9月3日(土)、東京・吉原に書店「カストリ書房」がオープンした。遊廓・赤線専門出版社を銘打つカストリ出版の直営店だ。
場所は東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅から徒歩10分ほど。かつては遊郭と街を隔てる「吉原大門」があったとされる場所のほど近くに店を構えた。
カストリ出版は遊里の歴史を参照する上で、貴重な資料となる本の復刊や企画に力を入れている。
353箇所にもわたる売春街をルポルタージュした渡辺寛の著書『全国女性街ガイド』、昭和30〜40年代の大衆雑誌に描かれたレタリングを集めた『昭和エロ本 描き文字コレクション』といった本を刊行してきた。 直営店をオープンするための改装費や運営費に充てる資金を、クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」(キャンプファイヤー)で募集していることは、KAI-YOUでも以前に取り上げた。目標金額であった50万円は募集開始から12日間で早々に達成。執筆現在も56万円(達成率112%)と伸びている。 今回はオープン直前の店舗で、カストリ出版を手掛ける渡辺豪さんにお話をうかがった。「今つくるべきものをつくる」という渡辺豪さんの言葉からは、インディーズ出版の可能性や展望、歴史が絡む分野における差し迫った課題といったものを感じられるはずだ。
文=松本塩梅 編集・写真=ふじきりょうすけ
江戸時代の吉原遊郭に生きる花魁(おいらん)の世界は、映画化もされた安野モヨコによる漫画『さくらん』や、直木賞を受賞した松井今朝子の小説『吉原手引草』でも描かれ、絢爛な姿を目にしたことがある方もいるだろう。 しかし戦後、GHQが1946年に発した公娼廃止指令を受け、女性たちは「女給」として身分を改めることになる。
遊郭も形を変え、飲食店(カフェー、料亭、特殊飲食店など地域によって呼び名や業態はさまざまだった)の体をとりながら、引き続き管理売春を行う「花街」や「色街」は全国各地に存在した。それらを「赤線」(赤線地帯)と呼ぶのは、その地域を当時の警察が地図上に赤い線で囲っていたから、という説がある。
やがて、1958年に施行された売春防止法により、赤線にあった飲食店は一斉に廃業することとなった。
芥川賞を受賞した吉行淳之介の小説『驟雨』、溝口健二監督の映画『赤線地帯』、滝田ゆうの漫画『寺島町奇譚』など、赤線を舞台にした作品は多く残されているが、時代の流れと共に終焉を迎えた歴史といえる。
そんな遊郭と赤線に関する歴史について、文献や資料の発掘、復刻に努めているのが「カストリ出版」である。
そこで培った「何でも屋」な経験は、渡辺豪さんほぼ1人で行っているカストリ出版の経営にも役立っているという。 ──そもそも遊郭に興味を持たれたきっかけはどこにあるのですか?
渡辺豪(以下、渡辺)遊郭に興味を持ったきっかけは、僕にもはっきりとしていないんです。ただ、「なぜ好きなのか」ならはっきりしています。
突き詰めていけば、遊郭は性欲と金銭欲でつくられています。男をワクワクさせたい、女性をきれいに見せたい。そして、経営者は少しでも高くお金をもらいたいといった欲望から生まれてきました。
僕は「アートのためにつくられたアート」には面白みを感じないんです。遊郭の写真集をつくってみて改めて思いましたが、人間の欲望の根底にあるどろどろしたものは、我々を惹きつける美しさを放っているし、力強くて面白いんです。 ──そこから文献の発掘や復刻を手掛けるようになったのは、なぜでしょうか?
