音が文字を、文字が音を補う、音楽×小説という試み。学園祭の迫る男女を巡る、甘酸っぱくも爽やかな青春小説……で終わらせるはずがないのがハハノシキュウその人。
裏面のSIDE-Bまで“聴いた”時、そのトラックは相反する音色を奏でる──。
※各章のプレイリストを流しながら、小説をお楽しみください
※本作以外にも、Twitter上では現在、音楽プレイリストのテーマとリンクしたイラストや小説を投稿する“#drawmusic”が始動中
ハハノシキュウ「祭りの準備」SIDE-A
ぜんぶ知ってる洋楽 - TV編
“常に目標のある人間になれ! きっと変われる!”ずっと黒板の上に貼ってあったクラスのスローガンが模擬店の看板で見えなくなった。
今年から文化祭の準備中はスマホで音楽を流しても没収されないことになった。
「俺、家からスピーカー持ってくるわ」
多分、どこのクラスでもこういう人間が一人は出てくる。そして、誰かが選んだ曲をなんとなくみんなで聴きながら、なんとなく文化祭の準備をすることになる。
思いの外、自己主張や趣味嗜好の強すぎる曲はほとんど流れなくて、こういうのを“空気が読める”って言うのかと柄にもなく感心したりした。冷静に考えたらサッカー部の連中が遠征で今はいないってだけのことだったが、なんとも言えない調和が教室にあったのは確かだ。
実行委員が夏休みに集めた空き缶を色とブロック毎に分けていく。空き缶を並べて大きな壁画を作るらしい。A列からZ列まで色分けされた配列表を見ながら、空き缶にゼンマイ通しで穴を開け、針金を通していく。一つでも間違えると壁画になった時に大恥をかくことが目に見えていたため、やる気がなくても手を抜くわけにはいかなかった。
「あっ、この曲知ってる」
話したことのない男女が初めて話すきっかけは文化祭の準備だと相場が決まっている。
決まっているかもしれないが、僕はそれを信じていなかった。
なぜなら僕はすでに三年生で、今日までの学園生活においてドラマチックな出来事は一度もなかったからだ。
僕と同じブロックの空き缶に針金を通している工藤さんと目が合う。
彼女はおそらく全くの無意識で「あっ、この曲知ってる」と言ってしまったのだろう。授業中もたまに独り言を呟くことがある。彼女は宙に舞ったそれを仰ぎながら、着地点を探すように僕の顔を見た。
「なんかテレビで使われてたよね?」
気を遣わせてしまった挙げ句に僕は「ごめん、テレビとかあんまり見ないから」と話を終わらせてしまう。
冷静に考えると音楽を聴くにも、映像を観るにも、基本的に僕は自分で選んだものを一人で楽しむってことが当たり前になっていたと気付く。
“みんなで”音楽を聴くなんてほとんど初めてみたいな状態だったのだ。
家でも、家族と一緒に同じテレビを観るなんて行為は小学校で卒業していた。
そもそも僕にとって音楽というのは“走ること”そのものだ。それ以上でも以下でもない。
僕は帰宅部だが、夜中に一人きりでジョギングをしている。父親にもらったBluetoothイヤホンを付けて音楽を聴きながら無心で走るのだ。
「陸上部でもないのにどうして走るんだ?」とクラスメイトにからかわれることがある。
「多分、目標がないからだと思う」
決まって僕はこんな風に返答するのだが、これがなかなか理解してもらえない。
「目標があるから走るんじゃねぇの? 普通」
そうじゃない。目標とかそういうものに縛られないで走っている時が一番落ち着くのだ。その耳元で並走するように流れてくれる音楽が好きなのだ。
だから、教室で流れている曲がジョギング中に聴いたことのある曲だったとしても初めて聴くような新鮮さがある。
曲名もアーティスト名もわからないが、聴いたことのある曲がスピーカーから流れてくる。ここは工藤さんに話しかけるチャンスかもしれない。しかし、そういうのは自分には似合わないと思い、僕は声に出すのをやめた。
「あっ、この曲、好きなやつ」
匿名ハッコウくん(ID:3405)
応援してます。ノロイ。
匿名ハッコウくん(ID:3394)
最初の「僕」の視点での会話が次の「俺」の視点で絡んでくるのがとても面白かったです。
「俺」くんの回りくどさにとても共感しました。
「僕」くんでいい感じの恋愛を描いてましたが
「俺」くんで切ないような恋愛を描いて1つの物語に2つの恋愛関係があるのがとても面白かったです。作文みたいなコメントでとても申し訳ないです