crystal-z(クリスタルジィー)さんが発表した「Sai no Kawara」は、緻密なストーリーテリングによって語られるセンセーショナルな事件の内実や、それを補強するリリックとMVの節々に仕込まれたイースターエッグによって、話題性と奥深さをあわせ持つ稀有な楽曲となった。
心地良いローファイビートに乗るリリックは、音楽の道を諦め、医学部受験を志す一人の男性の苦難と成功が歌われている──と思いきや、曲の終盤には息を飲む衝撃の結末も待ち構えている。未視聴の方はまず、こちらのMVを視聴して欲しい。 crystal-z Sai no Kawara
本楽曲で歌われているのは、医学部入試で年齢差別にあった男性が大学を提訴するまでの一連の流れ。
全て、自身に起きた体験が歌われているという。
これまで各媒体が公開したcrystal-zさんのインタビューでは、事件をベースに本楽曲を制作した経緯や裁判の進捗などが語られ、そのストーリーが補足されることでさらなる広がりを見せた。
KAI-YOUでは、crystal-zさんのラッパーとしてのパーソナリティやこれまでの音楽キャリアを中心に本人に話を聞いた。
「単なるネットミームとして楽曲を消費して欲しくない」と他媒体のインタビューでcrystal-zさんが話したように、本楽曲に集まる注目を一過性のものにさせないためにも、crystal-zという一人のラッパーにスポットライトを当て、深く知る必要性を感じたからだ。
crystal-zさんが「Sai no Kawara」に詰め込んだその全てを知ることは恐らく誰一人としてできないが、それを紐解くヒントを垣間見ることができるはずだ。
楽器を触ったのは高校生の頃からで、現役時代は気の合うメンバーと4人でバンド活動をはじめた。
ジャンルはポストロックでcrystal-zさんの担当はギター。ペダルキーボードを使い、ギターを弾きながらベースも担当していたという。
crystal-zさんは当時を「サンガツやAmerican Footballとかそういったバンドに近い、エモっぽい音楽をやっていました」と振り返っている。
それからもいくつかのバンドに参加しながら、リリックにも登場したメインで活動していくことになるバンドに行き着いた。「Sai no Kawara」のチルな雰囲気からは想像できないようなブーンバップな楽曲もプレイしていたという。
中でもヒップホップのルーツとして挙げてくれたのが、はじめて聴いたときは「ぶっ飛ばされた」というTHA BLUE HERBと、かつて恵比寿に実店舗があったレコードショップ・WENODのインストアライブで愛用するギターにサインをもらったというShing02。
他にBUDDHA BRANDやキングギドラ、スチャダラパー、韻踏合組合などの王道から、MAKKENZや小林大悟、Lantern Parade、origami PRODUCTIONSなど比較的コアなアーティストまで、様々なジャンルのヒップホップから影響を受けたことを教えてくれた。
海外に目を向けてもDJ PremierやLarge Professor、Pete Rockなどオールドスクールなものから、AnticonのWHY?などオルタナティブなものまで名前が上がる。
バンド活動をする傍ら常にトラックの制作も欠かさず、これらの多彩なジャンルのほか、OMSBやBLACK SMOKER、dj klock、Black Dice、Growingなどのアーティストに影響を受けたオールジャンルなトラックを手がけていたという。
ローファイビートの礎をつくったともいえるビートメイカー・Nujabesのライブにも通い、追悼ライブにも足を運ぶほどの熱心なリスナーだった。そんな多種多様なジャンルのヒップホップに傾倒するcrystal-zさんだが、中でもEVISBEATSは特別で、「最も影響を受けたアーティスト」とリスペクトを送っている。 また、影響を受けた楽曲という面で紹介してくれたのが、THA BLUE HERBの「未来世紀日本」だ。
本楽曲もストーリーテリングが活用されており、フックのリリックの印象が曲全体を通して聴くと変わるという点が「Sai no Kawara」と共通する。
crystal-zさんはTHA BLUE HERBの他にも、KダブシャインやSATUSSYなど、ストーリーテリングという手法を比較的多用するアーティストに惹かれることがあるという。
実際に再生回数が63万回を超え、YouTubeの急上昇ランキング7位にランクインを果たした(記事執筆時)。
思惑通りともいえるヒットを見せた本楽曲だが、フックの頭文字を取ると浮かび上がる大学名や曲名などに隠された仕掛けのほかに、crystal-zさんが好きなものをMVに詰め込んだのも、多くの人に聴いてもらうための一つの理由だ。
