ハハノシキュウ「祭りの準備」SIDE-B
ぜんぶ知ってる洋楽 - TV編
今年から文化祭の準備中はスマホで音楽を流しても没収されないことになった。俺が生徒会の目安箱に何度も投書したからだ。そうに決まっている。
そもそもスマホを没収というペナルティ自体が時代遅れなんだ。
俺は過去に一回だけ女子に告白をしたことがあって、結果は振られたんだけど、結果よりも振られ文句の方にダメージを受けてしまって、立ち直れないまま三年生になった。
「なんかさ、回りくどいんだよね」
そんな自分を変えたいと思い、文化祭の実行委員に立候補した。誰もそんな面倒な役回りを引き受けたがらないから、大した張り合いもなくあっさりと俺が実行委員に決まった。黒板の上に貼り出されたスローガンがやかましいくらい耳に響いた。
夏休み中に業者から譲り受けた空き缶を他のクラスの実行委員と一緒に色分けをする。
それが終わると校庭の手洗い場近くにビニールプールを用意し、今度はひたすら洗って乾かすを繰り返す。
「お前らこれくらいで文句言うなよ。俺が中学生だった頃は煙草の吸殻がぎっしり詰まってたから、網を張ったゴミ箱の上で作業してたんだぞ」
実行委員顧問の先生が不平不満を垂れる俺らの口を塞ぐ。
不思議なもので、こんな時給0円のバイトみたいな作業も何日か経つと身体が慣れてきて、逆に楽しみ方が見えてきたりした。
例えば、俺は肌が白いのに加えてニキビ体質だから顔も身体も酷い時はこのコカコーラの空き缶みたいに真っ赤になってしまう。だけど、空き缶洗いを続ける内に肌が健康的な色に焼けてきて、ニキビが目立たなくなったのだ。これを喜ばずにはいられなかったし、夏休み明けにクラスでどんな反応が返ってくるか楽しみで仕方なかった。
そんな夏休みを経て、クラスメイトたちに空き缶の取り扱いを説明する。
文化祭当日に各クラスの窓から針金を通した空き缶を滑り下ろす。校庭から見ると巨大な壁画になっているという壮大な計画だった。
その空き缶を順番通りに並べて準備する必要があるのだ。
もちろん、それ以外に壁新聞だったりクラスの出し物や模擬店の準備だったりとパンクしそうなくらい仕事が溢れていた。
今年から文化祭の準備中はスマホで音楽を流しても没収されないことになった。
「俺、家からスピーカー持ってくるわ」
最初から決めていたことだが、この一言を誰よりも自然に発するために俺は実行委員になった。
理由は二つあった。
一つ目はこのクラスに変化をもたらす人間になりたかったからだ。
偶然にもサッカー部が遠征中だったため、大きな声に遮断されるという心配も回避出来た。
二つ目はこのクラスに仲良くなりたい女子がいたからだ。
話したことのない男女が初めて話すきっかけは文化祭の準備だと相場が決まっている。
俺は自前のスピーカーに自分のスマホを繋いで、放課後の教室にBGMを提供した。去年まで禁止されていた行為だからこそ価値がある。俺はそう思っていた。
一見、有名曲を集めたプレイリストを垂れ流しているだけだが、実は彼女に話しかけるタイミングを見計らうための材料を仕込んでいた。
空き缶に穴を開けて、配列表通りに針金を通していく作業は俺が独断で班を作り、クラスメイトに依頼した。目当ての彼女、つまり工藤さんの近くのブロックには恋愛対象にならなそうな陰キャのクラスメイトを配置させてもらった。
クラスのみんなを前にして自分主導で音楽を流したり、作業を仕切ったりするのは正直いっぱいいっぱいだった。明らかに自分の器を超えていた。
「あっ、この曲知ってる」
彼女がそう言って反応してくれた。
思惑通りだった。
良かった。
彼女は独り言が多いってことを俺は知ってる。
ビリー・アイリッシュが愛用してる非常口のマークみたいなロゴのキーホルダーを持ってるのを俺は知ってる。Blohshというらしい。
彼女がビリー・アイリッシュのファンだってことを俺は知ってる。
「あっ、この曲、好きなやつ」
俺は見回りの振りをして彼女の近くを通り、ボソッと呟いた。
しかし、何も変わらなかった。
昔、女子に振られた時の古傷を思い出す。
「なんかさ、回りくどいんだよね」
匿名ハッコウくん(ID:3405)
応援してます。ノロイ。
匿名ハッコウくん(ID:3394)
最初の「僕」の視点での会話が次の「俺」の視点で絡んでくるのがとても面白かったです。
「俺」くんの回りくどさにとても共感しました。
「僕」くんでいい感じの恋愛を描いてましたが
「俺」くんで切ないような恋愛を描いて1つの物語に2つの恋愛関係があるのがとても面白かったです。作文みたいなコメントでとても申し訳ないです