お酒の席における会話は虚構だ
僕は奇跡というものを信用していないし、それにお酒が絡んでいれば尚更である。9月2日の金曜日の深夜、僕はいつもお世話になっているKAI-YOUさんに誘われ、とあるバーに足を運んだ。
デザイナーさんが週替わりで店長をしているらしく、1ヶ月以上前から何度も「シキュウさん来てくださいよ!」と誘われていたため、出不精な身体をなんとか動かしてここに辿り着いた。
2本目のビールを空け、夜が更けてきた頃、ほとんど貸切みたいだったバーに来客があった。
「あれ、ハハノシキュウさんですか? はじめまして! 僕、おやすみホログラムの2ndワンマン行きましたよ!あの『おはようクロニクル』でしたっけ? 現場で聴いて超感動しましたよ!」
その人がSさんだった。Sさんは某メジャーレコード会社の社員らしいが、その話を聞いても、僕は全く態度を変えなかった。
今から思えば逆に失礼だったと思う。売れたい一心で音楽をやっていたら、嫌でも態度を変えてしまうのが普通だと思う。
しかし、僕は何にも期待をしてなかったし、お酒の席における会話は虚構だと思っていた。
「シキュウさん、『おはようクロニクル』があのワンマンで発表されておしまいって曲だったら本当にもったいないから、ウチの会社から出しましょうよ!」
Sさんはさらっと信じられないことを言った。
僕は奇跡というものを信用していないし、それにお酒が絡んでいれば尚更である。僕は連絡先を教えることすら忘れていた。
後日、Sさんから、社会的で大人でしっかりとした文面のメールが来て、三日酔いが醒めたような気分になった。連絡先を教えてない僕のアドレスを一手間かけて探してくれたのだ。
ハハノシキュウ、メジャーデビューするってよ
今年の11月6日、「戦極MC BATTLE15章」が行われた。ハハノシキュウはベスト16でPONYというラッパーに敗北を喫した。試合が終わったあとにハハノシキュウは思った。「あの時、あれ言えば良かったなぁ」と。
誰にでもバトル中に言えなかったラインがある。だけど、今回のこれは僕にとって何よりも特別な一言だった。 「アンタはPONYって名前でラップやってるけど、こっちは“ポニーキャニオン”からメジャーデビューするんだ!」
これを言ったら試合に勝てていたかどうか、そんなことは誰も知らない。だけど、言ってたらどうなったんだろう? と、ついつい想像はしてしまう。
まるで釣り広告のように前置きが長くなったが、そういう経緯で『おはようクロニクルEP』なるものを配信シングルとして、ポニーキャニオンからリリースさせていただく運びになったわけである。 だから、メジャーデビューというのは嘘じゃない。
ただ、ポニーキャニオンと契約を結んで所属アーティストになるという話ではないから、そこに関してはある意味釣りかもしれない。
Sさんがメールで使っていた言葉を借りて、もう一度言う。
「これはダサい言い方をするとメジャーデビューです」
ちなみに「おはようクロニクル」のカップリング曲は書き下ろしの新曲で、これは今までつくってきた曲とは全く違うタイプのストーリーテリングだ。
その名も「ストーリーテラー」という曲で、相変わらずハハノシキュウは登場しない。ハハノシキュウは登場しないけど“僕”は登場する。
この「ストーリーテラー」がヒップホップなのかどうか? それを確かめるためにカップリングに選んだ。だからどうか確かめてほしい。
これはヒップホップにこだわらずにやってきたからこそ書けた曲だと僕は思ってる。
これから先は未来の話だ
そして、一番大事なのはこれから先の話だ。そうここからは未来の話だ ハハノシキュウ/おはようクロニクル(2016)
僕はおそらく大衆向けの曲を作る才能がないし、局地受けのするものばかりを書いてしまうと思う。だが、しかし。それでもポニーキャニオンのSさんは僕のことを目にかけて下さっているそうだ。
僕よりももっとポップで、素直で、やる気のあるラッパーならたくさんいるけど、ハハノシキュウじゃなきゃダメらしい。たとえ、これが社交辞令だとしても、この時点でもうスタート地点がゴールに見えてしまう気分だ。
自分自身がしっかりしていれば、メジャーレーベルと一緒に仕事をしなくても十分に活動できるのが、音楽シーンの現状だ。
ただ、人付き合いや段取りが苦手な僕にすれば、僕の声を知らない場所まで繋いでくれる会社の存在はとても大きいと思う。
それに僕は上記で言った通り、空洞な人間だ。はっきり言って“やりたいことなんか別にない”のである。
そこで、僕はこんな質問を受ける。
「続けていく上での一番のモチベーションは何ですか?」
僕はこう答えた。
「人から頼まれることです」
僕は自分で言うのも変だけど欲深くない人間だ。だけど、人から必要とされたりするのがとても好きだ。頼まれた仕事に対する脳内麻薬の分泌なら誰にも負ける気がしない。
「おはようクロニクル」は、まさにそういう曲だと思っている。
この原稿を書くにあたって僕は、メジャーデビューが決まったことへの心情をほとんど書かなかった。
すると、編集から“メジャーに向けての熱い気持ちとかを書いてほしいです”と言われる。
正直に言うと、ポニーキャニオンからのリリースが決まった日を境に僕の中の何かが変わった実感は全くない。 ただ、この先、僕の想像を超えた仕事の依頼があるかもしれないという、MCバトルで言うところの後攻で待っているような心情はある。
とにかく、この配信シングルは、今みたいに売れないラッパーとしてタラタラ活動していたハハノシキュウに変化をもたらすきっかけであることは間違いない。現在、製作中のアルバムはインディーズからのリリースになるが、その先の作品は本当にどうなるかわからない。
“メジャーデビュー”という言葉はおそらくアーティスト人生で1回しか使えない魔法の言葉だと思う。
それはダサいかもしれないけど、こうやっていろんな人に一瞬だけでも目を向けてもらえるのはありがたい。恥ずかしいからあんまり照らさないでほしいけど。 今まで、冷たかった人が優しくなるかもしれない。
今まで、暖かった人が暑苦しくなるかもしれない。
今まで、暑苦しかった人が冷めちゃうかもしれない。
そんな期待を胸に、僕はちょっとだけセルアウトしてやろうと思いました。 僕はずっと高校3年生で、ドラフト会議はまだこれからである。
いやね、正直に言うよ。売れてーわ! マジで。MCバトルってやつに出てからは、あり得ないくらいに世界が変わったハハノシキュウ/ストーリーテラー(2016)
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楽曲情報
おはようクロニクルEP
- 発売日
- 2016年11月16日(水)
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1件のコメント
トゥビコン
こんなメジャー発表の仕方あるのか! おめでとうございます