「他人をディスってる暇がないんですよ。」
以上の話を踏まえてもう少しアクセルを踏み込みたいと思う。僕がこの記事を書くにあたって一番恐れていたことは、「勝手にお前のフィルターを通して、オタクを語るんじゃねぇ」と叩かれたりするかもしれないという部分で、その時の急所の突き方がヒップホップ側よりもえげつないような気がしていて、結構慎重になっていた。 「ハハノシキュウはオタクとかサブカルを語ったりしてるけど、所詮にわかでしょ?」みたいな感じで。
ところが今回の取材を終えて、一番強く思ったのは「そんなことを言う人間はいない!」という確信だった。 「やっぱ、オタクが集まると、声のデカイ一人のオタクの話を延々と聞かされるだけってことが結構あるんですよ。時々、それに対して『それは違う』とか言って議論を始める人もいますが、僕らはマウントとか論破を求めていないんです。単純に、自分らの趣味趣向を吐き出したいというか、認め合いたいみたいな気持ちが強いんですよ。
それに8小節で交代しなきゃいけないんで、一人で長々喋れないし、すごくスピーディーなコミュニケーションになるんで、普段喋れない人もどんどん言葉を吐けるようになっていく。とまあ、格好いい言い方してますけど、ただの気持ち悪い集まりなんですよ、本当に」 (コースさん)
この秋葉原サイファーのバトルには、「基本的にディスをしない」というルールがある。いや、ルールというよりは配慮とか道徳と言った方が正確かもしれない。揚げ足をとったり論破をしたりせず、ただ自分たちが青春を犠牲にしてまで溜め込んできた知識を吐き出すことでカタルシスを得ていくのである。
例えば、先攻のオタクが「ある声優を愛している」と発言したとしたら、後攻のオタクがその声優の参加しているアニメのタイトルを挙げて知識をアピールし、その上で「あれもいいよね、これもいいよね」と話題を増やしていく。
「一人だけディズニーの話しかしないオタクがいるんですよ。その人はどんな話題でラップしても絶対にその話題をディズニーに変換して、自分のフィールドに引き込んでくるんですよ」(コースさん)
「ああ、そういう人はバトルだと強いですよね」と僕は笑った。 「あと、たまに他の地域から遠征サイファーが乗り込んでくることがあって、その人たちは真っ当なヒップホップを牽引しているような見た目で、実際、ラップも真っ当なヒップヒップなんです。
けど、結構僕らに寄せてくれたりもしますし、逆に僕らもアニメの話題から『ドラゴンボールならわかってくれるかな?』『グラップラー刃牙ならわかってくれるかな?』って探りながらシフトしていったりしますね。
それで、オタクじゃないラッパーさんと繋がれた時はすごく嬉しいですね。初対面同士の引き出しの見せ合いが一番たまらないかもしれないです」 (コースさん)
ただ、このオタクの空気に耐え切れず、途中で帰ってしまう人も結構いたらしい。
「基本的にみんな優しいんですよね。『ヒップホップで成り上がっていくぜ!』みたいなのは全然なくて、とにかく吐き出したいものがあって、デトックスするのが楽しくてしょうがないんだと思います。単純に俺のオタクマインドがヤバイ! みたいな。
というか、もう他人をディスってる暇がないんですよ。自分の好きなものを語ってるだけでいっぱいいっぱいで」 (コースさん)
「『お前が絶賛してるアニメは絶対に駄作だ!』とか、そういうディスはないんですか?」 と僕は質問した。
「あんまりないですね。でも例えばですけど、『俺は同人誌を違法ダウンロードで読んでるぜ』みたいなことを言い出す奴がいたら、全力で潰しにいきますよ」 (コースさん)
ハハノシキュウ、秋葉原サイファーに入る
サイファーの輪を横目に、僕はインタビューを続けていたが、編集の須賀原さんがこんなことを言い出した。「シキュウさんがサイファーに参加してる画が欲しいです」
はっきり言うけどさ、僕はね、最初からそうなると思っていましたよ。やればいいんでしょ。やれば。と文句を垂れたい気持ちがなかったわけではないが、ここまでのインタビューの流れから、僕が当初抱えていた不安要素がかなり軽くなっていたのは明確な事実だった。
僕には「フリースタイルは人からやらされた時点でフリースタイルではなくなる」という持論があるのだが、この時はツンデレなりに前向きだったことを白状する。
「基本的にみんな優しいんですよね」というコースさんの言葉を、スクラッチ交じりに反芻する。というわけで、僕も一介のラッパーとして、サイファーの輪に入ることになった。
『フリースタイルダンジョン』しか知らない人たちだったら、僕はラッパーとしての認知を得られていないため、とてもやりづらかったと思う。ただ、やはりオタクという生き物のディグるスピードは侮れず(というか、『フリースタイルダンジョン』が始まる前からこういうことをしていたらしいから)、僕が輪に近付くと、接待ゴルフのように空気が変わったのがわかった。 といってもラップの内容自体は一切変わらず、依然としてアニメや声優の話を繰り返していた。スピーカーからビートを流しながら8小節交代で、10人以上の人間が時計回りにフリースタイルを披露していく。 僕の番に回ってくるまでになんとか文脈を読まなければと、かつてないくらい集中した。
