死を感じた体験……漫画をアニメにしたいと思った動機
一方で、自身の身に起こったさまざまな経験が心境の変化をもたらしていく。2015年に実父である歌手のすがはらやすのり氏が急性骨髄性白血病のため逝去。2017年12月には菅原氏が低髄液圧症候群と慢性硬膜下血腫という大病を発症し自身の死とも直面し、一命をとりとめた2019年には子どもが誕生するなど、多くのライフイベントを体験した。菅原「その頃から自分が死ぬまでを逆算するようになって、19歳で漫画家デビューした時に思っていた『いつか自分の漫画をアニメに出来たら』という夢を叶えたいと思ったんです」
大月「2019年に、そうたと一緒に共通の友人であるアーティストのファンタジスタ歌麿呂さんに会いにニューヨークへ行ったんですよ。それで、ニューヨークの街を歩いてる時に、そうたが突然『5億年ボタンの続きをつくろうと思う』って言い出して、街中で急に座り込んで、たびたび作品構想のメモを書いてたよね(笑)」 菅原「ニューヨークの街に立ってて、『ここにいる外国の人に俺を紹介するとしたら、なんて紹介すればいいんだろう?』って思ったんですよ。それで、自分はどういう人間なのか、どういう作品をつくっているのか、自分を紹介できるモノをつくりたいと思ったんです」
こうして、2019年から菅原氏は個人で『5億年ボタン』の制作を開始する。思春期には「この世界ってなんだろう?」「神がいないなら善悪はどうやって判断するんだ?」といったことを考え続ける少年だった菅原氏は、大人になってから哲学書を読み漁るようになっていた。 作品の中には、自分が日頃興味を持っていた哲学・宗教的思想などをふんだんに盛り込み、自身の世界観を余すことなく体現することにした。
菅原「自身の世界観については、家族みんなバラバラだけどしょっちゅう話し合って、僕は哲学方向でいろいろ考えてましたね。あと、父親が亡くなる数週間前、自宅療養中に習字で『宇宙はエネルギー』って書いて自室に貼ってたんですよ。僕も汎神論として同じように感じることもあったし、あぁ、父ちゃんはこれを残したかったんだなって感動しました(笑)」
大月「遺言がそれってヤバいね(笑)」
『5億年ボタン』は、業界への反骨精神?
そして、3年という年月をかけて『5億年ボタン』が完成した。ここからは、そんな本作のツッコミどころ……もとい、魅力について深堀りしていこう。 まず目を引くのは、冒頭でも触れた通り、本編のほぼすべてを菅原氏1人で手がけていることだ。これには、「自身の集大成」という意味合いに加えて、VJ文化や数多くのTVアニメを経験してきた菅原氏が感じた“引っ掛かり”がその背景にある。菅原「かつてのVJ文化やMVなどには超天才クリエイターが多くいたけれど、音楽の世界ではやはり音楽が中心でアーティストが前面に出てくるので、映像制作者はなかなか表に出てこなかったり、見る人からは認知されていなかったりという状況があると感じていました。アニメについてもやはり基本は集団制作なので、クリエイターがどこからどこまでを手がけたのか、外側にはしっかりと伝わらない部分も多い。
それでも、自分のやった仕事はちゃんと評価してもらいたいし、評価されることでクリエイターにファンがつくのであればそれは商業的にもプラスだし、もっとクリエイターが尊重されるようになればいいのにと思っていたんです」
大月「映像制作のスタッフは『裏方の仕事』って言う人がいるんだけど、チームワークの仕事に本当は裏方なんていないんだよね。っていうか、スタッフに裏方気分で仕事されるのもクソ迷惑。裏方っていう意識はこの世から消滅したほうがいい(笑)。
だからか、そうたはクリエイターをすごく尊重してて、クレジットにも本当にすごいこだわるよね。俺も最初、オープニングのクレジットで自分の担当した箇所が細かく書かれていて、こんなに細かく書かなくていいよって(笑)。クレジットをどう表記するかで何度もやりとりした」 菅原「最初、壮くんはCGカットとタイポグラフィだけだったんだけど、その後色々担当してもらったから"監督"にしたほうが良いかなって。これまで自分の実績があまり表に出てこなかったからこそ、相手に失礼があったらいけないなって思って……。そうしたら、壮くんからは『俺は監督やってないじゃん。俺だったらもっと良い監督するし』って返ってきた(笑)」
大月「コンテはそうたが描いてたし、今と構成も違ったからさ(笑)」
自身の仕事が自分の名前と共に世に出るということは、クリエイターにとっては喜びでもあるし、そもそも死活問題でもある。しかし、特に集団制作ではなかなか表に発信しきれない部分がどうしても生じてしまう。
例えば過去のアニメ作品で、監督として脚本や音声編集も兼任していても「菅原そうた」というクリエイターの名前は下手なCGをつくるだけの人という印象で、哀しい思いを抱えることもあった。
こうしたモヤモヤをバネに、今回(ほぼ)個人アニメーションとも言える作品として結実した。
この記事どう思う?
関連リンク
0件のコメント