「ロッキン」会場変更へ 千葉市蘇我スポーツ公園で開催

「ロッキン」会場変更へ 千葉市蘇我スポーツ公園で開催
「ロッキン」会場変更へ 千葉市蘇我スポーツ公園で開催

「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」/画像はイベント公式Twitterより

POPなポイントを3行で

  • 「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の会場が変更
  • ひたち海浜公園から千葉市蘇我スポーツ公園に
  • コロナ禍での存続のため苦渋の決断
国内最大規模の音楽フェスティバル「ROCK IN JAPAN FESTIVAL(ロック・イン・ジャパン)」の会場が、2022年から千葉市蘇我スポーツ公園に変更される。

「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」はこれまで、長年にわたり茨城県ひたちなか市の国営ひたち海浜公園で開催されてきた。

総合プロデューサーを務める渋谷陽一さんは変更の理由について、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染対策を実現させるためと説明。

国営ひたち海浜公園は会場の構造上、観客の密が避けられない一方で、千葉市蘇我スポーツ公園は広く密になりにくいためなどとしている。

徹底した感染対策の実現に向けた決断

画像は「rockinon.com」公式サイトより

「rockinon.com」で公開された渋谷さんの発表では、コロナ禍におけるフェス開催の厳しさについて「正直言って、経営的にもギリギリのところに私たちは立っています」と説明。

そうした状況の中で、これまで同様に国営ひたち海浜公園での開催継続を模索したものの、巨大ステージと収容人数が少ない複数ステージという構造上「必然的に入場規制や密が起き、万全の感染対策を行う事は困難」。

「何万人の参加者が密にならずにライブも楽しめ、移動もほとんどない環境を作ることは、国営ひたち海浜公園では不可能と判断せざるを得ませんでした」と会場変更に至った経緯を報告した。

一方で、変更後の会場である千葉市蘇我スポーツ公園は「その不可能を可能とする場所」「野外フェスにとって夢のような場所」とした。

理由について、ほんの数分で移動できる距離に複数のステージを立てられるライブエリアが2つあり、それぞれの移動には広い導線を数百メートル歩くだけと説明。

「野外ロック・フェスの会場として、千葉市蘇我スポーツ公園は唯一無二の存在だと思います。この状況下でロック・イン・ジャパンを存続させるためには、この選択肢しかなかったのです」と呼びかけた。

なお2022年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」は8月第1週、第2週の開催を予定している。

渋谷陽一さんコメント全文

コロナによってフェスの開催環境は大きく変わってしまいました。
昨年の夏、収容人数を例年の半分以下にし、出来る限りの感染対策も講じたロック・イン・ジャパンを中止にせざるを得なかったことは、とても残念であり、私たちにとって大きなダメージでした。ここまでやっても開催は受け入れてもらえないのだ、という大きな困難を感じました。

あれから約半年、少しずつ状況は変わってきていますが、コロナ前にはまだまだ遠い状態です。昨年末、カウントダウン・ジャパンを開催しましたが、収容人数は例年の3分の1以下、参加者には新型コロナワクチンの2回接種済み証明かPCR検査の陰性証明を入場条件とし、顔認証の電子チケットでの入場の体制を作りました。
こうした状況が2年続き、私たちは年末フェス1回、春フェス1回、夏フェス2回、開催中止を決断せざるを得ませんでした。何とか開催できた昨年のジャパン・ジャムも赤字覚悟の興行でした。
正直言って、経営的にもギリギリのところに私たちは立っています。もう中止や赤字覚悟のフェス開催は困難です。

とても悩みました。何とかひたちなかでの開催を続けられないか、そのための方法を模索し可能性を探しました。しかし私たちは解決法を見つけられませんでした。
国営ひたち海浜公園での開催は、公園の構造上、7万人収容のひとつの巨大ステージと、収容人数がその数分の一の複数のステージという形になります。7万人収容のステージから小さなステージへと人が流れていく形になります。必然的に入場規制や密が起き、万全の感染対策を行う事は困難です。何万人の参加者が密にならずにライブも楽しめ、移動もほとんどない環境を作ることは、国営ひたち海浜公園では不可能と判断せざるを得ませんでした。

私たちが千葉市蘇我スポーツ公園を新しいロック・イン・ジャパンの開催地として選んだのは、その不可能を可能とする場所だからです。5万から6万人収容可能な巨大なライブエリアがあり、そこにステージをふたつ立てることができます。そしてもうひとつ、昨年新たにオープンした2万から3万人収容可能なライブエリアがあり、そこにもふたつステージを立てることができます。そして、そのふたつのライブエリアはほんの数分で移動ができます。まさに野外フェスにとって夢のような場所なのです。参加者は移動をせずにふたつのステージを観ることが可能で、ステージエリアの移動も広い導線を数百メートル歩くだけです。これなら密を回避して野外フェスを開催できる、そう判断してロック・イン・ジャパンの開催地変更を決しました。野外ロック・フェスの会場として、千葉市蘇我スポーツ公園は唯一無二の存在だと思います。この状況下でロック・イン・ジャパンを存続させるためには、この選択肢しかなかったのです。是非、ご理解いただければと思います。

ひたちなかでのロック・イン・ジャパンへの思い入れは、僕は誰にも負けません。フェスなど作ったことのない出版社の人間であった僕が、生まれて初めてフェスを作ったのが国営ひたち海浜公園です。48才の時でした。大げさな表現ではなく、そこから僕の人生は変わりました。フェスが成長するのに引っぱられるように、僕のフェスプロデューサーとしての人生は進んでいきました。忘れられない光景はたくさんあります。それはみんな国営ひたち海浜公園を舞台に、地元の方と共にフェスを作った光景です。もう70才になって、残る時間も限られて来ましたが、死ぬまで大切にしたい記憶です。

言うまでもなく、あの場所には何十万人、ひょっとすると何百万人の忘れられない思い出が詰まっています。あの場所でのプロポーズ、結婚、そして子供をつれての参加、そんな人生のストーリーをたくさん私たちは聞いてきました。小さなステージから大きなステージへと進んだアーティストたちの物語もたくさんあります。20年の時間の積み重ねはとても重いものです。そのひたちなかとロック・イン・ジャパンの歴史をつなぐためにも、25周年、30周年といった年でのひたちなか開催を模索したいです。そのためには関係各所のご理解、ご協力をいただかなくてはなりませんが、時間をかけて調整していきたいです。

今回の開催地変更については、茨城県、ひたちなか市、千葉県、千葉市、国営ひたち海浜公園、千葉市蘇我スポーツ公園、各関係者の皆さまのご理解、ご協力をいただきました。本当に感謝しております。

年末、2年ぶりのカウントダウン・ジャパンを開催して強く思ったのは、フェスのメッセージにも掲げた「音楽を止めない」「フェスを止めない」ということです。
例年の形とは違うものですが、カウントダウン・ジャパンには音楽の力が溢れていました。例え形が変わってもフェスは開催し続けなければならない、そう強く思いました。

ロック・イン・ジャパンを止めない、開催し続けるためのギリギリの決断でした。是非、ご理解いただき、一緒に新しいロック・イン・ジャパンの歴史を作っていただきたいと思います。

開催は8月第1週、第2週を予定していますが、開催日程等の詳細は後日発表します。


2022年1月5日
ROCK IN JAPAN FESTIVAL総合プロデューサー
渋谷 陽一 rockinon.com」より

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