花譜のもうひとつの姿──廻花との再会
KAMITSUBAKI STUDIOがライブを通じて実践してきたプロジェクト「深化Alternative」についての説明が流れるのは、代々木公演と同一の流れ。
そう来るとその後に登場するのは、前回最大のサプライズであった花譜さんの新たな姿“バーチャルシンガーソングライター・廻花”だ。
光輪を背にしてステージに降り立つ様は神々しく、ただならぬ風格を纏わせる。歌いはじめたのは「ターミナル」。
握りしめたマイクに零れ落ちんばかりに言葉をぶつけるナンバーは、新時代の幕開けを飾るには、だいぶ挑戦的な構成だ。
「廻花です。この姿で皆さんと会うのは久しぶりですが、自分自身まだ慣れていなくて。だけど、ぎこちなかったけど、はじめましてを交わしたあの日から半年以上を経て、こうしてまた皆さんと巡り逢うことができて、本当にわたしは嬉しいです。ありがとう」
まだ少しの硬さを残しつつも、廻花さんはしっかり観測者たちと相対して思いを伝える。そして消え入りそうな静かな歌声で歌い始めたのは「スタンドバイミー」。幼いころの繊細な心の動きを等身大の言葉で描くバラードが響き渡ると、ステージ上のミラーボールに反射する光が星空のように輝いて、会場を暖かな雰囲気で包み込んだ。
「花譜と自分を名乗ること、廻花と自分を名乗ること、わたしは二つの名前や姿を使って自分を分裂させたいわけじゃなくて、もらった二つの居場所と共に自分という存在のひとつを捉えたくて、頑張っているような感じがあります」
改めて廻花という新たな名前と姿で、ステージに立つ覚悟を言葉にする。
「ただの好きという気持ちからはじまった歌うということが、皆さんに出会ってわたしの中でどんどん意味を広げていっている感じがします。だからどれが本当で、どれが本当じゃないかなんて気にしないくらいお互いかけがえのない存在になれたらなにより嬉しいことだと思っています」
「自分でもわかりきっていないことを手探りで言葉にしているので、何言ってんだみたいな感じのことが自分自身もあるから、みんなはもっとあると思うんですけど、今日も聞いてくれてありがとう」
初対面から半年以上の時を経てなお、彼女も我々もこの出会いの意味を理解しきれているとは言えないのかもしれない。それでも彼女は再び舞台に立ち、観測者たちはその姿を見守る。
ギターも携え、シンガーソングライターとして拓く新境地
廻花さんは、傍らでずっと存在感を放ち続けていたギターを担いで、「次の曲は一人暮らしをはじめて少し経ったくらいの時につくった曲です」と、新曲「テディベア」を歌唱。アコースティックギターの優しい音色に持ち前の透明な歌声が重なって唯一無二のハーモニーを奏でる。
つづく「転校生」も自分が転校生になった時のことを思い出してつくったという楽曲だが、心象風景をこうもあざやかに紡いでみせるのかと、ソングライターとしても華開くその才に驚嘆させられるばかり。
「新しい曲、やりまーす!」と元気に告げて「東京、ぼくらは大丈夫かな」へ。タイトルの示す通り上京した時の不安や期待を詰め込んだ一曲。
約束がなきゃ会えなくなっちゃった僕ら シティオブストレンジャー このまんまころがってく
独特のワードセンスで紡がれた歌詞が、煌びやかなピアノの旋律と重なるのが楽しいアップテンポなナンバーだ。
「実体のない何かに急かされるようにいつも歩いて、立ち止まることができなくて、見ないふりをしたとまどいや本音のこと。上手くやれてるって思いたくて、そこから逃避するように世界にピントを合わせて、見えなくなってしまった細部にまた気づかないふりをしようと蓋をしたこと。人が風景の一部になるって異常なことだって思ってたのに、どんどんそれが普通になっていったこと。このままで大丈夫かなってよく自分は思うんですけど、そう思ったことを忘れずにいたいって思って書いた曲です」
披露した直後に生ライナーノーツが聞けるというのも贅沢な話である。バーチャルシンガーソングライター・廻花としての歩みは、そんな新たなライブ体験も生み出していた一方、やはり本人にとっても迷いながら踏み出した一歩だったようだ。
「1月の代々木でのライブの前は、この姿で皆さんの前に登場することに、新しいことをできるっていうワクワクよりも、これを一体どういうふうに受け取ってもらえるんだろうっていう不安が、日が近づけば近づくほど膨らんでいって。だから当日、わたしがこの姿で歌いはじめた時に、会場にいた方々が温かい拍手だったり声をかけてくれたことに、本当に、本当にたくさん勇気をもらいました」
代々木公演からの10ヶ月の間に整理した思いを丁寧に言葉にしていく廻花さん。静かに聞き入る観測者たちの胸にも、あの時受けた衝撃と感動が蘇る。
