世界最大級の同人誌即売会として45年の歴史を有する「コミックマーケット」をはじめ、「COMITIA(コミティア)」など、同人文化を牽引してきた即売会が、軒並み中止・延期となった2020年前半。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止の観点から、コミケは年内の開催がなくなった一方で、コミティアでは8月、存続に向けたクラウドファンディングをスタート。現時点で1万人を超える支援者から、1億3000万円近くの金額が集まっている。
こうした反響の大きさに加え、イベント開催に対する規制緩和もあいまって、開催される即売会も増えており、少しずつではあるが状況はポジティブに変化しつつある。
とはいえ、状況は政府の方針、それに対する地方自治体や企業の対応で目まぐるしく変化する。KAI-YOUでは今回、高校時代からコミケに通うまんが評論家・同人誌研究家の三崎尚人さんにインタビュー。
同人文化が迎えた危機や、現在の状況を整理するとともに、シーンの外にいるとわかりにくい同人文化が迎えた危機について、Webサイト「同人誌生活文化総合研究所」を運営する三崎さんに話を聞いた。
取材・文:小林優介 編集:新見直
三崎尚人(以下、三崎) 完全に戻ったとは言えませんが、ポジティブな変化なのは間違いありません。「コミティア」のクラウドファンディングの成功は象徴という意味でも喜ばしいですし、みんなの「コミティアという場をなくしてはならない」という気持ちが伝わってきました。
クラウドファンディングは「コミティア」以外にも、池袋発の即売会「サンシャインクリエイション」も実施していて、目標を300%近く上回る支援が集まった。同人誌即売会を求める人がこんなにもたくさんいることを、改めて実感する場面が多かったですね。 三崎 世間的には、8月から全興連(全国興行生活衛生同業組合連合会)が映画館の換気機能の高さをアピールしたり、9月頭にはプロ野球やJリーグが観客の上限5000人の緩和を要望したりと、各業界からの動きもありました。それらを経て9月11日、政府からイベントの人数制限の緩和が発表されました。映画館の空気の流れを“見える化”「映画館の換気実証実験」
三崎 大声での歓声・声援等がないことを前提とする即売会は、感染防止策を徹底した上で、会場に100%の参加者が収容可能になった。非常に前向きな変化です。
──三崎さんの耳には、今後「即売会は開催していけそうだ」といった声が入ってきているのでしょうか?
三崎 9月の新型コロナウイルス感染症対策分科会での方針を受けて、今後どうなっていくか。現時点ではまだ見えてきていないのが正直なところです。ルール上はOKだとして、前提となる条件や対策を考える必要があるので。
たとえば、イベントにはつきものの飲食については、「飲食用に感染防止策を行ったエリア以外での飲食の制限」「休憩時間中及びイベント前後の食事等による感染防止の徹底」が求められている。
一方で、極端に会場での飲食そのものを制限すると、体調不良を引き起こすなどむしろトラブルになりかねない。最低限の飲食は容認するのか、会場周辺施設の分散利用をはじめ、イベント前後の行動制限の注意喚起など、開催する上での課題を各団体が検討する必要がありますね。
三崎 一度の開催でどれだけ金銭的・人的リソースが必要なのか、普段即売会に来る人でも見えづらい部分ですね。「COMIC CITY」などを運営する赤ブーブー通信社さんも他のインタビューではっきりおっしゃっていましたが、一般的に即売会のリソース配分は「事前準備8割、当日2割」とよく言われています(外部リンク)。
会場を確保して開催を告知、サークルを募集、配置を考えて、入場証やマニュアルをつくって送って、カタログを編集、発行して──というのは事務的に大変な労力が必要なんです。 三崎 それ以外にも当日に向けて、導線などの運用計画の立案、机・イスといった備品のレンタル申請、警備員の手配と、さまざまな準備・計画があり、無限とも思える雑用をこなさなければならない。
来場者の目に映るのは、当日の動きがメインですし、特に企業が主催する同人誌即売会は、日常的な事務所経費や人件費もあります。開催ができずに収入が途絶えれば、当然続けるのは難しくなるわけです。
──それだけ一度の開催で大きな支出・収入が発生するということですね。
三崎 加えて、いまや幅広い年齢の人が参加する即売会ですが、一度行く習慣がなくなると、同人文化から卒業してしまう人が出てきてしまいかねない。
もちろんこれまでにも就職や結婚、出産、転勤などそれぞれの事情で離れる人はいましたが、やめてしまう人の数が増えれば、文化の担い手はそれだけ減っていってしまいます。
──具体的に、たとえば「コミケ」が一度開催できなかったことで起こる経済的損失はどれくらいなのでしょうか?
