ホラー映画『遺愛』酒井善三×大森時生 対談 “良かれと思ったこと“が呪いを生み、恐怖を生む

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fugakura

介護を取り巻く“誰も責められない”構造とその恐怖

──それでは介護というテーマが決定した後、プロット制作にあたってどのようなリサーチを行ったのでしょうか?

酒井善三 あまり調べると現実に寄せられてしまうので、むしろ最初は、なるべく実際の介護現場の話を見ないようにしてプロットをつくりました。

現実の病理を描くことが主題ではないので、佳奈の母親が認知症かどうかも、作中であえて曖昧にしています。ただ、プロットができた後は、細かいディテールを追求するために、介護に関するレポート類やネット記事を読み漁りました。

その中で、特に印象的だった話があって。親が認知症を患ったお子さんが、ある時、親から自分宛の手紙を見つけたそうなんです。そこには、ぼけて自失していく状態を自覚した上で、子供に「もう私を捨ててくれ」と乞う内容が書かれていたと。

悲しいし、すごい出来事だと思いました。病で自失していく過程の人間が書いた手紙というのは、映画のエピソードにも反映しています。

佳奈の母親。佳奈は自身の周囲で起こる不幸な出来事の原因が、母──今はもう母ではない“何か”──による呪いだと考えるようになる

大森時生 それから介護というテーマには、その対象者だけでなく、介護者や周囲の家族まで含めて、さまざまな問題のレイヤーがあると思います。

特に認知症の介護者は、自分のすべてを知り尽くしている親が、まったく未知の存在になっていくグラデーションを体験していくわけですよね。僕の親は健在ですが、その恐ろしさを想像するとやっぱり怖いですよ。

また、介護が大変なことは明らかですが、同じ家族として介護を引き受けず、ケアから逃れるという行為も、一方で罪のように感じてしまう訳ですよね。肯定と否定、どちらの立場も表明できない息苦しさがある誰も責められない構造に陥ること、それ自体の恐怖を描きたいと考えていました。

大森時生プロデューサー

──また作中の印象的なシーンとして、主人公の佳奈は母親を介護する中で、「まるで一人芝居をしているようだ」と漏らします。そうした人間の思いやりの裏面というか、無意識の加害性が浮かび上がる瞬間がとても怖く描かれている。「ケア」にまつわる行為が評価されることが多い昨今で、そうした風潮に疑念を抱かせる作品のようにも感じました。

大森時生 もちろんケアが大事であることは、生きている実感としてよくわかります。男性同士がやりがちな、相手をネタにしていじり合うようなノリのコミュニケーションは、ケアの概念が薄いと指摘されることもありますよね。

僕も男子校出身だからそのノリはわかるんですけど、そうした他者と距離をつくる行為も、ある意味ではケアではないか? とも思います。というのも、人の気持ちを慮る、あるいは共感する行為は、自他の一体化でもあるわけで、怖い部分もあると思うんです。

たとえば介護では、ほとんど自我を失った状態にある対象者に対して、介護者が仮想の感情を託してしまう、自分と相手の境界線が溶け合って共依存的に陥るケースがあると聞きます。それでは、世間でケアとされている行為は一概にすべて「善いもの」だと言いきってよいのだろうか? と。

慈愛にも悪意にも満ちた表情、ホラーだから描ける不安な世界

──善悪の解釈が定まらないことの不安や恐怖は、『遺愛』の大きなテーマだと感じます。介護者である主人公の佳奈だけでなく、周囲のさまざまな人間の視点から恐怖が描かれ、明確な落としどころを決めないまま不安が加速していく。そうした関係性の軸にいる佳奈の母親は、慈愛にも悪意にも満ちているような表情が鑑賞後も忘れられませんでした。どのように演技をディレクションされたのでしょうか?

酒井善三 今おっしゃっていただいたように、あの笑顔はニュートラルに見えることが重要で、そこに意味が読み取れてしまうとかえっておかしくなってしまう。どのようにも解釈可能な表情にすることで、それを見た観客が佳奈と同じく、結論がつかない曖昧な不安を感じられるようにしたかったんです。

演技についてもニュートラルであることを求めたので、演じられた藤井京子さんとの打ち合わせでは、キャラクターの内面については一切お話しませんでした。撮影の段階で、「もう少し口角を上げて」「こっちの方向を見てください」といった形で、外面だけをお伝えする。

ただ、そうした演技プランを行ったのは藤井さんだけですね。他の方に関しては、むしろ一切外面の話はせず、「今、こういう精神状態です」とキャラクターの内面だけを伝えて、どのように動くかについてはほとんどお任せしました。

常に形容し難い表情を見せる佳奈の母親

──結論がつかない曖昧な不安という意味では、物語の核心に迫るシーンでも、あえて対象をズームで見せず、観客に「何が映っていたのだろう?」と想像させる余地を残していますよね。

酒井善三 映画の演出で、作中で何が起きているかを明確に説明してしまうと、結局は善悪の概念が生まれてしまうし、観客が簡単な価値基準を抱いてしまうと思っています。

でも現実の世界では、誰が悪いか、誰がいいかという二元論で片づけられる問題はほとんど存在しない。だからこそ、化け物や怪異を出さずに、曖昧さが残る日常の現実そのものを描いたほうが恐ろしいのではないか、と。

この映画では、解決すべき問題が何なのかもわからない。誰が良く、誰が悪いのかもわからない曖昧な現実そのもの。不安な世界を描きたかったんです。ホラーという枠組みを使えば、そうした不安を描くことに挑戦できると思いました。

小川あんさん演じる佳奈の妹・杏里。物語は杏里のもとに、やつれた佳奈が訪ねてくるところからはじまる

佳奈ら家族と懇意にしている精神科医・熊谷(演:マキタスポーツさん)。介護に疲れる佳奈をサポートしようとするが……

大森時生 今回、脚本や演出は酒井さんに完全にお任せだったので、僕は本当にいち観客として楽しく観ることができました。

特に本編の演出は、脚本段階ではまったく想像できなかったんですよね。たとえば人が死ぬような、物語の構造上一番ドキッとする瞬間が、驚くほどあっさりドライに描かれている。その一方で、「あ、こっちか」という部分に緊張のピークを持ってくる。その“ずらし”が観客の想像を超えてくるものばかりで、面白い演出だなと思いました。

酒井善三 個人的に映画は、やや観客を置いていくような不親切さが必要だし、それが面白さに繋がると思っているんです。観客に「これは一体何が映っているのだろう?」と前のめりで観てもらうために、叫ぶのではなく、あえて囁く。そういう塩梅を心がけてはいます。

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ある意味“ホラー”と身構えずに観られる映画です

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作品情報

遺愛

公開日
2026年6月19日(金)
監督
酒井善三
企画プロデュース
大森時生(テレビ東京)
プロデューサー
藤山晃太郎(テレビ東京) 鈴木祐介(ライツキューブ) 百々保之(DrunkenBird)
主演
山下リオ
出演
小川あん 藤井京子 / マキタスポーツ
製作委員会
「遺愛」製作委員会(テレビ東京 ライツキューブ)
制作プロダクション
DrunkenBird
配給
ライツキューブ

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