「きっと自分らしさだったり、本当ってことを一つに決めてそこに収まろうとしなくていい」
「皆さんの前に見える形として姿を表したのは代々木の舞台が初めてだったけど、廻花はずっと前から花譜の中に息づいた自分です。そういう意味では廻花も花譜の一部分と言えるのかもしれません。“花譜として”ってことに一番こだわって気にしていたのは自分だったんじゃないかって思うくらい、温かく、柔らかく、みなさんが自分の歌を思いを受け止めてくれました。本当に本当にありがとうございます」
「廻花としての曲は喜怒哀楽どこにもピッタリあてはまらない、喋って言葉にしたらハッキリしすぎて不安になるくらいの、誰かにぶつけられるほど強くもない気持ちを放り投げるように書いていることが今は多いです。矛盾だらけでも、それを繋ぐ自分がいるから、きっと自分らしさだったり、本当ってことを一つに決めてそこに収まろうとしなくていいんじゃないかなって思います。はみ出すんじゃなくて揺れ動きながらどんどん広がっていくだけなんだと思います。こう言えるようになったのも花譜を愛してくれているみんなが、廻花として受け入れてくれたからだと思います。本当に本当にありがとう」
代々木の時より丁寧に時間をかけて伝える思いの数々、溢れる気持ちもすべて支えてくれる観測者たちへの感謝で締めくくられる。どれだけ言葉を尽くしても足りないほどに感謝の気持ちでいっぱいなのはお互いさまであるようだ。
「なにが本当で、なにが本当じゃなくて。なにがわたしで、なにがわたしじゃないかなんて、もうわからないほど、すべては強く結びついています。答えのない問いに一人で苦しむことが、誰とも分かち合いたくなくて、ギュッと握り込んだ気持ちがあったからこそ、歌を通してあなたと出会えて、こんな風に繋がり逢えたんだから、報われるどころか、お釣りがどっさりくるくらいみなさんの存在に救われています。みなさんのおかげで、今の全部があって良かったと思えます」
「不器用なはじめましてから何ヶ月か経って今みなさんから見えるわたしがどんなふうに変わっていったとしても、やっぱりわたしはあなたに会えて良かったです。知ってくれてありがとう。そしてなにより今日ここにいてくれて、わたしとまた出会ってくれて本当にありがとう。最後の曲聴いてください。『かいか』」
生まれる前からきみを知っている 初めまして うまく言えないのは お互いさまなのがいいな
まだライブでは2度目の披露ながら、もう関わる誰にとっても特別な一曲となった覚悟の歌が高らかに響き、ライブのフィナーレが華々しく飾られる。
「観測してくれている皆さんと一緒に、これからもたくさん最高の景色を見にいきたいです。花譜として歌うことも廻花として歌うことも、今の自分にとってはどちらも大切です。変わらずどこにいてもどんな形になってもわたしは歌っていたい。いつも歌をわたしたちの居場所にしてくれる。受け取って想いを繋げてくれるあなたがいるから、わたしは何度でも前を向けます。みんなここにいさせてくれて、本当に本当にありがとう。みんなのこと愛しています。花譜でした、そして廻花でした。みんなまたね」
何度口にしたって特別な愛の言葉を、いつになく丁寧に届けて、今宵のライブの大団円を迎えた。
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ライブ情報
花譜 4th ONE-MAN LIVE「怪歌(再)」
- 開催日
- 2024年11月3日(日) 16:00 開場 / 17:00 開演
- GUEST
- ツミキ、崎山蒼志、星街すいせい、Moe Shop
- セットリスト
- 1.青春の温度
- 2.未観測
- 3.糸
- 4.夜が降り止む前に
- 5.海に化ける~人を気取る(メドレー)
- 6.邂逅
- 7.愛のまま
- 8.抱きしめて feat. 崎山蒼志曲
- 9.チューイン・ディスコ~トウキョウ・シャンディ・ランデヴ feat. ツミキ
- 10.一世風靡 feat. 星街すいせい
- 11.KAF DISCOTHEQUE
- 12.不埒な喝采〜フォニイ feat. 可不(メドレー)
- 13.notice feat. Moe Shop
- 14.My Life feat. Moe Shop
- 15.ゲシュタルト
- 16.アポカリプスより
- 17.何者
- 18.カルぺ・ディエム
- 19.代替嬉々
- 20.ターミナル
- 21.スタンドバイミー
- 22.テディベア
- 23.転校生
- 24.東京、ぼくらは大丈夫かな
- 25.かいか
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