なにかを求めるたくさんの人間が集まり、人が人を呼び、呼ばれた人がメディアを呼び、メディアが集まれば本来その出来事を知らぬはずの人間がそれを知ることになる。トー横はついに世間の関心を集めるほど大きくなってしまう。
トー横は、トー横に集まる彼らにとって「そこに行けば誰かいる」場所だったと言う。そこに行けば、仲間の誰かが必ずいる。つまり若者たちの第3空間そのものだったということだ。
人はみな、3つの空間を持っている。
家庭や家族を含む第1空間、職場や学校が該当する第2空間、そしてそのどちらでもない第3空間。第1と第2のどちらにも居場所がないとき、自分の居場所として機能するのが第3空間だ。
第1空間や第2空間の居心地が良ければ、人はそれほど第3空間を必要としない。しかし、他所に自分の居場所がない場合、第3空間は唯一の自分の居場所となる。
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未成年だったときの自分のケースを思い出してみると、16、17歳くらいのおれの第3空間は、不良仲間の幼なじみの家で、そこはいわゆる“たまり場”だった。おれの幼なじみのNの両親は仲が悪く、いつもどちらかか両方が家におらず、その空間は、そういう場合に高確率でなるであろうタチの悪いたまり場になっていた。
Nの父親は照明設備の取り付けをする大きな会社を経営していたから、いつも人気がなくシンとしたその広い家の中にはクソでかいグランドピアノが置いてあったり、たっぷり書籍がつまった大きな書架が並んだ立派な書斎があって、おれはそこの書斎で初めて夢野久作の小説を読んだのを覚えている。あと手塚治虫の『火の鳥』も。
家や学校に居場所がないとき、自分はそこに逃げ込んでいたなぁ。悪い仲間がいつもたまっている友人の家はおれだけじゃなく、おれたちみんなの居場所だった。そこでタバコも覚えて、シンナーも覚えて、睡眠薬遊びも覚えた。
おれはそのたまり場を介してとてもたくさんの人間と知り合った。そこで友人たちとたくさん出会って、どんどん自分の世界が広がっていった気がした。
悪さをしても平気なタイプのひどい悪ガキが集まる第3空間だから、悪いことを覚えてしまうのもまあ当然だ。そこに集まるおれたちの多くがまったく荒れた要素のない閑静な住宅街で育ったが、閑静な住宅街だって充分に闇をはらんでいる。そしてそこに育つ悪ガキたちは、やはり充分やっかいな悪ガキだった。
ちなみにおれはそこで覚えた睡眠薬をゆるゆると20年ぐらい常用や乱用した。そして5〜6年くらい前にかなり苦労してやめた。そう考えるとおれは第3空間でかなり厄介な悪いことを覚えたとも言える。もしかしたらそれもバッドな第3空間の役割なのかもしれないな。
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とはいえトー横界隈は、ドラッグ的にはあまり乱れていなかったようだ。
話を聞いていると、もっと乱れててもいいぐらいだと思うが、そうでもなかったらしい。「心に暗い何かを抱えた若者が新宿歌舞伎町に集まった」なんて聞くと薬物っぽいイメージが頭に浮かぶし、集まった人間の種類的にも、歌舞伎町という場所的にもやはり少しドラッギーな香りがするが、トー横界隈の物語には覚醒剤やコカインやヘロインなどのハードドラッグは主役として登場せず、アルコールや処方薬、市販薬が脇役として登場するだけのようだ。
地雷系の女の子がトランキライザーを使ったりはするだろうが、まあその程度で、むしろ非合法ドラッグに関しては、東京に偏在する別の種類の若者のコミュニティのほうが深く侵されていると思う。少なくともおれが観測できるいくつかのそういうコミュニティではドラッグは大っぴらに扱われているし、そもそもカルチャーそのものがそれに立脚している場合も多い。
しかし、トー横界隈はそうではなく、ハードドラッグが氾濫していたなんてことは事実なかったようだ(そりゃ何人かはヤク中が混じってたかもしれないが、何人か集まればどんなコミュニティにも混ざる)。
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ちなみに、少し話がズレるが、同じように新宿の路上に若者たちが溢れ出し、社会がそれを驚異に感じ、最後には警察による取り締まりによって消滅したコミュニティがあった。
それはフーテンと呼ばれる人々だ。人々が新宿の路上に溢れ出したこと、最終的には警察に介入されてしまうところなど、トー横界隈の件とフーテンの件はけっこう似ているかもしれない。
1967年の夏、新宿駅東口の芝生に突如として現れたフーテン族という一団は、見た目からすでに厄介そうだし、人数が数百人を超えていた。新宿東口の、通称グリーンハウスと呼ばれる芝生の上に寝転がり、フーテンたちはハイミナールという睡眠薬をきめ、シンナーや大麻を吸った。
