米津玄師はジブリだった 2015年ブレイクを果たした元ボカロPの軌跡

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ボカロP・ハチから米津玄師へ至るまで

ハチ MV「結ンデ開イテ羅刹ト骸」HACHI / Musunde Hiraite Rasetsu to Mukuro

2009年から「ハチ」名義で、VOCALOIDを用いたオリジナル楽曲のニコニコ動画への投稿を始めた米津玄師。いくつかの習作を経て、最初にミリオン再生を達成し大きな反響を集めたのが「結ンデ開イテ羅刹ト骸」だった。

「片足無くした猫」や「列成す卒塔婆の群れ」という言葉が歌詞にあらわれ、どことなく不穏なムードを醸し出すこの曲。和のテイストを持った節回しもあり、妖怪や異形の存在が出てくるわらべ歌といった趣きだ。妖怪や幽霊のモチーフは、その後も彼の作品に繰り返し登場する。

その後「ハチ」はVOCALOIDクリエイターとしてトップクラスの人気を持つようになったが、その成功を捨て、米津玄師名義で自ら歌うことを選んで作り上げたのが、2012年リリースのアルバム『diorama』。

これはアルバムのタイトルが象徴するように、自身の内面を箱庭のような世界に投影して描いた一枚だった。中でも最も象徴的な曲が「vivi」。

米津玄師 MV『vivi』

ここで彼は「さよならだけが僕らの愛だ」と歌っている。人と人とは決してわかり合えないという悲しみや諦念がにじみ出ている。

メジャーデビューに込められた呪いと救い

米津玄師 MV「アイネクライネ」

そして2013年、米津玄師はシングル「サンタマリア」でメジャーデビューを果たし、翌年には2ndアルバム『YANKEE』をリリースする。「移民」を意味する『YANKEE』というタイトルは、ニコニコ動画やVOCALOIDのフィールドから外の世界へと歩みを広げた彼の状況を表すような言葉だった。

J-POPのスタンダード、国民的な音楽家になりたいと当時のインタビューで語っていた米津玄師。その思いを象徴するような曲が清冽なバラードの「アイネクライネ」だった。

当時のインタビューで、アルバム全体を通じたキーワードとして呪いがあると彼は語っていた。鬱屈としていた思春期、疎外されて育った子供時代を思い返しながら作ったという「リビングデッド・ユース」のような曲もある。

「あたしの名前を呼んでくれた あなたの名前を呼んでいいかな」と歌う「アイネクライネ」は、そんなアルバムのストーリーにおける解呪の役割を担う一曲と言うことができるだろう。

最新アルバム『Bremen』に隠されたストーリーとは

米津玄師 MV「メトロノーム」

そして最新作『Bremen』からは、「メトロノーム」が本人がイラストを手がけるミュージックビデオとして公開されている。

曲同士を対話させたかった」と米津が語るアルバムにおいて、ラストに収められている「Blue Jasmine」という曲と対になっているのがこの「メトロノーム」。

テンポの違うメトロノームのように、少しずつズレていき別れに至ってしまう関係性をテーマにしたこの曲は、素朴でおおらかな日常の愛を描いた「Blue Jasmine」と対照的な位置づけとして描かれている。

米津玄師描き下ろしイラストがジャケットの『Bremen』

ちなみに、アルバム『Bremen』のタイトルは、グリム童話『ブレーメンの音楽隊』からとられている。収録曲「ウィルオウィスプ」にもそれを思わせる「犬も猫も鶏も引き連れ街を抜け出したんだ」という歌詞が出てくる。

アルバムにおいて下敷きにしたグリム童話「ブレーメンの音楽隊」は、改めて読んでみるととても不思議なストーリーだ。

人間社会からお払い箱になったイヌ、ロバ、ネコ、オンドリの4匹の動物が、街の音楽隊に雇ってもらおうとブレーメンを目指して旅に出る。しかし道の途中で日が暮れて、4匹は森の中で明かりのついた一軒家にたどり着く。

その家でご馳走にありついていた泥棒たちを追いだそうと、窓の外で一体になった4匹が一斉に鳴き声を上げると、泥棒たちは「化け物が来た」と慌てふためいて逃げてしまう。それからいろいろあって、4匹の動物達はその家でいつまでも幸せに暮らしました、という結末。

結局4匹はブレーメンには辿り着いていないのである。これが寓話だとするならば、ここから一体何が読み取れるのか。

ひょっとしたら4匹の動物は社会から疎外された人たちのメタファーなのではないだろうか。

そういう人たちが桃源郷を目指して旅に出るが、結局そこには辿り着かず、それでも手を取り合い協力しあって、化け物のふりをすることで小さな幸せを得るという話なのではないだろうか。

そう解釈すると、実はかなり含意の深いストーリーと捉えることができる。

アルバム『Bremen』の収録曲「アンビリーバーズ」や「フローライト」のミュージックビデオには、異形の、しかしどことなく愛らしいキャラクターが登場する。

米津玄師 MV「アンビリーバーズ」

米津玄師 MV「フローライト」

アルバムには「真夜中の高速道路をいろんな生き物が光を背にして歩いてゆく」というモチーフを軸にした物語が描かれているのだという。

1曲目の「アンビリーバーズ」では「ヘッドライトに押し出されて僕らは歩いた ハイウェイの上を この道の先を祈っていた シャングリラを夢見ていた」と歌われている。『ブレーメンの音楽隊』と同じように、街を抜け出た生き物たちが桃源郷を目指すというストーリーが描かれている。

しかし、やはり童話のエンディングと同じく、アルバムのラストを飾る「Blue Jasmine」でも桃源郷は描かれない。スケールの小さな、しかし確かな日常の愛が歌われている。

『Bremen』/『ぽんぽこ』の寓話的共通点とは?

米津玄師は、 このアルバムの制作の過程で、高畑勲監督によるジブリ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』に影響を受けたことを明かしている。

『平成狸合戦ぽんぽこ』は、人間に居場所を追われたタヌキたちが主人公の物語である。

ニュータウンの開発で住処やエサを失ったタヌキたちが人間に一泡吹かせようと妖怪に化けて百鬼夜行を敢行するが、新手のアトラクションの宣伝にしか受け取られない始末で、意気消沈したタヌキたちの一派は長老と共に死出の旅に出る。最後には主人公のタヌキたちが人間社会の中にもぐりこんで暮らし些細な幸せを見つけて生きていく、というあらすじだ。

これも実は、そしてやはりと言うべきか『ブレーメンの音楽隊』と似た構造の物語になっている。

そうやって解釈していくと、やはり米津玄師の楽曲は物語音楽であり、とても寓話的だ。

その奥深さが、BUMP OF CHICKENやジブリ映画のように、多くの人たちを米津玄師の世界に惹きつける魅力の一つになっているのではないだろうか。
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ハチ

作詞 作曲 絵

1991年3月10日生まれ。徳島県出身。本名同じ。2009年から“ハチ”名義でニコニコ動画へ楽曲を投稿し「マトリョシカ」「パンダヒーロー」等の作品を発表。2012年、米津玄師名義で活動開始。作詞・作曲・アレンジ・プログラミング・歌唱・演奏・ミックスを自身で行う上、動画・アートワークも独りで制作するという驚異の才能を見せる。2015年10月には3rdアルバム「Bremen」を発売。オリコンチャート1位、iTunes週間アルバムランキング1位、Billboard JAPAN HOT Albumチャート1位の三冠を達成。2016年1月からはワンマンツアー「米津玄師 2016 TOUR / 音楽隊」を開催。

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