エッセイ漫画は漫画家本人の貴重なプライベートが垣間見える作品であると同時に、関係する人々のプライバシーや、目を覆いたくなるような真実に触れる危険性を孕んでいる。
昨今では『ど根性ガエル』の作者・吉沢やすみさんの娘である大月悠祐子さんが、同作ヒット後の多難な生活を告白した『ど根性ガエルの娘』が衝撃をもって受け止められた。
2022年には、エッセイ漫画家として人気を博してきた西原理恵子さんの実娘が「お母さんは何を思って私の許可無く、私の個人情報を書いて、出版したんだろう」「個人情報をつかって印象操作をしたり、人が嫌がっていることを無理矢理することはぜったいに許されることじゃない」とプライバシー侵害があったとして糾弾。その影響で心身の健康を損なった自身の窮状を訴えた。
それは“当人の意志に反して、虚実交えて家族の姿を描くことの暴力性”について考える大きな転機となった。
今回取材を行った魔夜峰央さんは『パタリロ!』『翔んで埼玉』などで知られる漫画家だが、自身の子どもたちの成長を記録したエッセイ漫画『親バカ』シリーズを連載。
魔夜峰央さんの長女で魔夜峰央さんのマネージメントも務める山田マリエさんも、自身の家族を巡るエッセイ『魔夜の娘はお腐り咲いて』を連載。魔夜家を襲った“冬の時代”について赤裸々に綴っている。 漫画家親子であり、互いにエッセイ漫画を通して生活と本音を明かした2人の関係性は稀有なものだ。今回、親子対談で2人の胸中をうかがった。彼らの口から語られたのは、前述の事例とも全く異なるエッセイ漫画のあり方だった。
魔夜峰央 そもそも親子で漫画家という例も少ないですからね。
山田マリエ そうですよね。
──しかも、魔夜先生は耽美な“少年愛”を、山田先生は“BL”をモチーフにされていますね。 山田マリエ しかも、わたしたちはいわゆる“逆カプ”なんですよね(笑)。そういう話もしたよね?
魔夜峰央 ただ私は、そういうつもりでは書いていませんからね。登場しているのは男同士ではあっても、中身としては男女の恋愛と変わらない。だから、BLがどう、と言われても自分としては違うような気がしています。ただ、そう見られるのもしょうがない。
──魔夜先生は以前「男性の漫画家が女性のキャラを描こうとすると、どうしても自分の好きなタイプに寄ってしまう。だから自分は女性の心を持った男性キャラを描いている」とおっしゃっていました。
魔夜峰央 それもあります。男性が描く女性はワンパターンになりがちなので、自分としてはその愚を犯したくない。私が、女性を描くのが苦手というのもありますけどね(笑)。
──そもそもお二人がエッセイ漫画を描くきっかけはなんだったのでしょうか?
魔夜峰央 (『親バカ』を描くきっかけは)だいぶ昔のことだからそこまで記憶が確かではないけれど、なにかエッセイみたいなものを描いてほしいと編集者に言われたんですね。4コマ誌でお嬢さんとのやり取りを面白おかしく描いている人がいて、これならちょうどうちにも子どもがいるし、描けるんじゃないかなと。
当時はね、2人の子どもたちが毎日のように面白いことをやってくれたんですよ。だから、それをそのまま漫画にしていきました。小学校を卒業するぐらいには、もう(面白いことは)やらなくなりました(笑)。つまり「何かやると描かれる」って学習したんでしょうね。
山田マリエ 描かれている日々は小学生のことだけど、それを「誰かに見られると恥ずかしい」という気持ちに繋がるのが、思春期の中学生くらいなんだろうね。たぶん小学生の間は、一緒に描かれていた弟と「どっちの方が登場コマ数が多いか」とか、自分たち自身も楽しんでいたような気がする。
連載当時よりも、作品が浸透してきて人から「読んでますよ」と言われるようになってから、ちょっと恥ずかしくなったのかもしれません。(描いてた当時のこと)覚えてる?
魔夜峰央 いやー、もう覚えてないな(苦笑)。
──山田先生としては、当初恥ずかしさもあったけど、次第に受け止められるようになったということでしょうか?
