『撫物語』千石撫子の新キャラソン「caramel ribbon cursetard」考察 セルフサンプリングで表現する歴史と成長

『〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズン』のエピソード「撫物語」のノンクレジットOP映像

〈物語〉シリーズのアニメ最新作『〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズン』内のエピソード「撫物語」のノンクレジットOP映像が、アニプレックスの公式YouTubeチャンネルで7月24日に公開された。

オープニングテーマとして、本作の登場キャラクター・千石撫子(CV:花澤香菜さん)と斧乃木余接(CV:早見沙織さん)が歌う新曲「caramel ribbon cursetard」が使用されている。

このオープニングテーマをはじめて聴いた時、私は驚かされた。

千石撫子の代表的なキャラクターソング「恋愛サーキュレーション」がラップ曲であった文脈を活かし、「caramel ribbon cursetard」では、セルフサンプリングというヒップホップ的な手法を取り入れていたからだ。

そしてそれは、“千石撫子”というキャラクターの特性を見事なまでに反映している──。

(※)この記事には「〈物語〉シリーズ」のネタバレが含まれます。ご了承ください。

キャラソンの代名詞 千石撫子「恋愛サーキュレーション」

まずは、2000年代を代表するキャラクターソング「恋愛サーキュレーション」について振り返ろう。

「恋愛サーキュレーション」は、千石撫子が歌う「〈物語〉シリーズ」の第一作『化物語』(2009年放送)第10話のオープニングテーマだ。作詞はmeg rockさん、作・編曲は神前暁(MONACA)さんがつとめた。

「〈物語〉シリーズ」ノンクレジット オープニング映像(「恋愛サーキュレーション」は4番目)

『化物語』時点における千石撫子は、“暦おにいちゃん”こと〈物語〉シリーズの主人公である高校生・阿良々木暦に、淡い恋心を寄せる女子中学生として登場する。

気弱でおとなしく、健気であどけない──そんな千石撫子の“可愛いらしさ”を「恋愛サーキュレーション」は全面に表現

軽やかなブラスセクションに、単音のカッティングギター、グロッケンが印象的な柔らかいバッキングに乗せ、花澤香菜さんが透明感のあるウィスパーボーカルで、千石撫子の乙女心を歌い上げる。

ヒップホップとしては決して上手くないラップ、だからこそ可愛い

また「恋愛サーキュレーション」は、Aメロがラップ調になっているのも特徴だ。

言葉にすれば消えちゃう関係なら
言葉を消せばいいやって
思ってた 恐れてた
だけど あれ? なんかちがうかも..

せんりのみちもいっぽから!
石のようにかたい そんな意志で
ちりもつもればやまとなでしこ?

「し」抜きで いや 死ぬ気で!「恋愛サーキュレーション」Aメロのラップ調のパート

《石》と《意志》、《「し」抜きで》と《死ぬ気で》など、韻を踏むというより(〈物語〉シリーズの原作者・西尾維新さんが得意とする)言葉遊び的な側面からワードがチョイスされている。

ただし、ヒップホップ/ラップミュージックという観点に立つと、決してスキルフルな上手いラップとは言い難い。

しかし、そのラップの拙さが逆に、千石撫子の“可愛らしさ”を表現するために効いている。幼さや弱さといった要素は、むしろ“可愛らしい”とも思えるからである。

千石撫子のキャラクターPV

「恋愛サーキュレーション」がヒットしたことも相まって、アニメ『化物語』放送当時、千石撫子は一躍大人気キャラクターとなった。

だが、〈物語〉シリーズの物語が進むにつれ、千石撫子というキャラクターは、単に「恋愛サーキュレーション」で描かれているような“可愛らしい”美少女ではなかったことが判明す

千石撫子の狂気を描く「もうそう♡えくすぷれす」

詳しくは「囮物語」や「恋物語」(アニメ『<物語>シリーズ セカンドシーズン』内のエピソード)を参照してほしいのだが、端的に言えば千石撫子は恋に恋している──自分自身が一番“可愛い”と考えているキャラクターとして描写されるようになる。

千石撫子が表紙を飾る原作『囮物語』/画像はAmazonより

その可愛さゆえに周囲から甘やかされ、千石撫子自身もその環境を享受するために、演じていたのだ。

“暦おにいちゃん”が同級生の戦場ヶ原ひたぎと付き合っていることを知ってもなお、その現実から目を逸らし続けてきた(略奪を試みようとも、諦めようともしなかった)。

結果として、絶対に叶わない片想いを永遠に続けるため、蛇神と化し“暦おにいちゃん”を殺害しようとする。

──そんな千石撫子の狂気的な側面を描いたのが、彼女の2つ目のキャラクターソング「もうそう♡えくすぷれす」だ。『<物語>シリーズ セカンドシーズン』(2013年放送)第12話〜第15話のオープニングテーマである。