渡辺 フィールドワークをする中で、必要に迫られて文献調査もはじめたんです。国会図書館はまさに宝の山で、2年前後は毎週のように通っていました。ただ、国会図書館にすら無い資料が存在すると気づいたんですよね。
今から振り返れば民俗史的な価値があっても、戦後の国会図書館は「二流や三流の出版社からの発行物は集めない」くらいの感覚でいたのか、抜けてしまっている資料があるんです。そういったものを手に入れようとすると、古書店で1冊10万円以上するような値付けになっていました。
遊郭は建物も取り壊されていっているし、当時を知る人もどんどん亡くなっている。今このタイミングで調査を進めないと、知れることが限られてきていて、それにも限界がある状況なんです。
現地調査の限界がきて文献調査が主体になる時に、資料が手に入らないのは悲しすぎる。1冊10万円の本を誰か1人が買うより、1万円にして10人が買えた方が利用価値として高いじゃないですか。
僕みたいに遊郭を調査する人は珍しくないですし、集合知になりうると考えてカストリ出版をはじめたんです。
渡辺 昭和21年から24年のごく短い期間に、カストリ雑誌はたくさん読まれ、一瞬で消えていきました。
終戦し、表現の自由を手に入れたらからといって、いきなり高尚なものをつくるのではなくて、「エロが読みたい」「欲望を満たしたい」という大衆の素直な気持ちの表れだなと思います。
僕が復刻している本にはアカデミックな部分もあって、お客様の気持ちをだんだん忘れていきそうな怖さもあったので、「大衆好き」なカストリ雑誌は模範になると考えて名づけました。
──選定する本を探しだすこと自体が難しそうです。
渡辺 まず復刻する本は、国会図書館や大学図書館といった代表的な図書館になく、かつ研究分野に属する図書館にも所蔵されていないものを選んでいます。
なので自分の目を肥やして、泥臭く読むしかないですね。複写のために長崎の大学図書館まで行ったこともありますよ。正攻法はないけれど、「良い本の参考文献には良い本が確実に載っている」ことを見わける基準にしたりもしています。
──実際に刊行物をつくるまでのフローを教えてください。
渡辺 本を選定したら、まず文章をすべて打ち直してテキストデータ化していくのですが、当時の本は活版印刷ということもあって欠けている文字や読めない文章もあるんです。OCR(光学文字認識、画像などから自動で文字を認識してデータ化する)ではまだ精度が足りず、誤字だらけで使えませんでした……。
クラウドソーシングも活用しながら私もデータ化を進めていますが、どこか「写経」にも近い気分で、 読み飛ばすこともないから内容が頭に染みこんでいきますよ(笑)。 渡辺 20代の頃にデザインをやっていたからツールも使えるので、そこから先は自分で手を動かして原稿版下をつくり、オンデマンド印刷にかけます。
僕みたいな小さな商売は在庫がリスクになるので、たくさんは刷れません。
まずは実験的に刊行できる、「転んでも痛くない」ようにできる環境が望ましいと思っています。オフセットで大量に刷るのは、爆発的ヒットになった時でいいと考えています。
渡辺 身も蓋もない話ですが、販路を広げたかったからに尽きます。僕はカストリ出版を作品づくりではなく商売としてやっているつもりですから。
2014年くらいからSTORES.jpやBASEといったインスタントEC(簡単にECサイトを開設できるサービス)が流行ってきましたよね。決済手数料も5%前後と許容できる範囲でした。ですが、1年くらいECサイトを続けてみると、ネット上だけでのプロモートでは売り上げの天井が見えてきたんです。
そこで書店との直取引を始めるようにしたのですが、代金回収までのサイクルが長かったり、取引先が増えるほど納品・請求の事務が膨大になり、代金回収に難しい面も出てきました。
そんな折に、今年の7月に京都のある書店さんにお呼ばれして、30人ほどのキャパシティでトークイベントをやったら、販売当日にチケットをソールドアウトできたんです。
僕のやっていることは特殊かもしれないけれど、遊郭や赤線というジャンルが関心や注目を集めつつあるんだろうと感じました。
それで、自分でプロモートもかけられる場所を持って販路を広げ、お客さまの「見てみたい」というニーズにも応えられる利便性も必ずあると思い、店舗をオープンすることにしました。 ──刊行物との関連もあるかと思いますが、店舗を吉原に構えた理由はありますか?
