作曲家として気持ちいい瞬間
岩浪 時代的なトレンドという意味では、世界的に見て、映像や物語のテンポが格段に早くなっていますね。言い換えると、シーンごとの時間が短いから、音楽的な演出の幅も狭くならざるを得ない。たとえば、昔は「主人公が麦畑のなかの一本道を歩く」シーンをワンカット・長回しで1分、という演出もありました。映像に合わせて、音楽としても演出できる十分なシーンの尺があったんです。その間、作曲家としては気持ちよく音楽を奏でられるんですが、今の視聴者にそういう見せ方は合ってないのかなと。
塩谷 今の視聴者に見てもらうための構成、というのも必要なんでしょうね。 岩浪 外国映画の吹き替えで音響の仕事をやっていて感じるのは、役者の演技のテンポも確実に早くなってきているということ。映像的にも音楽的にも、限られた時間の中でどれだけ情報を詰め込むかは、制作するうえで常に考えておく必要があると思います。
菅野 でも『PSYCHO-PASS サイコパス』の場合は、シーンが変わる場面であっても、曲に合わせて岩浪さんがノンストップで流しっぱなしにしてくれる演出もあります。
どのシーンでどこまで流すかは最終的に音響監督が決めるもので、僕から指定することはありませんが、ものによっては「途中で切らずに流してほしい(まさかここで切らないよね……?)」くらいのつくり方をしています(笑)。だから『PSYCHO-PASS サイコパス』で1曲まるまる使われたときは、作曲家として相当気持ちいい瞬間でした。
岩浪 それはもう、楽曲が素晴らしいので。菅野さんをはじめ、上手い作曲家の方は、音楽のなかにドラマ性を内包しているんです。曲が「こう使ってほしい」と訴えてくるというか。そうすると、映像に音を合わせてみたときに、自分でもカッコよくてゾワッとする瞬間がありますね。
あとは、テレビの場合、今は同時期に40本くらいのアニメが放送されているので、そこで印象に残る音の使い方は意識していますね。最近は、第1話でその後の見る・見ないを判断したり、中には録画したものを倍速で見る人もいるので。
塩谷 つくっている側としてはショックな話ですけどね……けど、それくらいしないと毎シーズンのアニメを網羅できない環境になっているのは事実です。
岩浪 だから、テレビでは最初の3話までを、特に意識して音づけしています。チャンネルを変えさせない、早送りをさせない──『PSYCHO-PASS サイコパス』で言えば、1期の第1話、およそ20分間、とにかく飽きさせないように、矢継ぎ早に音をたたみかけていきました。それこそ、“今の視聴者が見たことないくらいのものを!” と。
天の邪鬼な作曲家
──作曲を依頼するときには、監督から特別なオーダーがあったのでしょうか? 塩谷 どうしてもというシーン以外は、自分から具体的なオーダーはしていません。発注するときには、白黒の静止画を並べたビデオコンテのようなものを渡します。カットの切り替わりやシーンごとの秒数は本編でも変わらないので、それをもとに曲づくりをお願いしますと。岩浪 僕と塩谷監督の指示が抽象的なので、むしろ、菅野さんから根堀り葉掘り聞いてくることが多かったですね(笑)。
菅野 僕自身、1期のときは「宜野座、狡噛……これ何て読むんですか?」くらいの認識からのスタートだったので。作品の世界観やシーンごとの空気感、群像劇なのでシーンごとにどのキャラクターの心情に寄せるのかなど、綿密に話をうかがいました。他の現場でも普段からやっていることですが、『PSYCHO-PASS サイコパス』に関しては、特に質問攻めにした記憶があります(笑)。
岩浪 使う楽器を含め、明確に指定する音響監督もいますが、僕はなるべく短いキーワードだけ伝えて、あとはお任せするというスタンスですね。具体的な指示がありすぎて、発想の幅が狭まってしまうことってありませんか?
菅野 それは確かにありますね。ただ、指定があると狭まるというのは、僕の場合、すごく天の邪鬼な性格ということが逆に影響しています。
たとえば、ピアノの使用を求められたとすると、ピアノ以外の方法でもっと効果的な表現を提案したくなってしまうんですよ。だって、くやしいじゃないですか!? でも、心の中では「ホントはここはやっぱりピアノがいいんだよなぁ……」と思う場合もあったり(笑)。
一同 笑
岩浪 結果的に、『PSYCHO-PASS サイコパス』では1期のときに40曲ほどつくっていただいて、2期では5、6曲くらいしか追加してもらう必要がなかった。通常は、2期に向けて10から15曲くらい追加するものですが、それほど1曲それぞれが素晴らしかった。
菅野 岩浪さんは、発注の段階でどんなシーンで使うかなど、作曲するうえでのポイントはしっかりと押さえられているんです。『PSYCHO-PASS サイコパス』の場合、そのうえで細かく取材をして、自分が本当にいいと思うものを提案できたので、すごくやりやすかったですね。
“映像と音がシンクロするパワー” アニメにおける音楽の役割とは?