三崎 コミックマーケット準備会の資料では、1回のコミケットで約1000万冊の本が搬入され、約800万冊が頒布されるとあります。仮に1冊500円とすると、それだけで約40億円のお金が動く。そうした同人誌の発行には、紙代、印刷費、輸送費がかかっています。
また、運営側には先に申し上げた会場費、備品レンタル費、警備費、その他の開催経費が支出として、収入ではカタログの売り上げもあります。また、3万5000サークルの交通費や宿泊費、来場されるのべ50万人強の一般参加者それぞれの交通費や宿泊費、準備費用……と、列挙していくだけでも、経済的な損失は計り知れないと思います。
三崎 たしかに、プロとしての収入を同人誌で補っているクリエイターは少なからずいますし、そういった人たちへの影響は小さくないでしょう。
一方で、同人誌の印刷会社にはさまざまな業態があって、同人以外に他の仕事を受注している会社は、苦しくてもすぐどうこうなるわけではないと思います。逆に、少部数のオンデマンド印刷が事業の軸で、ほぼ同人誌を専門に扱っているような会社はかなり苦しいという話を聞きました。 とはいえ、即売会の数が減少したなかでも、印刷会社はすごくストイックでした。栄光さんが象徴的ですが、クラウドファンディングのような支援を募るのではなく「本をつくってください」と。まったくもってその通りですが、コロナ禍のような状況でそれを訴え続けられるのはすごいですね。
──ただ、印刷会社によっては明暗が分かれた面もあります。
三崎 もちろん、すべての印刷会社がそうだったわけではありません。 私自身、厳しい状況という会社をいくつも聞きますし、長年コミケカタログを印刷してきた共信印刷さんのように、同人誌の印刷の取り扱いをやめる残念なケースも出てきています。
印刷会社だけでなく、会場となる施設や備品のレンタル会社も、即売会も含めたイベントの中止・キャンセルで困っていると聞きますね。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止の観点から、コミケは年内の開催がなくなった一方で、コミティアでは8月、存続に向けたクラウドファンディングをスタート。現時点で1万人を超える支援者から、1億3000万円近くの金額が集まっている。
こうした反響の大きさに加え、イベント開催に対する規制緩和もあいまって、開催される即売会も増えており、少しずつではあるが状況はポジティブに変化しつつある。
とはいえ、状況は政府の方針、それに対する地方自治体や企業の対応で目まぐるしく変化する。KAI-YOUでは今回、高校時代からコミケに通うまんが評論家・同人誌研究家の三崎尚人さんにインタビュー。
同人文化が迎えた危機や、現在の状況を整理するとともに、シーンの外にいるとわかりにくい同人文化が迎えた危機について、Webサイト「同人誌生活文化総合研究所」を運営する三崎さんに話を聞いた。
取材・文:小林優介 編集:新見直
「前向きになりつつある」同人文化を取り巻く現状
──まず前提として、同人文化を取り巻く現状を整理させてください。1億円以上の支援を集めた「コミティア」のクラウドファンディングが象徴的ですが、中止や延期が続いた夏前と比べ、状況はポジティブになっていると捉えていいのでしょうか?三崎尚人(以下、三崎) 完全に戻ったとは言えませんが、ポジティブな変化なのは間違いありません。「コミティア」のクラウドファンディングの成功は象徴という意味でも喜ばしいですし、みんなの「コミティアという場をなくしてはならない」という気持ちが伝わってきました。
クラウドファンディングは「コミティア」以外にも、池袋発の即売会「サンシャインクリエイション」も実施していて、目標を300%近く上回る支援が集まった。同人誌即売会を求める人がこんなにもたくさんいることを、改めて実感する場面が多かったですね。 三崎 世間的には、8月から全興連(全国興行生活衛生同業組合連合会)が映画館の換気機能の高さをアピールしたり、9月頭にはプロ野球やJリーグが観客の上限5000人の緩和を要望したりと、各業界からの動きもありました。それらを経て9月11日、政府からイベントの人数制限の緩和が発表されました。
三崎 9月の新型コロナウイルス感染症対策分科会での方針を受けて、今後どうなっていくか。現時点ではまだ見えてきていないのが正直なところです。ルール上はOKだとして、前提となる条件や対策を考える必要があるので。
たとえば、イベントにはつきものの飲食については、「飲食用に感染防止策を行ったエリア以外での飲食の制限」「休憩時間中及びイベント前後の食事等による感染防止の徹底」が求められている。
一方で、極端に会場での飲食そのものを制限すると、体調不良を引き起こすなどむしろトラブルになりかねない。最低限の飲食は容認するのか、会場周辺施設の分散利用をはじめ、イベント前後の行動制限の注意喚起など、開催する上での課題を各団体が検討する必要がありますね。
同人誌即売会の存続を危ぶむ声、なぜ生まれたのか?
