警察の人数と取り調べ時間は「さすがにフィクション」
──そんな矢吹の行動も象徴的ですが、映画の中で「これはさすがにフィクションだな」と感じたシーンはどこでしょうか?
西見 さっき捜査一課が乗り込んでくるのはリアルだと言いましたが、逆に人数はリアルではないなと思いましたね。
──人数ですか。
西見 映画では、強行犯捜査係として清宮と類家がやって来ましたよね。ただ、二人だけで来るのは現実的じゃないんですよ。実際は聞き取り・映像解析など多班が同時にバーッと大勢で来るし、所轄も交通課などを含めて総動員される。劇中で描かれている範囲で言うと、爆破事件の規模に対して、事件関係者の数が少ないと感じました。
森 それから、清宮がスズキの指を折るシーンは「さすがにないな」と。被疑者への暴行はその時点でアウトで、特別公務員暴行陵虐罪という罪にもなり、内部的にも不当取調べとして処分されます。暴行にならなくても被疑者に触れる行為がとにかくNGですからね。たとえば「頑張れよ」と言いながら肩を軽く叩くとか、そういうのもダメなくらいですから。
『爆弾』では被疑者と物理的に接触する場面も多いが、現実ではNG(写真は寛一郎さん伊勢とスズキタゴサクのワンシーン)
西見 あとは、映画の中では取り調べを一日中行っていましたが、それも現実とは違いますね。今は取り調べの時間帯も、何時から何時までと厳密に決まっています。それに、取り調べの開始・終了は、組織内の中立部署にあたる警務課に申請しないといけないんですよ(※)。
だから映画のように、取り調べに熱中して気がついたら一日経ってる、みたいなことは起きない。それに取り調べが長引きそうな時は、途中で留置場に入れて休憩させた方が良いですね。そうしないと、後々の裁判で「休憩が無い所為で余計なことを言っちゃいました」とか、「警察に拷問されました」みたいなことを言われかねないから。
ただし、今回の場合は特別な事情があるじゃないですか。もしこんなに都内が次々と爆破されてたら、原則外として長時間の取り調べが認められるとは思います。
※時代とともに変化しているため、現状を一般社団法人日本刑事技術協会の顧問(元警視庁渋谷署長)に確認済み
取り調べ担当刑事の交代「プライドや指揮の観点から容易ではない」
──映画では取り調べに当たる刑事が、等々力、清宮、類家と次々にバトンタッチされていく点が見所の一つです。実際の事件でも、被疑者がなかなか自白しない場合、担当刑事を入れ替えることはあるのでしょうか?
森 先ほど話した通り、所轄案件から捜査一課に移ることはあると思います。ただし、被疑者が落ちない(自白しない)から刑事交代というのは、やっぱり担当者のプライドや指揮の観点から容易ではないでしょうね。
時々、上司が入ってきて落とすみたいなケースもあるんですけど、それをやっちゃうと部下の立場がないじゃないですか。ただ、今回は緊急事態で、上司である清宮が若手の類家に任せたパターンだから、これは信頼関係としてあり得るかも、とは思います。
渡部篤郎さん演じる警視庁捜査一課・強行犯捜査係の刑事・清宮
西見 警視庁の場合だと、担当を変えることはあります。実際に、自分も交代した事件を見たことがあります。暴力犯事件担当だった頃、取り調べの相手が暴力団の組長だったんです。
相手もプライドがあって、なかなか事件のことをしゃべらない。最初の担当者はやっぱり馬が合わなくて、担当を交代したら、相手もある程度のことをしゃべって立件できたことが2回ほどありました。
暴力団っていうのは、人情で話さなきゃ通用しない人たちなので。そう考えると、映画でも描かれていたように、被疑者と刑事の相性で、取り調べが進むことはあるかもしれません。
──ちなみに、お二人は実際に爆弾犯や爆発物に関わる実務経験というのはありますか?
西見 刑事として実務で当たったことはないですね。機動隊時代に爆発物処理の訓練経験はあっても、本物の処理は未経験です。
森 自分もないですね。近年では爆弾事件自体が相当稀なケースなので。
西見 学生運動の過激派が活発な1960年代〜70年代頃であれば、自分の政治思想をアピールするために、わざと派手な爆弾事件を起こすケースも多かった。ただ、現代はわざわざそんなことをしなくても、SNSなどで自分の考えを発信できますから。
元刑事の二人によれば、現代では爆弾事件自体が相当稀なケースだという
西見 それに、監視カメラや科学捜査が発達したお陰で、爆弾の材料を調達する段階から足がつきやすいし、他の手法と比べてリスクが高い。近年は実現可能性を考えると、サイバーテロ等の方が犯罪の主流になっていますね。
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作品情報
映画『爆弾』大ヒット上映中
- 出演
- 山田裕貴 伊藤沙莉 染谷将太 坂東龍汰 寛一郎 片岡千之助 中田青渚
- 加藤雅也 正名僕蔵 夏川結衣 渡部篤郎 佐藤二朗
- 原作
- 呉勝浩「爆弾」(講談社文庫)
- 監督
- 永井聡
- 脚本
- 八津弘幸 山浦雅大
- 主題歌
- 宮本浩次「I AM HERO」(UNIVERSAL SIGMA)
- 配給
- ワーナー・ブラザース映画
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