ホラー映画『遺愛』酒井善三×大森時生 対談 “良かれと思ったこと“が呪いを生み、恐怖を生む

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fugakura

ホラーは加害的なのか? 『遺愛』にも誰かにとって不愉快な表現はある

──ここまでのお話で、不安という非常に微妙な感情をどのように描くのか様々な工夫があったように思います。お二人の事前の話し合いでは、どのような話をして、互いのコンセンサスをとっていったのでしょうか?

大森時生 まったくホラー作品とは関係のない事柄でも「あそこがゾッとする」とか、「あれがちょっと気味悪い」といった感覚を共有することが多かったです。本編に直接採用したわけではないですけれど、保険会社のリストラ事情についての話は、酒井さんと話していて特に印象的でした。

日本の企業って、基本的にはリストラできないじゃないですか。でも保険会社が介護会社を買って子会社にした後、リストラさせたい社員を出向させることがあるらしいんです。そこで介護の仕事をさせ、自動的に辞めるのを待つという話を聞いて。

もちろん介護は社会的に必要な仕事ですから、出向する社員は「いや、この仕組みはおかしい」と反論すること自体が罪になる。そういう、誰も責められない構造自体の恐怖というか。

個人的には『遺愛』も似た物語構造を持っているように感じています。誰が悪者なのかわからないし、編集によって意図的にどこがオチなのかわからないようになっている。

酒井善三 何とも言えない凄みがありますよね。ブレストではそういう話ばかりしていたように思います。暗い井戸端会議というか。

光を遮るように窓一面に貼られた新聞紙

──一方で、近年はホラーが持つ加害性(※)についての議論も活発化しているように思います。本作で親子や介護というクローズドかつセンシティブな関係性をホラーとして描くことに、抵抗感などはありましたか?

大森時生 たしかに近年で言うと、因習村というテーマが田舎やそこで行われている風習への差別を助長するという指摘もありました。そもそもホラーというジャンルが、そういった攻撃性を孕んでいることは理解しています。

ただ僕自身としては、ホラーを使って「こういう人って変だよね」「気持ち悪いよね」と特定の人々や環境を見世物にしようとしているわけではありません。僕はホラーを通じて、人の認識がずれる瞬間を描きたいんです。自分にとっての常識が、まったく違う常識とぶつかる。その接地面から生じる不和に興味があります。

そしてそれは『遺愛』も同様です。もちろん、誰かにとって不愉快だったり、傷ついたりする表現はあると思いますが、当然ながら介護を見世物にしようという意図はありません。

※ホラー作品が恐怖を描く過程で、特定の人々や社会問題等を扱うことで、それらに対する偏見や差別を助長/再生産したり、当事者を傷つけたりする可能性があるという考え方。

意味深に床に散乱する紙粘土の人形

酒井善三 映画の一番の美徳は、観る自由も観ない自由もあることだと思うんです。能動的に観に来た観客を信じるのであれば、加害も被害もないはずなんです。

それに、フィクションを観る時に、常にフェアなものだけを求める見方も危ういと思うんです。つくり手も「これは偏見だ」とわかった上で、あえて偏見を持った人物を出すことができる。その受け止め方は最終的には受け手の自由ですし、明確なチェックリストで判断できるものでもない。

もちろん、内容に対して批判すること自体はいいと思います。映画が批判されることで、より良い社会に繋がるのであれば、それは素晴らしいことです。ただ、不愉快だったり傷ついたりする映画が存在しない世界では、そうした問題意識すら生まれない。

だから大いに批判していただいて、フェアな世界に繋がるのであれば、それはそれでいいことではないかと思います。

フィクションで人の価値観は揺らがない──それでもホラーが求められる理由

──それでは本作を制作したことで、ご自身の中で、家族やケアに対する観方が変化した部分はありましたか?

大森時生 ……正直、何もないんです(笑)。怖くて、気持ち悪くて、気分が悪いフィクションを観た。その事実とは別に、自分の価値観自体は何も揺るがない。ただ寝る前や、ふとした瞬間に「ああ、あの映画は嫌な話だったな」と思う。

むしろ、そうした距離感がいいなと思っているんですよね。そもそも、僕自身はフィクションを観たことで価値観が変わった経験というものがないんです。

酒井善三 “たかがフィクション” “たかが映画”ですからね。

映画『遺愛』アザービジュアル

大森時生 こういう取材の現場や知り合い同士の会話でも、「この作品に人生を変えられた」みたいな表現は結構あるじゃないですか。定型のフレーズとしてはわかるんですが、本当に人生が変わったことはないんじゃない? と。

僕個人にとって、本当に人生が変わるような経験というのは、たとえば友人が自殺するとか、信じていた人に裏切られるとか、そういう現実の体験しかないのではないかと思います。

ただ、それでもフィクションの中で不安を描くことには惹かれます。人生は変わらないかもしれないけれど、日常の中で「いや、良かったな、あの不安」としみじみ思うんですよ。ある意味、ホラーは自分にとってのフェティシズムのようなものに近いのかもしれません

──今のお話を聞いていると、そもそもなぜお二人は不安というものに惹かれるのだろう、と不思議に思いました。フィクションだとわかっていて、さらに観たら気分が悪くなるにもかかわらず、それでも人がホラー作品を求めてしまう理由は何だと思いますか?

大森時生 一体何なんでしょうね? それでも僕にとっては、すべての感情の中で、不安というのが一番“わかる”気がするんです。もちろん、実生活での不安は本当に嫌ですよ。それでも、フィクションで不安の感情を覚えた時が、一番生き生きと感じられるんです。

偽物であるはずのものから、生きた感情が生まれてしまう。当然、不安でなくても、面白いとか感動するとか、そういう感情でもいいんですけど、不安を描いているものを見た時に、一番自分がアライブする感じがあるんです。だから、自分もそういうものをつくりたいと思ってしまう。すごくシンプルに言えば、それだけなのかもしれない。

不安しか感じない……

不安しか…………

酒井善三 やっぱり「わからないけれど惹かれる」ということは、あらゆる表現形式において一番重要なモチベーションだと思うんです。

有用性から外れているからこそ、表現がある。だからこそ、「なぜ不安に惹かれるのか?」という明確な理由を探さないほうがいいと思っています。何が嫌で、どこに惹かれているのか、それだけを意識しようと心がけています。昔から恐怖を楽しむというものは、人類史がはじまって以降、ずっとあるものだと思いますし。

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作品情報

遺愛

公開日
2026年6月19日(金)
監督
酒井善三
企画プロデュース
大森時生(テレビ東京)
プロデューサー
藤山晃太郎(テレビ東京) 鈴木祐介(ライツキューブ) 百々保之(DrunkenBird)
主演
山下リオ
出演
小川あん 藤井京子 / マキタスポーツ
製作委員会
「遺愛」製作委員会(テレビ東京 ライツキューブ)
制作プロダクション
DrunkenBird
配給
ライツキューブ

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