高嶋政宏著『変態紳士』レビュー 多様なのに不寛容な現代に向けた“変態道”

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高嶋政宏著『変態紳士』レビュー 多様なのに不寛容な現代に向けた“変態道”
高嶋政宏著『変態紳士』レビュー 多様なのに不寛容な現代に向けた“変態道”

高嶋政宏『変態紳士』

POPなポイントを3行で

  • 俳優・高嶋政宏が明かすSMとの出会い
  • バイプレイヤーの知られざるこだわりの趣味の世界
  • 変態であることを認め、自己受容する高嶋流ライフハック
映画やドラマで活躍している俳優・高嶋政宏さんのエッセイが話題となった。

変態紳士』(ぶんか社)と題された本書。首輪をつけた高嶋さん本人の横顔をデカデカと写した表紙はインパクト大。本のつかみは、ずばりSM趣味やフェチに関するもので、なかなかセンセーショナルな内容といえる。

俳優として硬派な存在感と安定した演技で評価されてきた高嶋さんだが、最近はバラエティ番組で「SM好き」を公言するなど、異常なまでの「キャラ変更」に走るようになり、いまやすっかり変態キャラとして定着。共演者にもいじられるようになってしまった。

一見すると、同書はそんな高嶋さんの変態路線の延長にしか見られない。大げさな自虐ネタに走りすぎている感もある。

しかし、以前より高嶋さんの趣味人っぷりはよく知られていた。同書にはSMやフェチのようなアブノーマルな趣味だけでなく、高嶋さんが愛するありとあらゆる趣味の世界が明らかにされている。

文:イシイミチユキ

『変態紳士』で語られる趣味人としての素顔

『変態紳士』の冒頭、「はじめに」には、高嶋さんが変態になった瞬間として、2000年にスタートした東宝ミュージカル「エリザべート」出演時のエピソードが紹介されている。

舞台を見に来ている人たちは、僕ではなく、ほぼみんな主役のエリザベートとトートを見ていた。もちろん、ずっとではないですよ。その一瞬だけかも知れない、でも、『僕のこと、誰も見てないんじゃないか』と、フッと強烈に思ったんです(中略)あのとき舞台で頭をよぎった感覚、『自意識過剰になるな。どんなにカッコつけても、誰も僕なんかに注目していない』(中略)きっと、あの日、僕は『変態』になったんです。 ※P8-11 はじめに

全11章からなる同書は、出演映画での役づくりがきっかけとなったSMとの邂逅にはじまり、青春時代のエロの原体験やプログレッシブロックとの出会い、外食の際に必ず持ち歩いているというスパイスへのこだわりなど多彩な趣味が語られる。

高嶋さんの芸能界での交友関係にも触れられている。気兼ねなく下ネタを話せる仲として『おっさんずラブ』も話題の吉田鋼太郎さんや、スピリチュアルな世界に目覚めるきっかけとなった美輪明宏さんの名前や、妻であるシルビア・クラブさんとの夫婦生活なども語られている。

題名と表紙から想像される内容のエグさやゴシップ色だけを期待すると少々肩透かしを食らうかもしれない。高嶋さんの趣味人としての素顔が描かれた1冊となっている。

ありのまま自分を知る自己受容のプロセス

趣味に関する話題は、有効なコミュニケーションツールとして働き、良好な人間関係を築く上での潤滑油になりうる。『変態紳士』にも、そうした趣味を取り巻く人間模様が語られている。新しい趣味を知ることが自己受容のきっかけとなっていることは興味深い。

各章の折に触れて妻シルビアさんへの想いが明かされているが、普段の夫婦生活を綴った第9章にはこうある。

他人の意見とか変なこだわりとか、「こうあるべきだ」という考えも急速になくなっていったんです。当然あまりに変わったので、最初シルビアはびくびくしていました。普通になれるまで5年くらいかかったかな…… ※P156 「第9章 妻・シルビアを愛させていただきます!」

芸能界は多くの人の目に触れる仕事であるし、周りの意見や評価を気にしすぎてしまいがちだ。やがて自意識をこじらせて、自己と他者を取り巻く世界を曇らせてしまうことがある。

高嶋さんは、役者として、夫として、男として「こうあるべき」という自意識を捨てることに成功した。ありのままの自分(変態としての自分も含む)を認めることが、結果として、自分や身近にいる大切な人たちの幸せにもつながってくる。

多様性と不寛容を抱える現代社会における“変態宣言”の意味

最近、世の中ではダイバーシティやLGBTのような考え方に見られる、社会に関わる個人ひとりひとりの多様性を理解し尊重する向きがある。

その一方で、週刊誌の不倫報道や「#MeToo」などに見られるようなバッシングを恐れてか、やたらにコンプラやポリコレに走るなど窮屈で不寛容さが見え隠れする。

そんな時代にあって、高嶋さんの『変態紳士』はどう捉えられるだろうか。

僕が大好きな“変態道”は相手のフェチをわかろうとしない、相手にわからせようとしない、馬鹿にしない、自分のフェチを押しつけない、これが基本なんです。そのうえで、楽しむんです。人との付き合い方がわかってきたのは、SMとの出会いの影響も大きいのかもしれないですね。相手のことに、そこまで干渉しないという ※P194 第11章 プライドを捨てた変態は愛されはじめた

高嶋さんがいう“変態道”には、自己受容のみならず、他者の尊厳を認めることも含む。

世間で問題視されるハラスメントの多くは、当事者間の思い違いによって引き起こされることがある。愛情にしても正義にしても強要しない態度こそ、これから社会には必要なのではないだろうか。

高嶋さんの『変態紳士』は単なる「キャラ変更」にとどまらない。多様性と不寛容をはらむ社会と、上手につき合っていくためのヒントを筆者は読み取った。

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