『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』レビュー 誰もが無関係ではない冒険の記録

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『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』レビュー 誰もが無関係ではない冒険の記録
『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』レビュー 誰もが無関係ではない冒険の記録

『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』表紙

いまやすっかりポップカルチャーに溶け込んでしまった女の子のフィギュア。流れるような髪の毛やふんわりとした衣装、キュッと押された肌の質感も見どころですが、スカートのなかには当然パンツのディテールが存在していて、その色や柄までムフフ……と楽しめてしまいます。

でも、パンツって本来は「見えてはいけないもの」「見ようと思わなければ見えないもの」だったはず。アニメから飛び出てきたかのような立体物がホビーショップやアミューズメントセンターにあふれる現在では誰も疑問に思わないかもしれませんが、女の子フィギュアにおいて見えなくて良い(もしくはあえて見せなくてもフィギュアとして成立するはずの)パンツを無視せず再現することにしたのはいったい誰だったのでしょうか?

6月下旬に双葉社から発売された『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』では、「女の子を再現したプラモ」を丹念に遡り、真摯な取材でその答えを導き出しています。

著者の廣田恵介氏はアニメ評論家であり、プラモデルをはじめとしたホビー系の媒体で数多くのインタビューや論評を執筆するベテランライター。そんな彼がこれまでブログや同人誌などで少しずつ展開してきた「美少女プラモデルとパンツの関係」についてのコラムを一気に膨らませ、一冊の書籍として仕上げたのが本書です。

文:からぱた

プラモブームを背景に誕生した、パンツが刻まれたラムちゃん

プラモのモチーフというと、ロボットや戦闘兵器、建築物などがイメージしやすいのではないでしょうか。いまでこそPVC(ポリ塩化ビニル)製の塗装済み完成品フィギュアが市場を席巻していますが、こうした製品が安価に大量生産されるようになったのはほんの10年ほど前。それまでは(個人が少量生産するガレージキットを除くと)女の子のフィギュアはほとんどが自分で組み立てなければいけないプラモという商品形態で流通していました。

「人気のあるものはなんでもプラモにしよう」というメーカーの勢いが、軍艦や戦車やスーパーカーだけでなく、「女の子」にも及んだのは1970年代後半から80年代初頭にかけてのことでした。『機動戦士ガンダム』の女性キャラクターをグッズ感覚で揃える、というのは今のアニメファンと同じ心理だと思いますが、当然それらのプラモは「外観がそのキャラクターに見える」という機能を果たしていれば充分でした。真っ平らに埋め立てられたスカートの裾から脚がニョキッと生えたプラモが当たり前で、そこにパンツは必要なかったのです。

『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』ページ画像

本書の表紙にあしらわれたのは、1982年にバンダイから発売された1/12スケール「ハイ・スクールラムちゃん」の写真です。

当時は絶大な人気を誇る女の子キャラクター(=心のなかで大事にしているアイドル)であるラムちゃんがプラモ(=だれでも買って触れることのできる具体的な「モノ」)になるというだけで、男の子たちは激しい怒りや喜びをメーカーに直接ぶつけ、メーカーも広報誌でその応酬をさらに煽り立てるという時代(応酬の内容は本書でも詳しく描かれているので必読です)。

そんな中、前後に分割されたスカートと(完成したら覗きこまないかぎり見えなくなるはずの)パンツがはっきりと刻印されたラムちゃんのプラモが発売されてしまったのですから、ポジティブにしろネガティブにしろ、当時の青年たちが受けた衝撃はとんでもなく巨大なものでした。

著者がいかにパンツと向き合ったのか、本書はその記録である

著者の廣田恵介氏は、今年で49歳を迎えるオタク第2世代の文筆家。当時は多くの同世代の青年と同じように、ラムちゃんに恋する15歳でした。

そんな彼が、「ラムちゃんのスカートの中にはパンツがあるぞ!」という物理的な証拠を他人に突きつけられたわけです。好きな女の子の秘められた部分を、他人の手で再現され、商品というカタチで提供されてしまう。大げさに聞こえるかもしれませんが、「女の子のパンツを立体で表現する」という文化が市民権を獲得していなかった時代にこんなことが起きたら、誰でも動揺するはずです。

彼はこのパンツにどう対応していいかわからず、より露骨に性の対象としてラムちゃんに向き合う人たちの行動に耐え切れなくなって、ラムちゃんと決別します。

それから先、廣田氏の人生の外側では、「女の子キャラクターの立体物にパンツが彫刻されているのは当たり前である」と考える人達の造形が製品になり、世に送り出され、そして人々に受け入れられていきました。女の子キャラクターのパンツはいつしか「想像することすら憚られる秘密の場所」から「女の子であることを表現する記号のひとつ」として顕在化し、女の子フィギュアを構成する上で欠かせないものと化していったのです。