「ハイミナール、モダンジャズ、フリーセックスがフーテンの3種の神器」と当時の資料を見ても書いてあるから、けっこうパンチのきいてる強烈な集団である。彼らはバキバキのドロドロにドラッグをきめ、芝生の上から通行人たちに金をせびっていたという。今との時代や価値観の差を差し引いても、かなりめちゃくちゃな奴らだと思う。
関連の犯罪も多発したそうだ。資料を読むと「カムデンの公園で通行人から金をもらおうとするイギリスのパンクス」と同じことをしている汚い格好の日本人とかが写っていて、なぜか胸が熱い。
大元は欧米のビートニクやヒッピー文化から派生したと言われているフーテンだが、あまり強い思想はなく、単にゴロゴロしたりしていたそうだから、2021年中国の若者に広がった寝そべり族とも案外近いのかもしれない。やがてメディアが取り上げ、現象が大規模化すると、フーテンたちは警察の取り締まりの対象になってしまう。“フーテン狩り”と呼ばれる警視庁の大規模な取り締まりを受け、やがて70年代初頭にフーテン族は消滅する。
大きくなりすぎたコミュニティが、警察の介入により破壊されるのは、いつの時代も当然でそれはよく起きてしまう。どこかで聞いたような話だ。
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トー横でも、人々の注目を多く集める事件は起きた。2021年だけで界隈ではいくつも事件が起きたが、特に強烈だったのはやはりこのへんだろう。
2021年に起きたこの3つの事件は死や暴力に関連するからみんなが興味を持ったと思う。センセーショナルだし、ニュースの見出しを見たときおれも興味を持った。この辺が半年の間にトー横界隈で起きたなんてかなり気合が入っている。当然こんなコミュニティが放置されるわけもなく、2021年10月から12月の警察の強力な取締りにより、2022年現在のトー横からは、人影がまったく消えてしまった。 さて、さっきおれはトー横界隈にハードドラッグの影はあまりなかったみたいだと言ったけど、処方薬や市販薬を摂取するトー横キッズなどはやはりいたようで、例えばトー横で出会った二人の未成年(18歳と14歳)がビルから飛び降りたとき、彼らはブロンを直前までやっていたという話が噂になっている。噂になっているのだから、ある程度の真実は含んでいるかもしれない。●2021年5月、トー横近くのホテルから18歳と14歳が飛び降り自殺。
●2021年6月、酒を飲んだトー横キッズの少年がホームレスを暴行。
●そしてついに2021年11月には、少年4人が歌舞伎町の星座館ビルの屋上で住所不定の氏家彰さん(43)を暴行の末殺してしまうという事件が起きた。
飛び降りて死んだ18歳の少年のTwitterアカウントは今まだ残っていて、彼が亡くなった日のツイートなどもまだ見ることができる。
それを見てみると飛び降りた当日に「○○と付き合ったかも」と18歳の彼と14歳が付き合うことになったことを彼本人がツイートしていた。その後「幸せになる」という意味の言葉をツイートしてから、結局二人でビルから飛び降りて死ぬことになる。そしてその二人が、トー横で直前までブロンと酒を飲んでいたとのことだ。おれは記事でそれを読んだけど、なんか可愛そうな気分になった。
酒とブロンなんかベロベロになるまで飲んだら、そりゃそんなことも起こってしまうよね、とそう思った。
だってブロンだろ。ブロンはそういうことが起きるよな。そういうモンじゃん。酒、睡眠薬、ブロン──この辺は大量に飲むと自分を失いやすいよね。
未成年の自殺なんて突発的な場合がほとんどだろ、ともおれは思う。
自殺する未成年はどう思って自殺するんだろうか。なんとなく漫然と死にたいと思っていても、絶対にその日に死のうと思って前々からちゃんと自殺の準備をしてちゃん自殺するなんてなかなか少ないだろう。
日本の未成年の自殺者に関するデータを見ても、男女ともに飛び込みや飛び降りといった突発的な自殺の手段が他の世代より多いらしい。未成年の自殺が突発的に起こりやすいのは間違いない。
ブロンをやったことがある人は効果がわかると思うけど、アッパーな成分とダウナーな成分が混在するスピードボールなその効果は、まさにベロベロって感じで酩酊と呼ぶにふさわしい効果だ。色々なことが麻痺し、曖昧になり、怖いものがなくなる。ダウナーで麻痺して怖いものがなくなった上にアッパーな変な力が湧いて、おかしな勇気が出てきたりもする。
それって死にたい気分の人がやっちゃったら死んじゃうかもしれない薬だよな。変な勢いがつく薬だ。実際に市販薬のODをしてる連中でも、ブロンでやらかした経験の多いやつは多いと思う。そんな話はたくさん聞く。アルコール、睡眠薬、ブロン、この辺は合法だけどやらかしやすいサイコアクティブだと思う。おれもこのへんのネタでのやらかしは数え切れない。