渡辺 ここを構える以前に「遊郭のフィールドワークをしているし、せっかくだから吉原に引っ越してみるか」と、吉原に住んでみたんです。
すると、家賃相場も近隣より2〜3割ほど安いし、ソープランドは0時になればきっちり閉まるし、治安も良かった。その上、10年や20年も塩漬けになっている空き家も多くて、家賃交渉もできそうでした。
だから「僕みたいな若いのに貸して、大家さんは毎月に数万円でも家賃収入を受け取ればお互いに良いよな」と思ったんです。地域の鳶頭さんや町内会長さんと知り合っていたので相談したところ、ここの大家さんをつないでもらって場所を確保できました。
それに店舗スペースの半分は、自分の編集事務所として使うつもりです。だから、店舗での収益がプラスマイナスゼロでも全然アリだと思っています。
渡辺 純粋な営業としての面もあります。知名度が高いところに多くのメディアは注目していますから、プロモートの意味でもCAMPFIREのような有名どころを使う意義は大きい。手数料が5%と低く、これなら取られても全然悪くないなと。
ただ、クラウドファンディングは、今たしかにお金を集めやすいし、お祭り状態と言えるのかもしれない。だからこそ、お客さまとの関係が長続きする、本質的なリターンを考えたかったんです。
今回のリターンとして、支援していただいた額と同額分使える「カストリ書房」専用のギフトカードを用意しました。これは最大のリターンだと思っています。お客さまには完全に正直でいるためにも、いただいた額をそのまま返すことにしました。
渡辺 『全国遊廓案内』はどこの駅から徒歩何分にあり、どんな地域出身の女性が何人いて……と、全国の遊郭のことが細かく書かれています。 渡辺 面白いのが、現地を訪ねると「これ、うちの昔の屋号だよ」という子孫の人がいるんですよ(笑)。昔は遊郭の店で、今は商売替えしても、屋号だけが残っている、みたいなことがあるからです。
自分の故郷を見てみると、実は近くに遊郭があったことがわかったり、旅先で眺めたりして訪れてみるのも楽しいです。ネットでは得られない特別な体験です。
あとは、今までは再現や復刻が多かったのですが、最近刊行した『昭和エロ本 描き文字コレクション』は半分が復刻で、半分は新しいテイストです。 渡辺 この本で紹介している描き文字職人の橋本慎一さんは昭和4年生まれの今年87歳。話を聴ける最後のタイミングだと思いました。
それにタイポグラフィやレタリングに関する書籍が流行っている一方、エロジャンルに属すタイポグラフィは空白地帯だったんです。
購入者には女性の割合が多いので、文字列はちょっとえげつないですが、書店で女性が手に取りやすいあっさりした形式でパッケージングしました。
どれだけ昔のものを扱っていても、「今つくるべきものは何か」を見極めて、今の時代に即した商売、その時代なりのアプローチをやりたいですね。あえて若い方に売っていきたい気持ちは強いんです。
──今後、刊行予定の本はありますか?
渡辺 秋田県にいる遊郭好きな方との共著で『秋田県の遊郭を歩く』という秋田県だけに絞った遊郭調査記をつくっています。去年の9月くらいから何回かにわけて集中的に調査して、聞き取りなども進めているところです。
今まで「カストリ出版」では、全国を俯瞰した資料が多かったですから、「深くて狭いもの」をラインナップにそろえてみたいなっていう考えがありました。読者のみなさんも目が肥えてくるでしょうし。
──エッジの立った本を今後も拝見できるのを楽しみにしています!
場所は東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅から徒歩10分ほど。かつては遊郭と街を隔てる「吉原大門」があったとされる場所のほど近くに店を構えた。
カストリ出版は遊里の歴史を参照する上で、貴重な資料となる本の復刊や企画に力を入れている。
353箇所にもわたる売春街をルポルタージュした渡辺寛の著書『全国女性街ガイド』、昭和30〜40年代の大衆雑誌に描かれたレタリングを集めた『昭和エロ本 描き文字コレクション』といった本を刊行してきた。 直営店をオープンするための改装費や運営費に充てる資金を、クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」(キャンプファイヤー)で募集していることは、KAI-YOUでも以前に取り上げた。目標金額であった50万円は募集開始から12日間で早々に達成。執筆現在も56万円(達成率112%)と伸びている。 今回はオープン直前の店舗で、カストリ出版を手掛ける渡辺豪さんにお話をうかがった。「今つくるべきものをつくる」という渡辺豪さんの言葉からは、インディーズ出版の可能性や展望、歴史が絡む分野における差し迫った課題といったものを感じられるはずだ。
文=松本塩梅 編集・写真=ふじきりょうすけ
カストリ出版があつかう「遊郭」「赤線」とは?