山田マリエ かなり早い段階で、恥ずかしくもなくなりましたね。世に出ちゃった以上、気にしないようにしています。「なんでそんなこと描くの!」と思ったことは、1回もないんです。基本的に峰央さんのファンの方って優しい方が多いから、変なことを言う人は見かけないですし。
魔夜峰央 良かれ悪しかれ、何を言われても気にする必要も暇もないと思ってます。
山田マリエ 例えば、“女の子の日が来る”くだりについて、Twitter上で「マリエちゃん、こんなことまで描かれて大変だな」と呟いている方もいました。けれど、私は「女の人にはみんな来るものだし、別にいいのかな?」って思う。気にする人はするんでしょうね。
これで魔夜がお母さんに対して高圧的な態度だったりしたら敵視していたかもしれないけど、うちは夫婦仲がすごくいいので、そういうところも関係ありそうな気がします。
──魔夜先生は、夫婦喧嘩になったら必ずその場でディスカッションして、翌日には持ち込まないとか。
魔夜峰央 そもそも喧嘩になるようなこともほとんどありませんが、何かあったら必ず話し合いますね。だって、それが一番楽でしょう。
──素晴らしいですね。今改めて『親バカ』シリーズを読むと、娘が初潮を迎えた日のこと、体重が母親より増えてしまったことを気にする描写など、すごく赤裸々に描かれていると驚く場面もありました。漫画に限らず、家族をモデルにしたフィクションを巡っては確執やトラブルも昔から起きていますが、お二人のおっしゃる通り、お互いの関係性、ということもありそうですよね。
魔夜峰央 仲が悪いと、何をやったって揉めるだろうしなあ。 魔夜峰央 私から家族に「これ描いていい?って聞いたことは一度もないんです。1つだけ決めていたことは、“本当にあったことしか描かない”ということ。創作したネタは1つもない。漫画にするかどうかは別にして、あったことはすべてメモしていましたね。
よく覚えているのは、雨が降ってる時に(長男の)マオがキャベツをかぶって歩いてきたこと。本当にビックリしましたよ。あと、マリエの聞き間違い、言い間違いとか。エッセイ漫画とは言いながら、実際は子どもたちの成長を日記として残してる感じですよね。それでお金もらえているんだからありがたい(笑)。
山田マリエ 読み返したところで、自分でも当時のことをそんなに覚えているわけでもないです。漫画として残されているからこそ、あとになって自分も読者として追体験できるというか、「あー、あったあった」と(記憶が)引き出される感じです。
何を言っても無駄だという気持ちもあったのかもしれませんし、同時に「父から見たわたしってこうなんだ」とわかるのも面白かったんだと思います。対話だけだと絶対にわからない父目線での私たち、そしてそこにちゃんと愛情を感じたから、かえって私は少しだけ嬉しかったんですね。
昨今では『ど根性ガエル』の作者・吉沢やすみさんの娘である大月悠祐子さんが、同作ヒット後の多難な生活を告白した『ど根性ガエルの娘』が衝撃をもって受け止められた。
2022年には、エッセイ漫画家として人気を博してきた西原理恵子さんの実娘が「お母さんは何を思って私の許可無く、私の個人情報を書いて、出版したんだろう」「個人情報をつかって印象操作をしたり、人が嫌がっていることを無理矢理することはぜったいに許されることじゃない」とプライバシー侵害があったとして糾弾。その影響で心身の健康を損なった自身の窮状を訴えた。
それは“当人の意志に反して、虚実交えて家族の姿を描くことの暴力性”について考える大きな転機となった。
今回取材を行った魔夜峰央さんは『パタリロ!』『翔んで埼玉』などで知られる漫画家だが、自身の子どもたちの成長を記録したエッセイ漫画『親バカ』シリーズを連載。
魔夜峰央さんの長女で魔夜峰央さんのマネージメントも務める山田マリエさんも、自身の家族を巡るエッセイ『魔夜の娘はお腐り咲いて』を連載。魔夜家を襲った“冬の時代”について赤裸々に綴っている。 漫画家親子であり、互いにエッセイ漫画を通して生活と本音を明かした2人の関係性は稀有なものだ。今回、親子対談で2人の胸中をうかがった。彼らの口から語られたのは、前述の事例とも全く異なるエッセイ漫画のあり方だった。
目次
決めていたのは“本当にあったことしか描かない”
──お二人は、お互いの生活をエッセイ漫画として描かれていて、非常に珍しい関係であるように思っています。魔夜峰央 そもそも親子で漫画家という例も少ないですからね。
山田マリエ そうですよね。
──しかも、魔夜先生は耽美な“少年愛”を、山田先生は“BL”をモチーフにされていますね。 山田マリエ しかも、わたしたちはいわゆる“逆カプ”なんですよね(笑)。そういう話もしたよね?
