2023年に入ってますます盛り上がりを見せているVOCALOID(以下、ボカロ)シーン。「ボカロ」というジャンルの現在を総括する評論同人誌『ボーカロイド文化の現在地』の主宰・highlandさんが選ぶ、2023年のボカロ名曲15選──。
その熱狂は多かれ少なかれコミュニティ外にも認知されていると思うが、一方で「今のボカロに興味はあるけど何から聴けばいいのか分からない」と感じている方も多いことだろう。
今回は2023年に発表されたボカロ曲の中から、ボカロを知らない人にも届くような力をもつポップな名曲を15曲ピックアップした。
少しでも気になる曲があればぜひ聴いてみてほしい。
執筆:highland
目次
- 1. 強風オールバック(歌愛ユキ)/ Yukopi
- 2. 人マニア(重音テト)/原口沙輔
- 3. 花に風(初音ミク)/バルーン
- 4. マザーデイズ(可不)/Chinozo
- 5. ザムザ(初音ミク)/てにをは
- 6. お呪い(花隈千冬)/なきそ
- 7. ゼロトーキング(初音ミク)/はるまきごはん
- 8. はぐ(初音ミク・可不)/MIMI
- 9. フロートプレイ(歌愛ユキ)/稲葉曇
- 10. ちっちゃな私(重音テトSV)/マサラダ
- 11. あいのうた(初音ミク・重音テト)/大漠波新
- 12. 太陽ポカポカで草(星界・ずんだもん)/なみぐる
- 13. ビビビビ(星界)/フロクロ
- 14. 怪電話(ROSE & POPY)/r-906
- 15. 風呂入るプロファイル(初音ミク)/もちうつね
- 16. 2023年を飾る、自分にとっての名曲
強風オールバック(歌愛ユキ)/ Yukopi
小学生キャラである歌愛ユキをマスコットに据えた同曲は、リコーダーやカスタネットによってあえてチープにつくられたサウンド、抜け感のあるアニメーション、七五調になっており口ずさみやすい歌詞などでブレイク。12月現在、YouTubeでの再生回数は7000万回を突破しており、2023年にYouTubeで最も再生されたボカロ曲となった。
従来のボカロのヒット曲は多かれ少なかれMVを含めた楽曲の世界観に対する考察的な要素を含むことが多かった。一方ゆこぴ(yukopi)の曲はその過剰なまでのシンプルさが新鮮さとして受け止められた感がある。
日清のカップラーメンのCMに使用され、歌愛ユキの声がそのまま地上波で流れたことも話題になった。
人マニア(重音テト)/原口沙輔
2023年夏のボカコレ(※1)で発表されて以来、草の根的に支持を集めていた同曲。月ノ美兎や緑仙などのVTuberが独自のアレンジで歌ってみた動画を出したこともあって、人気にブーストがかかり大ブレイクした。※1 ドワンゴが主催するVOCALOID文化の祭典「The VOCALOID Collection」のこと。新人・ベテランを問わず多数のボカロPが楽曲を投稿する。
手がけたのはメジャーで活躍するアーティストでありながら、コアな音楽的バックグラウンドを持つ原口沙輔。
サウンド面では、不協和音的なSEの多用などHyperpop的な音使いに加え、アヴァンギャルドなテイストながら、サビでは王道的なコードワークを展開。挑発的なMVと4つ打ちのリズムが相まって、「踊れる」「ノリのいい」楽曲に仕上がっていることがヒットの鍵だろう。
全体を通してサタイア(風刺)に満ちていながら、一方で「生きろ。(~)全毒 背負ってくたばらにゃいかんね。」と屈折を交えながら人生賛歌として結ばれる歌詞も白眉だ。
花に風(初音ミク)/バルーン
「シャルル」「雨とペトラ」など10年代後半のボカロシーンを代表するヒット曲で知られ、シンガーソングライター・須田景凪としても活躍するバルーン。VOCALOIDのv flowerを使った楽曲で知られる氏だが、本曲は2016年の「朝を呑む」以来、久々に初音ミクをボーカルに使用した楽曲になった。MVは長年にわたりタッグを組んでいるアボガド6が手がけている。
