全部夢だった!(重音テト)/黒うさぎ
黒うさぎさんによる本楽曲は、鬱屈とした心理と自己滅却の願望を率直な言葉で表現したナンバー。
サビでは<何も無いんだ>というフレーズが繰り返され、悲しみと無力感が強調されている。自己嫌悪に苛まれながら、過去を<夢>として切り捨てようとする主人公の姿が切ない。
白黒で手描きのMVは『うごくメモ帳』を思わせるレトロな表現で、荒涼とした心象風景が表現されている。
MVまで含め黒うさぎが一人で手がけているが、「Synthesizer V AI 重音テト」の調声のみボカロP・ヌルさんが担当している。感情の乱れを表現するような抑揚を駆使し、絞り出すような声で歌わせる調声には、作家性が強く発揮されている。
シンカンセンスゴイカタイアイス(初音ミク、GUMI、歌愛ユキ)/シャノン
ネットミームを冠したタイトルや、稲葉曇さんの楽曲「ラグトレイン」を思わせるキャラクターのビジュアルなどは、ネット文化と隣接したカジュアルな印象を与える。
しかしその実、本楽曲では新幹線というモチーフを通じ、高度経済成長期を中心とした戦後日本の歴史と変化が描かれている。
<イザナギ景気の予感>や<革命もカクエーもいまは昔の話>といった歌詞で過去の栄光を振り返りつつ、変わりゆく現実への寂寥感と未来への希望が表現されている。サウンドはチップチューンを基盤にしたドラムンベースで、2番に入るトランペットなどもノスタルジックな雰囲気を醸し出す。
「鉄道」や「歴史」という重厚なテーマを、ポップでクールな装いで届ける手腕は見事だ。MVにも様々な小ネタが込められており、繰り返し鑑賞したい。
FAKE HEART(鏡音リン・レン)/KIRA & Asteroids
本楽曲は、英語版『プロセカ』に書き下ろされた洋楽ボカロだ。メインコンポーザーのKIRAさんはドイツのボカロP。前述したGigaさんとも「GETCHA!(外部リンク)」でコラボするなど、日本のボカロPとも接点がある。
ギラギラとした重低音のシンセサイザー、ミドルテンポでキックの強いエレクトロが特徴。本楽曲も、ダブステップ調の力強いベースが際立つサウンドが楽しめる。
見どころは鏡音リン・レンの流暢なバイリンガルラップ。細部までこだわった調声が素晴らしい。
リンとレンが「創造主」として完璧な恋人を人工物で作るというテーマの曲だが、<有機的とか時代遅れ>など、バーチャルな存在である自分たちをレペゼンするような歌詞にもなっており痛快だ。
てにをは(重音テト)/sabio
sabioは、ポップバンド・Hi Cheers!のメンバーとしてメジャーデビューをしていた高村風太さんによるソロプロジェクト。
ボカロPとしての活動を始めたきっかけは、マサラダさんの名曲「ちっちゃな私」だったという。抜群のポップセンスと珠玉のソングライティングで、今後要注目のアーティストだ。
本楽曲は彼の4本目の投稿作で、大切な相手との別れとそれを通した成長を描いた感動的な楽曲。別れの切なさと感謝の気持ちが込められた歌詞を、甘美で優しいメロディが包み込む。
温かみのあるホーンセクションに美しいピアノ、間奏のハーモニカなどサウンドも優しく響く。ファルセットのボーカルもたまらなく魅力的だ。
エス(可不)/内緒のピアス
内緒のピアスさんは、王道のロックバラードで多大な支持を集めている、現在のボカロシーンにおいては稀有なアーティスト。
本楽曲は、内緒のピアスさん自身が「愛らしく、鬱くしい」と銘打って展開する楽曲シリーズのひとつだ。独占欲を主題にしており、<僕とひとつになって終わってほしい>といった破滅的で苛烈な愛情を描いている。
イントロで物悲しいメロディを奏でるオルゴールなどでイノセンスさを演出しつつ、ハードなギターやガラスを割るようなSEで激情が表現される。
「CeVIO AI 可不」のハスキーであどけない声質が絶妙にマッチし、涙声とがなり声を行き来するようなボーカルで、感情の細やかなニュアンスが巧みに表現されている。
新次元の禁じ手(星界)/フロクロ
実験精神あふれる表現で、刺激的な作品をリリースするフロクロさん。
2020年のデビュー曲「ことばのおばけがまどからみている」は「左右で違う歌詞が流れ、同時に韻を踏む」という斬新なコンセプトでリスナーを驚かせた。
本楽曲でも「右側の女の子の放ったフレーズで左側の女の子が韻を踏む」表現を行っており、執拗に繰り出される技巧的な押韻に圧倒される。
少女らしい星界の声はノイジーに加工され、インダストリアルなビートに乗ることで怪しい響きを帯びている。
ヴァースとフックを2回行き来して終わるストイックな構成もスタイリッシュだ。歌詞にはCreepy Nuts「ぬえの鳴く夜は」をはじめ日本語ラップへのオマージュが随所に入っている。
スカイライン(狐子)/higma
粒だったシンセサイザーが際立つエレクトロニカから、打ち込みのリズムをベースにしたギターロックまで幅広い作風の楽曲を発表するhigmaさん。
YouTube Music Weekendで披露した「echo feat. 初音ミク」では、ボーカロイド曲のクリエイトをテーマにしたMVで反響を呼んだ。
夜明け前の都市風景を捉えたMVが「旅立ち」のモチーフを浮かび上がらせている本楽曲。澄み渡るような空気感にトランシーなサウンドが溶け合っており、エコーを効かせたボーカルとシンセパッドで空間の広がりが表現されている。
ビルドアップ後に感情を解き放つようなサビが、軽やかな高音部で心を震わせ、新たな地平を予感させる深い余韻を胸に残す。
あなたが選ぶ2024年のボカロ名曲は何?
2024年のボカロの全体的な傾向として、歌声合成ソフトウェア・Synthesizer Vのライブラリ、とりわけ「重音テトSV」の躍進が目覚ましい。「メズマライザー」の記録的なヒットもあり、この傾向は2025年以降も続くと思われる。
また、2023年から引き続きの傾向として、非ロック的なジャンルの楽曲がメインストリームになってきたようにも感じられる。ヒットの拠点がショート動画に移行したことで、ネットミームと親和性のある楽曲も目立つようになった。
とはいえ、こうした“傾向”が見てとれるとしても、それはあくまで一部のヒット曲に当てはまるものでしかない。ボカロ音楽はジャンルの垣根を超えた広がりを見せており、とても一括りで語ることはできないのだ。
現在のボカロシーンの豊かさは、上半期の15曲と合わせたこの30曲だけではとても語り尽くせない。ボカロ音楽を聴く人はそれぞれに「2024年を飾る、自分にとっての名曲」を心に抱いていることだろう。あなたのオススメ楽曲をぜひコメント欄にて紹介してほしい。
プレイリスト「2024年下半期ボカロ名曲まとめ」
(※)記事公開時点でsabioさんの「てにをは」、内緒のピアスさんの「エス」、フロクロさんの「新次元の禁じ手」はSpotifyで配信されていない。
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