「壱百満点のお嬢様」という理想を掲げる、サロメ嬢の自己開示
壱百満天原サロメさんは事前にANYCOLORの公式Webマガジンに掲載されたインタビューで、VTuberには「自己開示」が大切なのだと語っていた(外部リンク)。
その言葉通り、彼女は雑談配信や、本人執筆の4コマ漫画『#ひゃくまんてんばらサロメちゃんおまんが』で、「人が普通にできる生活のよしなごとすらも、自分は上手くできないタイプの人間だ」といった旨のことを、たびたびさらけ出している。
「壱百満点のお嬢様」という理想を掲げる壱百満天原サロメさん
そんな自分に対して「壱百満点のお嬢様」という理想を掲げることで、彼女は自分自身を、そして周囲の人々を笑顔にしようと奮い立たせる。「VTuber・壱百満天原サロメ」を成り立たせるそうしたプロセスを再現していたのが、今回の「マイフェアレディ」で描かれた物語だったのではないか。
振り返ってみると、1曲目「ハッピーエンドプリンセス」の選曲も示唆的だ。この曲は、一度目の生で処刑された亡国の姫君が、二度目の生をやり直すというアニメ『ティアムーン帝国物語』の主題歌である。
「壱百満天原サロメ」という存在自体が「過去の自分を脱ぎ捨て、新たに生まれ変わった」存在であることを象徴していたように思えるのだ。
「マイフェアレディ」は、VTuber壱百満天原サロメとしての“プロセス”を表現していたのかもしれない
劇中の壱百満天原サロメさんはこの曲が歌われた時点で、まだ「魔法の力でお嬢様になれる」と信じていた。ただし本編で示されたように、それは幻想にすぎなかった。
しかし、活動をはじめる以前とは異なり、今の彼女の周りにはにじさんじの仲間や、支えてくれるリスナーの存在がある。多くの人の支えがあって、彼女はまた立ち上がることができる。
そのことを、今回の物語を通して私たちに見せてくれていたのだ。奇しくも、にじさんじの仲間たちの支えを受けて、チケット未売という予期せぬトラブルを挽回してみせた本番前の出来事とも重なっていた。
“VTuber壱百満天原サロメ”として活動を始める前の、“私”の可能性としての魔女
また「自己開示」という言葉を聞いて、壱百満天原サロメさんに突き刺さる魔女の台詞の数々も思い出される。
クライマックスでの言葉を振り返ると、壱百満天原サロメさんにとって魔女は単なる悪役でなく、「こうなっていたかもしれない“私”の可能性」としての側面を持っていたことに思い至る。
だからこそ、壱百満天原サロメさんは魔女に「勝利する」のではなく「受け入れる」のだ。アンコールの後、成仏した魔女の魂と思われる人魂にケーキを差し出して「Fin.」の文字が出たところには、強いメッセージ性が感じられた。
最後に登場した魂は魔女だったのか?
闇の部分を否定するのではなく、それもまた自分の一部として認める。これこそがこの公演の最大のテーマ──「自己開示」の先にある「自己受容」だったのではないだろうか。
改めての確認になるが、「お嬢様に憧れる一般女性」というのが、壱百満天原サロメというVTuberのデビュー時から変わらないプロフィールだ。それは夢に近づこうとしつつ、活動を続ける限り、決してそこには辿り着けないということを同時に意味する。
お嬢様という夢を応援するファンとの記念撮影
「お嬢様になりたい」という夢を応援するファンに支えられながら、「決してお嬢様にはなれない」ことによって、ファンとの絆を保ち続けるというパラドックスを抱えているのである。
お嬢様へのプロセスを物語にした「マイフェアレディ」
おそらく今でも、彼女には自罰的になってしまう瞬間がたくさんあって、私たちの見えないところで内なる「魔女」に囁かれてしまうこともきっとあるのだろう。
そういう意味では「壱百満天原サロメ」という存在に、終わりがくることはないのかもしれない。しかし「お嬢様になりたい」という理想を追い求める気持ちも、もちろん本物なのだ。
この日、絶望を経てお嬢様となった壱百満天原サロメさん
物語の切り取られた時間軸の中でなら、そんな終わりなき「自己受容」と「自己否定」の繰り返しのプロセスが、“いったん”完了したところを観客に見せることができる。
ライブの最後に彼女が問いかけた「今日はお嬢様になれていましたか?」という言葉には、そういった意味も込められていたのだろう。
「お嬢様然とした外見や口調だが、お嬢様ではない」という彼女の抱える「矛盾」は、言い換えれば「仮想」そのものである。
壱百満天原サロメさんの公演は、VTuber史に新たな1ページを刻むものに
テクノロジー的な定義以上に、その存在のあり方でもって「バーチャル」を体現している壱百満天原サロメという存在。彼女がなぜVTuberの歴史上有数とも言えるセンセーションを巻き起こしたのかを改めて証明するような、間違いなくVTuber史に新たな1ページを刻む一夜だった。

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