コメント欄などでも話題となっていたが、MVに描かれた作品の一つに、BOaTの4thアルバム『RORO』がある。 BOaTは、2001年に解散したロックバンド。現在は木村カエラやTOKIOへの楽曲提供でも知られるギタリスト・AxSxEが中心となって結成。短い活動歴ながら、いまなおリスペクトを送る音楽好きは少なくない。
中でもBOaTが解散前に発表したアルバム『RORO』は邦楽史に残る名盤とも評され、crystal-zさんもバンドでカバーするなど、思い入れの強い一枚だという。
このアルバムをMVの一端に入れ込んだ理由についてcrystal-zさんは、ECDの楽曲「MASS対CORE」を例に上げこのように説明している。
「インディーズにいた人たちは、あの曲のようにマス(世間)に対してなにか仕掛けてやろうっていう考え方を少なからず持ってると思うんです。BOaTのアルバムが急上昇ランキングに入り込んでるという事実が好きというか。マスに向けたアピールとコアに対する目配せが両立できると思うんですよ」
crystal-zさん自身も、好きな俳優である⻄島秀俊が朝4時台のニュース番組「めざにゅ〜」(フジテレビ)で、映画評論家/小説家の中原昌也によるノイズユニット・HAIR STYLISTICSを紹介した一幕に、マスの中にある種の「バグ」でコアな要素が映り込んでしまった瞬間を垣間見て、カタルシスを感じたという。Hair Stylistics a.k.a. 中原昌也 - Studio Live at KORG - Part.1
「ディグれる要素を含めて、本当に色んなモノを入れ込みました。音楽に対する意識が高い人から、ラップなんてダジャレじゃんって言うヒップホップを聴かない人──全部、僕が考える『全ての人』に聴いてもらうための仕掛けなんです」
「Sai no Kawara」は年齢差別が当たり前のように行われている全国の医学部への批判、告発とも捉えうるシリアスな楽曲だ。
しかし、crystal-zさんは「Sai no Kawara」をきっかけに、自身が影響を受けたCommonの「I Used to Love H.E.R.」やBOaTの『RORO』を知る人を増やし、シーンに対する恩返しがしたいとも語る。
「とても名前は挙げきれませんが、これまでに話したような自分がお世話になったアーティストや楽曲は絶対良いものなんです。アーティストや作品を紹介するっていうのは、積極的にやっていきたいんです」
これまで多様な音楽に触れてきたcrystal-zさんであれば、他の音楽で表現することもできたはずだ。
crystal-zさんはヒップホップの持つ「表現の幅」に可能性を見出す。
「『間口は広く、出口は狭く』じゃないですけど、サンプリングやメタファーなどのヒップホップ特有の手法を用いることで、他の音楽より奥深い表現ができると思っています。マスにもコアにも届くような要素を盛り込むのも、その一つです。」
たしかに、サンプリングという手法がなければ、曲の最後の音声も入れ込むことも自然にはならない。ヒップホップの基礎であるサンプリングを使ったからこそできた表現だ。
また、自分の身に起こった出来事を表現するには、一曲に多くの言葉を詰め込むことができる(=情報量の多い)ラップという表現が適していたとも語る。
「一つの経験をもとにしながら、自分の人生の歩みを表現できたなっていうのは思っています。様々な運命的な巡り合わせがあって一つの作品になりました」
crystal-zさんが大学側を提訴した際、世間の反応は賛否両論だったという。
しかし、今回の楽曲は99%の高評価。熱い感想を聞かせてくれる人、感動までしてくれる人も現れた。
「提訴しても、大学側からしてみたら僕は取るに足らないノイズのような存在だったと思う」
crystal-zさんは、音楽だからこそ、自分だからこそ実現した表現の手ごたえを語る。
彼がこの楽曲に込めた思いについて少しでも長く心に留め考えを巡らせたい。
crystal-zさんによると、「音楽として長く聴けるように、また、YouTube版を聴いてくれた人にはピンとくる違うラストを用意しました」とのこと。
未聴の方はぜひこちらもチェックしてほしい。
crystal-z「Sai no Kawara」を各種配信サイトで聴く
心地良いローファイビートに乗るリリックは、音楽の道を諦め、医学部受験を志す一人の男性の苦難と成功が歌われている──と思いきや、曲の終盤には息を飲む衝撃の結末も待ち構えている。未視聴の方はまず、こちらのMVを視聴して欲しい。
全て、自身に起きた体験が歌われているという。
これまで各媒体が公開したcrystal-zさんのインタビューでは、事件をベースに本楽曲を制作した経緯や裁判の進捗などが語られ、そのストーリーが補足されることでさらなる広がりを見せた。