バルーンが得意とする気怠いロックの曲調に、品のある物憂げなバレエダンスのアニメーションが印象に残る。「行かないで」「知らないで」と相手を引き止めるように悲痛に歌い続け、手のひらで踊らされ最後には消えてしまうミクの姿は寂寥感と切なさを感じさせる。
マザーデイズ(可不)/Chinozo
ノリのいいポップな曲もダークな曲も手がけるChinozo。2020年の「グッバイ宣言」はTikTokで大ヒット。現在YouTubeの公式動画の再生回数は1億2000万回を突破している(ボカロ曲では歴代1位)。
本曲はサンリオのキャラクタープロジェクト「まいまいまいごえん」のタイアップ曲であり、作中のキャラ・マリアのキャラクターソングでもある。
「まいまいまいごえん」のゲームでは、キャラクターソングのボーカルに初音ミクや可不などの音声ライブラリを起用している。以前はボカロがタイアップ曲を歌うことは稀だったが、昨今では一部で定着しつつあるようだ。
本曲は、Chinozoの強みが発揮されたポップでダークな「病みかわいい」系の曲調。終盤にかけてたたみかけるような切なげなコーラスなど、CeVIO AI・可不のボーカルに聴き入ることのできる楽曲だ。
ザムザ(初音ミク)/てにをは
2010年からボカロ楽曲を投稿し続けるベテランにして、小説家としても活動するなどマルチな才能を見せるてにをは。2020年に発表した「ヴィラン」はトランスジェンダーをとりあげた歌詞が多くの共感を集めた。「ザムザ」はゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』内のユニット「25時、ナイトコードで。」に書き下ろされた楽曲で、作中のキャラ・まふゆの心情と重なる歌詞になっている。
同時にカフカの『変身』もモチーフになっており、両者を重ねて表現するような秀逸な歌詞が魅力だ。
「ズキズキズキ」という印象的なフレーズに象徴されるように痛みの感覚を歌っており、疎外と絶望が支配する中、わずかながら希望が差し込むようなテイストが感じられる曲に仕上がっている。
お呪い(花隈千冬)/なきそ
「ド屑」「甘ったる」など、色恋の生々しい感情をテーマにした歌詞で人気のボカロP・なきそ。トラップをベースにしたダークな曲調、美麗ながら闇を感じさせるMVで知られており、多くの曲が2分前後の短尺ながらその確かな密度感で人気を博している。なきそは主にVOCALOIDの歌愛ユキをボーカルに使用し、その機械音声的な独特の声質を活かした楽曲を発表している。
一方、本曲ではリアルな声質を持つSynthesizer V AIの花隈千冬をボーカルに使用。しっとりした艶のあるボーカルで、「解けちゃったしね」の「しね」の部分を強調して歌い上げられており、ぞくぞくするような感覚が味わえる。
ベル音などきれいな系統の音使いとダークトラップ風のヘヴィなベースのギャップも魅力だ。
ゼロトーキング(初音ミク)/はるまきごはん
自身の率いるアニメーションスタジオ「スタジオごはん」でMVを制作し、ボカロ楽曲のMVを通じて世界観を表現しているはるまきごはん。そのMVは一本一本が映画のような雰囲気でストーリーの奥行きを感じさせるものになっている。本曲のストーリーは姉妹間の複雑な感情を描いており、違う境遇に分かれてしまったふたりの不和と、彼女たちが一瞬だけ通じ合う様が巧みに表現されている。
音楽的な要素も見逃せない。はるまきごはんの特徴である幻想的な曲調と、イノセントさを感じさせる初音ミクのボーカルはこの曲でも健在だ。
しかしそれだけではなく、本曲は重厚でクールなベースを押し出しており、イントロに流れる波紋が広がるようなSEやシリアスなシンセ音も緊張感を漂わせ、雰囲気を盛り上げている。
はぐ(初音ミク・可不)/MIMI
リリースカットピアノ(※2)の音色を主体にした軽快なサウンドながら、小室進行(※3)を多用し情緒的で切ないメロディーを奏でるMIMI。※2 ピアノの鍵盤を離してから鳴り終わるまで(ADSRにおけるリリース)の音を機械的にカットするることで生まれる電子的なピアノの音色のこと。