カストリ出版が扱う遊里史に登場する「遊廓」とは、公娼(公に営業を認められた娼婦)を集めた店をまとめ、区画として整理した場所や地域を指す言葉だ。江戸時代の吉原遊郭に生きる花魁(おいらん)の世界は、映画化もされた安野モヨコによる漫画『さくらん』や、直木賞を受賞した松井今朝子の小説『吉原手引草』でも描かれ、絢爛な姿を目にしたことがある方もいるだろう。 しかし戦後、GHQが1946年に発した公娼廃止指令を受け、女性たちは「女給」として身分を改めることになる。
遊郭も形を変え、飲食店(カフェー、料亭、特殊飲食店など地域によって呼び名や業態はさまざまだった)の体をとりながら、引き続き管理売春を行う「花街」や「色街」は全国各地に存在した。それらを「赤線」(赤線地帯)と呼ぶのは、その地域を当時の警察が地図上に赤い線で囲っていたから、という説がある。
やがて、1958年に施行された売春防止法により、赤線にあった飲食店は一斉に廃業することとなった。
芥川賞を受賞した吉行淳之介の小説『驟雨』、溝口健二監督の映画『赤線地帯』、滝田ゆうの漫画『寺島町奇譚』など、赤線を舞台にした作品は多く残されているが、時代の流れと共に終焉を迎えた歴史といえる。
そんな遊郭と赤線に関する歴史について、文献や資料の発掘、復刻に努めているのが「カストリ出版」である。
人間の根底にある「どろどろ」は美しく力強い
カストリ出版の渡辺豪さんはもともとIT企業に勤務しており、アプリ開発や広告代理業のほか、デザイン、アートディレクション、メディア運営、総務や人事などのバックオフィス業務にも携わった。そこで培った「何でも屋」な経験は、渡辺豪さんほぼ1人で行っているカストリ出版の経営にも役立っているという。 ──そもそも遊郭に興味を持たれたきっかけはどこにあるのですか?
渡辺豪(以下、渡辺)遊郭に興味を持ったきっかけは、僕にもはっきりとしていないんです。ただ、「なぜ好きなのか」ならはっきりしています。
突き詰めていけば、遊郭は性欲と金銭欲でつくられています。男をワクワクさせたい、女性をきれいに見せたい。そして、経営者は少しでも高くお金をもらいたいといった欲望から生まれてきました。
僕は「アートのためにつくられたアート」には面白みを感じないんです。遊郭の写真集をつくってみて改めて思いましたが、人間の欲望の根底にあるどろどろしたものは、我々を惹きつける美しさを放っているし、力強くて面白いんです。 ──そこから文献の発掘や復刻を手掛けるようになったのは、なぜでしょうか?