──『PSYCHO-PASS サイコパス』に限らず、実写にくらべ、アニメの音楽における役割やつくり方の違いはありますか?菅野 実写を中心に活動してきた自分にとって、アニメも実写も大きな違いはないように感じます。それこそ、表現力という意味では、美術やアクションなど、実写を超えている部分もあるんじゃないでしょうか。僕はそこまで意識したことはありません。
岩浪 作曲家さんのスタイルによるんでしょうね。たとえば以前、川井憲次さんに「アニメと実写、どっちが大変か?」と聞いてみたんです。そうしたら、「アニメのほうが大変」と。実写の場合、画面にその場の“空気”が映っているから、音も1つでいい。でも、アニメは空気や奥行きなども音楽で出さないといけないから、担っている役割が多いのだという考え方でした。
そういう意味で、アニメは実写ではできないことを模索している部分もあります。日本映画はハリウッドに比べ予算が限られていますが、アニメだからこそハリウッドに引けを取らない表現ができる可能性がある。だから、今回の『PSYCHO-PASS サイコパス』劇場版は、「ハリウッドよ、これが日本のアニメだ!」という気持ちを込めています(笑)。
塩谷 自分としては、アニメーションと実写では表現方法が異なると思っています。お互いに得意不得意が有るのではないかと…。例えば、実写と違い絵で表現するアニメーションは一見情報量が少なく見えるのですが、裏を返せばそれは「その瞬間に必要なモノが整理されて表現されている」んです。
お客さんに伝えたいモノを分かりやすくさせ、パワーも感じやすい。そのパワーある絵が音楽と一緒になった瞬間に爆発的な効果を生み、演出として伝わるものは、実写以上なんじゃないかと感じる瞬間があります。もちろん実写の方が感情移入をさせやすいかもしれないけど、僕はアニメーションの持っている可能性をすごく感じています。だからこそ、絵で表現するアニメにおいて音楽の果たす役割は特に大きいのかもしれません。
だって、制作中に、ラッシュと言って、音楽だけが入っていない状態のものを確認する作業もあるんですが、どんなにいい出来でも、音楽が入っていないとやっぱり泣けないですよ。
やっぱり音と融合したときの力があるからで、感情や気持ちを盛り上げる──見る人がもたれかかる対象としても、アニメと音楽は蜜月なんだと思います。 菅野 個人的には、実写で学んだノウハウがアニメに活きていますね。一方で、既存のアニメにおける音楽のルールを無視していることもあると思います。でも、それが自分の持ち味だと思いますし、縁あってアニメに関わらせてもらえる以上、新しいやり方を提案したいですね。
どんな作品であっても、映像と音楽がシンクロしたときのパワーや両者の親和性、それらのクオリティを追求することに変わりはありません。実際、『PSYCHO-PASS サイコパス』でも、実写的手法、ハリウッド的手法を採用した曲があります。アニメだからといって、説明的要素を増やさなくても、むしろカッコよくなると感じたんですが……どうでしたか?
塩谷・岩浪 カッコよかったです(笑)!
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菅野祐悟
作曲・編曲家
映画、ドラマ、アニメなどの音楽を手掛ける作曲家。近年のおもな代表作は、映画『幕が上がる』、テレビドラマ『軍師官兵衛』、『銭の戦争』、テレビアニメ『ガンダム Gのレコンギスタ』など。『PSYCHO-PASS サイコパス』においては、第1期から劇場版まで、すべての作品で作曲を担当している。
塩谷直義
アニメ監督・演出家
作画監督や演出を経た後、2007年にはOVA『東京マーブルチョコレート』で初監督をつとめ、2012年には『劇場版 BLOOD-C The Last Dark』を手がける。
岩浪美和
音響監督・アニメ監督・演出・脚本
音響監督として、国内外のドラマ・映画・アニメ作品を担当。『トランスフォーマー』アニメシリーズなどでは、自身が監督・脚色などをつとめる。
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