連載 | #2 片渕須直監督『この世界の片隅に』特集

『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー後編「『世界が覆る』体験の意味は再検討しないといけない」

『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー後編「『世界が覆る』体験の意味は再検討しないといけない」
『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー後編「『世界が覆る』体験の意味は再検討しないといけない」

『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

11月12日に公開されたアニメ映画『この世界の片隅に』。こうの史代氏の同名漫画を原作に、太平洋戦争下の日本で“普通”に生きる女性・北條すずの生活が丁寧に描かれたアニメーション映画だ。

また、本作は2015年に応援プロジェクトとしてクラウドファンディングが立ち上がり、2カ月で約4000万円を集めたことでも大きな話題となった。

そして、上映開始されてから新たに海外上映を盛り上げるための新規プロジェクトも始動。そちらも数週間で2500万円に届く勢いを見せている。

本作を手がけた片渕須直監督のインタビュー後編では、クラウドファンディングのこと、そして東日本大震災を経てアニメ映画が描けるものについて、お話をうかがった。 ※『この世界の片隅に』作品本編のネタバレを含む内容となります

文:須賀原みち

『この世界の片隅に』クラウドファンディングで可視化された勢い

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

──『この世界の片隅に』では、「アニメ映画化を応援」プロジェクトとして、2015年にスタッフの確保やパイロットフィルム制作のためのクラウドファンディングが行われ、2カ月で約4000万円を集めたことでも話題となりました。改めて、クラウドファンディングを行った理由をお教えください。

片渕須直(以下、片渕) まず、前作『マイマイ新子と千年の魔法』(2009)で、こちらの思惑から外れてしまうことがありました。それは、映画館での上映時間帯が主に日中だったこと。『マイマイ新子と千年の魔法』という作品は、子どもを主人公にしていますが、まず大人の方が仕事後などにご覧になって、「自分の子どもにも見せたい」という気持ちを抱いていただきたかった。

ただ、(配給側との)ボタンの掛け違いで、『マイマイ新子と千年の魔法』は子ども向け映画と受け取られてしまった。「子どもが主人公のアニメ作品だから」ということで、子どもがいきなりその映画を見に来るという時代ではもうないのに。

このままだとお客さんがあまり来ないうちに『マイマイ新子と千年の魔法』の上映が終わってしまうという時に、ファンの方々が続映をリクエストするための署名活動を行ってくださったんです。こういった活動が『マイマイ新子と千年の魔法』のDVD発売を促すことになりました。そんな経験もあって、自分たち制作者がお客さんたちと一つになって、連携することができるかなと思った。それで、『この世界の片隅に』では何が出来るかということで、一番近い形としてクラウドファンディングがありました。

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

──クラウドファンディング以前に、『この世界の片隅に』映画化企画へ出資しようという企業はそう多くなかったのでしょうか?

片渕 「『この世界の片隅に』企画に乗っていただけませんか?」と、あちこち(の企業)にプロデュース側の人間が話を持っていきました。その段階で絵コンテまで出来ていて、先方もコンテを見せると「確かにこれは良い作品だと思う」と言ってくれる。とはいえ、今売れ線と呼ばれているアニメーション作品とはエリアが違うんじゃないか、とも言われてしまう。

映画の質に対する疑いはなかったけれども、興行の構造上、「『この世界の片隅に』のようなアニメーション作品がお客さんにどれくらいアピール出来るのか?」が未知数だと思われてしまったんです。 ──『この世界の片隅に』のようなアニメーション作品は、これまでのマーケットを考えると集客は難しいと考えられてしまった。

片渕 そもそもマーケットが存在しているのかどうかわからないってことですよね。なにしろ、(アニメを視聴するボリュームゾーンとされる)高校生から30代くらいの人たちが、「戦争中の若い主婦を描いてます」って言われた時に、本当に食指を動かしてくれるか? いくら面白くても、そこ(『この世界の片隅に』のようなアニメーション作品)は違うんじゃないか。じゃあ、他の世代の人はアニメーションを見るのだろうか? と思われてしまった。

──しかし、クラウドファンディング成功によって、「見たい」と思っている多くの人の存在が証明された。先日行われたシンポジウムで片渕監督は、この点について「我々つくる側の認識が観客に対して遅れている部分なのかもしれない」とおっしゃっていました(関連記事)。実際に、クラウドファンディング終了後、企業の意識が変わったと感じる部分はありますか?

片渕 …僕の目からではそこまではちょっとわかんないですねぇ。ただ、『この世界の片隅に』では単純にマーケット的な数字ということではなく、エネルギッシュな勢いがものすごい説得力を持ったような気がします。クラウドファンディング全体の期間としては2カ月くらいでしたが、最初の8日間が本当にすごくて、そこで(目標だった)2000万円を達成した。

そんな勢いが出るほど興味を持たれているということ自体が新たな興味をつくり出していった。なので、一番最後の期間も、またバーンと伸びましたね。そこから、あらかじめ企画や絵コンテまで見ていただいていた企業がどんどん製作に乗ってきてくださったし、それ以外にも新たに加わっていただいたところもあります。

──踏みとどまっていた企業の人たちを、クラウドファンディングが一歩後押ししたと。

片渕 一歩どころか、思い切り後ろからガンって突き飛ばしたくらいの感じでした(笑)。

──監督ご自身は、クラウドファンディングの成功は確信していましたか?

片渕 確信はかなりありました。ひとつは、『マイマイ新子と千年の魔法』の続映を願う署名活動という経験があった。また、海外では『マイマイ新子と千年の魔法』の英語圏版をつくるクラウドファンディングがなされ、達成する姿を見てましたから。

我々の中で「映画をつくるためのお金をクラウドファンディングで集められないか?」という発想もありましたが、とはいえ製作費全額を募るのは確実に無理だろうとも思っていた。それで、クラウドファンディングでは「お客さんが確実にいる」ということがわかればいいだろう、と。制作予算の十分の一くらいを目処にして出資を募るほうが良いだろうと転換したわけです。

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片渕須直監督『この世界の片隅に』特集

11月12日に公開された話題のアニメ映画『この世界の片隅に』。こうの史代氏の漫画をアニメ化した本作では、太平洋戦争下の日本で“普通”に生きる女性・北條すずの生活が丁寧に描かれる。 公開時点では63館という上映規模で始まったが、口コミを中心に評判が広まり、興行収入3億円を突破し今なお客足を増やし続けている。 そんな『この世界の片隅に』の勢いを、KAI-YOUも追いかけていく。

1件のコメント

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editoreal

AOMORI SHOGO

いろんなところでインタビューでてるけど、かなり面白い

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