redjuice・長谷敏司にとってのSFとは?
──何度かトピックとしては挙げられましたが、おふたりの共通項のひとつにSFがあります。冒頭で話されていたAIも、SFで扱われる大きなテーマのひとつですよね。おふたりのSFの原体験はどんなところにあるんでしょうか?redjuice 自分の場合は学校で機械工学を学んでいたのと、幼い頃から宇宙や物理学に対する憧れがあって、今でも「ブルーバックス」の新書をよく読むんです。ですので、純粋なSFというよりはテクノロジーに惹かれている部分は大きいかもしれません。
テクノロジーを学んだ上でそれを作品に生かしていくと、SF的なものになる、という感じだと思います。だから自分は、そんなにジャンル作品としてのSFには詳しくないんですよ。
長谷敏司 でも、ブルーバックス※を読み続けてくれているというのは、僕らSF作家にとっては良い読者さんですよ。科学の進歩でどんどんアップデートされていくのが、SFの強みであり魅力だと思っていますから。
※ブルーバックスは、一般向けに自然科学や科学技術を扱う講談社の新書シリーズ
長谷敏司 僕の場合、明らかに社会や人生に不満があってクリエイターになったタイプなんです。以前、潰瘍性大腸炎っていう、安倍元首相と同じ病気にかかったんですね。これ、治らないんですよ。
23、4歳のときだったんですけれど、ちょうど就職しなきゃいけない時期だったのが最悪でした。就職活動をしても、当時はどこかの段階で必ず健康診断書を持って来いと言われてました。なのに、提出すると全部落ちてしまう。「世の中クソだな」って思って、将来をどうしようと考えた末に、じゃあもう「やりたいことをやってやろう」という気持ちになって、作家になるという選択をしたんです。
redjuice 長谷さん作品の根幹には、身体性がありますよね。『あなたのための物語』や、最新長編の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』もそうです。SFというジャンルに先入観を持って読むと、何かガツンと殴られる気がしますよね。これもSFなのか、という。 長谷敏司 それは本当にありがたいです。結局自分がなぜ作家でやろうと思ったかと言えば、そのときの自分を救ってくれるフィクションが存在しなかったからです。
現実はもうクソだと思ってるから現実を書きたくないけれど、ファンタジーにいくには現実に対する復讐心が強すぎたんですよね。それにSFは、僕にとっては希望だったんです。今はない技術でも、科学が進歩していって新しくつくっていけばいい。
redjuice テクノロジー系の作品としては、世界でヒットした『三体』もそうでしたよね。一巻目を読んだ感じだとめちゃくちゃハードSFをやっていて、これが流行ってる中国ってすげえなと思ったんですよ。素粒子物理学もひも理論も出てくるし、ホログラフィック原理みたいなのも匂わせてる。物理学の最先端をめちゃくちゃ詰め込んでますよね。
長谷敏司 でも、SFの良いところは、最新の物理学がわかってなくても楽しいところですよ。
去年、中国の成都で開催された世界SF大会に行ったんです。そのイベントのために世界科幻公園(科幻:中国語でSFの意味)という公園までつくられたんですけど、そこには『三体』のモニュメントがあったんですね。名セリフ集みたいなのが柱に掘り込んであって、親子連れとか、みんなそこで記念撮影したりしてるんです。そういう人が物理の知識がある人ばかりだとは思えないので、おそらく何となく流行っていて、何となくかっこいいなっていう感じですよ。
──でも、SFはそれで良いということですね。
ふたりにとっての「SF」──個展「REDBOX」に向けて
──ときにSFは未来を予見してるように見えることもありますし、SFにそういうことを期待する人も多くいます。それは人間にとって、どういう意味を持つんでしょうか?長谷敏司 まず大前提として、SFはフィクションです。小説の中で、ある未来の像が説得力をもって描かれたとしても、その未来に影響されて人生を変えた人は、20年以上作家をして数人見たくらいで相当レアです。やっぱりフィクションはフィクションでしかないですから。ただ、フィクションであるSFは、読み手に人生や自分自身に価値がある、そういうことを認識してもらうためのものであってほしいんです。
redjuice そういう自分に対する問いかけってことですね。
長谷敏司 はい、そうです。人間のクリエイターが同じ人間の受け手に対して、あなたの人生、あなたの生きている時間には価値があるんだと言い続けること。これは例えばAIが人間より良いものを書くようになったとしても、絶対に意味があるはずだと思っています。
愛情をもってそういうコミュニケーションをするというのは、AIには持ち得ない価値です。AIは人間ではないし、人間にはなれないですから。AIがいくら進歩してもそういう価値は残っていくだろうし、その物語をテクノロジーに並走して更新し続けることにSFの意味があるんだと思っています。
redjuice 長谷さんのお話は、SFの持つ内向的な部分、あるいは外に向けてのメッセージ性っていうものでしたけれど、自分はその辺はあまり気にしないで、無責任にやってきたんですね。ユートピアとかディストピアだとかをエンターテインメントとして見せていくことについては、別に責任感は伴わなくてもいいと思っています。もちろん何かしらのメッセージを込められる作家もいるとは思いますけれど、自分は全然ないですね。楽しけりゃいいや、と。
長谷敏司 これは、クリエイターとしてのスタートが「現実はクソだ!」だったという人間との違いですね(笑)。自分のしんどかった時に愛情を持ってコミュニケーションしてほしかったとか、そういうことは関係していると思います。
──rejuiceさんにとってSFというジャンルは純粋に楽しむものである、ということでしたからね。
redjuice 例えば自分にとってSFとファンタジーって、そんなに垣根がないんですよ。マッピングすればこのあたりだろうなっていう感じはあるんですけど、「ここからがSFだ」というはっきりした境界はないですね。テクノロジーとかそういった自分の好きなものが、たまたまSFの近いところにあるというだけで、こっちに行ったりあっちに行ったりしながら、その中にSFもあるよ、ということなんです。 ──ジャンルの垣根も意識していない、と。そうすると、キャリアの振り返りになる今回の個展「REDBOX」は、そんなredjuiceさんの頭の中の、いろんなジャンルをまたぐ世界が見られるということでしょうか。
redjuice 多くのSF作品に携わってきた中でそれらが自分の代表作であることは否定しませんが、『花咲くまにまに』みたいな和風の作品もありますし、乙女ゲーム系の作品もあるし、『AYAKA』は現代を舞台とした呪術ファンタジーです。VTuberはSFと言えばSFですけれどかなりエンタメ寄りというか、裏設定としてSFっぽさがあるだけで、実際にやってるのはゲーム配信だとかバーチャルシンガーですから。
今回は今までのそうした様々なキャリアを振り返るものになるので、「REDBOX」というキーワードが「redjuiceのぜんぶが詰まった箱」という意味でとってもらえると、ピッタリくるんですよね。
新会社を立ち上げて、何か自分の活動が劇的に変化するかというとそんなことは全くないのですが、会社の立ち上げというせっかくの良い節目なので、自分の集大成を今回の個展で見せたいと考えています。よろしくお願いします。
0件のコメント