理想と現実、交差する2人のAdo──自ら出演した初実写MV「ビバリウム」に見る“素顔”

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Adoが自らの半生を綴った新曲「ビバリウム」

「ビバリウム」は、Adoさん自身が作詞・作曲を手がけ、⾼慶“CO-K”卓史さんが編曲を担当した楽曲。MVは、監督を映像ディレクターの林響太朗さん、プロデューサーをACROBAT FILMの大野瑞樹さんがつとめている。

Ado「ビバリウム」MV

この楽曲は、Adoさんがこれまでリリースした中でも極めてロック色の強い、ライブ映え間違いなしのアンセムだ。再生した瞬間からどしゃめしゃなサウンドが鳴り響いて、鼓膜にダイレクトに届く。

なおビバリウムとは、生き物が住む自然環境を再現した、小さな箱庭のこと。Adoさんは、メジャーデビューの前に歌ってみた(=カバー)動画を投稿をしていたころ、自宅のクローゼットで歌を録音していた。この楽曲では、そのクローゼットの中を箱庭に見立てて物語が進行していく。

MVは、Adoさんが現実世界で着用している私服やライブ衣装など、彼女にとって大切な服が大量に備えられたクローゼットの中から幕を開ける。

Ado「ビバリウム」MVのスクリーンショット

<鏡が写すは隔たる理想像/不器用な指先に今日も手をかけた>との歌詞からタイトルロゴに移り変わる流れは、やはりどうしても画面の向こうのもうひとりの自分とリンクしようと、歌ってみた動画の投稿ボタンを押す彼女の姿を想起してしまう。

続く<叶えたいものとは引き換えに/大切なものを壊してきて><転んだ後の傷の治し方/残した過ちの悔いも知らないまま/大人になるの?>という一幕も見逃せない。

なぜなら、「うっせぇわ」の社会現象化によって、当時18歳の高校生だった彼女の人生は、音楽へとフルベットするものに変貌したのだから。

それはシンデレラ・ストーリーにも見えるが、瞬く間にスターダムにのし上がったことで、逆に失ってしまったものも大きかったはず。右も左もわからない音楽業界でいきなりスポットライトが当てられ、世間からの耳目を集める重圧は、察するに余りある。

ポエトリーリーディングに見るAdoの苦悩

そして来たるサビ部分では、明確に“Ado”というペルソナを獲得した後──すなわち画面外の理想の自分について描かれている。

<仄暗い 箱庭で/とめどなく私が私の夢を見ていた/遠くで揺れた光は 私を呼ぶ声がした>と、現実の自分では成し得ない凄いことが起こるかもしれないという希望が、ここではっきりと示されている。

そうした意味では、メジャーデビューした直後のAdoさんは、手放しの高揚状態にあったと考えられるだろう。

ただ、このサビの歌詞は、楽曲の後半で別の意味を持つ<仄暗い 箱庭で/とめどなく私が私の夢を見ていて/触れられる距離のまま 離れないで 変わらないで>との表現に変更。現実と理想の自分とのギャップを巡る、精神的な浮き沈みも示唆されている。

Ado「ビバリウム」MVのスクリーンショット

続いて、楽曲はBメロへと移行するのだけれど、ここで突如としてポエトリー・リーディングが挟まれる。この言葉のひとつひとつに感じるのは、理想の自分ばかりがどんどん大きくなっていく状況に、彼女の心が如何に疲弊していたのか、という事実である。

Ado「ビバリウム」MVのスクリーンショット

<「繰り返し 繰り返し/生まれてきたことを否定する」>
<「君に必要だったのは名声よりも先に」>
<「大丈夫の一言だったね」>Ado「ビバリウム」の歌詞より引用(一部抜粋)

これらの言葉はきっと、これまでAdoさんの生配信やインタビューなどを多く見聞きしたファンであればあるほど、涙腺が緩んでしまうはずだ。

自分はここにいるのに、評価されるのはAdoというペルソナでしかない。

同い年の友人との比較。持て囃される現状……それらはもちろん賞賛ではあるものの、別の角度から見れば自己否定にも繋がりかねない。そんな生活を何年間も続けてきたのがAdoさんなのだ。

Ado「ビバリウム」MVのスクリーンショット

理想と現実、交差する2人のAdo──その覚悟と決意

そして、その勢いのまま突き進むラストサビでは、イメージディレクターとしても知られるORIHARAさんが描く、笑顔の"理想のAdo”と、現実のAdoさん自身がリンクする!

Ado「ビバリウム」MVのスクリーンショット

その姿が理想を全力で追い掛けるようにも、逆に理想に置いていかれているようにも見えるのは、すべては私の今後の選択次第なのだ、と自身を鼓舞する意味も含まれているからだろうか

どちらにせよ、ここで陰と陽のふたりの異なるAdoさんが重なったことには間違いなく、強いメッセージが込められているのだろう。

Ado「ビバリウム」MVのスクリーンショット

その後、穏やかな曲調に変化した楽曲は<夜が明けるまで1人じゃないから クローゼットの中の君はまだ 泣いてる>と締め括られる。

このラストに関しては「まだ現実の自分の理想は完璧には叶えられていない。だから頑張るしかない」という決意の表れのようにも思える。

読後感のある幕切れであると同時に、まだ見ぬ未来に希望を抱く、前向きなラストだ。

「ビバリウム」MV撮影直後のインタビュー

長年の夢だったさいたまスーパーアリーナ公演を叶え、大規模な海外ツアーも大成功。そして今回、現実の自らの姿を現すと共に、強い思いを吐露したAdoさん。

これからの彼女の歩みがどのようなものになるかは分からないけれど、クローゼットの中の“素顔”の彼女が満面の笑みを浮かべている……そんな未来を、切望せずにはいられない。

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1件のコメント

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匿名ハッコウくん

匿名ハッコウくん(ID:13506)

顔出しで騒ぐような記事が多い中、それついては直接触れず、Adoさんへのリスペクトを感じる良い文章、有難うございます。最後の文章、私もそんな未来が来ることを祈っています。