MCバトルに出るには理由が必要
「SCHOOL OF RAP」での活躍を観た僕は、MIRIちゃんの先生という自覚を持つ必要はないな、と思うに至った。彼女にこれ以上教えることは無い、卒業だ。また、この時すでに、ハハノシキュウとMIRIによるタッグが「戦極14章×As One」に出場することが決定していた。そして、MIRIちゃんは高校生から大学生になる。その時1枚の写真がTwitter上を賑わせた。突如、彼女はそれまでのイメージを一変させるように金髪になったのだ。
そういえば、かなり前から「事務所にも誰にも許可とらないでいきなり金髪にしたい」と言っていたな、と思い出す。
僕とMIRIちゃんは、そこからほとんど交友のない状態になる。それに合わせて、MCバトルに向けてのフリースタイルの練習もやらなくなった。無事入学できました。? pic.twitter.com/ffSOGSZPQn
— MC MIRI / ライムベリー (@rbs_miri) 2016年4月5日
もちろんモチベーションがなくなったわけじゃない。ライムベリーも僕もなんとなく忙しくなってきたのと、練習しなくても大丈夫だと思えてしまう何かがあったからだった。それにいつものバトルとは違うタッグマッチなんだから、何が起きるわからない方がいいんじゃないかな、なんて漠然と1人考えていた。
そして、日付は5月21日。ライムベリー主催イベント「韻果MATSURI vol.15」まで飛ぶ。「戦極14章×AsONE」の約1週間前である。この日がMIRIちゃんとの久しぶりの再会となったが、僕とMIRIちゃんは1回もバトルの話をしなかった。
翌日になり、僕とMIRIちゃんは何ヶ月ぶりか全然思い出せないくらいに久々にスタジオに入った。その時になって、ようやくバトルの話をした。
軽く30分くらい一緒にフリースタイルをして、その後に軽い雑談をした。「『AsONE』ってのは俺が思うに熱くなったら負けだと思うんだよね〜」と、先輩風を吹かせながら御託やうんちくを並べたりして。
僕が「バトルってぶっちゃけどう?」と聞けば「すごくライムベリーの宣伝になってるんで、うまく利用したいと思ってます」と、MIRIちゃんは答えた。
僕もその意見に同意だった。
優勝したいからバトルに出るなんて、非合理的だ。なんて思ってしまうくらいに僕は昔からベストバウトに拘っていた。まるで一発録りのレコーディングのように、名前を売るための作品を残すものだと思っていた。最近の若いMCにもそういう考えを持った子を散見する。
「バトルは勝ち負けじゃない」
その後で、なんとなく「AsONE」ルールを意識して練習をしてみた。1:自分が出たいから出る(名前を売るために)
2:出て欲しいと依頼があるから出る(名前を売るために)
「AsONE」ルールというのは与えられた8小節の中で、複数人(基本的には2人だが、4人チームまで認められている)のMCが自由に交代してラップをしてもいいというものだ。
初めて、8小節の中でMIRIちゃんとマイクパスをやってみて、僕は驚いた。思った以上にすんなりできたのである。「あれ?俺ら結構いけんじゃね?」交代しながらのラップの中で僕はそう言った。
そして、最後の30分は雑談とほとんど変わらない感じで、フリースタイルで会話をした。
韻を踏むことを重視せず、会話するのとほとんど変わらないフリースタイルは、僕が彼女に課した“理想のスタイル”そのものである。ここをちゃんとしとけば、後からフロウだろうがライムだろうが、どれだけ技術的に色付けをしても、論理がブレにくくなるし、何より適当な時間稼ぎみたいなラップと違って言葉が軽くならない。
さらに翌日の5月23日には、珍しくMIRIちゃんソロでのライブがあった。ライムベリー名義ではなく、1人のラッパーとして。そしてアイドルとして。
その日、MIRIちゃんは「365」というライムベリーの定番曲でフリースタイルを魅せたそうだ。
対戦相手は大会屈指の強豪
「戦極14章×AsONE」の前日である5月28日。この日、当初は2人でスタジオに入る予定だったが、僕の独断でそれをキャンセルし、MIRIちゃんが「戦極14章×AsONE」の予選を見に行けるようにした。前々からMIRIちゃんが、予選を観に行きたいと言っていたし、スタジオで見えない敵と戦うよりも、見える敵をたくさん見た方がよほど練習になるように思えたからだ。それに、余計な練習をしない方が本番でいいバトルができるという妙な確信があったことも付け加えておく。
そして、迎えた5月29日。「戦極14章×AsONE」当日である。僕らは1時間だけ声出しのためにスタジオに入ってから、大会会場の恵比寿リキッドルームに向かった。
スタジオでは「昨日の予選どうだった?」から始まり、普通に会話を延々と続けるような形でフリースタイルの雑談をした。時々、なんとなく瞬間的に思いついた見えない敵の悪口を交えながらノンストップでラップし続けた。
リキッドルームに着くなり、同窓会的な雰囲気で多くのMCたちが右往左往しながら挨拶を繰り返していた。ついこの間まで、ラッパーの知り合いなんかほとんどいなかったMIRIちゃんが「お久しぶりです」と色んなラッパーと話していたのを見て、親心が安心に変わったのがわかった。