※3 小室哲哉さんが多用したコード進行の通称。VIm→IV→V→I(Cメジャーキーで言えばAm→F→G→C)。切なさや哀愁を持った響きがあると評されている。
ポップス的な、エモーショナルで清涼感のある聞き心地を持つ楽曲たちは、ボカロにおいてはOrangestarやn-bunaの系譜に連ねることもできるだろう。
2023年にはYouTubeに動画がアップされたものだけでも15曲のボカロ楽曲をリリース。その精力的な活動も要注目のアーティストだ。
「生きづらさを抱える世の中でも自分を抱きしめてあげられたらいいな」という思いが込められている本曲。MIMIのほかの楽曲にも通底する「痛みに寄り添う」という主題を突き詰めたような名曲だ。
フロートプレイ(歌愛ユキ)/稲葉曇
wowakaに多大な影響を受け、高速ボカロックを牽引する稲葉曇。2020年に発表した代表曲「ラグトレイン」は世界的なブームになり、注目を浴びた。歌愛ユキのダウナーな声を巧みに使用し、独自のスタイルで感傷を表現する作風は、「強風オールバック」のゆこぴに影響を与えたとも言われている。
本曲のテーマは「浮遊感」。メランコリックなギターリフと物悲しいシンセサイザーが織り成すサウンドはたまらなく美しく、フェードアウトで締めくくられる曲の終わりは、テーマにぴったりとハマっている。
寄る辺なさの感覚をモチーフとして昇華させている本曲は、サカナクションが好きな音楽リスナーにも聴いてもらいたい。
ちっちゃな私(重音テトSV)/マサラダ
今年3月に「ライアーダンサー」でデビューしたマサラダ。狂騒的でアッパーなアレンジと中毒性のあるメロディーが人気を集め、ニコニコ動画を中心にブームになったことも記憶に新しい。3曲目「ウルトラトレーラー」では一人で手がけた圧巻なクオリティのMVが高い評価を獲得。今もっとも注目されている新人ボカロPの一人だ。
2曲目として発表された本曲は「ライアーダンサー」と対をなすような落ち着いた曲調を持つ王道のポップスだ。曲内では、通常のキーで歌うテトと高音で歌うテト(MVでは子供サイズで描かれる)がデュエットするという合成音声ならではの仕掛けも施されている。
これによって、誰しもが自身の中に持つ弱く脆い自我=「ちっちゃな私」を抱擁して受け入れるという優しいモチーフが表現されている。
あいのうた(初音ミク・重音テト)/大漠波新
ボカロ音楽の歴史においては、「ハジメテノオト」「ODDS&ENDS」「砂の惑星」など、「ボカロ」や「ボカロシーン」自体をテーマにした自己言及的な楽曲が常に存在していた。そして本曲は現在、その系譜に連なる中で、最もアップデートされた楽曲の一つだ。初音ミクを中心とした従来のボカロ文化に加えて、2023年には生成AIによるアートが台頭し、物議を醸した。それまで自身の心血を注いで作品を作り上げてきたクリエイターの多くがアイデンティティ・クライシスに陥ったことも記憶に新しい。
本曲はこうした状況全体を射程に収めており、AI技術とボカロが交わったこれからの時代に祈りを捧げる曲になっている。ボカロ文化に関心のある人もそうでない人も、ぜひ聴いてみてほしい。
太陽ポカポカで草(星界・ずんだもん)/なみぐる
ずんだもんを主に使用し、ファンク、ソウルなどあまり従来のボカロになかったジャンルの要素も取り入れた、多彩な作風で異色を放つなみぐる。「ずんだパーリナイ」「ずんだダンシング」などブームになった曲も多い。本曲はCeVIO AI・星界をメインボーカルに迎え、R&B調の曲をナチュラルに歌い上げている(合いの手としてずんだもんも参加)。
ピアノやブラスの音が心地よく、失敗談をネットミームを使ってネタにするようなノリの脱力感ある歌詞もあいまって、休日の午後にひなたぼっこしているようなハッピーな気分になれる楽曲だ。
合成音声のキャラクターたちが川辺で時を過ごしているアニメーションMVも愛らしい。