──即売会の中止・延期が相次いだ今年、存続に対する危機感が非常に高まったと思います。とはいえ、一度や二度開催できなくなることで、なぜ存続が危ぶまれてしまうのか、一般的にはわかりにくい面があります。改めて説明をお願いできますか?三崎 一度の開催でどれだけ金銭的・人的リソースが必要なのか、普段即売会に来る人でも見えづらい部分ですね。「COMIC CITY」などを運営する赤ブーブー通信社さんも他のインタビューではっきりおっしゃっていましたが、一般的に即売会のリソース配分は「事前準備8割、当日2割」とよく言われています(外部リンク)。
会場を確保して開催を告知、サークルを募集、配置を考えて、入場証やマニュアルをつくって送って、カタログを編集、発行して──というのは事務的に大変な労力が必要なんです。 三崎 それ以外にも当日に向けて、導線などの運用計画の立案、机・イスといった備品のレンタル申請、警備員の手配と、さまざまな準備・計画があり、無限とも思える雑用をこなさなければならない。
来場者の目に映るのは、当日の動きがメインですし、特に企業が主催する同人誌即売会は、日常的な事務所経費や人件費もあります。開催ができずに収入が途絶えれば、当然続けるのは難しくなるわけです。
──それだけ一度の開催で大きな支出・収入が発生するということですね。
三崎 加えて、いまや幅広い年齢の人が参加する即売会ですが、一度行く習慣がなくなると、同人文化から卒業してしまう人が出てきてしまいかねない。
もちろんこれまでにも就職や結婚、出産、転勤などそれぞれの事情で離れる人はいましたが、やめてしまう人の数が増えれば、文化の担い手はそれだけ減っていってしまいます。
──具体的に、たとえば「コミケ」が一度開催できなかったことで起こる経済的損失はどれくらいなのでしょうか?
三崎 コミックマーケット準備会の資料では、1回のコミケットで約1000万冊の本が搬入され、約800万冊が頒布されるとあります。仮に1冊500円とすると、それだけで約40億円のお金が動く。そうした同人誌の発行には、紙代、印刷費、輸送費がかかっています。
また、運営側には先に申し上げた会場費、備品レンタル費、警備費、その他の開催経費が支出として、収入ではカタログの売り上げもあります。また、3万5000サークルの交通費や宿泊費、来場されるのべ50万人強の一般参加者それぞれの交通費や宿泊費、準備費用……と、列挙していくだけでも、経済的な損失は計り知れないと思います。
クリエイターや印刷会社など即売会中止の影響大きい
──実際に、「コミケ」をはじめ即売会が減少したことで、同人誌で少なくない収入を得ていたアニメーターやイラストレーターなどのクリエイターや、印刷会社や関連企業への影響は大きかったのでしょうか?三崎 たしかに、プロとしての収入を同人誌で補っているクリエイターは少なからずいますし、そういった人たちへの影響は小さくないでしょう。
一方で、同人誌の印刷会社にはさまざまな業態があって、同人以外に他の仕事を受注している会社は、苦しくてもすぐどうこうなるわけではないと思います。逆に、少部数のオンデマンド印刷が事業の軸で、ほぼ同人誌を専門に扱っているような会社はかなり苦しいという話を聞きました。 とはいえ、即売会の数が減少したなかでも、印刷会社はすごくストイックでした。栄光さんが象徴的ですが、クラウドファンディングのような支援を募るのではなく「本をつくってください」と。まったくもってその通りですが、コロナ禍のような状況でそれを訴え続けられるのはすごいですね。
──ただ、印刷会社によっては明暗が分かれた面もあります。
三崎 もちろん、すべての印刷会社がそうだったわけではありません。 私自身、厳しい状況という会社をいくつも聞きますし、長年コミケカタログを印刷してきた共信印刷さんのように、同人誌の印刷の取り扱いをやめる残念なケースも出てきています。
印刷会社だけでなく、会場となる施設や備品のレンタル会社も、即売会も含めたイベントの中止・キャンセルで困っていると聞きますね。
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