「戦極」での対戦表を決める方式は、クジで引いた番号順にトーナメント表の好きな所に名前を書いていくというもの。
DOTAMAさんに「何番だった?」と聞かれ、MIRIちゃんに引かせたクジを見ると「23」と書かれていた。全部で24組が出演するから、最後から2番目に名前を書くことになる。DOTAMAさんは4番だった。
今大会には全部で8組のシード枠があった。だから1番から8番までを引いた人たちは必然的にシードになるもんだと僕は思っていた。
僕らより先の22組が名前を書き終わったらしく、正社員さんに名前を呼ばれる。僕とMIRIちゃんはトーナメント表の前に行き、言葉を失った。
DOTAMAとNAIKA MCのチーム「今日の2MC」の隣だけがぽっかりと空白になっていたのである。「今日の2MC」は、「AsONE」の前回王者であると同時に、NAIKAさんに至っては「戦極13章」の王者でもある。バリバリの優勝候補だ。
僕とDOTAMAさんは、ダブルネームでコラボアルバムを出しているくらいの仲だ。そんな僕らが1回戦から当たるなんて、観客からしたら好カードでしかないだろう。
もう1枠だけ空白があったのに、選択の余地のない空気をつくってくる悪徳オーガナイザー(最近、正社員さんは周りのMCたちが異常に優しくしてくるのが逆に不安らしいので、僕だけは冷たくしておく)を前に、僕もMIRIちゃんも本気で悩んだ。
っていうか、正社員さんが「ここしかないでしょ」って口に出して言ってこなかったら、僕は迷わず名前を書いただろう。だけど、ひねくれ者の僕はそれを言われちゃったら逆らいたくなってしまう。それにMIRIちゃんも、DOTAMAさんとはLINEバイト主催のMCバトルで1回当たっているからやりたくないだろうなと思っていた。
「ここにしよう」そう言って僕は、MIRIちゃんに、「今日の2MC」の隣に黒マジックで僕らのチーム名「8849mm」を書いてもらった。
ちなみにこの「戦極14章×AsONE」の終了後、MIRIちゃんに真意を聞いてみたら「最初からDOTAMAさんたちと戦いたかったです」と言っていたため、僕の察知力とは別にこの判断は正解だった。
正社員さんの言う通りにするのは本当なら癪である。
ただ、単純にお望み通りだと面白くないから、プラスアルファを用意した。大会を盛り上げるために。いや、優勝するために。
ハハノシキュウとMC MIRIが戦う前に仕掛けた作戦
DOTAMA&NAIKA MCは、バトルの前にライブ出演もしていた。楽屋に戻った僕は緊張を打ち消す呪文のように「ああ、歌詞飛ばしてくんねぇかな」とブツブツ言いながら画面を流し見していたが、その日の楽屋の空気は、個人戦の時とは違ってとても和やかで、タッグマッチならではのお祭り感があった。
他のMCたちも一緒にDOTAMA&NAIKA MCのライブを観ていて「2人別々に曲やんのかよ、一緒にやんないのかよ」とツッコミを入れて笑っていた。結果として、あの2人とバトルをする上でのディスの主軸がなんとなく決まりつつあった。
とは言っても僕はMIRIちゃんに直接伝えていない。なんて言うか、MIRIちゃんに対する信頼もあったりするけど、もう1つ理由があった。
即興でやる時に、「“理想”を決めすぎるとそれ以上のパフォーマンスができない」という持論があって、「“理想”を決めないままで“予想以上”のパフォーマンスができるのが即興の強み」だと思っているからだ。それに泥仕合にはならないだろうと、敵である「今日の2MC」に対する信頼もあった。
それにMIRIちゃんの衣装は、学校の制服で行くということを2人で相談して決めていた。「正社員さんがTwitterで制服で出て! って言ってくるんですよー」と、MIRIちゃんは笑える程度の軽蔑を込めて僕に言っていたのだ。
そこで、僕が思いついたアイデアはこれだった。「MIRIちゃんが制服でさ、俺が学ラン着ればいいんじゃね?」
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ハハノシキュウ
ラッパー
青森県弘前市出身のラッパーであり、作詞家、コラムニストなどの顔も持つ。MCBATTLEにおける性格の悪さには定評があり、優勝経験の少なさの割には高い知名度を誇っている。2015年にはおやすみホログラムとのコラボをはじめ、8mm(八月ちゃんfromおやすみホログラム×MC MIRI fromライムベリー)の作詞を手掛け、アイドル界隈でもその知名度を上げている。また、KAI-YOUにてMCBATTLEを題材にしたコラムの連載を開始、文筆の世界においても実力に伴わない知名度を上げようとしている。現在、処女作『リップクリームを絶対になくさない方法』、DOTAMAとのコラボアルバム『13月』に続き、おやすみホログラムのプロデューサーであるオガワコウイチとのコラボアルバムを製作中。
1件のコメント
CKS
普段ラップやってる人の文章 独特の淀みなさでアツい