ビビビビ(星界)/フロクロ
「黒塗り世界宛て書簡」「ただ選択があった」などソリッドでミステリアスな楽曲に斬新な発想のMVで注目を集めるフロクロ。本曲で描かれているのは、現代の都市生活者をとりまく倦怠と閉塞感、そして超越的な上位存在によるそこからの解放。『ファイト・クラブ』『SSSS.GRIDMAN』など、同じく退屈で決まり切った日常からの逸脱を描いた作品に大きなオマージュが捧げられている。
サビでの異常なロングトーン、高速早口セリフなど合成音声らしさを活かしたボーカリゼーションも見どころだ。
2023年春のボカコレでの公開に合わせて短時間で制作され、自ら撮影した実写の映像素材にシンプルな一枚絵を合わせて加工したDIY精神あふれるMVも秀逸。
怪電話(ROSE & POPY)/r-906
Culture ShockなどのUKドラムンベースやサカナクションに影響を受け、クラブミュージック調の曲で存在感を放つr-906。ベースはハードながら上モノはキャッチーで、クールでありつつもマニアックすぎないところが魅力だ。2022年春のボカコレで発表した「まにまに」は歌い出しの後に間奏が2分間続く構成でリスナーの度肝を抜いた。
本曲も6分近くの長尺で、間奏をじっくり聴かせつつ、大サビではそれまで抑制された感情が一気に爆発するようなドラマチックな構成になっている。
ボーカルには『BanG Dream!』発の合成音声ソフト「CeVIO AI 夢ノ結唱」のPOPY及びROSEを使用。太く張りのあるボーカルからは、その抜群の歌唱力を伺うことができる。
風呂入るプロファイル(初音ミク)/もちうつね
もちうつねは、いよわに強い影響を受け、MVまで一人で手がける新進気鋭のボカロPだ。キュートな絵柄でアニメーションを制作し、1曲ごとにオリジナルのキャラを作り出している。2曲目の「おくすり飲んで寝よう」がYouTube上で500万回以上再生されるスマッシュヒットを記録している。
SoundCloudを中心とした同人音楽シーンを通じてボカロに触れたというもちうつねは、特異な音楽性を持っている。軽快なチップチューン的なアレンジに太いビート、ポップで夢見心地なサウンドでありつつ、歌詞は「病み」や「鬱」をふわふわと扱っている良い意味での情緒不安定っぽさが魅力だ。
5曲目となる本曲はノスタルジックなメロディに、MVや歌詞にはレトロなインターネットのモチーフがちりばめられており、思わずセンチメンタルな気分にさせられる。
2023年を飾る、自分にとっての名曲
以上、2023年に発表されたボカロ曲から15曲を選評した。もっとも、現在のボカロシーンの豊かさはとてもこの15曲だけで語り尽くせるものではないのは確かだ。
例えばニコニコ動画に「VOCALOID」タグが付けられた動画は2023年以後に投稿されたものだけで80000件以上存在しているし、そこには数多くの個性的で、心を動かされる楽曲たちがある。
ボカロ音楽を聴く人はそれぞれに「2023年を飾る、自分にとっての名曲」を持っていることだろう。
あなたのオススメ楽曲をぜひコメント欄にて紹介してほしい。
この記事どう思う?
3件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:10398)
神曲紹介感謝
匿名ハッコウくん(ID:9476)
2023年は初音ミクとポケモンのコラボで凄かったな…そのコラボの曲も好きだな〜
あとは荒魂祟り神も好きだな…ボカロを音楽の教科書に載せるべきだと思う
匿名ハッコウくん(ID:9475)
ザムザについて。
確かにこの曲はまふゆの心情に重なるように書かれた曲ではありますが、この曲が書き下ろされたイベントの中心人物はあくまで「奏」というキャラクターです。まふゆとまふゆをどうにか救おうともがく奏、2人の思いに寄り添うように書かれていることを考慮して、出来れば「奏」の名前も取り上げていただきたかったです。