キラキラから暗黒面へ サウンドの魅力
さて、ここからは楽曲の持つ魅力について見ていこう。この楽曲の第一印象としては、シンセ的な明るい打ち込みを多用した楽曲、というイメージ。……しかしてその実態は、特異なサウンドで翻弄する、非常に情報量の多い楽曲でもある。この楽曲は前半のアッパー路線、中盤のカオス路線、後半のダーク路線と大きく2種類に分かれている。まず前半では、キラキラ感が耳を楽しませるポップソングの様相を呈していて、合いの手とキャッチーなサウンドで畳み掛けていく形。
中でも“Lonely 口リ口リ神、降臨”〜と“触ったら逮捕!”〜のふたつのリード部分は圧巻で、まるでこの部分がTikTokなどで切り抜かれることを前提でつくられたような中毒性がある。
サウンドも低音を用いたダブステップ的なものに変化し、「これ本当に同じ人が歌ってる!?」と驚くこと請け合い。
秀逸なのは、「9歳のしぐれうい」が“ういビーーーーム!”で何度もお仕置きをする一幕。これまでのリズムを完全に無視し、ひたすらにビーム音&セリフという全く新しいサウンドで突き進むのは、本当に強気。
一歩間違えれば破綻するレベルのサウンドメイクだが、これが逆に独自性を与えているのは、世間一般の音楽全体を見ても珍しい。
— しぐれうい🌂 (@ui_shig) September 10, 2023そして最終部では、これまでの合わせ技。つまりはしぐれういさんの明るさと暗黒面を、我々が知り切った状態でのクライマックスに向かっていく。
だからこそ後半は若干ダウナーな低音が多めになっていると推察されるし、ここまで来るとサビで“ずっきゅーん!”とポーズを決めていた「9歳のしぐれうい」が、実は「口リコンを敵視している」という裏の顔も相まって、また一味違った印象さえ抱く構造に……。
特に最後に放たれる“ほんっとーに、きもちわるい。”との素の一言は、明るい曲調からだんだん落ちていってラストにドン底まで到達するサウンドともマッチ。
総じて本当に隅まで作り込まれた楽曲だと感心してしまう手法が、いくつも散りばめられているのだ。
口リコンを罵倒しまくる、歌詞の急角度
続いては、求心力のある強烈な歌詞にフォーカスを当ててみる。確かに、この曲がバズに至った道程として代表されるのは“触ったら逮捕!”〜のショートダンスの広がりだ。ただ何度も聴かれるかという、いわばリピート率”に関して考えたとき、歌詞によるところも大きいのではないかと思う。
「9歳のしぐれうい」に、口リコンが“ういちゃん!”や“かわいいよォ〜!”と声をかける……。「粛聖!! 口リ神レクイエム☆」のストーリー展開ははっきり言って、アウトとセーフのギリギリのラインを攻めるものだ。
本人いわく、この楽曲の仮タイトルは「粛聖☆ブタバコミュニケーション!!」であったそうだが、ご存知の通り未成年への過度なアクションは一歩間違えれば犯罪である。
「9才の少女に口リコンが群がっている」という構図それだけを見れば、まさにブタ箱にぶち込まれる可能性さえあるイエローカード楽曲とも取れる。「粛聖☆ブタバコミュニケーション!!」って曲名にしなくて本当に良かったなと思いました。https://t.co/0Z9atbNoU8
— まろん / MARON (@maron47) September 28, 2023
しかし楽曲を全て聴いてみると、この楽曲が持つダークな雰囲気は少し薄れる感もある。その理由は主に、口リコンに好かれる「9歳のしぐれうい」が、徹底的に口リコンを蔑んでもてあそぶ超ドSのキャラクターであるためだろう。
そう。この曲は口リコンが盛り上がる中で「9歳のしぐれうい」は侮蔑的に対応する、という流れを、徹頭徹尾崩さない。
……これらの圧倒的な主従関係がこの楽曲への違和感を際でせき止め、エンタメ曲として昇華させている。
雰囲気をコロコロと変える、しぐれういの歌声的魅力
曲の主人公たる、しぐれういさんのボーカル面も見逃せない魅力だ。こちらは前半と後半で別人格レベルの性格を有しているのだが、まずは前半部から。楽曲の助走の役割を果たす関係上、前半の歌声としてはおよそ緩やか。タイトルにもある口リっぽさを前面に押し出しつつ、僅かに語尾を上げる歌唱も含めて、グングンと牽引する力強ささえ感じる場面が連続で続いていく。
対して後半は上でも記したように、「9歳のしぐれうい」の性格が一変。それに伴って声質も低くなる箇所が増え、ここで明確に「オタクをゴミのように見る『9歳のしぐれうい』」の一面を見せていく。
更には“ざぁーこ”“キモキモ”などと一気に罵倒するシーンでは、まるで実際に言われているようにも感じる現実味もプラス。また続くCメロではこのダークさを継いで低音スタートで歌うなど、全体として起承転結を明確に表している印象が強い。
地声に戻るラストも、長い物語のオチを見ているようで最高だ。
2023年も終わりに近付いた頃、しぐれういさんの「粛聖!! 口リ神レクイエム☆」が突如として巻き起こした大バズ。初めましての方からしぐれういがメチャ煽り罵倒メスガキだと思われてないことを願うばかりです 心から
— しぐれうい🌂 (@ui_shig) September 26, 2023
もちろんそこにはVTuberが市民権を得ていたり、TikTokを筆頭とした追い風が出来上がっていたりと、様々なバックボーンはある。
ただその中でも「粛聖!! 口リ神レクイエム☆」はMVの相乗効果も含めれば、極めて策略的に、そして綿密に計算されてつくられたバイラルヒット曲なのだと、改めて思った次第だ。
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キタガワ
島根県在住音楽ライター。酒好きの夜行性。rockin‘on外部ライター他諸々。
6件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:9463)
一応設定では9歳でしたよ。
匿名ハッコウくん(ID:9379)
なんで「口(くち)リ神レクイエム」になってるんだろう?
匿名ハッコウくん(ID:9296)
なぜかチャンネル登録者数も約1.5倍に伸び、曲が炎上してもなお増え続けている。
実はあのアルバム全体を通しても、「しぐれういとリスナーの関係性」を歌っていることがはっきりしている曲ってこの曲だけで、実際しぐれういは通常時でもガチ恋勢などしかるべきコメントをするリスナーに対しては割とこんな感じ。
さらに、この曲の成り立ちを真に理解するためにはしぐれういというVTuberのヒストリー(特に罰ゲーム配信)の知識が必須であるが、彼女はそのための配信も繰り返し実施している。
よって「しぐれういリスナーにとって、配信と地続きの雰囲気であり共感しやすい」「新参にとってもこの曲の解説(切り抜きだとしても)を聞くことがチャンネルのイントロダクションとして機能するため入りやすい」というところが、この曲でしぐれういに初めて触れた人もきっちり取り込んでいる要因のひとつのような気がする。