思惑通りに会場を掴んだ作戦
登場シーンで空気をつくること。僕とMIRIちゃんにとっての作戦といえば、これくらいだった。 先にMIRIちゃんが登場し、その制服姿に会場が湧く。その直後に僕が学ランで登場する。ここで期待通り、プラスアルファの声援があがった。僕らには、さらなる手もあった。先行後攻を決めるジャンケンを終えて、試合が始まるまでのわずか数秒の間に、大袈裟過ぎるくらいのMIRIちゃんによる“アイドル声マイクチェック”を投入した。
これはMIRIちゃんが、前大会「戦極13章」で、とびきり可愛い声で会場を沸かせた行為のセルフサンプリングであり、いわばファンサービスだ。
僕も指示を出したが、MIRIちゃんは元々「やろうと思ってました」と言っていたから、ここまでの会場の空気感は必然的につくられたものだと言ってもいい。試合前の空気はこちら側のペースにあった。
師弟タッグによるバトルの幕開け
先攻はDOTAMAとNAIKA MCによる「今日の2MC」。後攻は僕、ハハノシキュウとMIRIちゃんによる「8849mm」。勝負は8小節を4本ずつだ。先攻1本目の「今日の2MC」は、まだ様子見程度の8小節だった。当たったパンチと言えば服装についてディスられた程度で、こっちはほとんど無傷である。 後攻1本目、僕らのターンである。僕はMIRIちゃんの方を向いて、普段のダミ声ではなく優しい口調で言った。
「とりあえずこいつら、大したことを言ってこなかったから、最初のライブでどうして2人で一緒に曲をやらなかったのか? とかそういう部分からディスって行こう」と。そこで、4小節目。
そして僕は「よし、行ってこい!」と、彼女を送り出した。MIRIちゃんもさすがはアイドル。役者である。僕のつくった空気を見事に利用して、NAIKA MCを集中的にディスる。この奇襲作戦は鮮やかに成功し、試合の滑り出しは明らかにこちらの優勢で始まった。 勝てるかも。僕はそう思った。延長にされたくないな。
「制服でネクタイ締めてオラオラのラップするのは僕のパクリ!」DOTAMAさんが何の容赦もなくMIRIちゃんをディスる。それに対してMIRIちゃんは、蝶のようにクルリと身体を舞わせながら「制服がスーツのお前は、こうやってスカートを翻せるのかよ?」と実にアイドルらしいアンサーを返す。
気づけば終始、DOTAMAさんが1人でラップをしていた。思えば、この時点で僕らはDOTAMAさんの術中の穴にはまっていたのかもしれない。
「NAIKAは外野」「NAIKAもっと喋れ!」とNAIKAさんをディスの中心にするも、「NAIKAさんに喋らせないのはフリースタイルダンジョンに出れてねぇから!」とDOTAMA節で軽く笑いに変えられてしまう。
やはり、「今日の2MC」を1回戦で負かすのは簡単じゃない。あっという間に4本目のバースが終わり、観客の声は「延長!」の木霊だった。
「うわぁ、マジで何がなんでも勝ちてぇ」と僕は数年ぶりに思った。延長戦のビートは韻踏合組合の「一網打尽」。観客が最も喜ぶビートの1つである。
MIRIちゃんは一言だけ「1本目、全部言っちゃってください」そう僕に言った。だから「OK」とリアクションだけをした。
延長戦が始まる。
延長戦で起きた逆転劇
延長戦は順序が入れ替わり、僕らが先攻になった。 「アイドルの前だからコンプラかけてたけど、コンプラ解除させてもらいますわ。NAIKAさん、アンタはニット帽取ったら【コンプラ】が喋ってるようにしか見えない」DOTAMAさんが出ている「フリースタイルダンジョン」の文脈から思いついた歌い出しはとりあえず成功だった。後から聞いて知ったのはMIRIちゃんがこの時、耳をふさいで【コンプラ】を聴かないようなアクションをしていたということ。どんだけできた弟子なんだ。
依然として、DOTAMAさんはNAIKAさんに喋らせないスタイルを貫く。かと思わせておきながら「っつーかNAIKAさん、入ってきてくださいよ!」とツッコミを入れて観客から笑いをとる。
その時、DOTAMAさんが踊りながらラップしていたのを、瞬時にMIRIちゃんが真似て被せていき「NAIKAいらなくね?」とNAIKA MCにディスの矛先を重ねていく。 それに対し「風俗嬢みてーな髪型でぐちゃぐちゃ喋ってんじゃねぇぞ、このクソッタレ」と、アイドル相手に普通に酷いことを言い出すDOTAMA。ディスの極みメガネもここまで来ると、それこそアントニオ猪木のビンタのように御利益がありそうだ。