KAI-YOUでは、crystal-zさんのラッパーとしてのパーソナリティやこれまでの音楽キャリアを中心に本人に話を聞いた。
「単なるネットミームとして楽曲を消費して欲しくない」と他媒体のインタビューでcrystal-zさんが話したように、本楽曲に集まる注目を一過性のものにさせないためにも、crystal-zという一人のラッパーにスポットライトを当て、深く知る必要性を感じたからだ。
crystal-zさんが「Sai no Kawara」に詰め込んだその全てを知ることは恐らく誰一人としてできないが、それを紐解くヒントを垣間見ることができるはずだ。
32歳で医学の道に進むことを決意
— crystal-z (@crystal98314751) June 10, 2020都内の大学の法学部を卒業後、塾バイトの傍ら音楽活動を続けてきたが32歳で医学の道に進むことを決意したcrystal-zさん。現在はとある⻄日本の大学の医学部に通っているという。
楽器を触ったのは高校生の頃からで、現役時代は気の合うメンバーと4人でバンド活動をはじめた。
ジャンルはポストロックでcrystal-zさんの担当はギター。ペダルキーボードを使い、ギターを弾きながらベースも担当していたという。
crystal-zさんは当時を「サンガツやAmerican Footballとかそういったバンドに近い、エモっぽい音楽をやっていました」と振り返っている。
それからもいくつかのバンドに参加しながら、リリックにも登場したメインで活動していくことになるバンドに行き着いた。「Sai no Kawara」のチルな雰囲気からは想像できないようなブーンバップな楽曲もプレイしていたという。
自分のヒップホップルーツは、THA BLUE HERBとShing02
今回のインタビューで驚かされたのは、crystal-zさんの音楽に対する造詣の深さだ。彼は自身を形成した音楽について様々なことを教えてくれた。中でもヒップホップのルーツとして挙げてくれたのが、はじめて聴いたときは「ぶっ飛ばされた」というTHA BLUE HERBと、かつて恵比寿に実店舗があったレコードショップ・WENODのインストアライブで愛用するギターにサインをもらったというShing02。
他にBUDDHA BRANDやキングギドラ、スチャダラパー、韻踏合組合などの王道から、MAKKENZや小林大悟、Lantern Parade、origami PRODUCTIONSなど比較的コアなアーティストまで、様々なジャンルのヒップホップから影響を受けたことを教えてくれた。
海外に目を向けてもDJ PremierやLarge Professor、Pete Rockなどオールドスクールなものから、AnticonのWHY?などオルタナティブなものまで名前が上がる。
バンド活動をする傍ら常にトラックの制作も欠かさず、これらの多彩なジャンルのほか、OMSBやBLACK SMOKER、dj klock、Black Dice、Growingなどのアーティストに影響を受けたオールジャンルなトラックを手がけていたという。
ローファイビートの礎をつくったともいえるビートメイカー・Nujabesのライブにも通い、追悼ライブにも足を運ぶほどの熱心なリスナーだった。そんな多種多様なジャンルのヒップホップに傾倒するcrystal-zさんだが、中でもEVISBEATSは特別で、「最も影響を受けたアーティスト」とリスペクトを送っている。 また、影響を受けた楽曲という面で紹介してくれたのが、THA BLUE HERBの「未来世紀日本」だ。
本楽曲もストーリーテリングが活用されており、フックのリリックの印象が曲全体を通して聴くと変わるという点が「Sai no Kawara」と共通する。
crystal-zさんはTHA BLUE HERBの他にも、KダブシャインやSATUSSYなど、ストーリーテリングという手法を比較的多用するアーティストに惹かれることがあるという。
マスに向けた発信と、コアに対する目配せ
「なるべく多くの人に聴いてもらいたい」という思いを込めて、2週間毎日10時間かけてアニメーションを描きMVを制作したという「Sai no Kawara」。実際に再生回数が63万回を超え、YouTubeの急上昇ランキング7位にランクインを果たした(記事執筆時)。
思惑通りともいえるヒットを見せた本楽曲だが、フックの頭文字を取ると浮かび上がる大学名や曲名などに隠された仕掛けのほかに、crystal-zさんが好きなものをMVに詰め込んだのも、多くの人に聴いてもらうための一つの理由だ。
コメント欄などでも話題となっていたが、MVに描かれた作品の一つに、BOaTの4thアルバム『RORO』がある。 BOaTは、2001年に解散したロックバンド。現在は木村カエラやTOKIOへの楽曲提供でも知られるギタリスト・AxSxEが中心となって結成。短い活動歴ながら、いまなおリスペクトを送る音楽好きは少なくない。