渡辺 フィールドワークをする中で、必要に迫られて文献調査もはじめたんです。国会図書館はまさに宝の山で、2年前後は毎週のように通っていました。ただ、国会図書館にすら無い資料が存在すると気づいたんですよね。
今から振り返れば民俗史的な価値があっても、戦後の国会図書館は「二流や三流の出版社からの発行物は集めない」くらいの感覚でいたのか、抜けてしまっている資料があるんです。そういったものを手に入れようとすると、古書店で1冊10万円以上するような値付けになっていました。
遊郭は建物も取り壊されていっているし、当時を知る人もどんどん亡くなっている。今このタイミングで調査を進めないと、知れることが限られてきていて、それにも限界がある状況なんです。
現地調査の限界がきて文献調査が主体になる時に、資料が手に入らないのは悲しすぎる。1冊10万円の本を誰か1人が買うより、1万円にして10人が買えた方が利用価値として高いじゃないですか。
僕みたいに遊郭を調査する人は珍しくないですし、集合知になりうると考えてカストリ出版をはじめたんです。
「まるで写経」データ化は全て手打ちする
──戦後すぐに出回った、質の悪い焼酎や、粗悪な紙でエログロが主体の雑誌を指した言葉である「カストリ」を屋号に含めたのはどうしてですか?渡辺 昭和21年から24年のごく短い期間に、カストリ雑誌はたくさん読まれ、一瞬で消えていきました。
終戦し、表現の自由を手に入れたらからといって、いきなり高尚なものをつくるのではなくて、「エロが読みたい」「欲望を満たしたい」という大衆の素直な気持ちの表れだなと思います。
僕が復刻している本にはアカデミックな部分もあって、お客様の気持ちをだんだん忘れていきそうな怖さもあったので、「大衆好き」なカストリ雑誌は模範になると考えて名づけました。
──選定する本を探しだすこと自体が難しそうです。
渡辺 まず復刻する本は、国会図書館や大学図書館といった代表的な図書館になく、かつ研究分野に属する図書館にも所蔵されていないものを選んでいます。
なので自分の目を肥やして、泥臭く読むしかないですね。複写のために長崎の大学図書館まで行ったこともありますよ。正攻法はないけれど、「良い本の参考文献には良い本が確実に載っている」ことを見わける基準にしたりもしています。
──実際に刊行物をつくるまでのフローを教えてください。
渡辺 本を選定したら、まず文章をすべて打ち直してテキストデータ化していくのですが、当時の本は活版印刷ということもあって欠けている文字や読めない文章もあるんです。OCR(光学文字認識、画像などから自動で文字を認識してデータ化する)ではまだ精度が足りず、誤字だらけで使えませんでした……。
クラウドソーシングも活用しながら私もデータ化を進めていますが、どこか「写経」にも近い気分で、 読み飛ばすこともないから内容が頭に染みこんでいきますよ(笑)。 渡辺 20代の頃にデザインをやっていたからツールも使えるので、そこから先は自分で手を動かして原稿版下をつくり、オンデマンド印刷にかけます。
僕みたいな小さな商売は在庫がリスクになるので、たくさんは刷れません。
まずは実験的に刊行できる、「転んでも痛くない」ようにできる環境が望ましいと思っています。オフセットで大量に刷るのは、爆発的ヒットになった時でいいと考えています。
遊郭や赤線がジャンルとして関心を集めはじめている
──これまでウェブ通販と、一部書店への委託販売を行ってきましたが、今回リアル店舗を設けた狙いは何でしょうか?渡辺 身も蓋もない話ですが、販路を広げたかったからに尽きます。僕はカストリ出版を作品づくりではなく商売としてやっているつもりですから。
2014年くらいからSTORES.jpやBASEといったインスタントEC(簡単にECサイトを開設できるサービス)が流行ってきましたよね。決済手数料も5%前後と許容できる範囲でした。ですが、1年くらいECサイトを続けてみると、ネット上だけでのプロモートでは売り上げの天井が見えてきたんです。
そこで書店との直取引を始めるようにしたのですが、代金回収までのサイクルが長かったり、取引先が増えるほど納品・請求の事務が膨大になり、代金回収に難しい面も出てきました。
そんな折に、今年の7月に京都のある書店さんにお呼ばれして、30人ほどのキャパシティでトークイベントをやったら、販売当日にチケットをソールドアウトできたんです。
僕のやっていることは特殊かもしれないけれど、遊郭や赤線というジャンルが関心や注目を集めつつあるんだろうと感じました。
それで、自分でプロモートもかけられる場所を持って販路を広げ、お客さまの「見てみたい」というニーズにも応えられる利便性も必ずあると思い、店舗をオープンすることにしました。 ──刊行物との関連もあるかと思いますが、店舗を吉原に構えた理由はありますか?