魔夜峰央 ただ私は、そういうつもりでは書いていませんからね。登場しているのは男同士ではあっても、中身としては男女の恋愛と変わらない。だから、BLがどう、と言われても自分としては違うような気がしています。ただ、そう見られるのもしょうがない。
──魔夜先生は以前「男性の漫画家が女性のキャラを描こうとすると、どうしても自分の好きなタイプに寄ってしまう。だから自分は女性の心を持った男性キャラを描いている」とおっしゃっていました。
魔夜峰央 それもあります。男性が描く女性はワンパターンになりがちなので、自分としてはその愚を犯したくない。私が、女性を描くのが苦手というのもありますけどね(笑)。
──そもそもお二人がエッセイ漫画を描くきっかけはなんだったのでしょうか?
魔夜峰央 (『親バカ』を描くきっかけは)だいぶ昔のことだからそこまで記憶が確かではないけれど、なにかエッセイみたいなものを描いてほしいと編集者に言われたんですね。4コマ誌でお嬢さんとのやり取りを面白おかしく描いている人がいて、これならちょうどうちにも子どもがいるし、描けるんじゃないかなと。
当時はね、2人の子どもたちが毎日のように面白いことをやってくれたんですよ。だから、それをそのまま漫画にしていきました。小学校を卒業するぐらいには、もう(面白いことは)やらなくなりました(笑)。つまり「何かやると描かれる」って学習したんでしょうね。
山田マリエ 描かれている日々は小学生のことだけど、それを「誰かに見られると恥ずかしい」という気持ちに繋がるのが、思春期の中学生くらいなんだろうね。たぶん小学生の間は、一緒に描かれていた弟と「どっちの方が登場コマ数が多いか」とか、自分たち自身も楽しんでいたような気がする。
連載当時よりも、作品が浸透してきて人から「読んでますよ」と言われるようになってから、ちょっと恥ずかしくなったのかもしれません。(描いてた当時のこと)覚えてる?
魔夜峰央 いやー、もう覚えてないな(苦笑)。
──山田先生としては、当初恥ずかしさもあったけど、次第に受け止められるようになったということでしょうか?
山田マリエ かなり早い段階で、恥ずかしくもなくなりましたね。世に出ちゃった以上、気にしないようにしています。「なんでそんなこと描くの!」と思ったことは、1回もないんです。基本的に峰央さんのファンの方って優しい方が多いから、変なことを言う人は見かけないですし。
魔夜峰央 良かれ悪しかれ、何を言われても気にする必要も暇もないと思ってます。
山田マリエ 例えば、“女の子の日が来る”くだりについて、Twitter上で「マリエちゃん、こんなことまで描かれて大変だな」と呟いている方もいました。けれど、私は「女の人にはみんな来るものだし、別にいいのかな?」って思う。気にする人はするんでしょうね。
これで魔夜がお母さんに対して高圧的な態度だったりしたら敵視していたかもしれないけど、うちは夫婦仲がすごくいいので、そういうところも関係ありそうな気がします。
──魔夜先生は、夫婦喧嘩になったら必ずその場でディスカッションして、翌日には持ち込まないとか。
魔夜峰央 そもそも喧嘩になるようなこともほとんどありませんが、何かあったら必ず話し合いますね。だって、それが一番楽でしょう。
──素晴らしいですね。今改めて『親バカ』シリーズを読むと、娘が初潮を迎えた日のこと、体重が母親より増えてしまったことを気にする描写など、すごく赤裸々に描かれていると驚く場面もありました。漫画に限らず、家族をモデルにしたフィクションを巡っては確執やトラブルも昔から起きていますが、お二人のおっしゃる通り、お互いの関係性、ということもありそうですよね。
魔夜峰央 仲が悪いと、何をやったって揉めるだろうしなあ。 魔夜峰央 私から家族に「これ描いていい?って聞いたことは一度もないんです。1つだけ決めていたことは、“本当にあったことしか描かない”ということ。創作したネタは1つもない。漫画にするかどうかは別にして、あったことはすべてメモしていましたね。
よく覚えているのは、雨が降ってる時に(長男の)マオがキャベツをかぶって歩いてきたこと。本当にビックリしましたよ。あと、マリエの聞き間違い、言い間違いとか。エッセイ漫画とは言いながら、実際は子どもたちの成長を日記として残してる感じですよね。それでお金もらえているんだからありがたい(笑)。
山田マリエ 読み返したところで、自分でも当時のことをそんなに覚えているわけでもないです。漫画として残されているからこそ、あとになって自分も読者として追体験できるというか、「あー、あったあった」と(記憶が)引き出される感じです。
何を言っても無駄だという気持ちもあったのかもしれませんし、同時に「父から見たわたしってこうなんだ」とわかるのも面白かったんだと思います。対話だけだと絶対にわからない父目線での私たち、そしてそこにちゃんと愛情を感じたから、かえって私は少しだけ嬉しかったんですね。
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