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もし、おれがその日付き合ったばかりの女の子と一緒にドラッグをやるなら、脳みそがわけわからなくなるブロンなんかじゃなくて愛を語るためにMDMAをやるか、愛に溢れた神秘的なセックスをするためにLSDを選ぶ。だってそうじゃん。60年代にヒッピーはアシッドを食べて愛を語った。90年代にエクスタシーはセカンド サマー オブ ラブを生み出した。すぐに酩酊しちゃうおかしな市販薬なんかじゃなくて、マジで違うものをやればよかったのにね。こんなこと言ったらめちゃくちゃ言ってると思われるだろうけど、こう思ってしまうよ。その方が死なないから、絶対に。
ああ、それにしてもおれの話は必ずドラッグの方にズレてしまうな。ほんといつもこうだ……(^ ^;)
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さて、ここで第3空間の話に戻そう。
「現代では、多くの人間が第3空間をインターネットに設定している」とおれは思っているし、色んなところでそう言ってきた。KAI-YOUで以前受けたインタビューでもそう言っていたと思う。実際に自分の居場所はインターネットにあると、そう感じる人は多いと思っている。 トー横に居場所を求めた彼らも、最初は居場所をインターネットに求めたはずだ。孤立した人間がまず一番最初に頼るのはインターネットなんだ。電波があるか、ワイファイさえつながっていれば。
今回、インターネットは彼らの第3空間そのものになったのではなく、彼らを路上の第3空間につなぐトンネルのような役目を果たした。
第3空間を求める少年少女たちにSNSが見せたものは、ハヤシビルのアイラブ歌舞伎町という電飾を背に音楽にあわせ踊っている未成年の少年少女たちだった。
そこに行けば仲間に会えると思ったら、やっぱりそこに行っちゃうよね。コロナ禍では、もちろん新しいコミュニティはとても成立しづらいから「行けば会える」よりフックのある言葉なんてなかなかない。
それにしても、コロナ禍で遊びに行くところもなくて、家も学校もクソで、家族となんか話したくなくて、というかそもそもあんまり友達もいなくて、鬱々と毎日暮らしてて、もう本気で死にたいとか思って病んでるときに、そこに行けば自分と同じようなやつらと会えるトー横という場所があったなんて、トー横に集まっていた彼らはほんとにラッキーだったんだね。だって普通そんなことないよ。普通はそんな楽園みたいなところになんて夢見てもいけない。
わずかな間でも、みんなが自由に集まれる場所があったのって、ほんと最高だったんだろうなと思う。タバコの吸い殻だらけの汚いトー横が、ある種のユートピアとして機能してたなんてとてもワクワクするような話で楽しい。
でも、やっぱり楽園は長く続かなかった。ワクワクして楽しいものは長持ちしないんだよな。汚い大人に目をつけられたり、オマワリが来たり、何人かが人を傷つけたり傷つけられたり、また別の何人かが死んだりして、なんだか楽しくも美しくもなくなって、そしてそれは終わってしまった。
トー横に集まっていたみんなはどこに行ったんだろうか。ここにはいないけど、あのときトー横でであった仲間たちとどこか別の安心できる場所で、ゆっくりおしゃべりとかできてたらいいよね。本当にそう思う。
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ILLNESS
BLACK BRAIN Clothing ディレクター
ストリートブランド・Black Brain clothing(BBC)のディレクター。BBCは、2015年頃より不定期にインターネット上で販売を開始し、様々なラッパーやYouTuberが着用。ストリート/ネットカルチャーに敏感なユース世代を中心に絶大な人気を集めている。
2件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:5123)
冗長
匿名ハッコウくん(ID:5048)
興味を惹く文章で最後まで読み進めましたがトー横界隈へ向けてというテーマにしては
あまりにもあっさりしているなという印象を受けました
そりゃ居場所がなかったりする人たちがここになら居られるかもっていう気持ちで集まっているのでしょうが
その部分にご自身の主観的な感想だけではなく
トー横に入り浸ってる様な世代の考えだったり言葉を織り交ぜてあったら更に興味深かったなと思います
冒頭で現在の暮らしぶりについて長文で語られていましたが今回の記事のテーマとそこまでリンクする要素でもなかったので
長すぎるな、、とも思いました。
過去にドラッグ等の使用経験を経て今の真逆の生活があるというお話のくだりがもっとシンプルに記述されていたら読み手側としてはありがたかったです。
あとトー横界隈の方々は非合法なドラッグ類は使用していないのでしたら
そこから脱線してドラッグについて語る必要性があったのでしょうか?
終始話の本質が見えづらい構成だったように感じました
テーマ自体は興味深かったので最後まで読みましたがリサーチが偏っているというか浅い、惜しい、といった感想を持ちました。
あと誤字が多いのでちゃんと添削するべきだと思います。せっかく興味を惹く文章なのにそこで気が散りました。