ついにDOTAMAさんは「お前ら所帯持ちで俺だけ独り身」と味方であるNAIKA MCすらディスり出す。それに対しMIRIちゃんは「ここにも独り身いるんですけど!」と冷静にアンサーを返す。
「『AsONE』は熱くなった方が負ける」というのが持論だが、この時の僕は勝ちに焦っていた。DOTAMAさんとほとんど口を開かないNAIKA MCにステージをかき乱されるあまり、ついつい熱くなってしまっていたのだ。
僕は最後のバースで、ここぞとばかりにNAIKA MCに攻撃してしまう。MIRIちゃんと一緒に「喋れ!喋れ!」と煽ったところで8小節が終わってしまった。
ラスト8小節でNAIKA MCが大爆発し、全てを持っていくのは、思い返してみるとあらかじめ決められていた予定調和でしかなかった。 「わかったわかった! じゃあ、最後全部持っていきますよ! お前らの負け! 負け! 負け! ついでに盛り上がるお前らも負け!」
砂漠に水をばら撒くようなバイブスで、一気に歓声を持っていく様はNAIKA MCの職人芸と言ってもよかった。敵ながら、感心してしまった。
観客が食い入るような空気になり、最後の小節で「『フリースタイルダンジョン』のオファーが来ませんよ!」と延長前からの伏線を綺麗に回収し、そこで大歓声と共に試合が終わった。「フリースタイルダンジョン」で言ったらクリティカルヒットだと思った。完全にやられた。
勝者は「今日の2MC」。悔しかった。本当に悔しかった。
一方で、MIRIちゃんは負けたというのに楽しそうだった。というか、この日、1日を通して本当に楽しそうだった。それが何より嬉しかった。僕も楽しかった。バトル会場が楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
控え室に戻ると、満面の笑みで「AsONE」の司会をつとめている太華さんが立っていて、僕らを讃えてくれた。太華さんがMIRIちゃんを本気で気に入ってくれているのが伝わってきた。
「1本目、ハハノシキュウがアドバイスしてから送り出すやつ最高やったで! もっとあれやってたら勝てたんちゃうかな?」と太華さんに言われ、僕はハッとした。
「『AsONE』は熱くなった方が負ける」という持論を乗り越えるための術がその戦法だった。タッグマッチにはまだまだ未開拓の戦法がたくさんある。僕とMIRIちゃんならもっといろんなことができたに違いない。
もっとバトルで強くなりたい
「全てのバトルが終了した後、オープンマイクがあるらしいよ」とMIRIちゃんに言うと、すぐさま「出たいです!」と意欲を示した。「どうしてバトルに出たいの?」去年の夏、僕は彼女にこんな質問をしたことがある。
「周りの大人たちが出ろ出ろ言うんですよ」そう答えていたあの時のひねくれたMIRIちゃんはもういなかった。
MCバトルに出るには、理由が必要だ。異なる2つの理由のうちの必ず1つが必要とされるが、例外だってある。
僕は帰宅後、「今日は本当にありがとう」と、MIRIちゃんにDMを送った。1:自分が出たいから出る
2:出て欲しいと依頼があるから出る
3:勝ちたいから出る
MIRIちゃんからの返信。「もっとバトル強くなりたいっす(T ^ T)」
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ハハノシキュウ
ラッパー
青森県弘前市出身のラッパーであり、作詞家、コラムニストなどの顔も持つ。MCBATTLEにおける性格の悪さには定評があり、優勝経験の少なさの割には高い知名度を誇っている。2015年にはおやすみホログラムとのコラボをはじめ、8mm(八月ちゃんfromおやすみホログラム×MC MIRI fromライムベリー)の作詞を手掛け、アイドル界隈でもその知名度を上げている。また、KAI-YOUにてMCBATTLEを題材にしたコラムの連載を開始、文筆の世界においても実力に伴わない知名度を上げようとしている。現在、処女作『リップクリームを絶対になくさない方法』、DOTAMAとのコラボアルバム『13月』に続き、おやすみホログラムのプロデューサーであるオガワコウイチとのコラボアルバムを製作中。
1件のコメント
CKS
普段ラップやってる人の文章 独特の淀みなさでアツい