取材・文:ハハノシキュウ 写真:後藤秀二 編集:須賀原みち
無関係のサラリーマンの前で行われるサイファー
サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは、たわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも僕はその“どうでもよさ”を肯定したいし、ましてやそれを馬鹿にするなんてことは絶対に有り得ないと思っている。世間話にもならないくらいのことが、のちにその人の生活を変えることだってあるからだ。
個人的に秋葉原という街は、神田にある連雀亭という小さな演芸場で落語を聞いた後に軽く立ち寄る場所だ。その道程で神田川を渡るのだが、渡ったちょうどその先の広場で秋葉原サイファーは行われている。
そのため、今回の取材をへて、今まで何気なく渡っていた神田川の風景は僕の中で別物に変わってしまったと言ってもいい。 広場と言ってもそこには二人掛けのベンチしかなく、僕が訪れた時、そのベンチの足元には綺麗に並べられた缶ビールや缶チューハイの空き缶があった。そして、そのベンチに座っているサラリーマン風の男性二人からちょうど目と鼻の先で、秋葉原サイファーは真夏の東京ビッグサイトのように熱を上げていた。
「撮影しても大丈夫ですか?」と同行のカメラマンがベンチに座っていた男性に聞いた。そして、返事を聞いてこちらに戻ってきたカメラマンが僕らに信じられないことを言った。
「あのお二人はサイファーと全く関係ないそうです。ただ、あそこで晩酌してただけみたいで……」
サイファーを平然と眺めながらお酒を飲む男性二人、真後ろにそんな他人が居ても平然とラップを続けるサイファー。これは日常なのか? 非日常なのか? それすらも判然としない街、それが秋葉原なのだと思った。
聞き慣れたヒップホップ曲のインストゥルメンタル、距離を置いていてもどことなく気持ち悪いとわかるラップの内容。すでに十人以上からなるラップの輪が時計回りで時間を刻んでいて、僕はその気持ち悪さに心地よさを探し始めていた。
1.学校で、クラスメイトを相手に「どうせこの話をしたってわかんないよな」って話しかけるのをやめたことがある。「御託ばっかのオタクラッパーがよ! 舐めんじゃねぇよ、お前行けよ秋葉原、お前のラップ飽きたから」(SIMON JAP)
「オタクだから言わせてもらうけど、アンタみたいなイケイケな奴に飽き飽きしてんだよ! 飽き飽きしてるから秋葉原に行くんだよ!」(ハハノシキュウ) (戦極MC BATTLE 第7章 vs THE 罵倒特別編(13.7 .21) SIMON JAP vs ハハノシキュウ @BEST BOUTその1)
2.学校で、英語の先生が「The Beatles」の歌詞の凄さを熱弁していても、興味深く聞けなかったことがある。
3.ラップは好きだけど、自分はラップしちゃいけないと思ったことがある。
以上の3種類の感情が、言葉を自分の内側に咎めてしまうことがあったりした。 自分に自信がないから、自分が興味のあることを人と共有出来ないくせに、興味のないことには冷たい。そんな人間だと自分を決めつけたりして。
今でこそ「ハハノシキュウが言ってるから」というフィルターを通して話を聞いてもらえる機会が増えたため、そういう鬱屈を抱え過ぎないようにはなったけれど、やっぱりラップを始めたばかりの頃は、そういった自分の「おこがましさ」や「わかって欲しさ」が思うように伝わらないことに頭を抱えたりしたことを思い出す。
「ラッパーはHIPHOPしかやっちゃ駄目」からの解放
秋葉原でオタクサイファーを最初に始めたコースさん(取材の時にどっかで聞いたことある名前だなぁと思っていたのですが、なんと第1回マンガMC BATTLEで優勝した人でした)は、声優の水樹奈々を中心にオタクカルチャーに傾倒しているが、そのオタク的感情をネット上以外で誰かと共有したことはなかったそうだ。「水樹奈々のライブってお客さんが3万人いるんですよ。でも、僕にとっては2万9999人が他人で、そこで友達なんか出来たことがなかったんです。みんな水樹奈々にしか興味がないんですよ」 (コースさん)
コースさんは続けて、こう言った。
「でも、秋葉原サイファーで初めてそういう気持ちをわかってくれる友達が出来たんです。はっきり言って、超楽しいんですよ。実はサイファーで知り合った人と、同じコミケで同じ同人誌を買ってたってことが後からわかったりとかして」 「まるで、でんぱ組.incの『W.W.D』みたいですね」と僕は言った。 なんでこんなことを言ったかというと、スチャダラパーが“夏のせい”にしたがるように、秋葉原が僕にそうさせたんだと思う。この比喩が伝わったらいいなぁ程度の希望を込めて。