『SHIROBAKO』の矢野エリカというアニメキャラの話が最初にあって、僕はそこを拾って「エリカはエリカでも、ブラックミュージックならエリカ・バドゥ」というラインを頭に浮かべたが、それはこの空間にはそぐわないな、と却下した。
次に『NHKにようこそ!』の話題が上がった。これは僕も読んでるし、滝本竜彦の他の著作も読んでいるから拾えるぞと、カードゲームの手札のようにそのネタを左端に置いた。
徐々に僕の番が近付いてくる。 声優の豊崎愛生について愛を語る場面があり、そこもどうにか自分の知識で補完出来ないか考えていた。すでに順番は僕の右隣にまで進んでいて、破裂しそうな脳みそをフル活用するしかなかった。
オーソドックスな脚韻で「~が性の対象!」と言うと、周りの人間が声を揃えて「絢瀬絵里は生徒会長!」とライム読みをした。 きっとこれは定番の流れなのだろう。
そこでの盛り上がった空気を牽引したまま、僕の番になってしまった。僕は、とりあえず挨拶として、「こんなに空気を読んでいるのは人生で初めてだ」と言った。そこで最初の扉をノックすることに成功したと思う。
「豊崎愛生だったら、『めだかボックス』の主人公!」 と僕は焦りながら続けると「声優ネタを拾ってくれた!」と言わんばかりにノックした扉を開いてくれた感覚が確かにあった。(しかも、豊崎愛生がCVを務める黒神めだかというキャラクターも生徒会長なので、生徒会長ネタでもなんとか綺麗に繋ぐことができた)
一応、韻も踏まなきゃと申し訳程度に思っていたため、「主人公」から「受信料」に繋いだ。 そして、「受信料」から「NHKにようこそ!」と落としたところでまた沸いてもらえた。 変な話、普段出てるMCバトルでも、こんなに僕の言うことで沸いてくれる人はいないんじゃないかと思った。 そして、あと1小節。 「だけど僕が好きなのは、『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』!」 なんとか滝本竜彦のデビュー作でバースのケツを締めることに成功した。
わずか8小節の中でここまで気を張ったのは本当に久々だった。
秋葉原サイファーの“特別感”とは?
「サイファーが大きくなっていくことで野心とかは生まれないんですか?」と、僕は残しておいた質問をコースさんに投げかけた。「野心はないんですけど、去年の冬コミでCDを出しました。もう冬コミって時点で発想が完全にオタクなんですけど。そもそも曲もないのに、冬コミに応募したら場所が取れちゃったんですよ。それでトラックをつくれる人間を探してたら、たまたま通りすがりの全然知らない人がつくってくれるって言って、その音源は奇跡的に完成しました。今は夏コミに向けて曲をつくってますね」(コースさん)
その時のコースさんの楽しそうな表情は「なんか、『サイタマノラッパー』みたいですね」と口走ってしまうくらいに純粋だった。
僕が感じた秋葉原のオタクサイファーにおける特別感の正体はやはり、紛れもない“優しさ”にあった。あくまで僕の想像だけど、おそらくオタクという生き方を選ぶと、掲示板やSNSでの日夜繰り返される議論、マウントを取りたがる自意識の過剰さ、安全な場所からの冷やかしや嘲笑、思いやりよりも優先されたそういった人間の自我からは逃れられないし、それに対して誰もが疲れてしまうんだと思う。
それはラッパーよりも攻撃的で、冷たくて、身体を持たない、それでいて的確な言葉を数多く見てきている故の疲労だと僕は思う。
伝わりづらかったら、YouTubeのMC BATTLE動画のコメント欄を軽く読んでみてほしい。マナーを持たない言葉が多く見受けられる筈だ。オタクにとっては、その思いやりのないやり取りが日常茶飯事なのだと想像してほしい。
僕がこの記事を書くことに怯えていた意味も、少しは伝わっただろうと思う。 そんな文化に揉まれてきた人たちが、サイファーをするのだ。 “優しさ”がそこにない筈がないだろう?
だって“優しくない”ことに心底うんざりしている人ばかりがここに集まるのだから。
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関連リンク
ハハノシキュウ
ラッパー
青森県弘前市出身のラッパー。6月28日にハハノシキュウ×オガワコウイチ名義で2枚組アルバム「パーフェクトブルー」をリリースする。
作詞家、ライターなどの顔も持つ。MC BATTLEにおける性格の悪さには定評がありUMBや戦極MC BATTLEなどに出場し、幾多のベストバウトを残している。またライターとしてはクイックジャパン、KAI-YOUなどへの寄稿で好評を得ている。特徴的なザラつきのある声と、自意識や青春をこじらせた英語を使わない歌詞を武器とし、2012年5月にファーストアルバム『リップクリームを絶対になくさない方法』を、2013年9月にはDOTAMA×ハハノシキュウ名義でアルバム『13月』をリリースしている。2016年11月にはおやすみホログラムの遍歴をエモーショナルにラップした『おはようクロニクル』がポニーキャニオンからリリースされ、衝撃のメジャーデビューを果たしている。
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