるようになった。

しづ ただ、その時は軽い気持ちでした。イラストをどういう絵にするかも、全部Twitter上で相談してましたから。

──2011年は、『千本桜」『Tell Your World」、そして『カゲプロ』と、ボーカロイドやニコニコ動画といった2010年代のインターネットを象徴するコンテンツが揃って登場した重要な一年だったと思います。しづさんとしては、2011年はどういう風に捉えていますか?

しづ にぎやかな年でした。『カゲプロ』が始まる前からボカロ曲をつくる人とツイッターで知り合うようになったんですけれど、その時からにぎやかだったと思います。自分も、知り合いの曲に絵を描いたりしていました。

──最初にしづさんがじんさんの楽曲に出会った時の印象は覚えていますか?

しづ 当時、毎日ニコニコ動画に投稿されるボカロのランキング動画を観ていたんです。その中に『カゲプロ』の最初の曲の「人造エネミー」があって、「この曲、カッコいいな」と思ってツイートしたんです。そうしたら、突然じんさんから「ありがとうございます」というリプライが来て。そこからやり取りしたのが最初ですね。

──どんなやり取りをしていたんでしょうか?

しづ 最初のうちは曲の話も絵の話も全然しなくて、ずっとゲームの話をしてました。そうしたら、Twitterのプロフィール欄に貼っていた自分のpixivのURLをじんさんが見て「絵をつくる人だったんだ」ということになって「次の曲の絵を描いてくれませんか?」と言われて。それで一緒につくったのが「メカクシコード」でした。

──そして、さらにその4ヶ月後、『カゲプロ』の反響が一気に広まりはじめたのは「カゲロウデイズ」が公開された時だと思うんですが、その当時はどういう風に受け止めていましたか?

しづ pixivのランキングがみんな「カゲロウデイズ」ばっかりになった時期があったんです。しかも、みんな絵が上手い。自分が描いた絵のモチーフを自分より絵が上手い人が描きまくっている現象が起こって。「すげー!」と思ったし、「自分はいない方がいいんじゃないか」とか「邪魔なんじゃないかな」とも思ってしまいました。今でもよくそう思うことがあるんですけど、そういう気持ちになったのはその時が最初です。

──現象が自分を追い越していくような感覚だった。

しづ そうです。みんないろいろ解釈して、小物も描いていたり、格好いいヒビヤを描いていたりする。こんなに考えさせるのはすごいことだなと思って。

──ちなみに、しづさんから見たじんさんのイメージは?

しづ 当時から、カッコいい曲をつくる人だなって思ってました。とは言っても、話してることはクソオタクの雑談で、「この人、変なおっさんだな」みたいに思ってました(笑)。

『カゲプロ』についても、ストーリーの話とかもしてたんですけど、半分以上は「こいつが実写化したら誰にやってほしいか」みたいな話ばっかりしてたので。

知らない大人がいっぱい関わるようになった

──「メカクシコード」ではイラストだけでしたが、次の「カゲロウデイズ」では早くも映像にも挑戦されていました。もともと動画をつくりたいという気持ちもありましたか?

しづ ありました。ただ、最初は動画をつくるソフトは有料で自分には手が出せないだろうと思って諦めていたんです。けれど、調べてみたらフリーソフトがいろいろあって。特に「AviUtl」という動画ソフトが直感的に使えたのでよく使っていました。

──「カゲロウデイズ」のMVには、止め絵をカメラワークで動かして映像的に見せたり歌詞をカットインさせたり、独特の表現がすでに生まれています。これは何かの影響があったのでしょうか?

しづ 自分としては「ボカロっぽいMVをつくりたい」と思って、ああなりました。当時からそういう映像はあったので。あとは「隙間を埋めなきゃ」という気持ちはありました。だから文字を大きくして画面いっぱいに映るようにした。

イラストの枚数の多いMVも好きでよく見ていて、「こういうのができたらいいけど、でも絵を(たくさん)描くのは疲れるし無理だな」と思ってました。そのほうがボカロっぽくなるだろうと思って、少ない枚数でやってましたね。なんでなのかはわからないけど、結局、どんどん枚数は増えていきましたけど(笑)。

──その後一つの世界観を元にした連作として『カゲプロ』が進んでいきます。プロジェクトがどんどん膨らんでいくのはどういうお気持ちでしたか?

しづ 「ヘッドフォンアクター」の時点でも「『IA』というボカロのデモムービー」ということは聞いていたんですけど、その頃はまだ誰とも会っていなかったし、自分ひとりでつくっていました。けれどCD化・小説化・漫画化あたりから、知らない大人がいっぱい関わるようになって。「なんか、やばいんじゃないか……」という気持ちでやってました。

──2011年から2012年にかけて、状況としてはどんどん盛り上がりを見せて、それを整備してくれる事務所やレーベルの方々が関わってきた、ということですね。

しづ そうですね。その時にキャラも全員分できた。突然じんさんに「こういうキャラが出てくるので人数分つくってください」と言われて、それから「コノハの世界事情」をつくった頃のことでした。

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