〈物語〉シリーズ ノンクレジット オープニング映像(「もうそう♡えくすぷれす」は4番目)

「もうそう♡えくすぷれす」は、「恋愛サーキュレーション」とは一転しミステリアスでダークな曲調の楽曲。ラップも取り入れられてはいない。

ただ、アウトロでは「恋愛サーキュレーション」のシグネチャーともいえる、花澤香菜さんの《せーのっ》のボイスが挿入される。続けて「恋愛サーキュレーション」サビのメロディラインを彷彿させる(※両楽曲はキーが異なる)シンセリードが流れ出す。

「もうそう♡えくすぷれす」はヒップホップではないものの、この時点で既に、セルフサンプリング的な手法によって既存曲の文脈と接続しようと試みられている(なお、作詞・作編曲陣は「恋愛サーキュレーション」と同じ)。

千石撫子が過去の自分自身と向き合う「撫物語」

さて時は流れ、2024年の現在。

阿良々木暦の高校生活を総括した『続・終物語』(※2018年劇場公開)以来、約5年ぶりにアニメ〈物語〉シリーズが再始動した。

(※)厳密に言えば、『続・終物語』は、阿良々木暦の高校卒業翌日に起きた事件を描いたスピンオフ的エピソードとなる。

アニメ『〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズン』。『撫物語』は本作のワンエピソードとして描かれる

その1エピソードとして描かれる「撫物語」は、紆余曲折の末に人間に戻った千石撫子の物語。時系列としては阿良々木暦の高校卒業後となる本作において、中学3年生となった千石撫子は、過去の自分自身と対峙することになる

中学三年生になった千石撫子は、
自身の将来のためにひたすら絵を描く毎日を送っていた。
そんな撫子に、突如タイムリミットが告げられる。 状況を打開するために彼女のとった方
法は
『四人の千石撫子』 を描き上げることだった――。
自分さえ、手に負えないのが青春だ。アニメ『撫物語』あらすじ/公式サイトより

「撫物語」において千石撫子が〈物語〉シリーズにおける自身の歴史と向き合うのならば、そのオープニングテーマの「caramel ribbon cursetard」は、過去の千石撫子のキャラクターソングにオマージュを捧げる。

「caramel ribbon cursetard」が表現する千石撫子の歴史性と成長

7月20日にABEMAで配信開始された『〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズン』第3話「撫物語 なでこドロー 其ノ貮」で公開された「caramel ribbon cursetard」。

作詞はmeg rockさん、作・編曲はミト(クラムボン)さんが担当した。

「caramel ribbon cursetard」が一部使用された「撫物語」PV

「caramel ribbon cursetard」のトラックに使用されている音源は、「恋愛サーキュレーション」の音源と同一。

ミトさんのXの投稿によれば、本楽曲のトラックは神前暁さんの協力により、「恋愛サーキュレーション」のマルチデータ(パラデータ。楽器ごとに書き出したオーディオファイル群)をサンプリングして再構成したものだという。

また「恋愛サーキュレーション」と同じくAメロはラップ調。千石撫子が、「撫物語」で関わることになる斧乃木余接と共に、再び言葉遊び的にワードチョイスされたラップを披露する。

リリックの《石の上にも残念/でもそんなんじゃ恋愛サーキュレーション》や《永遠を願った夢に終わりを告げる朝が来て》《この気持ちはそう この気持ちにしかきっとわかんないから》などのフレーズは、「恋愛サーキュレーション」や「もうそう♡えくすぷれす」を彷彿とさせる。

そんなキャラクターソングの文脈を踏まえた上で──過去の自分自身と向き合った上で、千石撫子は《君と手と手繋いでひとつひとつ叶えていこう/僕らの物語は今日に続く約束》《色とりどりの真っ黒な歴史 愛おしい私の歴史/誰も知らない 真っ白なページ 更新していく》と歌い上げる。

これまでの人生をありのままに受け入れた上で、それでも前に進もうとする。

「caramel ribbon cursetard」では、セルフサンプリングという手法を通じ、千石撫子というキャラクターの歴史と成長が表現されているのだ。

©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト


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