VTuberEMMA HAZY MINAMIの遍在性に触れたライブレポ「そして彼女は舞い降りた」

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EMMA HAZY MINAMI デビュー1周年記念ライブレポート

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POPなポイントを3行で

  • VTuber・EMMA HAZY MINAMI、デビュー1周年ライブレポ
  • 期待と不安のなか会場に舞い降りた彼女は誰だったのか
  • EMMAにとって新たな一歩になった日の真相
あの日歌っていたのは誰だったのだろうかと考える。

バーチャルYouTuber(VTuber)にとって──そしてそのファンにとって──彼女/彼らのライブは特別なものだ。普段は画面越しでしか交流できない彼らが目の前にいて、こちらの呼びかけに応えてくれる。

モニターにキャラクターが踊り、スピーカーが彼らの歌声を伝える。コールアンドレスポンスやフリートークが展開され、演者と観客が、VTuberとファンが同じ空間で同じ経験をしているのだという感覚を強くする。

もちろん厳密には演者はステージ上に存在しない。

それでもライブ会場でのやり取りは、生配信でのチャットを使ったやり取りよりも速くて確かなものだ。その確かさだけでも十分に嬉しい。だからファンにとって彼女/彼らはそこに存在する。仮想的、実質的(Virtual)に。

書店の一画や地方のライブハウス、クラブやそれ以上に大きなステージ……それがどんな場所でも、モニターが彼女/彼らを映し、スピーカーがその声を流すならば、“今ここ”にいるのだと、ファンたちは感じるようになった。

VTuberのライブとはそういうものだった。

けれどその日、彼女はそういう形で私たちの前に姿を現さなかった。そこにはいつも通りモニターとスピーカーがあったが、それだけではなく、生身の女性がいた。

この記事では、11月22日に開催された彼女、あるいはEMMA HAZY MINAMIエマ・ヘイジー・ミナミ)さんのデビュー1周年記念ライブ「EMMA's BAR in TOKYO@Billboard cafe & dining」のレポートをお届けする。

撮影:宇佐美亮

画面を飛び出したバーチャルクラブシンガー・EMMA

EMMA HAZY MINAMIさん

バーチャルクラブシンガーとして活動するEMMAさんは、公開オーディションを経て2018年11月にデビューした。

以来、YouTubeやライブでボカロソングの歌ってみた、シティポップのカバーやオリジナルソングなどを披露し、その深みのある歌声で評価を高めてきた。

艷やかなサウンドの上に乗る憂いを帯びた歌声。曲に漂う大人の雰囲気。その一方、フリートークになると見せる気さくな人柄も彼女の魅力だ。
EMMA's BAR #19
歌と予測不能な方向へ転がる関西弁の話術が披露される生配信「EMMA's BAR」は、彼女の魅力を語る際には欠かせない。

だから彼女のデビュー1周年記念ライブのタイトルが「EMMA's BAR in TOKYO@Billboard cafe & dining」なのも、普段の配信を意識したのだろうし、その内容も配信の延長なのだろうと自然に考えていた。

ところがイベントのチケット販売ページの情報欄にはこうあった。

普段は画面越しにしか出会うことができないEMMAですが、この夜ばかりは小さな画面を飛び出し、TOKYOの街にEMMA本人が舞い降りてきます。(略)これまでバーチャルアーティストが行ってきたVRライブ、ARライブとも違う、バーチャルアーティストの新しいLIVEの形への挑戦。EMMA's BAR in TOKYO@Billboard cafe & dining in東京 - パスマーケットより

バーチャルアーティストの新しいLIVEの形

EMMA本人が舞い降り」「バーチャルアーティストの新しいLIVEの形」という文言には、期待と同時にある種の不安がよぎる。

ホログラムなのか? 本当に本人が出てくるのか?

もっとも、100名限定のチケットは最も高いSS席(6万3730円)から売り切れたという。この日を待ち望んでいたファンにとって、それらは些細な問題だったのかもしれない。

そして冷たい雨が降るライブ当日。場所は東京ミッドタウン日比谷のBillboard cafe & dining。ダイニングバーに4人掛けのテーブルが並ぶ会場を見て、「EMMA's BAR」のコンセプトを実際の店に落とし込むのであればこんな形になるのだろう、という納得があった。

テーブルに着いた観客にはディナーが提供される。高額なチケットに上質な空間。それだけでも「バーチャルアーティストの新しいLIVEの形」と言えたかもしれないが、スクリーンやピアノが並ぶステージには、VTuberのライブには明らかに異質なボーカル用のマイクも置いてある。