反対に、廣田氏の人生の節々には「ラムちゃんのパンツ」が立ちはだかります。子供向けであるはずのアニメを見る自分は間違っていないか。ハードな海外のSF作品ならば自分は安心して見ることができるか。自分はどんな造形で人をハッとさせられるだろうか。自分が自信を持てる分野とはなんだろうか……。彼が人生の節目でぶつかるありとあらゆる疑問の根底には「ラムちゃんのパンツ」がありました。

これを読んでいる皆さんの人生にも、「ある現象にどう向き合って良いかわからず、結果として逃げてしまったこと」がありませんか? それが忘れられるものならば幸せかもしれませんが、今こうして尋ねられた時に思い出せることならば、それはふいにあなたの心をグッと捕らえて揺さぶってくるはずです。本書の帯にある「君は、なに食わぬ顔で、平静を装って、パンツを眺めていないか?」というのはつまり、「あなたは自分の心の居場所から逃げたり、その在処をごまかしたりはしていないか?」という問いでもあります。

15歳の廣田氏は、プラモに彫刻されたパンツを直視し、それにどう向き合うべきかを決められませんでした。しかし、彼は本書を執筆することで「ラムちゃんのパンツ」に向き合おうと決心します

ラムちゃんシリーズの開発者に直接「あのとき、なぜプラモの金型にパンツを彫ったのか」と尋ねる廣田氏は、その後生み出された女の子プラモの企画者、原型師、編集者、果ては一般のモデラーのもとまで足を運び「なぜ」「どうして」と質問し続けます。その答えはまちまちですが、すべてに意味があり、そこにはそれぞれの思いが込められていることに気づき、実は自らも女の子のプラモにパンツを求めていた一人であったことを悟っていきます

そう、タイトルや表紙からは「ちょっと変わったプラモの歴史をまとめた本かな?」という印象を受けるかもしれませんが、これは著者である廣田氏の半生を綴った私小説そのものなのです。

パンツを巡る冒険譚は、あなたにも無関係ではない

一人の男が「ラムちゃんのパンツ」の呪縛から逃れるためにありとあらゆる努力を払い、自分の秘密を暴露し、コンプレックスに対峙し、自分の心の在り処を取り戻す物語はときに痛く、ときに寂しく、哀愁漂うもの。

しかし、どこか暗く湿ったかつてのサブカルチャーが、成熟しきった(完全にポップカルチャーとして受け入れられつつある)現代の美少女フィギュアのありかたへと変貌を遂げていくさまと、49歳の廣田氏がラムちゃんと再び対峙し、15歳の自分(と、当時彼と同じ感情を持ったであろうすべての青年たち)に対して回答を出していくさまは見事に相似形を描き、個人と社会の両側面において「オタクカルチャーの未来は決して暗いものではないのだ」という希望を抱かせてくれます。

これまで発売された「女の子のプラモ」を可能な限り収集し、そのパーツの状態を多数のカラー写真で掲載しているという点では、資料的価値も充分。栄枯盛衰したさまざまなコンテンツに付随して今では考えられないほどの玉石混交なプロダクトが入り乱れたという意味で「狂った時代」というレッテルが貼られがちな1980年代のオタク文化ですが、本書で得られた生の証言は、プラモメーカーの人たちがどんな矜持と野心をもって製品をつくり出してきたのかを知る上でとても貴重です。

『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』ページ画像

タイトルの最初が「我々」なのは、「プラモの金型にパンツを彫らせたのは、そこにパンツがあるべきだと考えたメーカーの人(送り手)だけでなく、パンツにアンビバレントな気持ちを持った当時の少年達(受け手)でもあった」という意味が込められていると同時に、「たとえプラモやパンツに興味がなかったとしても、あなたはこの問題から逃れることはできませんよ」という呼びかけでもあります。

あなたの中のコンプレックスや後ろめたいことに、どうやって対峙していこうか。人目を気にしてばかりの自分の心の在り処を取り戻し、人から暴かれたくない秘密の気持ちを守るためにはどうすればいいのか。

「女の子のプラモに刻まれたパンツ」というとても小さいディテールを起点に語られる青臭くも真剣きわまりない精神的大冒険の記録は、我々の心を導く松明のようでもあるのです。

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からぱた

プラモデルハンター

1982年生まれ。大学では美術史学を専攻し、模型専門誌の編集者を経て現在はホビーメーカーに勤務する。サラリーマンフォトグラファーとして活動する傍ら、カルチャーとしてのプラモデルを思索する毎日。
https://twitter.com/kalapattar

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