渡辺 ここを構える以前に「遊郭のフィールドワークをしているし、せっかくだから吉原に引っ越してみるか」と、吉原に住んでみたんです。
すると、家賃相場も近隣より2〜3割ほど安いし、ソープランドは0時になればきっちり閉まるし、治安も良かった。その上、10年や20年も塩漬けになっている空き家も多くて、家賃交渉もできそうでした。
だから「僕みたいな若いのに貸して、大家さんは毎月に数万円でも家賃収入を受け取ればお互いに良いよな」と思ったんです。地域の鳶頭さんや町内会長さんと知り合っていたので相談したところ、ここの大家さんをつないでもらって場所を確保できました。
それに店舗スペースの半分は、自分の編集事務所として使うつもりです。だから、店舗での収益がプラスマイナスゼロでも全然アリだと思っています。
CAMPFIREの知名度は営業ツールになる
──場所を確保した上で、クラウドファンディングを利用したのはなぜでしょうか。渡辺 純粋な営業としての面もあります。知名度が高いところに多くのメディアは注目していますから、プロモートの意味でもCAMPFIREのような有名どころを使う意義は大きい。手数料が5%と低く、これなら取られても全然悪くないなと。
ただ、クラウドファンディングは、今たしかにお金を集めやすいし、お祭り状態と言えるのかもしれない。だからこそ、お客さまとの関係が長続きする、本質的なリターンを考えたかったんです。
今回のリターンとして、支援していただいた額と同額分使える「カストリ書房」専用のギフトカードを用意しました。これは最大のリターンだと思っています。お客さまには完全に正直でいるためにも、いただいた額をそのまま返すことにしました。
遊郭を取り巻く環境を若い人にも手に取りやすく
──そんなギフトカードで買うのにオススメな、最初の一冊があれば教えてください!渡辺 『全国遊廓案内』はどこの駅から徒歩何分にあり、どんな地域出身の女性が何人いて……と、全国の遊郭のことが細かく書かれています。 渡辺 面白いのが、現地を訪ねると「これ、うちの昔の屋号だよ」という子孫の人がいるんですよ(笑)。昔は遊郭の店で、今は商売替えしても、屋号だけが残っている、みたいなことがあるからです。
自分の故郷を見てみると、実は近くに遊郭があったことがわかったり、旅先で眺めたりして訪れてみるのも楽しいです。ネットでは得られない特別な体験です。
あとは、今までは再現や復刻が多かったのですが、最近刊行した『昭和エロ本 描き文字コレクション』は半分が復刻で、半分は新しいテイストです。 渡辺 この本で紹介している描き文字職人の橋本慎一さんは昭和4年生まれの今年87歳。話を聴ける最後のタイミングだと思いました。
それにタイポグラフィやレタリングに関する書籍が流行っている一方、エロジャンルに属すタイポグラフィは空白地帯だったんです。
購入者には女性の割合が多いので、文字列はちょっとえげつないですが、書店で女性が手に取りやすいあっさりした形式でパッケージングしました。
どれだけ昔のものを扱っていても、「今つくるべきものは何か」を見極めて、今の時代に即した商売、その時代なりのアプローチをやりたいですね。あえて若い方に売っていきたい気持ちは強いんです。
──今後、刊行予定の本はありますか?
渡辺 秋田県にいる遊郭好きな方との共著で『秋田県の遊郭を歩く』という秋田県だけに絞った遊郭調査記をつくっています。去年の9月くらいから何回かにわけて集中的に調査して、聞き取りなども進めているところです。
今まで「カストリ出版」では、全国を俯瞰した資料が多かったですから、「深くて狭いもの」をラインナップにそろえてみたいなっていう考えがありました。読者のみなさんも目が肥えてくるでしょうし。
──エッジの立った本を今後も拝見できるのを楽しみにしています!
この記事どう思う?
店舗情報
カストリ書房
- 住所
- 東京都台東区千束4丁目11番地12号(旧伏見通り)
- オープン日
- 2016年9月3日(土)
- 営業時間
- 10時〜20時
- 定休日
- 毎週月・火
関連リンク
0件のコメント