中でもBOaTが解散前に発表したアルバム『RORO』は邦楽史に残る名盤とも評され、crystal-zさんもバンドでカバーするなど、思い入れの強い一枚だという。
このアルバムをMVの一端に入れ込んだ理由についてcrystal-zさんは、ECDの楽曲「MASS対CORE」を例に上げこのように説明している。
「インディーズにいた人たちは、あの曲のようにマス(世間)に対してなにか仕掛けてやろうっていう考え方を少なからず持ってると思うんです。BOaTのアルバムが急上昇ランキングに入り込んでるという事実が好きというか。マスに向けたアピールとコアに対する目配せが両立できると思うんですよ」
crystal-zさん自身も、好きな俳優である⻄島秀俊が朝4時台のニュース番組「めざにゅ〜」(フジテレビ)で、映画評論家/小説家の中原昌也によるノイズユニット・HAIR STYLISTICSを紹介した一幕に、マスの中にある種の「バグ」でコアな要素が映り込んでしまった瞬間を垣間見て、カタルシスを感じたという。
「Sai no Kawara」は年齢差別が当たり前のように行われている全国の医学部への批判、告発とも捉えうるシリアスな楽曲だ。
しかし、crystal-zさんは「Sai no Kawara」をきっかけに、自身が影響を受けたCommonの「I Used to Love H.E.R.」やBOaTの『RORO』を知る人を増やし、シーンに対する恩返しがしたいとも語る。
「とても名前は挙げきれませんが、これまでに話したような自分がお世話になったアーティストや楽曲は絶対良いものなんです。アーティストや作品を紹介するっていうのは、積極的にやっていきたいんです」
ヒップホップに見出した「表現の幅」
crystal-zさんはなぜ「ヒップホップ」を用いて、この様な楽曲を制作しようと思ったのか。これまで多様な音楽に触れてきたcrystal-zさんであれば、他の音楽で表現することもできたはずだ。
crystal-zさんはヒップホップの持つ「表現の幅」に可能性を見出す。
「『間口は広く、出口は狭く』じゃないですけど、サンプリングやメタファーなどのヒップホップ特有の手法を用いることで、他の音楽より奥深い表現ができると思っています。マスにもコアにも届くような要素を盛り込むのも、その一つです。」
たしかに、サンプリングという手法がなければ、曲の最後の音声も入れ込むことも自然にはならない。ヒップホップの基礎であるサンプリングを使ったからこそできた表現だ。
また、自分の身に起こった出来事を表現するには、一曲に多くの言葉を詰め込むことができる(=情報量の多い)ラップという表現が適していたとも語る。
「一つの経験をもとにしながら、自分の人生の歩みを表現できたなっていうのは思っています。様々な運命的な巡り合わせがあって一つの作品になりました」
crystal-zさんが大学側を提訴した際、世間の反応は賛否両論だったという。
しかし、今回の楽曲は99%の高評価。熱い感想を聞かせてくれる人、感動までしてくれる人も現れた。
「提訴しても、大学側からしてみたら僕は取るに足らないノイズのような存在だったと思う」
crystal-zさんは、音楽だからこそ、自分だからこそ実現した表現の手ごたえを語る。
ヒップホップはリアルを歌う音楽だ。その観点からすれば、これ以上ないほどの完成度に「Sai no Kawara」は仕上がった。けれど、闘うリングを変えることで、共感を得ることができた。『音楽の力』と言ったら安っぽい表現かもしれないけど、自分らしく伝えることの大切さを改めて知ることができました。
今回の曲はローファイビートや分かりやすいストーリーテリングなど、明確なテーマを持ってつくったものなので、これまで名前を挙げた方々の影響はそこまで表出していません。
ただ自分のバックグラウンドにこういった音楽があるのは事実なので、今回の曲はあくまでもヒップホップを用いたアートの一方法論の提示という形になったと思います
彼がこの楽曲に込めた思いについて少しでも長く心に留め考えを巡らせたい。
YouTubeとは別バージョンのエンディング
また、7月11日より各種配信サイトにて、「Sai no Kawara」が配信されている。crystal-zさんによると、「音楽として長く聴けるように、また、YouTube版を聴いてくれた人にはピンとくる違うラストを用意しました」とのこと。
未聴の方はぜひこちらもチェックしてほしい。
crystal-z「Sai no Kawara」を各種配信サイトで聴く
生活を歌に
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