過去の音楽サービスから紐解く、Apple Musicのポジション
さて、これらのサブスクリプションサービスの未来を占う上で欠かせないのが、今のサブスクリプションサービスが、過去の音楽サービスからどのような進化を遂げ、今の姿で存在するのか、という視点です。これまで紹介してきたようなSpotify、Apple Musicの仕様が、どのような変遷を経て生まれてきたものなのか。少々遠回りなお話となってしまいますが、どうかお付き合いください。
まず最初期には、P2P技術を用いた音楽ファイル共有サービス(!)であったNapsterと、最初に月額定額ストリーミングサービスとして成功したアメリカ発のRhapsodyがありました。Rhapsodyに遅れる形で、Napsterもすぐに同様のサブスクリプションサービスをスタートします。 ここから分かる通り、サブスクリプションサービスは、違法ダウンロードや流出事件の温床だったファイル共有サービスを出自の一つ(!)としていて、Groovesharkのような違法音源アップロードサービスが最近まで残っていたのも、この流れの延長上にあると言えるでしょう。
一方で、もう一つの大事な潮流として、last.fmから始まった楽曲キュレーションサービスの流れがあります。 当時人気だったWimampなどの音楽プレイヤーに専用ツールをインストールすることで、聴いた楽曲情報をlast.fmのサーバにどんどん吸い上げ(Scrobbleと呼ばれる)、その情報をユーザー同士でシェアするサービスで、ほどなくしてlast.fmもその膨大なデータベースを使ったレコメンデーション機能を武器に(!)、ラジオサービスを始めます(余談ですが、えっちな動画を見た履歴もScrobbleされました)。 そしてその後生まれた最重要サービスと言えば、北米のみで展開しているPandora Radioでしょう。こちらも、ユーザが自由に楽曲を選択して聴くことができないサブスクリプションサービスで、いうなれば自動編成ラジオのみに特化したサービスです。 音楽アーティストが立ち上げたサービスで、音楽業界の関係者が実際に提供された全楽曲を聞き、100以上のパラメータを人力で楽曲に割り振っていくことで、「どのような楽曲か」をサーバーに人力でインプットした上で、それを自動編成ラジオとして流すという大変血生臭い(!)ものでした。
この自動編成ラジオは友達と共有することができるのも大きな特徴の一つで、なにしろSpotify立ち上げ直後は、「Spotifyはどのようにして巨人Pandora Radioに勝つのか」とさえ言われていたほどの強力無比な機能でした。
以上のような流れがあった上で、ついに、Pandora Radioやlast.fmに対抗するキュレーションエンジンや、更にはFacebookをはじめとした各種Webサービスとの連携などに主眼をおいた「Spotify」が登場するわけです。
このような歴史から分かる通り、キュレーションエンジンが如何にサブスクリプションサービスにとってのコア機能であるかが、うかがい知れるはずです。
さて、ここから登場するのはSpotifyに対抗する各種新興サブスクリプションサービスです。Deezer、MOG(Music Of Glory)、Tidalなどが最大の対抗馬となり得ましたが、うちMOGはヒップホップアーティストのDr.Dreがマネジメントするオーディオ機器メーカーであるBeatsに買収され、Beats Musicというサービスに生まれ変わります。
Beats Musicの特徴の一つに、プレイリストを作成するキュレーターとして、先ほど挙げられたようなPitchforkやRolling Stoneといった様々な音楽誌やラジオ等のメディアと提携をしていることが挙げられ、やはりそこかしこにSpotify Appへの対抗意識を感じます。
察しの良い方はすでにお気付きだと思いますが、このBeats Musicを更に買収し、立ち上がった音楽サービスが、他でもないApple Musicなのです。
だからこそ、Apple Musicというサービスの肝心要は、「音楽キュレーションサービス」としてどういう役割を果たせるのか? という点に尽きるのです。
Apple Musicの未来
さて、ここで敢えてApple Musicへの厳しい見方の例を挙げましょう。現在Apple Musicには、「過去のサービス群が見せたような大きなイノベーションがどこにもない」、という批判があります。[7]また「無料期間が終わっても使い続けてくれるユーザーは、多くないのではないか」という厳しい見方も少なくなく[8]、その意味においてSpotifyを追うには1,100万アカウントでも足りない[9]という観方さえあります。
さらには、いまだにSpotifyでさえ黒字に到達していないという現実を前に[10]、iTunes Storeとの連携がうまくいかない限りはApple Musicも黒字化が容易でないことが想像できます。
以上のような意見もあるものの、まだまだ立ち上がったばかりで、かつApple IDやiPhone、iTunes Storeという強力な武器もあり、これからいかようにも進化が可能なApple Musicです。
そしてまた、「ストリーミングサービスは一部の有名なアーティストに視聴回数が偏りやすい」という意見が数限りなくある以上、まだまだキュレーション機能は大きな進化が求められていることに間違いはありません。
以上の様々な事柄から、サービスの未来へのカギは「キュレーションの仕組みの充実化と、その横展開」にあるのではないかというのが、わたしの意見でした。
特に日本においては、まだキュレーション関連において連携の意を示したメディアやサービスの情報なども明らかにされておらず、これからどのように業界のプレイヤーたちが仕掛けていくのか、そこにこそ着目するべきなのです。
「音楽が聴ける」だけなら、現状のYouTubeでも十分です。また、昔のように、音楽チャートをチェックしないと友達同士の話題についていけない時代は終わり、私たちが新しい音楽の情報を交換しあう機会も失われています。だからこそ、このスキマに斬り込んだサービスが、現代の「音楽サブスクリプションサービス」なのです。
「自分の趣向から分析されたオススメ作品」や「ラジオ」、そして「勝手に目に飛び込んでくる導線設計の、音楽メディアや音楽マニアの知人による、信頼あるプレイリスト」等々を上手に仕掛けていけるかどうかが、Apple Musicそして音楽業界の未来を左右すると、私は信じています。
[7] http://www.forbes.com/sites/georgehoward/2015/06/13/the-trouble-with-apple-music-it-needs-to-be-more-like-beats-by-dre/
[8] http://www.hypebot.com/hypebot/2015/07/apple-music-streams-a-small-fraction-of-spotifys-says-indie-distributor.html
[9] http://www.hypebot.com/hypebot/2015/08/vote-11-million-have-signed-up-for-apple-musics-free-trial-are-you-impressed.html
[10] http://www.wsj.com/articles/spotify-revenue-rises-in-2014-but-still-in-red-on-heavy-investments-1431102236
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AnitaSun
同人音楽サークルBitplane主催
2014年2月まで、IT企業や音楽関連企業に勤務。 2014年4月にWebサービス「同人音楽超まとめ」、2014年11月にpixivと共同開催で「APOLLO」をリリースし、ネットで大きな話題を生む。2015年8月16日(日)、新作のアルバム発売!コミケ3日目の西れ39a、Bandcamp等でも販売。タイトルは「魔法のアイドルストレンジラブ -The Original Motion Picture Soundtrack-」。超大容量のオンラインデジタルブックレットや、アルバムの音源・アートワークの全制作データなどが付いている、たぶん宇宙初の形態のアルバム。思い切ってアルバム全曲をYouTubeで公開中。Web:http://bitplane.info/YouTube:https://www.youtube.com/watch?t=138&v=b22PqZQ8OSE同人音楽超まとめ:http://dm-matome.com/ネット音楽マーケットイベント「APOLLO」:http://booth.pm/apollo/
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