残念ながら、コースさんにはその比喩が届いていなかったため、僕は補足を入れた。
「でんぱ組.incを組む前に、メンバーは同じネトゲをやってて、敵同士だったんですよ」
「ああ! まさにそういう感じです!」(コースさん)
秋葉原サイファーの主催者いーえっくさんは、自分がラップをしてもいいのか悩んだ時期があったそうだ。 実は僕も、誰に言われたわけでもないのに「ラッパーはHIPHOPしかやっちゃ駄目」「ラップはB-BOYしかやっちゃいけない法律がある」なんて思っていたため、多少でも共感を得られたらいいなと、少しばかり自分の話をした。
2005年に始まった「ULTIMATE MC BATTLE」(UMB)の影響で僕は「ラップを始めたい、バトルに出たい!」という衝動に駆られた。しかし、ニューエラも持ってないし、坊主にもしたくないし、そもそも不良ですらない自分がバトルに出てもいいんだろうか? と思い、なかなか実行に移せずにいた。
そんな時期に僕は、環ROYというラッパーのフリースタイルをDVDで観て、大きなカルチャーショックを受ける。
映画のタイトルとか漫画のネタとかをビートに乗りながらポンポン出していっては、いわゆるステレオタイプのB-BOY相手に颯爽と勝ち進み、B-BOYが半数以上を占める会場でも支持を得ていた。それからの僕は「ラッパーはHIPHOPしかやっちゃ駄目」「ラップはB-BOYしかやっちゃいけない法律がある」という緊縛から解放されたような気分でラップにのめり込んでいったわけだ。 「多分、僕にとってのそれが、『フリースタイルダンジョン』で観たDOTAMAさんの姿だったんですよ!」
いーえっくさんは僕の話に頷きながら、サイファーのように繋いで自身の話を聞かせてくれた。
フリースタイルラップの持つ普遍性
秋葉原サイファーは、世の中に点在する普通の駅前サイファーとほとんど一緒で、週に何度か決められた場所に集まり、スピーカーを囲むように輪を作ってただひたすらフリースタイルをして楽しむ。ただ、そのラップの内容が極端にオタクに偏っているのである。逆に言えば、それ以外は普通のサイファーだ。
近年のサイファーやMCバトルにおいて、最もオーソドックスな盛り上げ方は、じつは押韻でもないしフロウでもない、と僕は思っている。
それは、過去のMCバトルのパンチラインや日本語ラップの音源の歌詞の引用や知識の多さを披露することである。
特にサイファーとなると、慣れたメンバーの中で共有知識のようなものが出来上がってくる。「こいつならこのラインの元ネタをわかってくれるに違いない」という信頼を、スキルと一緒に磨いていくことになるのだ。
アキバサイファーでは、それがアニメや声優や同人誌、ライトノベルの類に成り代わっただけだと思ってもらえれば、多少伝わると思う。
例えば、仮にこれが自動車のディーラーとか整備士の集まりでラップしてたとしても、本質は変わらない。 マニアックな車種の話とか、パーツの名前で韻を踏んだりするだろうと思う。 そして、自動車が本当に好きじゃないとわからない深さで繋がれるところに醍醐味があるのだ。
だから、フリースタイルという行為が昨今のラップブームによって普遍性を持った以上はどの業界でもそれが通用するし、やってみれば結構楽しいものだと思う。 ラップが、テーマを選ばない汎用性のあるカルチャーだとして、じゃあ何故このアキバサイファーにメディアの焦点が絞られているのか?
一体何が特別なのか?
この記事どう思う?
関連リンク
ハハノシキュウ
ラッパー
青森県弘前市出身のラッパー。6月28日にハハノシキュウ×オガワコウイチ名義で2枚組アルバム「パーフェクトブルー」をリリースする。
作詞家、ライターなどの顔も持つ。MC BATTLEにおける性格の悪さには定評がありUMBや戦極MC BATTLEなどに出場し、幾多のベストバウトを残している。またライターとしてはクイックジャパン、KAI-YOUなどへの寄稿で好評を得ている。特徴的なザラつきのある声と、自意識や青春をこじらせた英語を使わない歌詞を武器とし、2012年5月にファーストアルバム『リップクリームを絶対になくさない方法』を、2013年9月にはDOTAMA×ハハノシキュウ名義でアルバム『13月』をリリースしている。2016年11月にはおやすみホログラムの遍歴をエモーショナルにラップした『おはようクロニクル』がポニーキャニオンからリリースされ、衝撃のメジャーデビューを果たしている。
0件のコメント