今日のライブは一体どうなるのだろう」と緊張を覚えた理由は、上質な空間に気圧されただけのものではない。

舞い降りたEMMA それは不思議な光景だった

A aug(エー・オーギュ)さん

待ち構えるファンの前に、まずはEMMA's BARの専属ピアニスト・A aug(エー・オーギュ)さんの入場がアナウンスされ、拍手とともに迎えられる。

無言のままピアノのフレーズでファンたちに応える様子は、確かに「EMMA's BAR」のやり取りを想起させる。間違いなく彼はA augさんだった。

ひとつ間を置いて、彼は「EMMA's BAR」のオープニングテーマを奏で始める。彼女がいよいよ登場する段になった。

拍手をしながら彼女の登場を待つ間、ファンたちが意識をどこに向けていたのか――スクリーンか、A augさんのピアノか――はわからない。そこには戸惑いがあった。

そして彼女は「舞い降りた」

会場の隅からスルリと。黒いドレスに身を包んで。 今日のライブはここにいる皆様の提供でお送りします」とアナウンスする声は、確かにEMMAさんその人のものだった。

エマイド!」とお馴染みの挨拶を挟んだあと、「こういう形のライブだとわかっていた人?」と彼女が観客に挙手を促すも、手を挙げる人はまばら。多くの人にとってそれは不意打ちだった。

同じテーブルに着いたファン同士も知り合いではないようで、ぎこちなくグラスを交わしている。奇妙な緊張が場を支配していた。このあとライブがどう転んでもおかしくない雰囲気だった。

それでも彼女は1曲目の紹介へ入り、「EMMAとして最初に出した曲」と言いOriginal Loveの「接吻」を歌い始めた。 「接吻」のあとには竹内まりやの「Plastic Love」、大橋純子の「テレフォン・ナンバー」が続いた。

彼女の緊張が見ていても伝わってきた。素晴らしい歌声ではある一方、動きは固く苦しそうに感じられた。必死でもがいているような印象を受けた。

ところが観客はゆっくりと、次第に最初の戸惑いを忘れていった。1曲目は静かに、2曲目は体が揺れ、3曲目には手拍子が続く。

“今ここ”にEMMAさんがいるのだと、少しずつみんなで確認していくような、不思議な光景だった。

EMMAらしさが真価を発揮し始める

小休止を挟んで、A augさんがアレンジしたあいみょんの「愛を伝えたいだとか」のカバーへ。

この頃には彼女の緊張もほぐれた様子で、続くバルーン(須田景凪)の「シャルル」、カンザキイオリの「命に嫌われている」は、EMMAさんらしい深みのある歌声と、ライブならではの多彩な表現で披露してくれた。

フリートークもEMMAさんらしさがフルスロットル。

これまでボカロソングをあまり聴いてこなかったことに対して「こんな神曲を……」と後悔したと話し始め、そこからたどたどしくも勢いのあるトークを展開。最初にあった緊張はどこにもない。 その後ミカヅキBIGWAVEさんも登場し、オリジナル曲「haze」をA augさんのピアノが入ったスペシャルバージョンでお披露目。続いて新曲「metro」が披露されると、会場の盛り上がりは最高潮に。

そこには物議を醸す試みなんて1つもなかった。とても良いライブがあった。

以降はミカヅキBIGWAVEさんのDJプレイが流れる中、各テーブルへの挨拶まわりと、EMMAさんの私物や終演後の握手会参加券などが当たる抽選会へと和やかな雰囲気で進行。

終盤はコールアンドレスポンスがいつまでも止まない久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」(彼女が公開オーディションで歌った曲だ)、誰もが予想したであろう亜蘭知子の「Midnight Pretenders」で締め括られ、ライブは幕を閉じた。

あの日歌っていたのは誰だったのだろうか

あの日歌っていたのは誰だったのだろうかと考える。

か細い体で時に固く、時に激しく歌っていた彼女は、EMMA HAZY MINAMIさんなのだろうか。

「声優はアニメのキャラクターか?」と聞かれれば、もちろん違う。では「中の人はVTuberか?」と聞かれたら、どう答えればいいのだろう。

それは「(神を降ろす)巫女は神か?」という問いかけに近いのではないか。

もちろん正解はない。数多く存在するVTuberにはそれぞれの在り方があり、それぞれにファンとの関係性/他者との関係性がある。 そしてあの日あの場所には、EMMAさんのデビュー1周年を祝いたいという人が集まっていて、それに相応しい演出がなされていた。あの日のBillboard cafe & diningは、EMMA's BARになっていた。

だからそこで歌っていたのは、EMMAさんのほかにはいなかった。

ライブの序盤にあった、“今ここ”にEMMAさんがいるのだとみんなで確認していった光景が、不思議な印象を胸に残している。

改めてチケットの販売ページを確認すると、以下のように締め括られていた。

EMMA’sBARのコンセプトを最大限にご堪能いただける極上のプレミアムライブの記念すべき第1回開催。アーティストEMMA HAZY MINAMIの魅力と新たな活動の第一歩を、最高の空間でご体験ください。EMMA's BAR in TOKYO@Billboard cafe & dining in東京 - パスマーケットより

このライブはEMMAさんにとっての新たな第一歩だった。そして第一歩に過ぎない。

これからどれだけの人にEMMAさんがEMMAさんだと認められていくのか、楽しみに追っていこうと思う。 【写真】EMMA HAZY MINAMI デビュー1周年記念ライブをもっと見る

境を超えていくVTuberたち

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